愛媛・今治 今治タオルと伯方の塩、しまなみ海道サイクリング

今治
いまばり

日本国愛媛県今治市

愛媛・今治 今治タオルと伯方の塩、しまなみ海道サイクリング

 今治(いまばり)市は、愛媛(えひめ)県北東部にある人口約16万人の市。西が松山(まつやま)市、南が東温(とうおん)市、東が西条(さいじょう)市と接しており、北は瀬戸内海が広がり、「しまなみ海道」が広島県尾道(おのみち)市とつながっている。また、離島だった岡村島が「安芸灘とびしま海道」で広島県呉(くれ)市とつながっている。

 今治は、かつて伊予国(いよのくに)の国府が置かれ、瀬戸内海の交通の要衝として発展した。江戸時代には、今治藩が置かれ、今治城の城下町として栄えた。四国を代表する工業都市の一つであり、瀬戸内海の交通の要衝であることから造船業が盛んであるほか、「今治タオル」ブランドで知られる高品質なタオルの生産が盛んである。

 今治市は、大正9年(1920年)に今治町と日吉村が合併して今治市が発足した。その後、周辺の町村を編入して市域が拡大し、平成の大合併では、平成17年(2005年)に越智(おち)郡の11町村である波方(なみかた)町、大西(おおにし)町、菊間(きくま)町、玉川(たまがわ)町、朝倉(あさくら)村、吉海(よしうみ)町、宮窪(みやくぼ)町、伯方(はかた)町、上浦(かみうら)町、大三島(おおみしま)町、関前(せきぜん)村と合併して新しい今治市が発足し、現在の市域となった。

 このうち、吉海、宮窪、伯方、上浦、大三島、関前は離島にあたり、「大島」に吉海町と宮窪町が、「伯方島」に伯方町が、「大三島」に上浦町と大三島町があり、「しまなみ海道」でこれらの島どうしがつながり、四国とも陸続きになった。さらに、大三島からは「しまなみ海道」が広島県尾道市の生口島(いくちじま)ともつながり、本州とも陸続きになった。また、離島だった旧・関前村の岡村島が呉市と橋がつながった。一方、伯方島の東の離島の越智郡上島(かみじま)町は、因島(いんのしま)など広島県尾道市側とのつながりが深い地理的背景から今治市との合併構想から離脱した経緯がある。

 今治市には、JR四国・予讃線が通り、伊予桜井(いよ さくらい)、伊予富田(いよ とみた)、今治(いまばり)、波止浜(はしはま)、大西(おおにし)、伊予亀岡(いよ かめおか)、菊間(きくま)の各駅がある。

 今治駅は特急「しおかぜ」「いしづち」が停車する今治市の中心駅で、2面3線のホームがある高架駅である。今治駅の東約1キロに今治城がある。今治城は藤堂高虎(とうどう たかとら)によって築城され、江戸時代初期の1604年(慶長9年)に竣工し、後に松平定房(まつだいら さだふさ)が今治藩主となり、代々松平氏の居城となった。明治2年(1869年)に廃城され、石垣や内堀は江戸時代のままの姿であるが、今治城の建築物はほとんど残っていなかった。昭和55年(1980年)に天守が建てられ、後に御金櫓や鉄御門(くろかねごもん)などが復元された。天守からは瀬戸内海や「しまなみ海道」の来島大橋などが一望できる。

 今治港は、かつては瀬戸内海の離島へのフェリーが多数運航されていたが、「しまなみ海道」の開通で多くの離島が道路で結ばれ航路は縮小傾向にあるが、芸予観光フェリーが今治から大島、伯方島、因島などを今も結んでいる。また、「しまなみ海道」が通らない今治市の離島の旧・関前村方面の大下島(おおげしま)や岡村島を結ぶ今治市営フェリーも運航されている。また、瀬戸内海を通る長距離のフェリーは「しまなみ海道」や明石海峡大橋の開通で道路交通が便利になったことから寄港するフェリーの廃止が相次いで、ほとんどなくなった。

 「しまなみ海道」は、本州四国連絡道路の3ルートの一番西を通るルートで、今治市から橋で瀬戸内海の島々を結び、広島県尾道市を結ぶ約60キロの道路。西瀬戸自動車道という四国と本州を結ぶ高速道路であるとともに、サイクリングロードも整備され、島と島を結ぶ地元の交通機能も果たしている。橋から眺める瀬戸内海の島々の風景が美しく、自転車も通行できることから、近年は世界中から自転車愛好家が集まるサイクリングの聖地となっている。

