台湾 台中・清水 筒仔米糕と台中港と高美湿地

臺中・清水
タイテョン・チンツイ/Tâi-tiong Chheng-chúi (台湾語/ホーロー語)
タイツォン・チンスエイ/ㄊㄞˊ ㄓㄨㄥ ㄑㄧㄥ ㄕㄨㄟˇ (台湾華語/北京語)

臺灣臺中市清水區
台湾台中市清水区

台湾 台中・清水 筒仔米糕と台中港と高美湿地

 台湾中部の台中(臺中/台:タイテョン/華:タイツォン)市西部にある清水(台:チンツイ/華:チンスエイ)区は、人口約9万人の区。

 清水区は、北が台中市の大安(タイアン/ターアン)区、大甲(タイカ/ターチア)区、外埔(ゴアポー/ワイプウ)区、東が神岡(シンコン/センカン)区、南が沙鹿(ソアラッ/サールウ)区、梧棲(ゴーツェー/ウーチー)区と接している。大甲渓(タイカーコエ)の南に位置し、西には台中港(臺中港/タイテョンカン)があり、台湾海峡が広がる。

 清水は、古くは先住民バポラ族が住むグマ(Gomach)社の集落があったところで、後に福建(ホッケン)からの移民により、台湾語で「牛罵頭」(グウマータウ)と呼ばれた。17世紀より福建省南部の特に泉州(ツォワンチウ)からの移民が多く住むようになり、清水は特に泉州からの蔡(ツォア)氏と楊(イウ)氏が多く移住した。

 牛罵頭は、日本統治時代の1920年(大正9年)の地名改正で、水か清らかなことから「清水」(きよみず/チンツイ)に改名され、戦後の中華民国時代になっても「清水」の地名は残され、そのまま華語(中国語)で「チンスエイ」と呼ばれるようになった。

 清水区には台鉄の海岸線(海線)の台中港駅と清水駅がある。台鉄海線は、日本時代の1920年(大正9年)に開業した。急勾配が続く山線のバイパス路線として建設され、蒸気機関車の時代は山線よりも高速運行できるとして海線が幹線の役割を担っていたが、山線の複線化と山越え急勾配区間のトンネルによるショートカット化などで海線よりもスピードアップしたことや、台湾中部最大都市・台中の玄関駅である台中駅を海線が素通りしているのが致命的となり、台鉄の南北縦貫線の幹線は完全に山線に移ったが、今も縦貫線の特急(自強号)や急行(莒光号)の一部が海線経由で運行されている。

 海線の普通電車は、台中よりも彰化(チョンホア/ツァンホア)へ向かう電車が中心で、本数もあまり多くないが、今後は台中方面の線路を複線化する「微笑線」計画と、大甲から后里(アウリー/ホウリー)を結ぶ「彩虹線」を組み合わせて環状線を形成する「台中山手線」構想が今後実現すれば、台中市中心部や台中市の山線沿線への交通が便利になるだろう。

 高速道路は、海線地区を南北にフォルモサ高速道路(3号線)が通り、清水SA(サービスエリア)と中港JCT(ジャンクション)がある。中港JCTからは台中環線高速道路(4号線)が大甲渓を東へ、神岡区の台中JCTで中山高速道路(1号線)と連絡し、さらに豊原区方面へ伸びており、台中の海線地区と山線地区をつないでいる。

 清水は、「筒仔米糕」(タンガービーコー)という円柱状に蒸したおこわが名物料理で、市街地には「筒仔米糕」の看板がよく見られる。清水駅の東の小高い丘にある牛罵頭(グウマータウ)遺址文化園区は、もともと日本時代の1937年(昭和12年)に創建された清水神社があったところで、1943年(昭和18年)に牛罵頭遺跡が発見されて発掘調査が行われ、3500年~4500年前の台湾の先住民文化を知る手がかりとなった。戦後、清水神社の跡地は中華民国陸軍の部隊に転用されたが、後に牛罵頭遺址文化園区として再整備され、一般公開されるようになった。同園区には清水神社の石灯や狛犬も保存されている。

 海側は、梧棲(ゴーツェー)漁港があり、漁港の眺めが美しいほか、海産物の販売や海鮮料理が楽しめる。漁港名は梧棲であるが、梧棲区ではなく、清水区側にある。

 梧棲漁港の周辺は、清水区、梧棲区、龍井区にまたがって台中港(臺中港/タイテョンカン)が広がり、台湾中部の物流の拠点としてコンテナ埠頭や倉庫、臨海工業区などがある。この台中港は、もともと日本時代に「新高港」(にいたかこう)として整備して、大甲郡の清水街、梧棲街、沙鹿街を合併して新高(にいたか/シンコー)市として大規模都市開発する構想があった。しかし、戦争の影響で中断し、新高港は戦後に台中港として再整備されたが、戦後の混乱で中断し、1970年に台中港の再整備が始まり、1973年に第一期整備工事が完成した。台鉄海線の台中港駅は、駅前に港が広がっているわけではなく、台中港へ向かう貨物線の分岐駅であり、台中港貨物線が台中港駅から台中港の埠頭を結んでいる。台中港の埠頭からは中国福建省の廈門(エームン/シアメン)や平潭(ピンタン)を結ぶ定期航路が運航されている。

 台中港の北、清水区北西部の高美(コービー/カオメイ)地区には自然な海岸が残されており、高美湿地(高美濕地)という干潟が広がっている。ここはかつて日本時代には高美海水浴場だったところで、後に台中港が建設され、南側に埋立地が造成されると砂の堆積が加速し、湿地が形成された。ここにはカニやムツゴロウなどが生息し、自然の楽園となっていることから、後に「高美野生動物保護区」に指定され、自然が守られている。高美湿地は、夕日の美しいスポットとして知られるようになり、近年は観光客も増えている。干潟の上を歩ける遊歩道が整備され、満潮と干潮の水位の変化にもよるが、その先はひざの高さくらいの浅い海が広がる。また、南側には風力発電機が並び、台湾の環境保護とグリーンエネルギーの象徴的な風景となっている。

