台湾 桃園・龍潭 龍潭大池と石門ダムと小人国

桃園・龍潭
トーイェン・リュンタム/Tho-yen Liung-tham (台湾客家語)
トーフン・リョンタム/Thô-hn̂g Liông-thâm (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・ロンタン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ ㄌㄨㄥˊ ㄊㄢˊ (台湾華語/北京語)

台湾桃園市龍潭区
臺灣桃園市龍潭區

台湾 桃園・龍潭 龍潭大池と石門ダムと小人国

 龍潭(客:リュンタム/台:リョンタム/華:ロンタン)区は、台湾北西部の桃園(客:トーイェン/台:トーフン/華:タオユエン)市にある人口約12万人の区。

 北が楊梅(客:ヨンモイ/華:ヤンメイ)区、平鎮(客:ピンツン/華:ピンツェン)区、東が大渓(大溪/台:タイケー/客:タイハイ/華:ターシー)区、南が新竹(客:シンツゥッ/台:シンティッ/華:シンツウ)県の関西(關西/客:クワンシー/華:クワンシー)鎮、西が新竹県新埔(客:シンプウ/華:シンプウ)鎮と接している。

 龍潭は、桃園丘陵の南側にあり、町の中心部近くに龍潭大池(リュンタムタイツー)があり、町のシンボルとなっている。龍潭大池はかつては古くは菱が採れたことから「菱潭埤」(台:リンタムピー)と呼ばれ、それが後に廟が建てられたことから「靈潭埤」(台:リンタムピー)と表記されるようになり、さらに後に「龍潭」(台:リンタム/客:リョンタム)という漢字表記となった。

 龍潭大池は、桃園丘陵の灌漑用水として使われているほか、池には吊り橋が架けられ、南天宮(ナムティエンキュン)とともに観光スポットとなっている。「雨夜花」(ウーヤーホエ)や「望春風」(バンツンホン)などの台湾を代表する名曲を生み出した音楽家・鄧雨賢(客:テン イーヒエン)の記念館「雨賢館」が池の北西にある。

 龍潭区にはフォルモサ(福爾摩沙)高速道路(3号線)が通り、龍潭IC(インターチェンジ)があるほか、台3線道路が大渓や関西を結んでいる。また、中豊路が平鎮および中壢(客:ツゥンラッ/華:ツォンリー)の市街地を結んでいる。

 龍潭区には鉄道が通っていないが、桃園客運や新竹客運の龍潭バスターミナルがあり、桃園客運が中壢、大渓、桃園、石門ダム方面を、新竹客運が中壢、楊梅、小人国、六福村、関西、竹東、新竹方面を結んでいる。

 龍潭区の最南端、大渓区、復興区、新竹県関西鎮との境にある石門ダム(石門水庫/客:サッムン スイクウ/台:チオムン ツイコー/華:スーメン スエイクウ)は、1964年に完成した標高252m、ダムの高さ133m、幅360mの巨大なダムで、水道、灌漑用水の確保と治水の目的のほかに、水力発電も行われている。龍潭の中心部から石門ダムに向かう途中の三坑子(サムハンエ)は、伝統的な客家建築の古い町並みが残り、客家の「三山國王」(サムサンクェッヴォン)を祀る永福宮(ユンフゥッキュン)がある。

 龍潭区の西側にある小人国(小人國/シャオレンクオ)と呼ばれる「台灣小人國主題樂園」は、世界の名建築物を屋外にミニチュアで再現したテーマパークで、台湾の総統府、中正紀念堂、国父紀念館、中国の紫禁城、日本の姫路城、インドのタージマハール、ロシアの聖ワシリー大聖堂など緻密に再現されたミニチュアが楽しめる。園内を走るミニ列車も人気がある。また、動物園やプール、遊園地などがあるテーマパーク「六福村」が新竹県関西鎮側に隣接している。

liungtham1.jpg
小人国を走るミニ列車

liungtham6.jpg
小人国を走るミニ列車

liungtham2.jpg
小人国の台湾総統府

liungtham3.jpg
小人国の台湾建築コーナー
(中正紀念堂、国父紀念館など)

liungtham4.jpg
小人国の世界建築コーナー
(ロシア聖ワシリー大聖堂)

ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ : 台湾旅行
ジャンル : 旅行

台湾 新竹・横山 内湾の客家レトロ街

橫山
ヴァンサン/Van-san (台湾客家語)
ヘンサン/ㄏㄥˊ ㄕㄢ (台湾華語/北京語)
ホワイサン/Hoâiⁿ-san (台湾語/ホーロー語)

臺灣新竹縣橫山鄉
台湾新竹県横山郷

台湾 新竹・横山 内湾の客家レトロ街

 横山(橫山/ヴァンサン/ヘンサン)郷は、台湾北西部の新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県にある人口約1.4万人の町。西が竹東(ツゥクトゥン/ツウトン)鎮、北が芎林(キュンリム)郷、関西(關西/クワンシー)鎮、東が尖石(チャムサク/チエンスー)郷、南が五峰(ンーフゥン/ウーフォン)郷と接している。

 横山は、竹東から東の山間部に入ったところにあり、清国時代に平地原住民族とともに開拓が行われ、現在は主に客家(ハッカ)系住民が多く住んでいる。

 横山郷を走る台鉄内湾線は、戦後の1947年に新竹~竹東が開業。続いて1950年に竹東から横山郷の合興(カプヒン/ホーシン)駅まで延伸され、さらに翌1951年に内湾(內灣/ヌイヴァン/ネイワン)駅まで全通した。

 内湾線は山間部をディーゼルカーがのどかに走るローカル線であり、横山郷内に横山、九讚頭(キュウツァンテウ/チョウツァントウ)、合興、富貴(フゥークイ/フゥークエイ)、内湾の各駅がある。