 「しまなみ海道」のうち、一番早く開通したのは、昭和54年(1979年)の伯方島と大三島を結ぶ大三島橋で、昭和58年(1983年)に因島と向島を結ぶ因島大橋、昭和63年(1988年)に大島と伯方島を結ぶ伯方・大島大橋、平成3年(1991年)に生口島と因島を結ぶ生口橋、そして平成11年(1999年)に向島と本州を結ぶ新尾道大橋、大三島と生口島を結ぶ多々羅大橋、四国と大島を結ぶ来島海峡大橋が開通し、四国と本州がつながった。その後も大島道路など島内の高速道路の整備が行われ、平成18年(2006年)に一本の高速道路としてつながった。

 今治駅前のバスターミナルからは、「しまなみ海道」を経由して山陽新幹線の福山(ふくやま)駅を結ぶ高速バスが運行されていて、広島県への交通も便利になった。「しまなみ海道」がサイクリングの聖地として人気が高いことから、今治駅前には台湾の自転車メーカー「GIANT(ジャイアント)」のレンタサイクルショップがあるほか、西瀬戸自動車道・今治北IC(インターチェンジ)近くの観光施設「サンライズ糸山」がサイクリングターミナルとして、レンタサイクル、レストラン、宿泊施設などがあり、ここから来島海峡大橋が一望できる。

 大島には道の駅「よしうみいきいき館」があり、ここにも吉海レンタサイクルターミナルがあり、サンライズ糸山から大島の「よしうみいきいき館」まで来島海峡大橋を気軽にサイクリングできる。来島海峡大橋は、全長4105mにわたる3連吊橋で、馬島の上を通る。特に四国本島(糸山半島)~馬島を結ぶ来島海峡第三大橋は1570mあり、ダイナミックな景観が広がる。ほかにも伯方島には道の駅「伯方S・Cパーク」、大三島には道の駅「今治市多々羅しまなみ公園」などの道の駅が充実し、サイクリングの拠点となっている。伯方島は「伯方の塩」の発祥の地であり、かつての塩田はクルマエビの養殖場に変わったが、製塩技術は伝承され、製塩工場がある。大三島は三島大明神ともいわれる大山祇神を祀る大山祇(おおやまづみ)神社がある「神の島」と呼ばれ、多々羅大橋を渡ると広島県尾道市の生口島に行くことができる。

 このほか、今治市西部の旧・大西町は、高縄(たかなわ)半島の北西部にあり、斎灘(いつきなだ)に面している。「新来島どっく」大西工場があり、造船業が盛んである。その南西にある旧・菊間町は、「菊間瓦」で知られる瓦の製造が盛んであるほか、太陽石油の石油精製所や菊間国家石油備蓄基地がある石油の町でもある。予讃線の菊間駅の南では海沿いを走り、斎灘の素晴らしい景色が広がる。

今治エリアの主な駅

今治 / いまばり 駅
JR四国 予讃線

大西 / おおにし 駅
JR四国 予讃線

菊間 / きくま 駅
JR四国 予讃線

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JR四国予讃線・今治駅

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今治駅前にあるレンタサイクルショップ

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今治市中心部の街並み

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サンライズ糸山から見た来島海峡大橋

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サンライズ糸山から見た来島海峡大橋

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しまなみ海道・来島海峡大橋

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来島海峡大橋から見た今治市街

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来島海峡大橋から見た瀬戸内海の島々

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しまなみ海道上にある馬島バス停

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サイクリング道もある来島海峡大橋

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大島(旧・吉海町)から見た来島海峡大橋

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大島(旧・吉海町)から見た来島海峡大橋

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大島の眺め

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菊間の瓦

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JR予讃線・菊間駅

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菊間町の眺め

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JR予讃線から見た斎灘の眺め

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高知・上町 坂本龍馬誕生の地

高知・上町
こうち・かみまち

日本国高知県高知市

高知・上町 坂本龍馬誕生の地

 上町(かみまち)は、高知(こうち)市にある地区で、市内を流れる鏡川(かがみがわ)の北に広がり、国道33号線(電車通り)と、とさでん交通・伊野線が東西に通り、路面電車の伊野線の上町一丁目、上町二丁目、上町四丁目などの電停がある。