 このほか、沙鹿区とまたがって台中国際空港(臺中國際機場)がある。清水の公館(コンコワン)地区に1936年(昭和11年)に台中飛行場として開設された。戦後は地名が公館から清泉崗(チンツォワンコン/チンチュエンカン)に改められ、空軍清泉崗基地となり、台中市内に台中水湳(ツイラム/スエイナン)空港もあったことから、中華民国空軍と在台米軍の基地の軍用飛行場として使用されていた。米軍は同基地をベトナム戦争の際にも使用していた。米国との断交後に米軍は撤退したが、その後、手狭な台中水湳空港が2004年に廃止され、清泉崗基地は軍民共用の台中清泉崗空港となった。台中市中心部から離れていることが水湳空港の時代より不便になったとの声も当初はあったが、2009年の中国人観光客の来台観光解禁により、台中清泉崗空港の国際線利用者が増え、華信航空の沖縄線など日本との定期便も就航し、2017年に正式に「台中国際空港」(臺中國際機場)として対外的に呼ばれるようになり、今後も台湾中部の国際空港として発着する航空路線が増加していくだろう。

台中・清水エリアの主な駅

清水 / チンツイ(チンスエイ) 駅
台鉄 海岸線(海線)

臺中港 / タイテョンカン(タイツォンカン) 駅
台鉄 海岸線(海線)

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台鉄・清水駅

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清水の市街地

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大甲渓とフォルモサ高速道路

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台中港貨物線の踏切

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台中港貨物線

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夕暮れの高美湿地

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高美湿地から見た風力発電

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高美湿地から見た風力発電

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高美湿地に生息するカニ

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高美湿地

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高美湿地

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高美湿地

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高美湿地

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台湾 苗栗・竹南 海線と山線が分かれる竹南駅

竹南
ティッラム/Tek-lâm (台湾語/ホーロー語)
ツゥッナム/Tsuk-nam (台湾客家語)
ツウナン/ㄓㄨˊ ㄋㄢˊ (台湾華語)

臺灣苗栗縣竹南鎮
台湾苗栗県竹南鎮

台湾 苗栗・竹南 海線と山線が分かれる竹南駅

 竹南(台:ティッラム/客:ツゥッナム/華:ツウナン)鎮は、台湾中西部の苗栗(客:メウリッ/台:ビャウリッ/華:ミャオリー)県の北端にある人口約9万人の町。南が後龍(台:アウラン/客:ヘウリュン/華:ホウロン)鎮と造橋(客:ツォーキェウ/台:ツォーキオ/華:ツァオチャオ)郷、東が頭份(客:テウフゥン/台:タウフン/華:トウフェン)市、北が新竹(台:シンティッ/客:シンツゥッ/華:シンツウ)市の香山(台:ヒョンサン/華:シャンサン)区と接している。

 竹南は、中港渓(テョンカンコエ/ツゥンコンハイ)の北側に位置し、頭份市とは双子都市と言われ、隣り合っているが、竹南は台湾語を話すホーロー系住民が多く、頭份は客家(ハッカ)語を話す客家系住民が多い。

 竹南は、古くは先住民タオカス族のマカルヴ社の集落があり、ここが後に台湾語で中港(テョンカン)と呼ばれる町となり、清国時代には貨物の集散地として商業で栄える市街地が形成された。

 日本統治時代の1902年(明治35年)に基隆(ケーラン)・台北(タイパッ)方面から縦貫線の鉄道が開通した際、中港の東の三角店(サァカッテャム)という町に駅が開設されたが、中港のほうが町が大きかったためか、中港駅として開業した。

 三角店は、新竹市の南にあったことから、1920年(大正9年)の地名改正で「竹南」(ティッラム)と改称された。当時は、三角店も新竹州の一部であったので、竹南という地名が定着した。戦後、中華民国時代になると、新竹州が桃園県、新竹県・市、苗栗県に分割され、竹南は苗栗県に属することになった。苗栗県の北部なのに「苗北」ではなく「竹南」なのは、かつて新竹州に属していた名残といえる。

 台鉄縦貫線(西部幹線)の竹南駅は、南で海線と山線(台中線)に分かれる。海線と山線は竹南で分かれて、台湾中部・彰化(チョンホア)県の彰化駅で再合流するが、海線は後龍(アウラン)、通霄(トンシャウ)、苑裡(ワンリー)などホーロー系住民が多い沿線を、山線は苗栗(メウリッ)、銅鑼(トゥンロー)、三義(サムニー)など客家系住民が多い沿線を結んでいる。蒸気機関車が主流だった時代は、勾配が少ない海線のほうが速かったが、台湾中部の都市として日本時代に開発が進められた「台中」(タイテョン)駅を通る山線が徐々に重要視されるようになり、複線化やトンネルによるショートカット化が進められた一方で、台中駅を通らない海線はそれが致命傷となり、徐々に西部幹線のメインルートの地位を山線に譲ることとなった。

 竹南の市街地は、主に竹南駅の西側に広がっており、駅から旧市街地の「中港」のほうへとメインストリートが伸びている。中港には中港慈裕宮(ツウズウキョン)と呼ばれる歴史ある媽祖廟(マーツォービョー)がある。

 駅の東側は、頭份市に近く、市街地の拡大により頭份と生活圏が一体化しつつある。南庄(ナムツォン)方面へ向かう観光バスは竹南駅東口から出発する。

 高速道路は、先にできた中山高速道路(1号線)が頭份を通っているので、フォルモサ高速道路(3号線)が竹南を通っており、鎮内に西浜(西濱/セーピン/シーピン)ICと、竹南ICがある。

 竹南鎮の北東部の台糖の畜産の研究所があった土地が、新竹科学園区(サイエンスパーク)竹南園区として開発され、企業誘致が進められている。また、北部にある台鉄の崎頂(キアティン/チーティン)駅は、崎頂海水浴場に近い。ここからさらに北へ小高い丘を越えると新竹市に入る。

苗栗・竹南エリアの主な駅

竹南 / ティッラム(ツゥッナム/ツウナン)駅
台鉄 縦貫線(西部幹線)・台中線(山線・西部幹線)、海岸線(海線)

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台鉄・竹南駅に停車する特急自強号

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台鉄・竹南駅

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台鉄・竹南駅の普通電車

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竹南駅東口

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竹南駅東口のバス乗り場

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台湾 桃園・龍潭 龍潭大池と石門ダムと小人国

桃園・龍潭
トーイェン・リュンタム/Tho-yen Liung-tham (台湾客家語)
トーフン・リョンタム/Thô-hn̂g Liông-thâm (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・ロンタン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ ㄌㄨㄥˊ ㄊㄢˊ (台湾華語/北京語)