 横山駅は、横山の市街地があるが、横山郷公所(村役場)はその次の九讚頭駅が近い。九讚頭駅の北側には大規模なセメント工場があり、かつてセメント輸送の貨物列車が多く発着していたため、駅の構内は広い。合興駅は、内湾線唯一の木造駅舎が残り、レトロな雰囲気が残り、途中下車する旅行客も多い。合興駅はかつて石灰石の輸送が行われていた。山間部にあるため、かつてはスイッチバックの駅であったが、今は通常のホームに切り替わり、スイッチバック駅時代の廃線跡が残されている。富貴駅は、かつては南河(ナムホー/ナンホー)駅であったが、2003年に内湾線に栄華駅が開設されたときに「栄華富貴」という縁起のよい切符を販売するために富貴駅に改称されたが、地元の地名と関係のない駅名変更であったことから反対もあった。

 終点の内湾駅は、油羅渓沿いの町で、日本統治時代から林業と鉱業で発展した町で、1950年代に最盛期を迎えたが、林業と鉱業が衰退するにつれて、内湾は静かな終着駅の町になった。駅前には商店街があり、客家料理レストランや客家物産店、雑貨店などが並んでいて、レトロな街並みが雰囲気があり、人気の観光スポットとなっている。高菜の漬物を発酵させて干した福菜(ポクツォイ)や梅干菜(鹹菜乾/ハムツォイコン/メイカンツァイ)、北部客家独特の柑橘系ソースである桔醤(キッチョン)などの客家食材も店頭に並んでいる。このほか、日本時代に建てられた映画館「内湾戯院」は建物がそのまま保存され内部が客家料理店とお土産店になっている。内湾吊橋からは油羅渓の眺めが美しく、ここからさらに川沿いに進んでいくとタイヤル族が住む尖石郷となる。 

新竹・横山エリアの主な駅

內灣 / ヌイヴァン(ネイワン) 駅
台鉄 内湾線

合興 / カプヒン(ホーシン) 駅
台鉄 内湾線

九讚頭 / キュウツァンテウ(チョウツァントウ) 駅
台鉄 内湾線

橫山 / ヴァンサン(ヘンサン) 駅
台鉄 内湾線

vansan1.jpg
台鉄内湾線・横山駅

vansan2.jpg
セメント工場がある九讃頭駅

vansan3.jpg
スイッチバック駅だった合興駅

vansan4.jpg
スイッチバック駅だった合興駅

vansan5.jpg
台鉄内湾線・内湾駅

vansan6.jpg
台鉄内湾線・内湾駅

vansan7.jpg
内湾駅前の商店街

vansan8.jpg
内湾の客家物産店

vansan9.jpg
客家料理レストランとして使われている「内湾戯院」

vansan10.jpg
内湾吊橋

vansan11.jpg
油羅渓からタイヤル族が住む尖石郷方面を眺める

ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

台湾 新竹・竹東 内湾線と客家の町、六家線が分かれる竹中

竹東
ツゥクトゥン/Chuk-tung (台湾客家語)
ティクタン/Tek-tang (台湾語/ホーロー語)
ツウトン/ㄓㄨˊ ㄉㄨㄥ (台湾華語/北京語)

臺灣新竹縣竹東鎮
台湾新竹県竹東鎮

台湾 新竹・竹東 内湾線と客家の町、六家線が分かれる竹中

 竹東(ツゥクトン/ティクタン/ツウトン)鎮は、台湾北西部の新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県にある人口約10万人の町。北が竹北(ツゥクペッ/ティクパク)市、芎林(キュンリム)郷、東が横山(ヴァンサン)郷、南が五峰(ンーフゥン/ウーフォン)郷、北埔(ペップウ)郷、東が宝山(寶山/ポーサン)郷、西が新竹市東区と接している。

 竹東はもともとタイヤル族やサイシヤット族など台湾原住民族が住むところであったが、清国時代の18世紀後半から広東省の恵州(フィーツウ)や饒平(ニャウピン)、陸豊(リュクフゥン)あたりからの客家(ハッカ)系の移民の開拓が進み、「樹杞林」(スウキーナア)と呼ばれる町だった。

 1920年(大正9年)の地名改正で、新竹の東に位置することから「竹東」(ちくとう)と改名され、戦後もそのまま竹東の地名が使われている。町は客家系住民が大多数を占め、「竹東」は客家語で「ツゥクトン」、台湾語で「ティクタン」、華語で「ツウトン」と呼ばれる。

 竹東は古くは樟脳産業が盛んで、近代には石油の掘削が行われたほか、セメント、ガラス産業や、林業の集散地としても発展した。現在は新竹サイエンスパークに隣接する都市となっている。

 竹東は頭前渓(頭前溪/テウチエンハイ)という川の南側にあり、台鉄の内湾線が走っていて、鎮内に竹中(ツゥクツゥン/ツウツォン)、上員(ソンジェン/サンユエン)、栄華(榮華/ジュンファー/ゾンホア)、竹東の各駅がある。

 竹東鎮を走るのどかなローカル線である内湾線は、日本時代末期の1944年(昭和19年)に着工されたが、まもなく戦争のため工事が中断し、戦後に工事が再開されて、1947年に新竹~竹東が開業し、1950年に横山郷の合興まで、翌51年に内湾(內灣/ヌイヴァン/ネイワン)駅まで全線開業した。

 竹東の市街地は、竹東駅の南側に広がり、市場などでは新竹(海陸)方言の客家語が聞こえてくる。竹東駅は戦後まもなくできたが、着工が日本時代のためか、駅舎も瓦屋根の日本風建築が美しい。竹東鎮を走る内湾線は単線であるが、竹東駅は列車交換ができる比較的大きな駅である。

 竹東からは新竹市内や竹北、北埔、五峰、中壢方面を結ぶバスや台北を結ぶ高速バスも運行され、新竹県の交通の拠点にもなっている。

 内湾線の新竹~竹中は、竹北市の六家(リュッカー/リョウチア)にできた台湾新幹線・新竹駅へのアクセス鉄道として、竹中~六家が建設されるとともに、竹中~新竹の複線電化・高架化工事が行われた。このため、2007年3月から新竹~竹東が運休となり、代行バスを走らせ、その間に集中的に工事を行い、2011年11月に完成した。