 高知の上町は、高知の英雄「坂本龍馬」(さかもと りょうま)が生まれた町であり、上町一丁目電停の近くに「坂本龍馬生誕地の碑」が立っているほか、「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」がある。

 坂本龍馬は、1836年(天保6年)生まれの土佐(とさ)藩の志士で、1835年(慶応元年)に「海援隊」(かいえんたい)を結成し、薩長同盟をつなぎ、大政奉還(たいせいほうかん)のために尽力し、倒幕運動に大きく貢献したが、1867年(慶応3年)に京都の「近江屋」で暗殺された。坂本龍馬は、1867年(慶応3年)に大政奉還、議会設置、官制改革、条約改正、憲法制定、海軍創設、陸軍創設、通貨政策などを提言する「船中八策」を提起し、明治維新に大きな影響をもたらした。この時代の変わり目の先見性と夢を抱いて大胆に行動し、未来を切り拓いたその姿が、後の時代の人々から尊敬されるようになり、高知県土佐が生んだ英雄、そして政治家も憧れる政治改革の象徴となり、歴史人物の中でも特に人気が高い。

 「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」は平成16年(2004年)に開館した。坂本龍馬が生まれ育った高知・上町の歴史を再現し、高知城下の生活と龍馬の生い立ち、その活躍を紹介している。館内は、地元の土佐弁による名ゼリフなども紹介され、坂本龍馬のあの時代の雰囲気を感じることができる。

高知・上町エリアの主な駅

上町一丁目 / かみまちいっちょうめ 電停
とさでん交通 伊野線

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とさでん交通伊野線・上町一丁目電停

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「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」

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「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」の坂本龍馬像

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土佐弁での龍馬と家族の紹介

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愛媛 松山・古町 伊予鉄の軌道線と郊外電車の車両基地がある駅

松山・古町
まつやま・こまち

日本国愛媛県松山市

愛媛 松山・古町 伊予鉄の軌道線と郊外電車の車両基地がある駅

 古町(こまち)駅は、松山(まつやま)市の中心部にある伊予鉄道(伊予鉄)の高浜横河原線と松山市内線(環状線)が乗り入れる駅。

 古町駅の北側には伊予鉄の車両基地が広がり、近郊電車と路面電車の両方の車両を見ることができる。高浜横河原線は、高浜(たかはま)~古町~大手町(おおてまち)~松山市(まつやまし)~横河原(よこがわら)を結ぶ路線で、古町駅から松山の中心市街地にある松山市駅方面へ向かうのにも便利だ。

 松山市内線は松山城の回りを一周する環状線(1系統、2系統)を形成しており、古町駅から木屋町(きやちょう)、鉄砲町(てっぽうちょう)などを経由して大街道、松山市駅前へ向かう城北線の右回り(1系統)と、JR松山駅を経由して大手町、松山市駅前、大街道(おおかいどう)方面へ向かう大手町線の左回り(2系統)が走っている。松山市内線は古町駅の南側で高浜線を斜めに平面交差してJR松山駅方面へ向かう。古町駅からは観光列車の「坊っちゃん列車」も運行されており、古町~JR松山駅~道後温泉を結んでいる。

 古町駅から東に平和通りが伸びていて、平和通りは松山城の北側を東西に結んでいる。古町駅から東に約300m進むと国道196号線との交差点に松山市内線6系統(本町線)の本町四丁目(ほんまち よんちょうめ)電停がある。6系統は、松山城の南側を経由して道後温泉(どうごおんせん)まで結んでいるが、本数が少ないので、古町駅のほうが利用しやすい。

松山・古町エリアの主な駅

古町 / こまち 駅
伊予鉄道 高浜横河原線、大手町線(環状1,2系統)、城北線(環状1,2系統)

本町四丁目 / ほんまちよんちょうめ 電停
伊予鉄道 本町線(6系統)

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伊予鉄松山市内線(大手町線、城北線)の古町駅

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伊予鉄大浜横河原線の古町駅

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郊外電車の線路を斜めに平面交差する松山市内線

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大浜横河原線ホームから見た松山市内線ホーム

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古町駅の伊予鉄車両基地 

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テーマ : 愛媛県
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高知・大豊 吉野川と穴内川沿いを走るJR土讃線