台湾桃園市龍潭区
臺灣桃園市龍潭區

台湾 桃園・龍潭 龍潭大池と石門ダムと小人国

 龍潭(客:リュンタム/台:リョンタム/華:ロンタン)区は、台湾北西部の桃園(客:トーイェン/台:トーフン/華:タオユエン)市にある人口約12万人の区。

 北が楊梅(客:ヨンモイ/華:ヤンメイ)区、平鎮(客:ピンツン/華:ピンツェン)区、東が大渓(大溪/台:タイケー/客:タイハイ/華:ターシー)区、南が新竹(客:シンツゥッ/台:シンティッ/華:シンツウ)県の関西(關西/客:クワンシー/華:クワンシー)鎮、西が新竹県新埔(客:シンプウ/華:シンプウ)鎮と接している。

 龍潭は、桃園丘陵の南側にあり、町の中心部近くに龍潭大池(リュンタムタイツー)があり、町のシンボルとなっている。龍潭大池はかつては古くは菱が採れたことから「菱潭埤」(台:リンタムピー)と呼ばれ、それが後に廟が建てられたことから「靈潭埤」(台:リンタムピー)と表記されるようになり、さらに後に「龍潭」(台:リンタム/客:リョンタム)という漢字表記となった。

 龍潭大池は、桃園丘陵の灌漑用水として使われているほか、池には吊り橋が架けられ、南天宮(ナムティエンキュン)とともに観光スポットとなっている。「雨夜花」(ウーヤーホエ)や「望春風」(バンツンホン)などの台湾を代表する名曲を生み出した音楽家・鄧雨賢(客:テン イーヒエン)の記念館「雨賢館」が池の北西にある。

 龍潭区にはフォルモサ(福爾摩沙)高速道路(3号線)が通り、龍潭IC(インターチェンジ)があるほか、台3線道路が大渓や関西を結んでいる。また、中豊路が平鎮および中壢(客:ツゥンラッ/華:ツォンリー)の市街地を結んでいる。

 龍潭区には鉄道が通っていないが、桃園客運や新竹客運の龍潭バスターミナルがあり、桃園客運が中壢、大渓、桃園、石門ダム方面を、新竹客運が中壢、楊梅、小人国、六福村、関西、竹東、新竹方面を結んでいる。

 龍潭区の最南端、大渓区、復興区、新竹県関西鎮との境にある石門ダム(石門水庫/客:サッムン スイクウ/台:チオムン ツイコー/華:スーメン スエイクウ)は、1964年に完成した標高252m、ダムの高さ133m、幅360mの巨大なダムで、水道、灌漑用水の確保と治水の目的のほかに、水力発電も行われている。龍潭の中心部から石門ダムに向かう途中の三坑子(サムハンエ)は、伝統的な客家建築の古い町並みが残り、客家の「三山國王」(サムサンクェッヴォン)を祀る永福宮(ユンフゥッキュン)がある。

 龍潭区の西側にある小人国(小人國/シャオレンクオ)と呼ばれる「台灣小人國主題樂園」は、世界の名建築物を屋外にミニチュアで再現したテーマパークで、台湾の総統府、中正紀念堂、国父紀念館、中国の紫禁城、日本の姫路城、インドのタージマハール、ロシアの聖ワシリー大聖堂など緻密に再現されたミニチュアが楽しめる。園内を走るミニ列車も人気がある。また、動物園やプール、遊園地などがあるテーマパーク「六福村」が新竹県関西鎮側に隣接している。

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小人国を走るミニ列車

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小人国を走るミニ列車

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小人国の台湾総統府

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小人国の台湾建築コーナー
(中正紀念堂、国父紀念館など)

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小人国の世界建築コーナー
(ロシア聖ワシリー大聖堂)

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台湾 新竹・横山 内湾の客家レトロ街

橫山
ヴァンサン/Van-san (台湾客家語)
ヘンサン/ㄏㄥˊ ㄕㄢ (台湾華語/北京語)
ホワイサン/Hoâiⁿ-san (台湾語/ホーロー語)

臺灣新竹縣橫山鄉
台湾新竹県横山郷

台湾 新竹・横山 内湾の客家レトロ街

 横山(橫山/ヴァンサン/ヘンサン)郷は、台湾北西部の新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県にある人口約1.4万人の町。西が竹東(ツゥクトゥン/ツウトン)鎮、北が芎林(キュンリム)郷、関西(關西/クワンシー)鎮、東が尖石(チャムサク/チエンスー)郷、南が五峰(ンーフゥン/ウーフォン)郷と接している。

 横山は、竹東から東の山間部に入ったところにあり、清国時代に平地原住民族とともに開拓が行われ、現在は主に客家(ハッカ)系住民が多く住んでいる。

 横山郷を走る台鉄内湾線は、戦後の1947年に新竹~竹東が開業。続いて1950年に竹東から横山郷の合興(カプヒン/ホーシン)駅まで延伸され、さらに翌1951年に内湾(內灣/ヌイヴァン/ネイワン)駅まで全通した。

 内湾線は山間部をディーゼルカーがのどかに走るローカル線であり、横山郷内に横山、九讚頭(キュウツァンテウ/チョウツァントウ)、合興、富貴(フゥークイ/フゥークエイ)、内湾の各駅がある。

 横山駅は、横山の市街地があるが、横山郷公所(村役場)はその次の九讚頭駅が近い。九讚頭駅の北側には大規模なセメント工場があり、かつてセメント輸送の貨物列車が多く発着していたため、駅の構内は広い。合興駅は、内湾線唯一の木造駅舎が残り、レトロな雰囲気が残り、途中下車する旅行客も多い。合興駅はかつて石灰石の輸送が行われていた。山間部にあるため、かつてはスイッチバックの駅であったが、今は通常のホームに切り替わり、スイッチバック駅時代の廃線跡が残されている。富貴駅は、かつては南河(ナムホー/ナンホー)駅であったが、2003年に内湾線に栄華駅が開設されたときに「栄華富貴」という縁起のよい切符を販売するために富貴駅に改称されたが、地元の地名と関係のない駅名変更であったことから反対もあった。

