京都・福知山 丹波の交通の要衝「北近畿ビッグⅩ」、福知山城の城下町

福知山
ふくちやま

日本国京都府福知山市

京都・福知山 丹波の交通の要衝「北近畿ビッグⅩ」、福知山城の城下町

 福知山(ふくちやま)市は、京都(きょうと)府北西部のにある人口約8万人の市。北が与謝(よさ)郡の与謝野(よさの)町、宮津(みやづ)市、北東が舞鶴(まいづる)市、東が綾部(あやべ)市、南東が船井(ふない)郡の京丹波(きょうたんば)町、南が兵庫(ひょうご)県の丹波(たんば)市、西が兵庫県朝来(あさご)市、北西が兵庫県豊岡(とよおか)市と接している。

 平成18年(2006年)に加佐(かさ)郡の大江(おおえ)町、天田(あまた)郡の三和(みわ)町、夜久野(やくの)町を編入し、市域が拡大した。福知山市は市中心部は丹波国側に属しているが、合併した三和町と夜久野町は丹波国であるのに対し、大江町は丹後国であった。

 福知山は、古くから京都や大阪(おおさか)から山陰(さんいん)地方へ向かう交通の要衝して栄え、丹波国(たんばのくに)の主要都市の一つであった。16世紀には丹波国を平定した明智光秀(あけち みつひで)によって1579年(天正7年)に福智山城が築城された。その後、明智光秀は山崎の戦いで敗れ、暗殺され、城主は豊臣氏、杉原氏、小野木氏などに代わり、江戸時代に入ると有馬豊氏(ありま とようじ)が城主となった。この時代に福知山の城下町の基礎が作られた。その後も城主が変わり、1669年(寛文9年)より朽木(くつき)氏が幕末まで福知山城の城主として福知山藩を治めた。朽木氏の時代に「福智山」は「福知山」に改められた。

 福知山藩は明治4年(1871年)の廃藩治県で福知山県となり、同年10月に西の但馬(たじま)側と合わせて豊岡県となったが、明治9年(1876年)に但馬地区が兵庫県に編入され、福知山を含む丹波北西部や丹後(たんご)地方が京都府に編入された。

 福知山は盆地の地形で、昭和初期には、軍事的な拠点にもなっていた。福知山の気候は、日本海側に近く、冬は雪の日が多い。

 福知山には、JR西日本の山陰本線、福知山線、京都丹後鉄道(旧・北近畿タンゴ鉄道)宮福線が走る。山陰本線は京都から福知山を経由して豊岡(とよおか)、鳥取(とっとり)方面を結ぶ山陰地方の幹線であり、福知山線は福知山から大阪方面を結ぶ最短ルートである。京都丹後鉄道(丹鉄)宮福線は、福知山から丹後地方の宮津(みやづ)、天橋立(あまのはしだて)方面を結んでいる。

 福知山駅は、JR西日本の山陰本線、福知山線、丹鉄宮福線が集まる福知山市の玄関駅である。福知山線は阪鶴鉄道として大阪から福知山を経由して日本海側の舞鶴(まいづる)を結ぶ目的で建設され、神崎(尼崎)~福知山が建設され、福知山~綾部(あやべ)~舞鶴は官設鉄道となった。阪鶴鉄道は明治40年(1907年)に国有化され、阪鶴線となり、明治44年(1911年)に福知山~和田山(わだやま)が播但線の一部として開業し、明治45年(1912年)に綾部~福知山~和田山が山陰本線に組み込まれ、福知山以南の阪鶴線は福知山線に改称された。

 近年は、京阪神からの観光需要を見込んで、路線の改良が進められた。昭和61年(1986年)に福知山線全線と山陰本線の福知山~豊岡~城崎(きのさき)が電化され、大阪から電車特急の「北近畿」(現在は特急「こうのとり」)が、大阪~福知山~城崎を結ぶようになった。さらに昭和63年(1988年)に丹鉄宮福線の前身である宮福鉄道の福知山~宮津が開業。平成8年(1996年)に山陰本線の福知山以東と宮福鉄道から改名した北近畿タンゴ鉄道・宮福線の電化が完成し、電車特急が大阪や京都から天橋立方面へ直通できるようになった。山陰本線のディーゼル特急「あさしお」は、電車特急「きのさき」(京都~福知山~城崎)、「はしだて」(京都~福知山~天橋立)へと変わった。このような改良を経て、福知山駅は「北近畿ビッグⅩネットワーク」の中枢となり、福知山駅で大阪・京都からの特急が、城崎・天橋立方面に乗り継げるようになり、利便性は大幅に向上した。