大豊
おおとよ

日本国高知県長岡郡大豊町

高知・大豊 吉野川と穴内川沿いを走るJR土讃線

 大豊(おおとよ)町は、高知(こうち)県北東部の長岡(ながおか)郡にある人口約0.5万人の町。東と南が香美(かみ)市、西が長岡郡の本山(もとやま)町、北が愛媛県の四国中央(しこくちゅうおう)市、徳島県の三好(みよし)市と接している。

 大豊町は、昭和30年(1955年)に大杉(おおすぎ)村、東豊永(ひがしとよなが)村、西豊永(にしとよなが)村、天坪(あまつぼ)村が合併して発足した。大杉の「大」と豊永の「豊」が「大豊」(おおとよ)の地名の由来となっている。

 大豊町には、JR四国・土讃線が通り、土佐岩原(とさ いわはら)、豊永(とよなが)、大田口(おおたぐち)、土佐穴内(とさ あなない)、大杉(おおすぎ)、土佐北川(とさ きたがわ)、角茂谷(かくもだに)の各駅がある。

 吉野川沿いに小歩危(こぼけ)、大歩危(おおぼけ)の険しい峡谷から長いトンネルを抜けて高知県の大豊町に入るJR土讃線は、峠を越えたわけではなく、車窓は引き続き吉野川沿いを走り、まだまだ上流へ上っていく。豊永駅を過ぎ、川沿いを走り、少し長いトンネルを抜けると土佐穴内駅で、ここからは穴内川沿いを上って行く。吉野川はさらに西へ上流に上って行くと、隣の本山町に四国の水がめの早明浦(さめうら)ダムがある。

 大杉駅は、大豊町役場の最寄り駅であり、特急「しまんと」が停車するほか、特急「南風」の一部も停車する。大杉駅の南約1キロにある八坂神社の境内には「杉の大スギ」と呼ばれる樹齢3000年以上の杉の巨木がある。

 南に向かうJR土讃線はさらに穴内川沿いを上り、土佐北川駅は鉄橋上にある珍しい駅。土讃線は、穴内川沿いを上り続けたまま香美市に入る。大豊町は高知県にあるが、実際には徳島県へ流れる吉野川・穴内川の上流部にあり、高知へ行くにはもう一山越えなければならない。そのため、町は近年、急速な過疎化と高齢化が進んでおり、65歳以上が人口の過半数を超えており、今後は町の若返りと町興しが課題となる。

 大豊町を南北に貫く高知自動車道は、昭和62年(1987年)に南国IC(インターチェンジ)~大豊ICが開通。平成4年(1992年)に大豊IC~川之江JCTが開業し、高知県から愛媛県が高速道路で結ばれ、徳島自動車道、松山自動車道とそれぞれつながった。高知自動車道は、吉野川沿いに徳島県三好市へ抜けるのではなく、笹ヶ峰トンネルで愛媛県四国中央市へと抜けている。高知自動車道の開通は、道路交通や高速バスが非常に便利になる一方で、JR土讃線の強力なライバルとなり、JR四国の鉄道経営は厳しい状態が続いている。しかしながら、土讃線の変化に富んだ美しい車窓は、鉄道の旅の良さを改めて感じるし、そこを振り子式のディーゼル特急が高速で走り抜ける鉄道会社の頑張りも感じられる。

大豊エリアの主な駅

大杉 / おおすぎ
JR四国 土讃線

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吉野川沿いを走るJR土讃線

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JR土讃線・大杉駅

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愛媛 松山・大手町 伊予鉄高浜線と市内電車のダイヤモンドクロス

松山・大手町
まつやま・おおてまち

日本国愛媛県松山市

愛媛 松山・大手町 伊予鉄高浜線と市内電車のダイヤモンドクロス

 松山(まつやま)市の大手町(おおてまち)は、松山城の西堀とJR四国・松山駅の間にある地区で、伊予鉄道(伊予鉄)の高浜線・大手町駅と市内電車(大手町線)の大手町駅前・電停がある。

 伊予鉄の大手町駅はJR松山駅の東約300mのところにあり、市内電車で1駅の距離であり、徒歩でも乗り換えが可能だ。駅周辺はビジネスホテルやマンション、オフィスビルが多く、また松山市民病院の最寄り駅でもある。