 終点の内湾駅は、油羅渓沿いの町で、日本統治時代から林業と鉱業で発展した町で、1950年代に最盛期を迎えたが、林業と鉱業が衰退するにつれて、内湾は静かな終着駅の町になった。駅前には商店街があり、客家料理レストランや客家物産店、雑貨店などが並んでいて、レトロな街並みが雰囲気があり、人気の観光スポットとなっている。高菜の漬物を発酵させて干した福菜(ポクツォイ)や梅干菜(鹹菜乾/ハムツォイコン/メイカンツァイ)、北部客家独特の柑橘系ソースである桔醤(キッチョン)などの客家食材も店頭に並んでいる。このほか、日本時代に建てられた映画館「内湾戯院」は建物がそのまま保存され内部が客家料理店とお土産店になっている。内湾吊橋からは油羅渓の眺めが美しく、ここからさらに川沿いに進んでいくとタイヤル族が住む尖石郷となる。 

新竹・横山エリアの主な駅

內灣 / ヌイヴァン(ネイワン) 駅
台鉄 内湾線

合興 / カプヒン(ホーシン) 駅
台鉄 内湾線

九讚頭 / キュウツァンテウ(チョウツァントウ) 駅
台鉄 内湾線

橫山 / ヴァンサン(ヘンサン) 駅
台鉄 内湾線

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台鉄内湾線・横山駅

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セメント工場がある九讃頭駅

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スイッチバック駅だった合興駅

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スイッチバック駅だった合興駅

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台鉄内湾線・内湾駅

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台鉄内湾線・内湾駅

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内湾駅前の商店街

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内湾の客家物産店

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客家料理レストランとして使われている「内湾戯院」

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内湾吊橋

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油羅渓からタイヤル族が住む尖石郷方面を眺める

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台湾 新竹・竹東 内湾線と客家の町、六家線が分かれる竹中

竹東
ツゥクトゥン/Chuk-tung (台湾客家語)
ティクタン/Tek-tang (台湾語/ホーロー語)
ツウトン/ㄓㄨˊ ㄉㄨㄥ (台湾華語/北京語)

臺灣新竹縣竹東鎮
台湾新竹県竹東鎮

台湾 新竹・竹東 内湾線と客家の町、六家線が分かれる竹中

 竹東(ツゥクトン/ティクタン/ツウトン)鎮は、台湾北西部の新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県にある人口約10万人の町。北が竹北(ツゥクペッ/ティクパク)市、芎林(キュンリム)郷、東が横山(ヴァンサン)郷、南が五峰(ンーフゥン/ウーフォン)郷、北埔(ペップウ)郷、東が宝山(寶山/ポーサン)郷、西が新竹市東区と接している。

 竹東はもともとタイヤル族やサイシヤット族など台湾原住民族が住むところであったが、清国時代の18世紀後半から広東省の恵州(フィーツウ)や饒平(ニャウピン)、陸豊(リュクフゥン)あたりからの客家(ハッカ)系の移民の開拓が進み、「樹杞林」(スウキーナア)と呼ばれる町だった。

 1920年(大正9年)の地名改正で、新竹の東に位置することから「竹東」(ちくとう)と改名され、戦後もそのまま竹東の地名が使われている。町は客家系住民が大多数を占め、「竹東」は客家語で「ツゥクトン」、台湾語で「ティクタン」、華語で「ツウトン」と呼ばれる。

 竹東は古くは樟脳産業が盛んで、近代には石油の掘削が行われたほか、セメント、ガラス産業や、林業の集散地としても発展した。現在は新竹サイエンスパークに隣接する都市となっている。

 竹東は頭前渓(頭前溪/テウチエンハイ)という川の南側にあり、台鉄の内湾線が走っていて、鎮内に竹中(ツゥクツゥン/ツウツォン)、上員(ソンジェン/サンユエン)、栄華(榮華/ジュンファー/ゾンホア)、竹東の各駅がある。

 竹東鎮を走るのどかなローカル線である内湾線は、日本時代末期の1944年(昭和19年)に着工されたが、まもなく戦争のため工事が中断し、戦後に工事が再開されて、1947年に新竹~竹東が開業し、1950年に横山郷の合興まで、翌51年に内湾(內灣/ヌイヴァン/ネイワン)駅まで全線開業した。

 竹東の市街地は、竹東駅の南側に広がり、市場などでは新竹(海陸)方言の客家語が聞こえてくる。竹東駅は戦後まもなくできたが、着工が日本時代のためか、駅舎も瓦屋根の日本風建築が美しい。竹東鎮を走る内湾線は単線であるが、竹東駅は列車交換ができる比較的大きな駅である。

 竹東からは新竹市内や竹北、北埔、五峰、中壢方面を結ぶバスや台北を結ぶ高速バスも運行され、新竹県の交通の拠点にもなっている。

 内湾線の新竹~竹中は、竹北市の六家(リュッカー/リョウチア)にできた台湾新幹線・新竹駅へのアクセス鉄道として、竹中~六家が建設されるとともに、竹中~新竹の複線電化・高架化工事が行われた。このため、2007年3月から新竹~竹東が運休となり、代行バスを走らせ、その間に集中的に工事を行い、2011年11月に完成した。

 これにより、新竹~竹中~六家(高鉄新竹)の六家線電車が運行されるようになり、内湾線のディーゼルカーは竹中で折り返すようになり、新竹駅までは一部しか乗り入れないようになった。一方、台湾新幹線の新竹駅から竹中駅で内湾線に乗り換えて内湾線沿線の旅が便利になった。

 新しい竹中駅は、2面3線の高架駅で、六家線はここから北上して頭前渓を渡り、六家駅を結んでいる。竹中駅の西は新竹市東区であり、竹科と呼ばれる新竹サイエンスパーク(新竹科學園區)が広がり、台湾のハイテク産業の拠点となっている。

新竹・竹東エリアの主な駅

竹東 / ツゥクトゥン(ツウトン) 駅
台鉄 内湾線

竹中 / ツゥクツゥン(ツウツォン) 駅
台鉄 内湾線、六家線

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台鉄内湾線・竹東駅

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台鉄内湾線・竹東駅

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六家線が分岐する竹中駅

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竹中駅で折り返す内湾線

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台湾 台中・科博館 国立自然科学博物館と緑悟道

臺中・科博館
タイテョン・コーポッコワン/Tâi-tiong Kho-phok-koán (台湾語/ホーロー語)
タイツォン・コーポークワン/ㄊㄞˊ ㄓㄨㄥ ㄎㄜ ㄅㄛˊㄍㄨㄢˇ (台湾華語/北京語)