 これにより、新竹~竹中~六家(高鉄新竹)の六家線電車が運行されるようになり、内湾線のディーゼルカーは竹中で折り返すようになり、新竹駅までは一部しか乗り入れないようになった。一方、台湾新幹線の新竹駅から竹中駅で内湾線に乗り換えて内湾線沿線の旅が便利になった。

 新しい竹中駅は、2面3線の高架駅で、六家線はここから北上して頭前渓を渡り、六家駅を結んでいる。竹中駅の西は新竹市東区であり、竹科と呼ばれる新竹サイエンスパーク(新竹科學園區)が広がり、台湾のハイテク産業の拠点となっている。

新竹・竹東エリアの主な駅

竹東 / ツゥクトゥン(ツウトン) 駅
台鉄 内湾線

竹中 / ツゥクツゥン(ツウツォン) 駅
台鉄 内湾線、六家線

chuktung1.jpg
台鉄内湾線・竹東駅

chuktung2.jpg
台鉄内湾線・竹東駅

chuktung3.jpg
六家線が分岐する竹中駅

chuktung4.jpg
竹中駅で折り返す内湾線

ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

台湾 台中・科博館 国立自然科学博物館と緑悟道

臺中・科博館
タイテョン・コーポッコワン/Tâi-tiong Kho-phok-koán (台湾語/ホーロー語)
タイツォン・コーポークワン/ㄊㄞˊ ㄓㄨㄥ ㄎㄜ ㄅㄛˊㄍㄨㄢˇ (台湾華語/北京語)

臺灣臺中市西區
台湾台中市西区

台湾 台中・科博館 国立自然科学博物館と緑悟道

 台中(臺中/台:タイテョン/華:タイツォン)市の西(セー/シー)区にある国立自然科学博物館(國立自然科學博物館)は1986年に開館した博物館で、宇宙、生命科学、地球環境、植物園などから構成されている。

 国立自然科学博物館から南に伸びる経国緑園道(經國綠園道/キンコク リクフントー / チンクオ リュィーユエンタオ)は、緑豊かな公園道で、館前路沿いに南西方向に広がっており、途中に台中港路から改名された台中のメインストリートである台湾大道を横切る。台湾大道では台中BRT(バス・ラピッド・トランジット)ブルーライン(藍線)という基幹バスレーンの建設が進められ、科博館(コーポッコワン/コーポォークワン)停留所が2014年に開業したが、その後、車線減少や一般バスがBRTレーンに入れず渋滞が余計にひどくなったなどの問題が出て、台中BRTレーンは一般のバスにも開放されるようになり、バスレーンに改められた。その後、台中地下鉄ブルーラインの建設が改めて検討されていおり、科博館駅の設置が検討されている。

 科博館バス停の周辺には、スプレンダーホテル台中(臺中金典酒店/The Splendor Taichung)や、広三そごう百貨店(廣三SOGO)がある。

 台湾大道の南側は、中興街と館前路の間が経国緑園道となっており、台中のグリーンベルト(草悟道/ツァウンゴォートー/ツァオウータオ)の一環となっている。周辺にはホテルナショナル台中(全國大飯店/Hotel National Taichung)やホテルワン台中(台中亞緻大飯店/Hotel ONE Taichung)、台中発祥のパールミルクティー(珍珠奶茶/ツェンツウナイツァー)の老舗である「春水堂」(ツゥンスエイタン)などがある。

kengkoklekto1.jpg
台中亞緻大飯店から見た台中市街

kengkoklekto2.jpg
経国緑園道から見た春水堂と台中亞緻大飯店

kengkoklekto3.jpg
芝生が広がる経国緑園道


ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

台湾・桃園 市街地拡大続ける桃園、社殿残る桃園神社跡

桃園
トーフン/Thô-hn̂g (台湾語/ホーロー語)
タオユエン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ (台湾華語/北京語)
トーイェン/Tho-yen (台湾客家語)

臺灣桃園縣桃園市
台湾桃園県桃園市

台湾・桃園 市街地拡大続ける桃園、社殿残る桃園神社跡

 桃園(台:トーフン/華:タオユエン/客:トーイェン)市は、桃園県の県政府(県庁)所在地で、人口約42万人。桃園市は東が亀山(龜山/クウソワ/クエイサン)郷、北が蘆竹(ロォーティッ/ルウツウ)郷、西が中壢(ツゥンラッ/テョンリッ/ツォンリー)市、南が八徳(八德/パッティッ/パートー/パッテッ)市と接している。亀山郷が約14万、蘆竹郷が約15万、中壢市が約38万、八徳市が約18万と、桃園市と隣接自治体を合わせると100万人を超える都市圏となっている。

 桃園県は近年、桃園市を中心に市街地拡大による人口増加が続き、桃園県全体の人口が200万人を突破したことから、2014年末に桃園県は直轄市の桃園市に昇格することになった。現在の桃園県桃園市は、2014年末以降は桃園市桃園区となる。

 桃園県は桃園市と中壢市の2つの都市圏があるが、この2つの都市圏の性格はかなり異なる。桃園県東部にある桃園市は、新北市に近く、さらには首都の台北市へも電車で30分ほどの距離であることから通勤圏内である。なので、桃園市周辺の都市化拡大は台北のベッドタウンの機能を果たしているともいえる。なぜなら、台北市内の地価が高騰し、新北市や桃園県東部で住宅を購入する人が増えているからで、桃園市周辺では高層マンションの建設ラッシュとなっている。