 伊予鉄・高浜線は高浜(たかはま)~大手町~松山市を結び、さらに東温(とうおん)市の横河原線・横河原(よこがわら)駅まで直通運転しており、実質的には高浜・横河原線として一体運行されている。市内電車は、環状線の環状1,2系統と、JR松山駅~道後温泉(どうごおんせん)を結ぶ5系統が運行されている。

 大手町駅では、南北に走る高浜線と東西に走る市内電車が、道路上で平面交差するダイヤモンドクロスとなっており、かつては日本の各都市で見られたが、現在、郊外電車と路面電車のダイヤモンドクロスはここにしかなく、伊予鉄の名物風景となっている。

 伊予鉄・高浜線と平面交差する市内電車はJR松山駅を経由した後、古町(こまち)駅の手前で、再び高浜線と斜めに平面交差している。地方鉄道ならではの平面交差ときめ細かい運行系統は、松山ならではであり、市内電車と郊外電車の有機的な連携が感じられる。
 
松山・大手町エリアの主な駅

大手町 / おおてまち 駅
伊予鉄道 高浜・横河原線
大手町駅前 / おおてまちえきまえ 電停
伊予鉄道 大手町線(環状1,2系統、5系統)

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伊予鉄高浜線・大手町駅

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大手町駅の市内電車とのダイヤモンドクロス

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市内電車から見た高浜線とのダイヤモンドクロス

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香川・まんのう 満濃池とため池の町

まんのう
まんのう

日本国香川県仲多度郡まんのう町

香川・まんのう 満濃池とため池の町

 まんのう町は、香川(かがわ)県南部の仲多度(なかたど)郡にある人口約2万人の町。東が高松(たかまつ)市の旧・塩江(しおのえ)町、綾歌(あやうた)郡の綾川(あやがわ)町、北が丸亀(まるがめ)市、善通寺(ぜんつうじ)市、西が仲多度郡琴平(ことひら)町、三豊(みとよ)市、南が徳島県の三好(みよし)市、三好郡東みよし(ひがしみよし)町、美馬(みま)市とそれぞれ接している。

 まんのう町は、平成18年(2006年)に仲多度郡の満濃(まんのう)町、仲南(ちゅうなん)町、琴南(ことなみ)町が合併して、新たに「まんのう町」として発足した。旧・満濃町と区別するために平仮名で「まんのう」となった。香川県では「さぬき市」や「東かがわ市」など、合併を機に地名を平仮名化した自治体が多い。

 まんのう町のシンボルである満濃池(まんのういけ)は、はるか8世紀に讃岐国(さぬきのくに)の国守によって建造された人工のため池であり、その後、空海(くうかい)によって改修され、江戸時代も改修が行われ、決壊による洪水と闘いながらも、灌漑用水として利用され続け、香川の大地を潤してきた。明治時代に堤防をかさ上げし、貯水量も増え、今のような雄大な湖となった。まんのう町には満濃池のほかにも、ため池がたくさんあり、丘陵地の農地を潤している。

 まんのう町には、高松琴平電鉄(琴電)琴平線の羽間(はざま)駅と、JR四国・土讃線の塩入(しおいり)駅、黒川(くろかわ)駅がある。このうち、旧・満濃町にあるのは琴電の羽間駅で、土讃線の塩入と黒川の両駅は旧・仲南町にある。いずれの駅も、まんのう町の中心部とは離れており、隣の琴平町からのほうが、まんのう町の中心市街地に近く、最寄り駅は琴電琴平線の榎井(えのい)駅である。満濃池へは土讃線の塩入駅が近く、満濃池周辺には満濃池森林公園、こんぴらレイクサイドゴルフ倶楽部、神野寺、神野神社などがある。

まんのうエリアの主な駅

塩入 / しおいり 駅
JR四国 土讃線

羽間 / はざま 駅
高松琴平電鉄 琴平線

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まんのう町を走るJR土讃線からの眺め

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愛媛 松山・松山城 江戸時代の大天守が残る伊予松山城

松山・松山城
まつやま・まつやまじょう

日本国愛媛県松山市

愛媛 松山・松山城 江戸時代の大天守が残る伊予松山城

 松山城(まつやまじょう)は、松山市の中心部にあり、松山市の定番観光スポットの一つである。江戸時代は伊予国(いよのくに)の松山藩が置かれ、伊予における政治の中心であった。

