山口 下関・壇ノ浦 壇ノ浦と赤間神宮と大連神社

下関・壇ノ浦
しものせき

日本国山口県下関市

山口 下関・壇ノ浦 壇ノ浦と赤間神宮と大連神社

 関門国道トンネルの人道口から地上に出た近くに、壇ノ浦古戦場址がある。平家が滅亡に至った壇ノ浦の戦いは寿永4年(1185年)。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕はす。奢れる者久しからず、ただ春の世の夢の如し。猛き人も遂には滅びぬ。偏に風の前の塵に同じ~」の冒頭が印象的な「平家物語」だが、その平氏が源氏と最後に戦ったのがこの下関の関門海峡の壇ノ浦だ。

 赤間神宮は、壇ノ浦の戦いで幼くして亡くなった安徳天皇を祀っており、赤間神宮の境内に安徳天皇の阿弥陀寺陵がある。また、「耳なし芳一」もここ赤間ヶ関阿弥陀寺(今の赤間神宮)の物語である。赤間神宮は、建久2年1191年)に御影堂が建てられたのが前身で、明治8年(1875年)に赤間宮となり、昭和15年(1940年)に赤間神宮に昇格した。第二次世界大戦で社殿が消失し、現在の竜宮城のような建物は昭和40年(1965年)に建てられたもの。

 その竜宮城の右の奥の道を歩いていくと、大連神社がある。この神社はもともと満州・関東州の大連(ターリエン)にあった神社で、日本敗戦後の昭和22年(1947年)に水野久直宮司によって御神体が日本に引き上げ、福岡での仮安置を経て、水野宮司が赤間神宮宮司を務めていたときに大連神社の御神体を祀るようになり、昭和55年(1980年)にここに大連神社が建立された。ちなみに、大連の大連神社跡地は現在大連外国語学院となっている。

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竜宮城のような赤間神宮

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赤間神宮の奥にある大連神社

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