臺灣臺中市西區
台湾台中市西区

台湾 台中・科博館 国立自然科学博物館と緑悟道

 台中(臺中/台:タイテョン/華:タイツォン)市の西(セー/シー)区にある国立自然科学博物館(國立自然科學博物館)は1986年に開館した博物館で、宇宙、生命科学、地球環境、植物園などから構成されている。

 国立自然科学博物館から南に伸びる経国緑園道(經國綠園道/キンコク リクフントー / チンクオ リュィーユエンタオ)は、緑豊かな公園道で、館前路沿いに南西方向に広がっており、途中に台中港路から改名された台中のメインストリートである台湾大道を横切る。台湾大道では台中BRT(バス・ラピッド・トランジット)ブルーライン(藍線)という基幹バスレーンの建設が進められ、科博館(コーポッコワン/コーポォークワン)停留所が2014年に開業したが、その後、車線減少や一般バスがBRTレーンに入れず渋滞が余計にひどくなったなどの問題が出て、台中BRTレーンは一般のバスにも開放されるようになり、バスレーンに改められた。その後、台中地下鉄ブルーラインの建設が改めて検討されていおり、科博館駅の設置が検討されている。

 科博館バス停の周辺には、スプレンダーホテル台中(臺中金典酒店/The Splendor Taichung)や、広三そごう百貨店(廣三SOGO)がある。

 台湾大道の南側は、中興街と館前路の間が経国緑園道となっており、台中のグリーンベルト(草悟道/ツァウンゴォートー/ツァオウータオ)の一環となっている。周辺にはホテルナショナル台中(全國大飯店/Hotel National Taichung)やホテルワン台中(台中亞緻大飯店/Hotel ONE Taichung)、台中発祥のパールミルクティー(珍珠奶茶/ツェンツウナイツァー)の老舗である「春水堂」(ツゥンスエイタン)などがある。

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台中亞緻大飯店から見た台中市街

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経国緑園道から見た春水堂と台中亞緻大飯店

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芝生が広がる経国緑園道


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台湾・桃園 市街地拡大続ける桃園、社殿残る桃園神社跡

桃園
トーフン/Thô-hn̂g (台湾語/ホーロー語)
タオユエン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ (台湾華語/北京語)
トーイェン/Tho-yen (台湾客家語)

臺灣桃園縣桃園市
台湾桃園県桃園市

台湾・桃園 市街地拡大続ける桃園、社殿残る桃園神社跡

 桃園(台:トーフン/華:タオユエン/客:トーイェン)市は、桃園県の県政府(県庁)所在地で、人口約42万人。桃園市は東が亀山(龜山/クウソワ/クエイサン)郷、北が蘆竹(ロォーティッ/ルウツウ)郷、西が中壢(ツゥンラッ/テョンリッ/ツォンリー)市、南が八徳(八德/パッティッ/パートー/パッテッ)市と接している。亀山郷が約14万、蘆竹郷が約15万、中壢市が約38万、八徳市が約18万と、桃園市と隣接自治体を合わせると100万人を超える都市圏となっている。

 桃園県は近年、桃園市を中心に市街地拡大による人口増加が続き、桃園県全体の人口が200万人を突破したことから、2014年末に桃園県は直轄市の桃園市に昇格することになった。現在の桃園県桃園市は、2014年末以降は桃園市桃園区となる。

 桃園県は桃園市と中壢市の2つの都市圏があるが、この2つの都市圏の性格はかなり異なる。桃園県東部にある桃園市は、新北市に近く、さらには首都の台北市へも電車で30分ほどの距離であることから通勤圏内である。なので、桃園市周辺の都市化拡大は台北のベッドタウンの機能を果たしているともいえる。なぜなら、台北市内の地価が高騰し、新北市や桃園県東部で住宅を購入する人が増えているからで、桃園市周辺では高層マンションの建設ラッシュとなっている。

 一方、中壢市は桃園県を代表する客家(ハッカ)系住民が多く住むエリアであり、特に中壢市周辺の平鎮(ピンツン)、龍潭(リュンタム)、楊梅(ヨンモイ)、新屋(シンヴゥッ)、観音(觀音/コンジム)などの桃園県西部は客家系住民が多い。中壢市は桃園客家の中心地であるとともに、2007年に開業した台湾新幹線(臺灣高鐵)の桃園駅が開設され、新たな開発が進められている。

 そのほか、桃園県は1949年に中華民国政府が台湾に移転してきた際に多くの中国大陸出身の軍人らが住む「~新村」の地名がつく「眷村」(チュエンツン)が多くある。また、近年は東南アジアからの労働者も多く、桃園県は多民族のバラエティ豊かな文化のある地方となっている。

 桃園は、かつては桃の栽培が盛んだったのか、福建省南部からの移民によって「桃仔園」(トアフン)と呼ばれ、日本統治時代の1920年(大正9年)の地名改正で桃園(トーフン/とうえん)となり現在に至る。中華民国の華語では「タオユエン」と読む。

 桃園市は、台鉄(在来線)縦貫線(西部幹線)の桃園駅を中心に市街地が広がっている。駅周辺には統領百貨店や遠東百貨店、新光三越百貨店などのデパートがあり、そのほか、東南アジア系の店舗も多く、多民族な桃園県を象徴する街並みが広がっている。台鉄は現在、桃園県内の部分について都市鉄道化を進める高架化工事を進めており、今後市西部の国際路(國際路)との交差地点に国際路(國際路/コクツェーロー/クオチールウ)駅が開設される予定である。

 桃園県では桃園捷運(都市鉄道)プロジェクトを推進しており、桃園県内の台鉄縦貫線が地下化されて桃園捷運紅線(レッドライン)となるほか、桃園駅には、八徳~桃園~桃園エアシティー方面を結ぶ緑線(グリーンライン)、台北捷運新蘆線の廻龍(ホエリョン/ホエイロン)駅から桃園駅を経由して旧台鉄林口線を利用して桃園空港鉄道の山鼻(ソワピィ/サンピー)駅まで結ぶ棕線(ブラウンライン)などが将来乗り入れる構想がある。