 松山城は、加藤嘉明(かとう よしあき)松山藩初代藩主によって1602年(慶長7年)に着工され、四半世紀の歳月をかけて完成した。標高132mの勝山山頂に本丸が築かれ、四国最大の城郭が形成された。加藤氏は完成を見ずに会津(あいづ)藩に転封となり、その後は蒲生(がもう)氏を経て、松平(まつだいら)氏が松山城の城主となった。

 明治維新後、松山城は明治6年(1873年)に廃城となり、本丸は「聚楽園」(しゅうらくえん)という公園となり、二の丸と三の丸が陸軍省の管轄となり、歩兵第22連隊の駐屯地となった。

 松山城は、江戸時代からの貴重な建築物がそのまま多く残っているが、何度も危機があった。昭和8年(1933年)の松山城放火事件では、大天守は被害から免れたものの、小天守や南北隅櫓、多聞櫓などが焼失した。第二次世界大戦における昭和20年(1945年)のアメリカ軍による松山空襲では、天神櫓、馬具櫓、乾門、太鼓門など11棟が焼失したが、幸い大天守は無事だった。また、戦後も昭和24年(1949年)に不審火があり、筒井門などが焼失した。

 松山城は、明治時代の廃城後も関連建物が多く残され、焼失した建物も写真や図面などの記録が残っていたことから、戦後の昭和33年(1958年)より復元工事が行われ、米軍に焼かれた馬具櫓をまず復元し、昭和43年(1968年)に小天守、多門櫓、南北隅櫓などを復元。さらにそれ以降も筒井門、太鼓櫓、天神櫓、乾門などを復元し、本来の松山城の雄姿を取り戻していった。

 松山城へは、東雲神社(しののめじんじゃ)から歩いて登ることもできるが、東雲神社近くにある松山城ロープウェイ・松山城山リフトの東雲口(しののめぐち)駅からロープウェイまたはリフトで山上の長者ヶ平(ちょうじゃがなる)駅まで行くと便利である。ロープウェイとリフトは並行しており、好きなほうを選んで乗ることができる。

 東雲口駅へは、伊予鉄道松山市内線(城南線)の大街道(おおかいどう)駅や城北線の赤十字病院前(せきじゅうじびょういんまえ)駅が近く、特に東雲口と大街道を結ぶ街路沿いにはお土産屋が並び、観光客でいつもにぎわっている。

松山・松山城エリアの主な駅

長者ヶ平 / ちょうじゃがなる 駅
松山城ロープウェイ・松山城山リフト

東雲口 / しののめぐち駅
松山城ロープウェイ・松山城山リフト

大街道 / おおかいどう 電停
伊予鉄道 城南線(環状1,2系統、5系統、6系統)

赤十字病院前 / せきじゅうじびょういんまえ 電停
伊予鉄道 城北線(環状1,2系統)

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江戸時代からの大天守が残る伊予松山城

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松山城

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松山城

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松山城から見た松山市の眺め

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松山城の石垣

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松山城へ上るリフトとロープウェー

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ロープウェイから見た東雲口駅

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大街道から東雲口へ続く商店街

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伊予鉄城南線・大街道電停

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伊予鉄城北線・赤十字病院前電停

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高知・高知城 土佐藩の高知城と山内神社

高知・高知城
こうち・こうちじょう

日本国高知県高知市

高知・高知城 土佐藩の高知城と山内神社

 高知城(こうちじょう)は、高知(こうち)市にある土佐(とさ)藩が置かれていた城址で、周辺は高知公園として整備されている。

 高知城は、高知の中心部、はりまや橋から、帯屋町商店街を西に歩いていく。「ひろめ市場」からアーケードがなくなり、さらに西へ歩いていくと金色の鳥居が美しい高知大神宮と、よさこい稲荷神社がある。その先に高知城がある。

 高知城は、土佐藩の初代藩主の山内一豊(やまうち かつとよ)によって築造され、土佐藩の藩庁が置かれた。明治4年(1871年)に廃城となり、高知公園として整備されている。江戸時代に建てられた天守と本丸御殿、追手門が現存している。

 高知城へは徒歩で上っていくことができ、その入り口付近には、土佐・高知出身の自由民権運動を主導した政治家である板垣退助(いたがき たいすけ)の銅像が立っている。

 高知城からは高知の市街地が一望できる。また、高知城の麓の南側は、高知県庁と高知市役所があり、高知の行政の中心となっている。このほか、高知城の東側に、「高知県立高知城歴史博物館」が平成29年(2017年)に開館する。