 一方、中壢市は桃園県を代表する客家(ハッカ)系住民が多く住むエリアであり、特に中壢市周辺の平鎮(ピンツン)、龍潭(リュンタム)、楊梅(ヨンモイ)、新屋(シンヴゥッ)、観音(觀音/コンジム)などの桃園県西部は客家系住民が多い。中壢市は桃園客家の中心地であるとともに、2007年に開業した台湾新幹線(臺灣高鐵)の桃園駅が開設され、新たな開発が進められている。

 そのほか、桃園県は1949年に中華民国政府が台湾に移転してきた際に多くの中国大陸出身の軍人らが住む「~新村」の地名がつく「眷村」(チュエンツン)が多くある。また、近年は東南アジアからの労働者も多く、桃園県は多民族のバラエティ豊かな文化のある地方となっている。

 桃園は、かつては桃の栽培が盛んだったのか、福建省南部からの移民によって「桃仔園」(トアフン)と呼ばれ、日本統治時代の1920年(大正9年)の地名改正で桃園(トーフン/とうえん)となり現在に至る。中華民国の華語では「タオユエン」と読む。

 桃園市は、台鉄(在来線)縦貫線(西部幹線)の桃園駅を中心に市街地が広がっている。駅周辺には統領百貨店や遠東百貨店、新光三越百貨店などのデパートがあり、そのほか、東南アジア系の店舗も多く、多民族な桃園県を象徴する街並みが広がっている。台鉄は現在、桃園県内の部分について都市鉄道化を進める高架化工事を進めており、今後市西部の国際路(國際路)との交差地点に国際路(國際路/コクツェーロー/クオチールウ)駅が開設される予定である。

 桃園県では桃園捷運(都市鉄道)プロジェクトを推進しており、桃園県内の台鉄縦貫線が地下化されて桃園捷運紅線(レッドライン)となるほか、桃園駅には、八徳~桃園~桃園エアシティー方面を結ぶ緑線(グリーンライン)、台北捷運新蘆線の廻龍(ホエリョン/ホエイロン)駅から桃園駅を経由して旧台鉄林口線を利用して桃園空港鉄道の山鼻(ソワピィ/サンピー)駅まで結ぶ棕線(ブラウンライン)などが将来乗り入れる構想がある。

 桃園駅から北東に1キロほど歩いたところにある「桃園県忠烈祠」(タオユエン ツォンリエツー)は、もともと日本時代に「桃園神社」があったところ。「忠烈祠」は中華民国の戦死者の英霊を祀る中華民国版の「護国神社」といえるものだが、日本時代の神社の多くは、中華民国の忠烈祠を建てる際に神社の建物を取り壊したが、桃園県忠烈祠の場合は桃園神社の建物がそのまま転用された。鳥居については形が変わっているが、社殿はそのままであり、1980年代に修復され、古蹟にも指定されている。

桃園エリアの主な駅

桃園 / トーフン(タオユエン) 駅
台鉄 縦貫線(西部幹線)

thohng3.jpg
台鉄・桃園駅

thohng1.jpg
桃園神社の社殿が残る桃園県忠烈祠

ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

台湾・苗栗 台湾客家の中心都市

苗栗
メウリッ/Meu-lit (台湾客家語)
ビャウリク/Biâu-le̍k (台湾語/ホーロー語)
ミャオリー/ㄇ一ㄠˊㄌ一ˋ (台湾華語/北京語)

臺灣苗栗縣苗栗市
台湾苗栗県苗栗市

台湾・苗栗 台湾客家の中心都市

 苗栗(メウリッ/ビャウリク/ミャオリー)市は、台湾北西部の苗栗県の県政府所在地で人口は約9万人。

 苗栗県は北に新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県、新竹市、南に台湾中部の最大都市である台中(臺中/タイテョン/タイツォン)市と接している。

 苗栗県は、台湾第2のエスニックグループである客家(ハッカ)人が多く住む県として知られている。福建省閩南(バンラム)地方からの移民によって比較的早くから開墾が進んだ竹南(ティクラム)、後龍(アウラン)、通霄(トンシャウ)、 苑裡(ワンリー)などの海岸部(海線)はホーロー系住民が多いが、頭份(テウフゥン)、造橋(ツォーキェウ)、苗栗(メウリッ)、西湖(スィーフゥー)、銅鑼(トゥンロォー)、三義(サムニー)などの内陸部(山線)に客家系住民が多く。さらに山側の三湾(三灣/サムヴァン)、頭屋(テウヴク)、獅潭(スータム)、南庄(ナムツォン)、公館(クゥンコン)、大湖(タイフゥー)、卓蘭(ターラン)、泰安(タイオン)なども客家系住民が多く住んでいる。また、山間部の南庄郷には台湾原住民族のサイシヤット族、泰安郷にはタイヤル族も住んでおり、山地原住民郷となっている。

 苗栗には、もともとタオカス族という先住民族が住んでいて、苗栗のあたりはタオカス族のバリ(Bari)社という村があった。バリとはタオカス語で「平原」を意味したが、福建省閩南からの移民により、台湾語(ホーロー語)読みで「貓貍」(バーリー)という漢字が当てられた。これが後に、「貓裏」や「貓里」と表記されるようになり、18世紀あたりから客家人の移民が増えると、客家語で「メウリー」と読まれるようになり、清国時代の1889年(光緒15年)に客家語読みで近い音の「苗栗」(メウリッ)に漢字表記が改められ、今に至る。現在、台湾語では「苗栗」の漢字表記がそのまま「ビャウリク」と台湾語読みされている。台湾華語は「苗栗/ミャオリー」と読む。

 苗栗で話されている客家語は四県(四縣/スィーイェン)方言と呼ばれ、広東省の梅州(モイツウ)で話されている客家語に近い。苗栗県に隣接する新竹県では海陸(ホイリュク)方言を話す人が多い。苗栗県では、新竹県に隣接する頭份では海陸方言を話す人が多いが、そのほか苗栗県の広い地域で四県方言が話されている。台湾の鉄道やバスのアナウンスでは四県方言が使われており、台湾の客家系住民で最も話者が多い四県方言が台湾客家語で標準語的な地位を築いている。一方、台湾の「客家テレビ」では、漢字の字幕もあることから、積極的に四県以外の海陸方言なども用いて放送している。