 一方で、京都から鳥取を結ぶメインルートの役割を果たしてきた山陰本線は、平成6年(1994年)に山陽本線の上郡(かみごおり)と因美線の智頭(ちず)を結ぶ智頭急行が開業してから京都~大阪~神戸~姫路~上郡~智頭~鳥取の特急「スーパーはくと」によるルートがメインとなり、京都側の山陰本線は電化区間の京都~福知山~城崎の輸送がメインとなっている。

 丹鉄宮福線は、それまで京都から宮津へ向かう際、山陰本線の綾部駅でスイッチバックして舞鶴線に入り、西舞鶴駅で再びスイッチバックで宮津線に入るという2度向きを変えなければならず、しかも遠回りであることから心理的な距離が遠かった。そこで、福知山から宮津を直接結ぶ鉄道建設が計画された。かつては、宮福線の南側の部分にあたる北丹鉄道が福知山~河守(いまの大江付近)が開業したが、河守鉱山の休山で経営が悪化し、昭和40年代後半に廃止された。当時、宮津から北丹鉄道の河守を結ぶ宮守線がすでに着工されていたが、北丹鉄道の廃止で計画が狂った。宮津~河守だけ開業させても意味ないことから、改めて宮津~福知山を結ぶ宮福線へと計画が見直された。しかし、国鉄の経営悪化で、昭和55年(1980年)に工事が凍結された。しかし、作りかけのものを放置するより完成させなければ意味がないということで、地元は第3セクターの宮福鉄道を設立して昭和58年(1983年)に工事を再開。昭和63年(1988年)についに宮福鉄道宮福線の福知山~宮津が開業した。

 一方で、舞鶴~宮津~天橋立~豊岡の海岸部を走る国鉄宮津線は赤字のため廃止が検討されていたが、地元では宮福鉄道を「北近畿タンゴ鉄道」と改称したうえで、国鉄宮津線を北近畿タンゴ鉄道・宮津線として存続させることになった。北近畿タンゴ鉄道は、天橋立などの観光地を結ぶ役割を果たしているが、沿線人口の少ない新規路線と赤字路線を引き継いだことから経営は赤字が続いており、今後の経営改善が課題となっていた。平成27年(2015年)より、WILLER TRAINS株式会社が京都丹後鉄道(丹鉄)として宮福線の列車運行を行っている。

 また、丹波・丹後地方への高速道路の整備も進んでおり、市内に舞鶴若狭自動車道の福知山ICがあり、吉川JCTから中国自動車道経由で大阪へ行けるほか、綾部ICから京都縦貫自動車道が宮津天橋立ICを結んでおり、丹鉄の脅威にもなっている。丹鉄はは特急を充実させて団体ツアーやパックツアー客をうまくとりこんでいく必要がありそうだ。

 このほか、福知山駅からは、山陰本線の綾部、園部(そのべ)方面、和田山、豊岡、城崎方面、福知山線の篠山口(ささやまぐち)方面、綾部から舞鶴線直通の西舞鶴(にしまいづる)、東舞鶴(ひがしまいづる)方面、丹鉄宮福線の旧・大江町の大江方面などへの普通電車による地域間輸送もある。かつてはディーゼルカーの趣があったが、いまは新型電車に切り替わり、福知山駅も平成17年(2005年)にJRの駅が高架化、平成21年(2009年)に宮福線も高架化し、時代が変わった感じがする。

 福知山の市街地は、福知山駅周辺に広がる。旧市街地は、福知山駅の東の福知山城の城下通り周辺に広がり、その東には由良川(ゆらがわ)が流れる。

福知山エリアの主な駅

福知山 / ふくちやま
JR西日本 山陰本線、福知山線
京都丹後鉄道 宮福線

fukuchiyama1.jpg
福知山駅の山陰本線電車

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福知山駅で出発を待つ京都丹後鉄道の特急

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地上時代の懐かしの福知山駅

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