 高知市を東西に貫く中村街道(国道32号線)には、とさでん交通伊野線の路面電車が走っており、高知城前(こうちじょうまえ)電停および県庁前(けんちょうまえ)電停が、高知城や高知県庁に便利である。その南側には高知県民文化ホールがあり、隣接するホテル三翠園は、土佐藩主の山内家の邸宅の跡地に建てられ、その南側に江戸時代末期に山内容堂(やまうち ようどう)土佐藩15代藩主の下屋敷として建てられた建物が「旧山内家下屋敷長屋展示館」として一般公開されている。

 その西側は、鏡川(かがみがわ)に沿って鷹匠(たかじょう)公園と山内神社がある。山内神社は土佐藩初代藩主の山内一豊をはじめとする土佐藩の歴代藩主を祀る神社で、「大政奉還を慶ぶ山内容堂公」の像や、土佐山内家宝物資料館がある。

高知・高知城エリアの主な駅

高知城前 / こうちじょうまえ 電停
とさでん交通 伊野線

県庁前 / けんちょうまえ 電停
とさでん交通 伊野線

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高知大神宮

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高知城・追手門

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板垣退助の像と高知城

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高知城

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高知城

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高知城からの眺め

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高知県庁

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建設中の高知県立高知城歴史博物館

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中村街道を走るとさでん交通伊野線の路面電車

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旧山内家下屋敷長屋展示館

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鏡川

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山内神社

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山内神社

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大政奉還を慶ぶ山内容堂公の像

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愛媛 松山・道後 日本古三湯の道後温泉と坊っちゃん列車

松山・道後
まつやま・どうご

日本国愛媛県松山市

愛媛 松山・道後 日本古三湯の道後温泉と坊っちゃん列車

 道後温泉(どうごおんせん)は、愛媛(えひめ)県の松山(まつやま)市にある温泉街で、日本三古湯(さんことう)の一つであり、松山を代表する観光地の一つである。

 道後温泉は、古代の万葉集の時代にすでに存在が知られ、愛媛県を表す伊予国(いよのくに)は「湯国」(ゆのくに)から転訛したとも言われている。それほど、伊予にとって道後温泉は特別な存在であり、古くは湯郡(ゆのこおり)と呼ばれ、明治時代には道後温泉周辺は温泉郡(おんせんぐん)という行政地名が用いられた。

 道後温泉の周辺は、明治以降に愛媛県温泉郡の道後(どうご)村および道後湯之町(どうごゆのまち)となり、道後村は大正12年(1923年)に村域が松山市と道後湯之町に編入され、道後湯之町も昭和19年(1944年)に松山市に編入された。

 松山市中心部から道後温泉へは、明治28年(1895年)に道後鉄道の道後駅が開設され、百年以上の歴史を持つ。道後鉄道は明治33年(1900年)に伊予鉄道(伊予鉄)に合併され、その後、松山電気軌道(松電)も道後に乗り入れ、伊予鉄と松電が競合し、大正10年(1921年)に松電が伊予鉄に合併された。道後駅は昭和36年(1961年)に道後温泉駅に改称され、現在に至る。

 道後温泉駅からは、伊予鉄のターミナルの松山市駅を結ぶ3号線、JR松山駅を結ぶ5号線、本数は少ないが本町線へ直通する6号線などが運行されているほか、夏目漱石(なつめ そうせき)が小説「坊っちゃん」の中で「マッチ箱のような汽車」と表現した当時の列車を再現した「坊っちゃん列車」が観光列車として道後温泉~松山市および道後温泉~JR松山駅~古町(こまち)駅を運行している。

 道後温泉駅から道後温泉へは、道後温泉商店街のアーケード商店街が続いており、途中で右に曲がり、そのつき当りに、美しい日本建築の道後温泉本館がある。この「神の湯」本館棟は明治27年(1894年)に建てられたもので、「霊の湯」棟は明治32年(1899年)、道後温泉の象徴的な玄関棟は大正13年(1924年)に建てられた。道後温泉本館を中心として道後温泉のさまざまな温泉宿泊施設が集まっている。