 苗栗市の交通の玄関口は、台湾鉄道(台鉄/臺鐵)西部幹線(山線)の苗栗駅であり、特急の自強(ツウキョン/ツーチャン)号も停車する。台湾を南北に貫く台鉄の西部幹線(縦貫線)は、苗栗県の竹南から彰化(チョンホア/ツァンホア)県の彰化駅まで海線と山線(台中線)に分かれ、苗栗駅は山線に属する。蒸気機関車の時代は、勾配が少ない海線のほうが所要時間が短く、海線のほうがメインルートの時代もあったが、山線は台中駅を経由することから、台中市の発展とともに山線が重視されるようになり、複線電化や山間部区間の直線トンネル化などの改良工事が完成してからは山線のほうがメインルートとなっている。普通電車は主に新竹~苗栗~台中~彰化の区間を走っており、苗栗県内の竹南、造橋、銅鑼、三義などの町を結んでいる。

 そのほか、「苗栗客運」のバスが、苗栗を中心に苗栗県内の各地を結んでおり、「新竹客運」のバスも苗栗県内を走っている。また、苗栗市郊外の公館に中山高速道路の苗栗ICがあり、苗栗から「國光客運」や「統聯客運」などの高速バスが台北を結んでいる。

 苗栗の市街地は、苗栗駅の東側から南へ中山路と中正路が伸びていて、道路沿いに商店が続いていてにぎやかである。一方、苗栗県の官庁街は駅の裏手の南西側に苗栗県政府(県庁)や苗栗市公所(市役所)がある。そのほか、苗栗駅の周辺には台湾でかつて走っていた蒸気機関車やディーゼル機関車、客車などを展示している「苗栗鉄道文物展示館」や、「苗栗市英才観光夜市」などがある。また、苗栗駅から少し離れた南西には、「貓貍山公園」が広がり、園内にある「苗栗県忠烈祠」は、日本統治時代にあった「苗栗神社」の跡地に建てられた。

 2007年に開業した台湾新幹線(臺灣高鐵)は、開業時に苗栗県内に駅が設置されなかったが、その後、県北部の後龍鎮に苗栗駅が開設されることになり、2015年の開業に向けて駅施設および駅前周辺の工事が進められている。
 
苗栗エリアの主な駅

苗栗 / メウリッ(ビャウリク/ミャオリー) 駅
台鉄 台中線(山線・西部幹線)


ドルジバツアー ホームページ
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

台湾 桃園・蘆竹 開発進み人口急増する蘆竹、南カンICと空港鉄道

桃園・蘆竹
トーフン・ロォーティク/Thô-hn̂g Lô͘-tek (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・ルウツウ/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ ㄌㄨˊ ㄓㄨˊ (台湾華語/北京語)

臺灣桃園縣蘆竹鄉
台湾桃園県蘆竹郷(2014年末から桃園市蘆竹区)

台湾 桃園・蘆竹 開発進み人口急増する蘆竹、南カンICと空港鉄道

 蘆竹(ロォーティク/ルウツウ)は、桃園(トーフン/タオユエン)県北部にある人口約15万人の郷。桃園県は2014年末に桃園市に昇格する予定であり、それにともない桃園県蘆竹郷は桃園市蘆竹区となる。

 蘆竹は、もともと葦竹(蘆竹/ロォーティク)が群生していた荒地だったのが地名の由来であるが、近年は急速に住宅開発が進み、人口が急増している。「蘆竹郷」の「郷」は日本語では「村」に相当するが、人口急増により、台湾の多くの「市」よりも人口が多い。

 蘆竹郷には、東西に中山高速道路(国道1号線)が通り、桃園南崁IC、空港(機場)JCTがあり、空港JCTでは台湾桃園国際空港(臺灣桃園國際機場/タイワン トーフン コクツェー キーティウ/タイワン タオユエン クオチー チーツァン)を結ぶ空港高速道路(国道2号線)が分岐し、南北に貫く空港高速道路は大竹ICがある。

 蘆竹郷は主に南西部の大竹(トアティク/ターツウ)、中南部の南崁(ラムカム/ナンカン)、北部の山脚(山腳/ソワーカー/サンチャオ)の3つの地区に分かれる。

 大竹地区は、空港JCTの周辺に集落がある。空港JCT自体は外とのつながりがないが、台湾新幹線(臺灣高鐵)の桃園駅開業に合わせて空港高速道路に大竹ICが新設された。新幹線の桃園駅は西隣の中壢(ツゥンラク/テョンリク/ツォンリー)市にあり、大竹ICから4キロほどので近く、便利である。

 南崁地区は、蘆竹郷の中心地であり、南崁ICがドライバーによく知られていることから、「蘆竹郷」よりも「南崁」の地名のほうが通じる場合が多い。「南崁」の地名は、先住民ケタガラン族のナムカム社(集落)があったところで、後に福建(ホッケン)からの移民によって「南崁」(ラムカム)という漢字が当てられた。蘆竹郷公所(役場)は南崁ICの北側にある。南崁ICは台4線道路が南北に貫き、南は桃園市(2014年末から桃園市桃園区)、北は大園(トアフン/ターユエン)郷の桃園国際空港を結んでいる。南崁地区は、南崁ICの周辺が199年代から急速に開発が進み、エバー(長栄)航空総本部や、台茂ショッピングセンター(台茂購物中心)などがあるほか、高層マンションがどんどん増えている。

 桃園空港から台北へ向かう一部のバスが南崁の市街地を経由している。台4線は台湾文化の一つとも言えるドライバーに人気のビンロウ(檳榔/ピンヌン/ピンラン)を販売する店が道路沿いにいくつもあり、空港から台4線を経由して台北市内へ向かう大有バスなどは空港からすぐに台湾文化を感じることができて楽しい。南崁からは中山高速道路で台北市内まで30分程度なので、多くのバスが運行されている。この道路交通の便利さと、台北より地価が安いことが人口増加につながっている。