 桃園駅から北東に1キロほど歩いたところにある「桃園県忠烈祠」(タオユエン ツォンリエツー)は、もともと日本時代に「桃園神社」があったところ。「忠烈祠」は中華民国の戦死者の英霊を祀る中華民国版の「護国神社」といえるものだが、日本時代の神社の多くは、中華民国の忠烈祠を建てる際に神社の建物を取り壊したが、桃園県忠烈祠の場合は桃園神社の建物がそのまま転用された。鳥居については形が変わっているが、社殿はそのままであり、1980年代に修復され、古蹟にも指定されている。

桃園エリアの主な駅

桃園 / トーフン(タオユエン) 駅
台鉄 縦貫線(西部幹線)

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台鉄・桃園駅

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桃園神社の社殿が残る桃園県忠烈祠

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台湾・苗栗 台湾客家の中心都市

苗栗
メウリッ/Meu-lit (台湾客家語)
ビャウリク/Biâu-le̍k (台湾語/ホーロー語)
ミャオリー/ㄇ一ㄠˊㄌ一ˋ (台湾華語/北京語)

臺灣苗栗縣苗栗市
台湾苗栗県苗栗市

台湾・苗栗 台湾客家の中心都市

 苗栗(メウリッ/ビャウリク/ミャオリー)市は、台湾北西部の苗栗県の県政府所在地で人口は約9万人。

 苗栗県は北に新竹(シンツゥク/シンティク/シンツウ)県、新竹市、南に台湾中部の最大都市である台中(臺中/タイテョン/タイツォン)市と接している。

 苗栗県は、台湾第2のエスニックグループである客家(ハッカ)人が多く住む県として知られている。福建省閩南(バンラム)地方からの移民によって比較的早くから開墾が進んだ竹南(ティクラム)、後龍(アウラン)、通霄(トンシャウ)、 苑裡(ワンリー)などの海岸部(海線)はホーロー系住民が多いが、頭份(テウフゥン)、造橋(ツォーキェウ)、苗栗(メウリッ)、西湖(スィーフゥー)、銅鑼(トゥンロォー)、三義(サムニー)などの内陸部(山線)に客家系住民が多く。さらに山側の三湾(三灣/サムヴァン)、頭屋(テウヴク)、獅潭(スータム)、南庄(ナムツォン)、公館(クゥンコン)、大湖(タイフゥー)、卓蘭(ターラン)、泰安(タイオン)なども客家系住民が多く住んでいる。また、山間部の南庄郷には台湾原住民族のサイシヤット族、泰安郷にはタイヤル族も住んでおり、山地原住民郷となっている。

 苗栗には、もともとタオカス族という先住民族が住んでいて、苗栗のあたりはタオカス族のバリ(Bari)社という村があった。バリとはタオカス語で「平原」を意味したが、福建省閩南からの移民により、台湾語(ホーロー語)読みで「貓貍」(バーリー)という漢字が当てられた。これが後に、「貓裏」や「貓里」と表記されるようになり、18世紀あたりから客家人の移民が増えると、客家語で「メウリー」と読まれるようになり、清国時代の1889年(光緒15年)に客家語読みで近い音の「苗栗」(メウリッ)に漢字表記が改められ、今に至る。現在、台湾語では「苗栗」の漢字表記がそのまま「ビャウリク」と台湾語読みされている。台湾華語は「苗栗/ミャオリー」と読む。

 苗栗で話されている客家語は四県(四縣/スィーイェン)方言と呼ばれ、広東省の梅州(モイツウ)で話されている客家語に近い。苗栗県に隣接する新竹県では海陸(ホイリュク)方言を話す人が多い。苗栗県では、新竹県に隣接する頭份では海陸方言を話す人が多いが、そのほか苗栗県の広い地域で四県方言が話されている。台湾の鉄道やバスのアナウンスでは四県方言が使われており、台湾の客家系住民で最も話者が多い四県方言が台湾客家語で標準語的な地位を築いている。一方、台湾の「客家テレビ」では、漢字の字幕もあることから、積極的に四県以外の海陸方言なども用いて放送している。

 苗栗市の交通の玄関口は、台湾鉄道(台鉄/臺鐵)西部幹線(山線)の苗栗駅であり、特急の自強(ツウキョン/ツーチャン)号も停車する。台湾を南北に貫く台鉄の西部幹線(縦貫線)は、苗栗県の竹南から彰化(チョンホア/ツァンホア)県の彰化駅まで海線と山線(台中線)に分かれ、苗栗駅は山線に属する。蒸気機関車の時代は、勾配が少ない海線のほうが所要時間が短く、海線のほうがメインルートの時代もあったが、山線は台中駅を経由することから、台中市の発展とともに山線が重視されるようになり、複線電化や山間部区間の直線トンネル化などの改良工事が完成してからは山線のほうがメインルートとなっている。普通電車は主に新竹~苗栗~台中~彰化の区間を走っており、苗栗県内の竹南、造橋、銅鑼、三義などの町を結んでいる。

 そのほか、「苗栗客運」のバスが、苗栗を中心に苗栗県内の各地を結んでおり、「新竹客運」のバスも苗栗県内を走っている。また、苗栗市郊外の公館に中山高速道路の苗栗ICがあり、苗栗から「國光客運」や「統聯客運」などの高速バスが台北を結んでいる。

 苗栗の市街地は、苗栗駅の東側から南へ中山路と中正路が伸びていて、道路沿いに商店が続いていてにぎやかである。一方、苗栗県の官庁街は駅の裏手の南西側に苗栗県政府(県庁)や苗栗市公所(市役所)がある。そのほか、苗栗駅の周辺には台湾でかつて走っていた蒸気機関車やディーゼル機関車、客車などを展示している「苗栗鉄道文物展示館」や、「苗栗市英才観光夜市」などがある。また、苗栗駅から少し離れた南西には、「貓貍山公園」が広がり、園内にある「苗栗県忠烈祠」は、日本統治時代にあった「苗栗神社」の跡地に建てられた。

 2007年に開業した台湾新幹線(臺灣高鐵)は、開業時に苗栗県内に駅が設置されなかったが、その後、県北部の後龍鎮に苗栗駅が開設されることになり、2015年の開業に向けて駅施設および駅前周辺の工事が進められている。
 
苗栗エリアの主な駅

苗栗 / メウリッ(ビャウリク/ミャオリー) 駅
台鉄 台中線(山線・西部幹線)