 このほか道後温泉の周辺には、湯築城(ゆづきじょう)の城址の道後公園、湯神社、伊佐爾波(いさにわ)神社、伊予・温泉郡出身の俳人・正岡子規(まさおか しき)を記念する「子規記念博物館」などの施設があり、散策が楽しい。

松山・道後エリアの主な駅

道後温泉 / どうごおんせん 駅
伊予鉄道 城南線(3系統、5系統、6系統)

道後公園 / どうごこうえん 駅
伊予鉄道 城南線(3系統、5系統、6系統)

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道後温泉駅に着いた「坊っちゃん列車」

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伊予鉄・道後温泉駅

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伊予鉄・道後温泉駅

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伊予鉄・道後温泉駅の駅舎

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道後温泉駅前

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道後温泉駅前のからくり時計

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道後温泉商店街

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道後温泉本館

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道後温泉本館

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道後・伊佐爾波神社

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道後・湯神社

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道後・湯神社

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湯築城址の道後公園

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子規記念博物館

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香川・善通寺 空海が創建した善通寺

善通寺
ぜんつうじ

日本国香川県善通寺市

香川・善通寺 空海が創建した善通寺

 善通寺(ぜんつうじ)市は、香川(かがわ)県北西部にある人口約3万人の市。東が丸亀(まるがめ)市、北が仲多度(なかたど)郡の多度津(たどつ)町、西が三豊(みとよ)市、南が仲多度郡琴平(ことひら)町と接している。

 善通寺市は、弘法大師(こうぼうだいし)こと真言宗(しんごんしゅう)の開祖である空海(くうかい)が、父の佐伯善通を供養するために創建した善通寺の門前町として発展した。

 市内には、JR四国・土讃線が走り、市内に金蔵寺(こんぞうじ)駅と善通寺駅があり、善通寺駅には特急「南風」「しまんと」が停車する。また、東西に高松自動車道が通っていて、市内に善通寺IC(インターチェンジ)がある。

 善通寺駅の駅舎は明治22年(1889年)の開業当初からの善通寺をイメージさせる立派な木造駅舎で、改修を経ながら現役で使われている。善通寺市の市街地は、主に善通寺駅の西側に広がっている。善通寺駅から西へ歩いていくと、善通寺市役所、四国学院大学などがあり、その先に乃木神社、香川県護国神社(讃岐宮)などがある。

 善通寺市には、明治時代から陸軍第11師団が置かれ、戦前は四国最大の軍都として多くの軍事基地が建設された。いまは、その敷地が陸上自衛隊善通寺駐屯地となっているほか、善通寺市役所や四国学院大学は基地の跡地に造られ、善通寺の北側にある「四国こどもとおとなの医療センター」は善通寺陸軍病院が戦後に国立善通寺病院となり、平成25年(2013年)より現施設名となったものである。

 自衛隊の駐屯地にある「陸上自衛隊善通寺駐屯地資料館」は、明治31年(1898年)に建てられた和の要素も取り入れた立派な洋館で、陸軍第11師団の初代師団長が乃木希典(のぎ まれすけ)であったことから「乃木館」とも呼ばれ、自衛隊の広報施設となっているほか、善通寺における旧陸軍関係の資料も展示されている。

 善通寺駅から西へ歩いて約1.5キロのところにある「善通寺」は、四国八十八箇所巡りの第75番にあたり、真言宗十八本山の第1番でもある。和歌山県の高野山(こうやさん)や京都の東寺(とうじ)とともに弘法大師三大霊場に数えられ、薬師如来(やくしにょらい)を本尊として祀る。空海(弘法大師)は善通寺の出身であり、「善通」とは、空海の父である佐伯田公(さえき の たぎみ)の法名である。薬師如来坐像を安置する金堂(本堂)や江戸時代から明治時代にかけて再建された五重塔などがあり、日本の歴史の奥深さと美しさが感じられる。

 善通寺の奥の西側は善通寺の五岳山(香色山、筆ノ山、我拝師山、中山、火上山)が広がり、そのうち我拝師山(がはいしさん)が、標高481mで最も高く、我拝師山と中山の間に四国八十八箇所第73番の「出釈迦寺」(しゅっしゃかじ)の奥の院がある。

善通寺エリアの主な駅

善通寺 / ぜんつうじ 駅
JR四国 土讃線

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JR土讃線・善通寺駅

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土讃線の車窓から見た善通寺市

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