 但し、人口急増の蘆竹郷の不便さを一つ挙げるとすれば、それは鉄道交通の不便さである。一応、台鉄の林口線が南北に通っていて桃園駅につながっていたが、もともと林口火力発電所に石炭を運ぶための貨物線であり、2005年から旅客列車も運行されるようになったが、ディーゼルカーによる一日数往復程度の運行で、2012年末に廃止された。蘆竹郷公所の最寄り駅は隣の亀山(龜山/クウソワ/クエイサン)郷にあった南祥(ラムシャン/ナンシャン)駅であり、そのほか蘆竹郷内に五福(ンゴーホク/ウーフゥー)、長興(テョンヒン/ツァンシン)、海山(ハイソワ/ハイサン)、海湖(ハイオォー/ハイフウ)の各駅があった。人口急増にもかかわらず、有効活用されずに廃止されたのは残念だった。

 山脚地区は、台鉄林口線の長興、海山、海湖の各駅があったあたりで、近年はマンション開発が進んでいる。そのほか、台北市から桃園国際空港を結ぶ桃園空港鉄道(桃園機場捷運)の建設が進められており、山鼻(ソワピィアー/サンピー)駅と坑口(ケェカウ/ケンコウ)駅が設けられる。台鉄林口線の海山駅と建設中の山鼻駅は近かったが、桃園空港鉄道開業前に台鉄林口線が廃止されてしまった。廃線跡は、桃園捷運(都市鉄道)ブラウンライン(棕線)となる構想があり、今後バス・ラピッド・トランジット(BRT)方式かライトレール(LRT)方式として再活用される計画がある。坑口駅は、将来、桃園捷運グリーンライン(綠線)との乗換駅となる予定である。グリーンラインは坑口駅から水尾(ツイボエ)を経由して蘆竹、南崁を経由して台鉄桃園駅、八徳(パッティク/パートー)方面を結び、そのほか水尾から桃園エアシティ(航空城)を経由して桃園空港鉄道(桃園捷運ブルーライン)の横山(ホワイソワ/ヘンサン)駅を結ぶ構想がある。

 このほか、蘆竹郷の東側は丘陵が広がり、台北近郊にあることから永漢ゴルフ場、台北ゴルフクラブ、台北第一ゴルフ場などのゴルフ場がある。

loutek1.jpg
中山高速道路・南崁インターチェンジ

ドルジバツアー ホームページ(バックナンバー)
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

台湾 桃園・桃園機場 台湾桃園国際空港と建設進む空港連絡鉄道

桃園・桃園機場
トーフン・トーフンキーティウ/Thô-hn̂g ・Thô-hn̂g-ki-tiûⁿ (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・タオユエンチーツァン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ・ㄊㄠˊ ㄩㄢˊㄐㄧ ㄔㄤˇ (台湾華語/北京語)

臺灣桃園市大園區
台湾桃園市大園区

台湾 桃園・桃園機場 台湾桃園国際空港と建設進む空港連絡鉄道

 台湾の首都・台北(臺北/台:タイパッ/華:タイペイ)の玄関口となる最大の国際空港は、台北郊外の桃園(台:トーフン/華:タオユエン)市の大園(トアフン/ターユエン)区にある台湾桃園国際空港(臺灣桃園國際機場/タイワン トーフン コクツェー キーティウ/タイワン タオユエン クオチー チーツァン)。

 この空港は、1979年に開港した空港で、以前は蒋介石(チャンチエスー)元総統の名「中正」(ツォンツェン)をとって中正国際空港(Chiang Kai-Shek International Airport)と呼ばれていたが、2006年に台湾桃園国際空港に改称された。首都・台北の玄関口であるため「台北」と略されることも多いが、台北市内の台北松山空港と区別して「台北(桃園)」や、台北桃園空港とも呼ばれる。

 同空港開港以前は、台北市内の台北松山空港(臺北松山機場/タイパク ションサン キーティウ / タイペイ ソンサン チーツァン)が使われていたが、国際線が桃園の中正空港に移転し、松山空港は台湾国内専用空港となっていた。2007年に台湾新幹線(臺灣高鐵)が開業すると、台湾国内線の需要が減り、余裕のできた松山空港の再国際化がはじまり、2008年に中国との直行便の一部が乗り入れるようになり、2010年10月からは台北松山~東京羽田の路線も開設された。松山空港はこのほか、中国の上海虹橋や、韓国のソウル金浦など北東アジア各国の主要都市の第二空港どうしを結ぶシャトル路線の開設を進めているが、一方で台湾桃園国際空港の国際空港としての地位が揺らぐものではなく、台湾中南部からの需要もあり、台湾桃園国際空港の需要は今後も増加していくものと思われる。

 桃園空港は、ターミナルビルを挟むように滑走路が2本あり、開業当時からの第1ターミナルと、新たに造られた第2ターミナルがあり、中華航空(テョンホア ハンコン/ツォンホア ハンコン)、エバー航空(長榮航空/テョンイン ハンコン/ツァンロン ハンコン)などの台湾の航空会社の本拠地となっている。また、桃園空港から日本へは、2011年秋に結ばれた日台航空自由化(オープンスカイ)協定により、乗り入れ都市が急速に拡大しており、東京成田、大阪関西、名古屋中部、札幌千歳、福岡、沖縄那覇、仙台、広島、小松、宮崎、鹿児島、富山、釧路、旭川、函館、岡山、高松、石垣島などに毎週計約350便以上の定期路線があり、日本からは日本航空や全日空が乗り入れるほか、香港のキャセイパシフィック航空(國泰/クォクタイ)や、米国の航空会社も台湾と日本を結んでいる。最近ではピーチ航空、ジェットスター、スクート、エアアジアなどの格安航空(LCC)も日台を結ぶようになっている。