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台湾 桃園・蘆竹 開発進み人口急増する蘆竹、南カンICと空港鉄道

桃園・蘆竹
トーフン・ロォーティク/Thô-hn̂g Lô͘-tek (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・ルウツウ/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ ㄌㄨˊ ㄓㄨˊ (台湾華語/北京語)

臺灣桃園縣蘆竹鄉
台湾桃園県蘆竹郷(2014年末から桃園市蘆竹区)

台湾 桃園・蘆竹 開発進み人口急増する蘆竹、南カンICと空港鉄道

 蘆竹(ロォーティク/ルウツウ)は、桃園(トーフン/タオユエン)県北部にある人口約15万人の郷。桃園県は2014年末に桃園市に昇格する予定であり、それにともない桃園県蘆竹郷は桃園市蘆竹区となる。

 蘆竹は、もともと葦竹(蘆竹/ロォーティク)が群生していた荒地だったのが地名の由来であるが、近年は急速に住宅開発が進み、人口が急増している。「蘆竹郷」の「郷」は日本語では「村」に相当するが、人口急増により、台湾の多くの「市」よりも人口が多い。

 蘆竹郷には、東西に中山高速道路(国道1号線)が通り、桃園南崁IC、空港(機場)JCTがあり、空港JCTでは台湾桃園国際空港(臺灣桃園國際機場/タイワン トーフン コクツェー キーティウ/タイワン タオユエン クオチー チーツァン)を結ぶ空港高速道路(国道2号線)が分岐し、南北に貫く空港高速道路は大竹ICがある。

 蘆竹郷は主に南西部の大竹(トアティク/ターツウ)、中南部の南崁(ラムカム/ナンカン)、北部の山脚(山腳/ソワーカー/サンチャオ)の3つの地区に分かれる。

 大竹地区は、空港JCTの周辺に集落がある。空港JCT自体は外とのつながりがないが、台湾新幹線(臺灣高鐵)の桃園駅開業に合わせて空港高速道路に大竹ICが新設された。新幹線の桃園駅は西隣の中壢(ツゥンラク/テョンリク/ツォンリー)市にあり、大竹ICから4キロほどので近く、便利である。

 南崁地区は、蘆竹郷の中心地であり、南崁ICがドライバーによく知られていることから、「蘆竹郷」よりも「南崁」の地名のほうが通じる場合が多い。「南崁」の地名は、先住民ケタガラン族のナムカム社(集落)があったところで、後に福建(ホッケン)からの移民によって「南崁」(ラムカム)という漢字が当てられた。蘆竹郷公所(役場)は南崁ICの北側にある。南崁ICは台4線道路が南北に貫き、南は桃園市(2014年末から桃園市桃園区)、北は大園(トアフン/ターユエン)郷の桃園国際空港を結んでいる。南崁地区は、南崁ICの周辺が199年代から急速に開発が進み、エバー(長栄)航空総本部や、台茂ショッピングセンター(台茂購物中心)などがあるほか、高層マンションがどんどん増えている。

 桃園空港から台北へ向かう一部のバスが南崁の市街地を経由している。台4線は台湾文化の一つとも言えるドライバーに人気のビンロウ(檳榔/ピンヌン/ピンラン)を販売する店が道路沿いにいくつもあり、空港から台4線を経由して台北市内へ向かう大有バスなどは空港からすぐに台湾文化を感じることができて楽しい。南崁からは中山高速道路で台北市内まで30分程度なので、多くのバスが運行されている。この道路交通の便利さと、台北より地価が安いことが人口増加につながっている。

 但し、人口急増の蘆竹郷の不便さを一つ挙げるとすれば、それは鉄道交通の不便さである。一応、台鉄の林口線が南北に通っていて桃園駅につながっていたが、もともと林口火力発電所に石炭を運ぶための貨物線であり、2005年から旅客列車も運行されるようになったが、ディーゼルカーによる一日数往復程度の運行で、2012年末に廃止された。蘆竹郷公所の最寄り駅は隣の亀山(龜山/クウソワ/クエイサン)郷にあった南祥(ラムシャン/ナンシャン)駅であり、そのほか蘆竹郷内に五福(ンゴーホク/ウーフゥー)、長興(テョンヒン/ツァンシン)、海山(ハイソワ/ハイサン)、海湖(ハイオォー/ハイフウ)の各駅があった。人口急増にもかかわらず、有効活用されずに廃止されたのは残念だった。

 山脚地区は、台鉄林口線の長興、海山、海湖の各駅があったあたりで、近年はマンション開発が進んでいる。そのほか、台北市から桃園国際空港を結ぶ桃園空港鉄道(桃園機場捷運)の建設が進められており、山鼻(ソワピィアー/サンピー)駅と坑口(ケェカウ/ケンコウ)駅が設けられる。台鉄林口線の海山駅と建設中の山鼻駅は近かったが、桃園空港鉄道開業前に台鉄林口線が廃止されてしまった。廃線跡は、桃園捷運(都市鉄道)ブラウンライン(棕線)となる構想があり、今後バス・ラピッド・トランジット(BRT)方式かライトレール(LRT)方式として再活用される計画がある。坑口駅は、将来、桃園捷運グリーンライン(綠線)との乗換駅となる予定である。グリーンラインは坑口駅から水尾(ツイボエ)を経由して蘆竹、南崁を経由して台鉄桃園駅、八徳(パッティク/パートー)方面を結び、そのほか水尾から桃園エアシティ(航空城)を経由して桃園空港鉄道(桃園捷運ブルーライン)の横山(ホワイソワ/ヘンサン)駅を結ぶ構想がある。

 このほか、蘆竹郷の東側は丘陵が広がり、台北近郊にあることから永漢ゴルフ場、台北ゴルフクラブ、台北第一ゴルフ場などのゴルフ場がある。

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中山高速道路・南崁インターチェンジ

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台湾 桃園・桃園機場 台湾桃園国際空港と建設進む空港連絡鉄道

桃園・桃園機場
トーフン・トーフンキーティウ/Thô-hn̂g ・Thô-hn̂g-ki-tiûⁿ (台湾語/ホーロー語)
タオユエン・タオユエンチーツァン/ㄊㄠˊ ㄩㄢˊ・ㄊㄠˊ ㄩㄢˊㄐㄧ ㄔㄤˇ (台湾華語/北京語)