 桃園空港から台北市内へは、2017年の桃園メトロ空港線開業以前は鉄道交通がなく、高速バスが主な交通手段となっていた。國光、長栄、大有などのバスが台北市内を結んでいるが台北市中心部までは約1時間を要する。空港から台北駅を結ぶ國光客運バスは、後方に車輪2つあるアメリカ製の旧型バスがバスファンからは根強い人気があった。また、大有などの一部のバスは高速道路ではなく、蘆竹(ロォーティク/ルウツウ)郷の市街地を経由して南崁(ラムカム/ナンカン)ICから高速道路に乗る。

 2007年に台湾新幹線が開業してからは、中壢(ツゥンラク/テョンリク/ツォンリー)市の高鉄桃園駅からも台北へ向かうことができるようになった。桃園空港は、近隣諸国の主要国際空港と比べて、アクセスが悪かったので、台北から桃園空港、高鉄桃園駅、中壢(環北)を結ぶ桃園メトロ空港線(桃園捷運機場線)が建設され、2017年に開業した。これらが開業すれば、空港から台北市内が約35分で結ばれ、高鉄桃園駅も便利になった。将来的には台鉄の中壢駅まで延伸する予定だ。

 大園(台:トアフン/華:ターユエン)区は桃園県の北部にある人口約8万人の区で、2014年末に桃園県が桃園市に昇格した際に、桃園県大園郷から桃園市大園区となった。

 桃園メトロ空港線は、大園区内に空港第1ターミナル(機場第一航廈)、空港第2ターミナル(機場第二航廈)、空港第3ターミナル(機場第三航廈)、エアポートホテル(機場旅館/キーティウ ルーコワン / チーツァン リュィークワン)、大園、横山(ホワイソワ/ヘンサン)、領航(ニアハン/リンハン)の各駅が開設され、このうち空港第1~3ターミナル駅とエアポートホテル駅が地下駅で、その他は高架駅となる。桃園空港の第3ターミナルはまだオープンしていないので、第3ターミナル駅は第3ターミナルが開設される2020年の開業予定である。エアポートホテル駅は桃園空港のトランジットホテルや台湾の飛行機の発展を展示する「航空科学館」の最寄り駅となる。

 大園の市街地は、空港の西約2キロのところにあり、国道2号(高速空港支線)の大園ICの近くに大園駅が設けられる。大園駅から南へ進むと横山駅があり、ここは将来、桃園航空城(エアポートシティ)を結ぶ桃園捷運(都市鉄道)グリーンライン(緑線)と連絡する計画がある。領航駅は大園高中(高校)の最寄り駅で、空港鉄道の青埔車両基地が広がる。

桃園・桃園機場エリアの主な駅

機場第一航廈 / キーティウテーイッハンハー(チーツァンティーイーハンシア)駅
桃園捷運 機場線

機場第二航廈 / キーティウテージーハンハー(チーツァンティーアルハンシア)駅
桃園捷運 機場線

thohngkitiunn41.jpg
台湾桃園国際空港第1ターミナル

toahng1.jpg
台湾桃園国際空港第2ターミナル出発ロビー

toahng2.jpg
台湾桃園国際空港第2ターミナル到着ロビー

toahng3.jpg
桃園空港の第1ロビーと第2ロビーを結ぶシャトル

toahng4.jpg
台湾桃園国際空港を拠点とするエバー(長栄)航空

thohngkitiunn42.jpg
桃園メトロ・空港第1ターミナルビル駅

ドルジバツアー ホームページ(バックナンバー)
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾旅行
ジャンル : 旅行

台湾・南投 台湾のど真ん中、台湾省政府があった中興新村

南投
ラムタウ/Lâm-tâu (台湾語/ホーロー語)
ナントウ/ㄋㄢˊ ㄊㄡˊ (台湾華語/北京語)

臺灣南投縣南投市
台湾南投県南投市

台湾・南投 台湾のど真ん中、台湾省政府があった中興新村

 南投(ラムタウ/ナントウ)市は、台湾中部の南投県の県庁所在地で、人口約11万人の都市。

 南投県は台湾のど真ん中にある県で、台湾の県の中で唯一、海に面していない内陸の県である。日本統治時代は台中州に属し、台湾中部最大の都市である台中(臺中/タイテョン/タイツォン)市との結びつきも強い。

 県東部は台湾山脈が連なり、山地にはブヌン族、セデック族などの台湾原住民族が住み、県南部の嘉義(カーギー/チアイー)県、高雄(コーヒョン/カオション)市との境には、台湾最高峰の玉山(ギョクサン/ユィーサン)がそびえ立つ。県中部から西へ、濁水渓(濁水溪/ローツイケー)という川が流れ、また、県中部の魚池(ヒーティー)郷には、日月潭(ジッゴワッタム/ズーユエタン)という美しい湖がある。また、県内には紹興酒(シャウヒンチュウ/サオシンチョウ)の産地である埔里(ポォーリー)や、1999年の台湾中部大地震(九二一大地震)の震源地である集集(チプチプ)などの町がある。

 南投市は、南投県の北西部にあり、北が草屯(ツァウトゥン)、東が中寮(テョンリャウ/ツォンリャウ)郷、南が名間(ビンカン/ミンチエン)郷と接している。また、西は八卦(パッコア)山脈を挟んで彰化(チョンホア/ツァンホア)県の員林(ワンリム)鎮、社頭(シアタウ)郷などと接している。

 南投市には鉄道が通っていないが、フォルモサ高速道路(3号線)が南北に貫き、市内に南投JCTや南投SAがあり、高速バスが台中や台北を結んでいる。また、彰化からも路線バスがある。

 かつては、日本統治時代に建設された製糖鉄道が台中~南投の中南線と南投~濁水の濁水線が走っていて、合わせて「中濁線」と呼ばれていた。濁水駅では集集線とも連絡し、南投県を南北に結ぶ役割を果たしていたが、1959年に八七水害が発生して大きな被害を受け、そのまま廃止された。