臺灣桃園市大園區
台湾桃園市大園区

台湾 桃園・桃園機場 台湾桃園国際空港と建設進む空港連絡鉄道

 台湾の首都・台北(臺北/台:タイパッ/華:タイペイ)の玄関口となる最大の国際空港は、台北郊外の桃園(台:トーフン/華:タオユエン)市の大園(トアフン/ターユエン)区にある台湾桃園国際空港(臺灣桃園國際機場/タイワン トーフン コクツェー キーティウ/タイワン タオユエン クオチー チーツァン)。

 この空港は、1979年に開港した空港で、以前は蒋介石(チャンチエスー)元総統の名「中正」(ツォンツェン)をとって中正国際空港(Chiang Kai-Shek International Airport)と呼ばれていたが、2006年に台湾桃園国際空港に改称された。首都・台北の玄関口であるため「台北」と略されることも多いが、台北市内の台北松山空港と区別して「台北(桃園)」や、台北桃園空港とも呼ばれる。

 同空港開港以前は、台北市内の台北松山空港(臺北松山機場/タイパク ションサン キーティウ / タイペイ ソンサン チーツァン)が使われていたが、国際線が桃園の中正空港に移転し、松山空港は台湾国内専用空港となっていた。2007年に台湾新幹線(臺灣高鐵)が開業すると、台湾国内線の需要が減り、余裕のできた松山空港の再国際化がはじまり、2008年に中国との直行便の一部が乗り入れるようになり、2010年10月からは台北松山~東京羽田の路線も開設された。松山空港はこのほか、中国の上海虹橋や、韓国のソウル金浦など北東アジア各国の主要都市の第二空港どうしを結ぶシャトル路線の開設を進めているが、一方で台湾桃園国際空港の国際空港としての地位が揺らぐものではなく、台湾中南部からの需要もあり、台湾桃園国際空港の需要は今後も増加していくものと思われる。

 桃園空港は、ターミナルビルを挟むように滑走路が2本あり、開業当時からの第1ターミナルと、新たに造られた第2ターミナルがあり、中華航空(テョンホア ハンコン/ツォンホア ハンコン)、エバー航空(長榮航空/テョンイン ハンコン/ツァンロン ハンコン)などの台湾の航空会社の本拠地となっている。また、桃園空港から日本へは、2011年秋に結ばれた日台航空自由化(オープンスカイ)協定により、乗り入れ都市が急速に拡大しており、東京成田、大阪関西、名古屋中部、札幌千歳、福岡、沖縄那覇、仙台、広島、小松、宮崎、鹿児島、富山、釧路、旭川、函館、岡山、高松、石垣島などに毎週計約350便以上の定期路線があり、日本からは日本航空や全日空が乗り入れるほか、香港のキャセイパシフィック航空(國泰/クォクタイ)や、米国の航空会社も台湾と日本を結んでいる。最近ではピーチ航空、ジェットスター、スクート、エアアジアなどの格安航空(LCC)も日台を結ぶようになっている。

 桃園空港から台北市内へは、2017年の桃園メトロ空港線開業以前は鉄道交通がなく、高速バスが主な交通手段となっていた。國光、長栄、大有などのバスが台北市内を結んでいるが台北市中心部までは約1時間を要する。空港から台北駅を結ぶ國光客運バスは、後方に車輪2つあるアメリカ製の旧型バスがバスファンからは根強い人気があった。また、大有などの一部のバスは高速道路ではなく、蘆竹(ロォーティク/ルウツウ)郷の市街地を経由して南崁(ラムカム/ナンカン)ICから高速道路に乗る。

 2007年に台湾新幹線が開業してからは、中壢(ツゥンラク/テョンリク/ツォンリー)市の高鉄桃園駅からも台北へ向かうことができるようになった。桃園空港は、近隣諸国の主要国際空港と比べて、アクセスが悪かったので、台北から桃園空港、高鉄桃園駅、中壢(環北)を結ぶ桃園メトロ空港線(桃園捷運機場線)が建設され、2017年に開業した。これらが開業すれば、空港から台北市内が約35分で結ばれ、高鉄桃園駅も便利になった。将来的には台鉄の中壢駅まで延伸する予定だ。

 大園(台:トアフン/華:ターユエン)区は桃園県の北部にある人口約8万人の区で、2014年末に桃園県が桃園市に昇格した際に、桃園県大園郷から桃園市大園区となった。

 桃園メトロ空港線は、大園区内に空港第1ターミナル(機場第一航廈)、空港第2ターミナル(機場第二航廈)、空港第3ターミナル(機場第三航廈)、エアポートホテル(機場旅館/キーティウ ルーコワン / チーツァン リュィークワン)、大園、横山(ホワイソワ/ヘンサン)、領航(ニアハン/リンハン)の各駅が開設され、このうち空港第1~3ターミナル駅とエアポートホテル駅が地下駅で、その他は高架駅となる。桃園空港の第3ターミナルはまだオープンしていないので、第3ターミナル駅は第3ターミナルが開設される2020年の開業予定である。エアポートホテル駅は桃園空港のトランジットホテルや台湾の飛行機の発展を展示する「航空科学館」の最寄り駅となる。

 大園の市街地は、空港の西約2キロのところにあり、国道2号(高速空港支線)の大園ICの近くに大園駅が設けられる。大園駅から南へ進むと横山駅があり、ここは将来、桃園航空城(エアポートシティ)を結ぶ桃園捷運(都市鉄道)グリーンライン(緑線)と連絡する計画がある。領航駅は大園高中(高校)の最寄り駅で、空港鉄道の青埔車両基地が広がる。

桃園・桃園機場エリアの主な駅

機場第一航廈 / キーティウテーイッハンハー(チーツァンティーイーハンシア)駅
桃園捷運 機場線

機場第二航廈 / キーティウテージーハンハー(チーツァンティーアルハンシア)駅
桃園捷運 機場線

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台湾桃園国際空港第1ターミナル

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台湾桃園国際空港第2ターミナル出発ロビー

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台湾桃園国際空港第2ターミナル到着ロビー

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桃園空港の第1ロビーと第2ロビーを結ぶシャトル

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台湾桃園国際空港を拠点とするエバー(長栄)航空

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桃園メトロ・空港第1ターミナルビル駅

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