 南投の地名の由来は先住民のホアニア族の集落である南投(ラムタウ)社があったことが由来である。南投の北の草屯鎮のあたりにホアニア族の北投(パッタウ)社があったが、南投は北投の南に位置したことから南投と呼ばれるようになったようだ。北投に対する南投は、漢字の発想なので、南投社はホアニア族がそう呼んでいたのではなくて、台湾に移民した福建南部系の住民(ホーロー人)がそう呼んで地名として定着したのだろう。また、台北市の温泉地である北投(パッタウ)も先住民のケタガラン族の言葉が地名の由来であるが、南投県の南投とは直接的な関係はない。

 南投は台湾のほぼ真ん中に位置することから、台湾省政府が置かれ、長らく台湾の行政の中心地であった。1949年に台湾に移転した中華民国政府は、蒋介石(チャン チエスー)総統時代に「大陸反抗」を掲げ、台湾を中華民国の一省である「台湾省」として位置づけた。臨時首都は台北(タイペイ)としたが、中華民国中央政府が全中国を代表するという建前上、台湾の地方自治を担当する台湾省政府が設置され、1957年に南投市の中興新村(ツォンシン シンツン)に移転した。

 中興新村は、南投市に人工的に建設された行政の街で、台湾省政府がここに置かれ、台湾省議会は近接する台中県霧峰(ブウホン)郷に開設された。台北の中華民国政府が実効支配する自由地区(台湾、澎湖、金門、馬祖)と、台湾省はほとんどが重なり、明らかに二重行政であったが、当時の独裁体制化の「大陸反抗」の建前と、もし臨時首都の台北が中華人民共和国に攻められた場合に、台湾中部の内陸部に首都機能を確保しておく国防上の理由から、ここに副首都機能を備える必要性があった。台湾省政府が南投市の中興新村に移転後、1967年に台湾北部の台北市が、1979年に台湾南部の高雄市が直轄市となり、台湾省とは別の自治体となったが、台湾省が中華民国(台湾)の大部分の領域と重なる二重行政状態は続いた。

 台湾省は、戒厳令下の蒋介石総統時代、中華民国政府を代表する立法院(国会)議員が中国大陸で選出された中国人が改選されない万年国会であった一方で、台湾省議会は台湾出身者にも当選のチャンスがあった。1987年に台湾の戒厳令が解除され、その後、1994年に台湾省長が直接投票で選ばれるようになり、後に総統選挙にも出馬する宋楚瑜(ソン ツーユィー)氏が当選した。しかし、その後、1996年に総統(大統領)選挙も「自由地区」の台湾住民による直接投票で選ばれるようになるなど、民主化が進むと、「台湾省」の二重行政が改革され、1998年に「台湾省」の機能が凍結された。

 一方、南投市の中興新村の行政都市としての機能は低下し、1999年の台湾中部大地震(九二一大地震)では街の多くの庁舎が被害を受けた。その後、中興新村の台湾省関連の施設は歴史建築の文化遺産として保存され、文化芸術創意産業エリア、優質リゾート型生活エリアなどへの転換が試みられた。また、近年では、再活性化を図るため、中台湾産業イノベーション研究開発区、新興スマート技術研究センターなどの開発構想が立てられ、再び中興新村が生まれ変わろうとしている。


ドルジバツアー ホームページ(バックナンバー)
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

台湾 台中・朝馬 台中ICと台湾大道の高速バスターミナル

臺中・朝馬
タイテョン・テャウベー/Tâi-tiong Tiâu-bé (台湾語/ホーロー語)
タイツォン・ツァオマー/ㄊㄞˊ ㄓㄨㄥ ㄔㄠˊ ㄇㄚˇ (台湾華語/北京語)

臺灣臺中市西屯區
台湾台中市西屯区

台湾 台中・朝馬 台中ICと台湾大道の高速バスターミナル

 台中(臺中/台:タイテョン/華:タイツォン)市の朝馬(テャウベー/ツァオマー)は、西屯(サイトゥン/シートゥン)区にあり、台中のメインストリートである台湾大道(臺灣大道)と中山高速道路が交差する地点に台中インターチェンジ(臺中交流道)がある。

 この利便性を活かして、周辺には台湾最大規模の高速バスターミナルが集まっている。国光(國光)、統聯、和欣、アロハ(阿羅哈)、尊龍などの高速バスが発着しており、特に台北(タイパッ/タイペイ)や高雄(コーヒョン/カオション)を結ぶバスが高頻度で発着している。

 「朝馬」の地名の由来は、潮洋(テャウヨン)と馬龍潭(マーリンタム)という地名が合体してできたもので、バス停の名称から広まったようだ。

 台湾大道(台中港路)には「新光三越百貨」台中店や「Top City台中大遠百」などのデパートがあるほか、道路沿いに台中名物の「太陽餅」(タイヨンピヤ/タイヤンピン)を販売する店舗が並んでいる。

 台湾大道には、台鉄(在来線)の台中駅から科博館(自然科学博物館・緑園道)、台中市政府、朝馬を通って、東海大学、静宜大学方面を結ぶ地下鉄藍線(ブルーライン)を建設する構想があるが、建設費が膨大であるため、その前段階として、専用バスレーンと低床ホームを建設して路面電車のように運行するBRT(バス・ラピッド・トランジット)を導入する計画が進められている。台中BRTブルーラインは2014年頃に開通予定で、これによって台中市内のメインストリートを走るバスが高速化・高頻度化され、朝馬から台中市中心部や海線の沙鹿(ソアロッ)区方面へ向かうのが便利になる。


ドルジバツアー ホームページ(バックナンバー)
http://drughbatour.web.fc2.com/

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ
にほんブログ村

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

プロフィール

drughba

Author:drughba
日本国内・世界各国の行って面白かったところ、行ってみたいところ、興味深い都市、交通、地理、文化等。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード