大阪・南森町 天神祭の大阪天満宮と天神橋筋商店街

大阪・南森町
おおさか・みなみもりまち

日本国大阪府大阪市北区

大阪・南森町 天神祭の大阪天満宮と天神橋筋商店街

 南森町(みなみもりまち)は、大阪(おおさか)市の北(きた)区にある地区で、大阪市営地下鉄の堺筋線・谷町線の南森町駅とJR西日本・東西線の大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)駅がある。

 南森町駅は谷町線が昭和42年(1967年)、堺筋線が昭和44年(1969年)に開業した。乗り換え客が多いことから、平成9年(1997年)に谷町線上りホームが増設された。JR大阪天満宮駅は、南森町駅の東側に隣接して平成9年(1997年)に開業した。

 南森町は、平安時代の949年(天暦3年)に創建された「大阪天満宮」の杜(もり)の町として天神橋筋を軸に門前町として発展した。大阪天満宮から北へ天神橋筋六丁目(天六/てんろく)まで伸びる天神橋筋商店街は、南北に約2.6キロあり、日本一長いアーケード商店街となっており、地元の住民やビジネス客、観光客などでいつもにぎわっている。南森町駅および大阪天満宮駅は天神橋筋と京阪国道(国道1号線)の交差点のところにある。

 大阪天満宮は、901年に菅原道真(すがわら の みちざね)が九州の大宰府(だざいふ)へ左遷させられた際、大阪のここにあった大将軍社に立ち寄り、旅の無事を祈願した。大宰府で死去した菅原道真公を「天神様」として畏れ、祀るようになると、大阪の大将軍社の前に7本の松が生えた伝説から、ここに天満宮を建立することになり、949年(天暦3年)に菅原道真公を祀る天満宮が創建された。

 大阪天満宮は地元では「天満天神」(てんま てんじん)と呼ばれ親しまれている。毎年7月に行われる「天神祭」(てんじんまつり)は、大阪三大祭りの一つとして知られ、多くの人でにぎわい、特に桜ノ宮公園での奉納花火は大阪の夏の風物詩となっている。また、大阪天満宮に隣接して天満天神「繁盛亭」が、六代目・桂文枝(かつら ぶんし)師匠の尽力により、落語の寄席の定席として平成18年(2006年)にオープンした。これに合わせて、商売繁盛を祈願する「十日えびす」(天満天神えびす祭)も平成18年(2006年)より復活し、大阪天満宮にさらなる活気がもたらされた。

 天神橋筋商店街の南端の大川の河川敷のあたりには、江戸時代から「天満青物市場」があり、大正時代、昭和初期の頃までにぎわっていたが、昭和6年(1931年)に大阪中央卸売市場に集約され、さらに昭和20年(1945年)の米軍による空襲により完全に焼失した。現在、跡地は河川敷の公園になっており、「天満青物市場跡」の碑が立っている。大阪野菜の「しろ菜」(しろな)は、江戸時代から明治時代に、このあたりで盛んに栽培されていたことから、「天満菜」とも呼ばれるが、現在はこの周辺も市街化しており、畑はないが、大阪市郊外や大阪府内で今も盛んに栽培されている。

 南森町駅の北のあたりにはお寺が並び、大阪の歴史を伝える史跡が残されている。江戸時代に大坂天満に生まれ、大坂町奉行組与力だった大塩平八郎(おおしお へいはちろう)は1830年代の「天保の大飢饉」の際に、豪商が米を買い占め、庶民が飢餓にあえいでいるのを見て、奔走するが聞き入れられず、1837年(天保8年)に豪商に天誅を加えるべく民衆とともに蜂起した。この「大塩平八郎の乱」は反日で鎮圧され、大坂の町は蜂起による火災が広がった。蜂起は成功せず、大塩平八郎は最後に自決した。「正成寺」には大塩平八郎の墓所と「大塩の乱に殉じた人びとの碑」がある。また、南森町駅から東へ、京阪国道の東天満交差点の東側の造幣局の手前には「大塩の乱 槐(えんじゅ)跡」の碑があり、大塩の乱の際にまず大砲がここに打ち込まれたのだという。

 大阪造幣局には、「造幣博物館」があり、日本の貨幣の歴史や外国の貨幣が展示され、貨幣について学ぶことができる。また、ヤエザクラなどの桜の名所として知られ、毎年4月には大阪造幣局の「桜の通り抜け」が開放される。

大阪・南森町エリアの主な駅

南森町 / みなみもりまち 駅
大阪市営地下鉄 谷町線堺筋線
大阪天満宮 / おおさかてんまんぐう 駅
JR西日本 東西線

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大阪地下鉄谷町線・南森町駅

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大阪地下鉄堺筋線・南森町駅

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JR東西線・大阪天満宮駅

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天神橋筋商店街

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天神橋筋商店街

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大阪天満宮(天満天神)

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大阪天満宮

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大阪天満宮・登竜門

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天満天神繁盛亭

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天満青物市場跡

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大塩平八郎の墓所がある「正成寺」

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「大塩の乱 槐(えんじゅ)跡」の碑 

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大阪・ユニバーサルシティ ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)がある街

大阪・ユニバーサルシティ
おおさか・ユニバーサルシティ

日本国大阪府大阪市此花区

大阪・ユニバーサルシティ ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)がある街

 ユニバーサルシティは、大阪(おおさか)市の此花(このはな)区にある地区で、JR西日本・桜島線(ゆめ咲線)のユニバーサルシティ駅がある。

 ユニバーサルシティ駅は、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ)がオープンした平成13年(2001年)に、JR桜島線の安治川口~桜島の間に開設された。

 USJは、米国大手映画会社であるユニバーサル・スタジオ(Universal Studio)社のハリウッド映画の魅力を体験できるテーマパークで、大阪に日本初進出した。USJは、平成9年(1997年)に移転のため閉鎖された日立造船桜島工場の跡地と、住友金属工業(現・新日鐵住金)製鋼所の敷地の一部を再開発し、平成13年(2001年)にオープンした。

 USJの最寄り駅であるユニバーサルシティ駅からUSJの入口までは「ユニバーサル・シティウォーク大阪」の商業施設があり、商店や飲食店が集まる複合施設やたこ焼き店が集まる「大阪たこ焼きミュージアム」、「ホテル京阪ユニバーサルシティ」、「ホテル近鉄ユニバーサルシティ」などのホテルのほか、駅前で大道芸人によるショーも行われる。

 USJは、ハリウッドの街並みを再現した「ハリウッド・エリア」、1930年代のニューヨークの街並みをイメージした「ニューヨーク・エリア」、アメリカ西海岸をイメージした「カリフォルニア・エリア」、映画『ジュラシック・パーク』をイメージした「ジュラシック・エリア」、映画『ジョーズ』の舞台のアミティ村をイメージした「アミティ・ビレッジ」、映画『ウォーターワールド』の水上要塞をイメージした「ウォーターワールド」、スヌーピーやハローキティなどの人気キャラクターの住む街をイメージした「ユニバーサル・ワンダーランド」、映画『ハリー・ポッター』の世界を再現した「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」などのエリアがある。

 USJのオープンは、さびれつつある臨海工業地区だった大阪市此花区に新たな活気をもたらすとともに、大阪定番の新しい観光スポットとなった。一方で、関西の郊外にある既存の遊園地はUSJに客を奪われ、兵庫県の「宝塚ファミリーランド」、奈良県の「奈良ドリームランド」、「あやめ池遊園地」、大阪府の「エキスポランド」などが次々と閉園し、結果としてUSJの一人勝ち状態となってしまったのは、幼い頃にこれらの遊園地で遊んだ思い出がある関西人は複雑な気持ちもあるが、それは時代の流れで仕方ないのだろうか。

大阪・ユニバーサルシティエリアの主な駅

ユニバーサルシティ
JR西日本 桜島線(ゆめ咲線)

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JR桜島線(ゆめ咲線)ユニバーサルシティ駅

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ユニバーサルシティウォーク大阪

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ユニバーサルシティウォーク大阪

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ユニバーサルシティウォーク大阪

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ユニバーサルスタジオジャパンの入場口

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ユニバーサルスタジオジャパン

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ユニバーサルスタジオジャパン

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ユニバーサルスタジオジャパン

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ユニバーサルスタジオジャパン

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大阪・桜島 天保山の対岸の埠頭と日立造船跡に再開発されたUSJ

大阪・桜島
おおさか・さくらじま

日本国大阪府大阪市此花区

大阪・桜島 天保山の対岸の埠頭と日立造船跡に再開発されたUSJ

 桜島(さくらじま)は、大阪(おおさか)市西部の此花(このはな)区にある地区で、JR西日本・桜島線(ゆめ咲線)の桜島駅がある。

 JRゆめ咲線の前身は、西成鉄道であり、西成鉄道は大阪駅から安治川(あじがわ)の河口を結ぶ路線として明治31年(1898年)に大阪~安治川口が開業、さらに明治38年(1905年)に安治川口~天保山(てんぽうざん)が延伸開業した。翌明治39年(1906年)に国有化されて国鉄西成線となり、明治43年(1910年)に天保山~桜島が延伸されると天保山駅は廃止された。

 桜島駅は、大阪港で陸揚げされる石炭や穀物、塩などの物資を貨物列車に積み替えて各地に輸送する貨物の重要な拠点として発展した。特に昭和初期は石炭の輸送が増加し、貯炭場などの施設も拡張された。桜島駅近くには大阪鐵鋼所(後の日立造船)桜島工場があり、戦時中は軍需工場の輸送も多く、昭和20年(1945年)には米軍による空襲も受けた。

 戦後は、日立造船桜島工場の通勤輸送や、石炭などの貨物輸送で重要な役割を担った。昭和36年(1961年)に大阪環状線が開業すると、国鉄西成線のうち、大阪~西九条は大阪環状線の一部に、西九条~桜島は国鉄桜島線となった。昭和41年(1966年)に日立造船の桜島工場は造船事業を廃止して機械工場のみとなり、昭和48年(1973年)には桜島駅の国鉄貯炭場も廃止された。昭和61年(1986年)には桜島駅の貨物取扱が廃止され、平成9年(1997年)には日立造船桜島工場が九州に移転し、桜島工場が閉鎖された。

 桜島駅は工場通勤客利用者が多く、朝夕の通勤時間帯のみ混雑し、昼間は閑散としていた。貨物輸送もなくなった平成初期の頃の桜島駅周辺はさびれた雰囲気だったが、日立造船の工場跡地に米国映画のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ)が建設されることになり、桜島周辺の風景は一変することになる。

 平成13年(2001年)にUSJが開園し、その最寄り駅として桜島~安治川口にユニバーサルシティ駅が開設されると、桜島線は「ゆめ咲線」との愛称で、USJ行楽客の輸送でにぎわうようになった。一方、桜島駅はユニバーサルシティでほとんどの旅客が降りた状態で到着するので、混雑はしないが、USJの従業員ゲートが近いことから桜島駅の利用客も増えた。

 桜島駅の西側には梅町桟橋は、石炭埠頭として使われ、桜島駅から貨物線が伸びていた。梅町桟橋は現在は、三菱倉庫桜島配送センター、桜島埠頭物流センター、東洋埠頭倉庫などの倉庫・物流拠点となっている。また、UFJの北側にもかつて安治川口から伸びる桜島線貨物支線が伸びていて大阪北港貨物駅があり、貯炭場もあった。

 桜島から天保山方面には平成2年(1990年)に阪神高速5号湾岸線の「天保山大橋」が開通した。桜島側には旧・大阪北港貨物駅のあたりに北港JCT(ジャンクション)と淀川左岸出入口と湾岸舞洲出入口がある。人工島の舞洲へは一般道路の此花大橋で結ばれ、同じく平成2年(1990年)に開通した。舞洲はバブル崩壊後、開発が遅れ、鉄道交通で結ばれていないが、万博やカジノの誘致構想があり、今後の大規模開発が期待されている。

 天保山は江戸時代の安治川(旧淀川)の浚渫工事で出た土砂を積み上げた人工の山で、わずか5mに過ぎず、現在は山というよりは、安治川の南の大阪港駅周辺を指す地名となっている。桜島線の旧・天保山駅は、実際には天保山側ではなく、天保山側へ行くには渡し船に乗る必要があった。

 安治川の河口部の川幅は広く、天保山大橋は高速道路であるため、桜島の渡し場から天保山(築港)まで大阪市による公営渡船が運航されており、ミニ船旅が楽しめる。

大阪・桜島エリアの主な駅

桜島 / さくらじま 駅
JR西日本 桜島線(ゆめ咲線)

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JRゆめ咲線・桜島駅

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JRゆめ咲線・桜島駅

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天保山大橋と対岸の天保山の観覧車

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テーマ : 大阪
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大阪・渡辺橋 肥後橋 四つ橋筋と中之島フェスティバルタワー

大阪・渡辺橋 肥後橋
おおさか・わたなべばし ひごばし

日本国大阪府北区、西区

大阪・渡辺橋 肥後橋 四つ橋筋と中之島フェスティバルタワー

 渡辺橋(わたなべばし)および肥後橋(ひごばし)は、大阪(おおさか)市の北(きた)区および西(にし)区にある地区で、北区側に京阪電鉄・中之島線の渡辺橋駅、西区側に大阪市営地下鉄・四つ橋線の肥後橋駅がある。

 四つ橋筋の地下を走る地下鉄四つ橋線は、御堂筋線の混雑緩和のために建設され、昭和40年(1965年)に大国町(だいこくちょう)~西梅田(にしうめだ)の延伸開業時に肥後橋駅が開設された。

 肥後橋駅の北側に土佐堀川(とさぼりがわ)と堂島川(どうじまがわ)が流れ、その間にある中洲が中之島(なかのしま)であり、四つ橋筋は土佐堀川に肥後橋が、堂島川に渡辺橋が架かっている。中之島より北は北区になっており、渡辺橋の南詰に京阪中之島線の渡辺橋駅がある。

 肥後橋駅の東側には、かつて西横堀川(にしよこぼりがわ)の運河があり、その埋め立て跡に阪神高速1号環状線が通っている。ここが西区と中央区の境になっており、中央区側に地下鉄御堂筋線と京阪本線の淀屋橋(よどやばし)駅がある。阪神高速1号環状線はカーブしながら中之島の空中を高架で通り抜け、堂島川の北側の高架道路と連結しており、「水の都」大阪の都会的な風景が広がっている。

 中之島の肥後橋と渡辺橋の間には、もともと四つ橋筋の西側に「朝日新聞」大阪本社が入る朝日新聞ビルと大阪朝日ビル、東側に新朝日ビルディング「フェスティバルホール」があったが、建物老朽化のため、ツインタワーの「中之島フェスティバルタワー」として再開発されることになった。

 音響の良さで音楽関係者から評価が頗る高かった旧・フェスティバルホールは平成20年(2008年)に惜しまれながら閉館し、解体の上、平成24年(2012年)に「中之島フェスティバルタワー」の竣工により、新しい「フェスティバルホール」が再オープンした。

 39階建ての「中之島フェスティバルタワー」(東)には「フェスティバルホール」と商業施設「フェスティバルプラザ」、オフィスゾーンには「朝日新聞」大阪本社、「テレビ朝日」関西支社、「日刊スポーツ」大阪本社などの朝日系メディアや、日立製作所関西支社やカネカ大阪本社などのオフィス、在大阪イタリア総領事館、台北駐大阪経済文化弁事処(駐大阪台湾総領事館)などの在外公館も入っている。また、西棟の「中之島フェスティバルタワー・ウエスト」には、「キヤノンプラザ大阪」や多目的ホール「中之島会館」、「香雪美術館」、ホテル「コンラッド大阪」、「帝人」大阪本社、「野村総合研究所」大阪総合センターなどが入っている。

 渡辺橋駅は平成20年(2008年)に京阪中之島線開業にともない開設された新駅。京阪中之島線は、本来なら淀屋橋駅から京阪本線を肥後橋方面に延伸すればよかったのだが、京阪淀屋橋駅の地下ホームから延伸すると同じ深さの地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅ホームとぶつかるため、中之島側に新線を建設して天満橋~淀屋橋(大江橋)は実質的な複々線の延長の役割を担うことにしたのだった。だが、地下鉄堺筋線と乗り換えできる北浜駅近くに新設された「なにわ橋駅」は既存の北浜駅より遠く、淀屋橋駅近くに新設された「大江橋駅」は既存の淀屋橋駅より乗り換えが遠いことから、中之島線へのシフトチェンジが進まず、乗客が伸び悩んでいる。しかし、京阪中之島線は淀屋橋より西へ行くことに意味がある。

 渡辺橋駅は四つ橋線の肥後橋駅との乗り換えが便利であり、フェスティバルホールの最寄り駅であるほか、「堂島アバンザ」や堂島地区のオフィス街、北新地(きたしんち)の繁華街なども徒歩圏内であり、本当は便利な立地の駅なのだが、現時点での利用者は多くなく、当初の予測を大幅に下回り、京阪の優等列車も減便された。しかし、長期的には渡辺橋駅や中之島駅の近くで働く人が今後京阪沿線に住むようになることを期待しているのかもしれない。また、今後は中之島駅が関空アクセス路線「なにわ筋線」との乗り換え駅になる予定もあり、これが開業すれば京阪沿線から中之島線への利用が増えて、中之島線の本領が発揮されるのかもしれない。今後の伸びに期待したい。

大阪・渡辺橋 肥後橋エリアの主な駅

渡辺橋 / わたなべばし 駅
京阪電鉄 中之島線
肥後橋 / ひごばし 駅
大阪市営地下鉄 四つ橋線

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京阪中之島線・渡辺橋駅

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京阪中之島線・渡辺橋駅

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京阪中之島線・渡辺橋駅

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渡辺橋から見た堂島川と阪神高速

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渡辺橋から見た堂島川と阪神高速

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肥後橋から見たフェスティバルホール

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肥後橋から見た土佐堀川と阪神高速

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四つ橋筋から見た中之島フェスティバルタワー

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肥後橋駅前の四つ橋筋

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地下鉄四つ橋線・肥後橋駅

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大阪・東三国 新御堂筋の東三国駅と幻の弾丸列車計画があった東淀川駅

大阪・東三国
おおさか・ひがしみくに

日本国大阪府大阪市淀川区

大阪・東三国 新御堂筋の東三国駅と幻の弾丸列車計画があった東淀川駅

 東三国(ひがしみくに)駅は、大阪(おおさか)市の淀川(よどがわ)区にある地区で、大阪市営地下鉄・御堂筋線の東三国駅がある。また、東三国駅の東約500mのところにJR西日本・東海道本線(京都線)の東淀川(ひがしよどがわ)駅があり、東淀川駅自体は淀川区内にあるが、東淀川駅のJR線の東側が淀川区と東淀川区の境となっている。

 地下鉄御堂筋線の東三国駅は、大阪市中心部の梅田(うめだ)からまっすぐ北に向かって伸びている高架道路の新御堂筋(しんみどうすじ)に挟まれる形の高架駅で、南は新大阪(しんおおさか)、梅田、なんば、天王寺(てんのうじ)、なかもず方面、北は江坂(えさか)経由で北大阪急行電鉄の千里中央(せんりちゅうおう)方面を結んでいる。

 東三国駅は、東海道山陽新幹線も乗り入れる新大阪(しんおおさか)駅の約1キロ北にある。地下鉄御堂筋線は、新幹線が開業した昭和39年(1964年)に新大阪まで開業し、その6年後の昭和45年(1970年)の大阪万博開催の際に新大阪~東三国~江坂とその先の北大阪急行が開業した。

 東三国駅や新大阪駅は、大阪市の最北部にあたり、建設された頃は、のどかな水田が広がっていた。東三国駅の北に流れる神崎川(かんざきがわ)が大阪市と吹田(すいた)市の境目であり、大阪市営地下鉄である御堂筋線は東三国駅の一つ先の江坂駅(吹田市)まで建設され、その先は別会社の北大阪急行として運行している。

 東三国駅の東にあるJR東淀川駅は、昭和15年(1940年)に開設された駅で、現在は両駅間にを結ぶ道が商店街となっており、庶民的な町となっている。東淀川駅は新大阪駅からわずか0.7キロしか離れておらず、普通電車のみが停車し、快速や新快速は全速力になる前に通過していくほどの近さだ。

 東海道新幹線は、戦前に計画された新幹線の前身である「弾丸列車」計画で取得していた土地を利用して早期開業を実現したが、東淀川駅は弾丸列車の新大阪駅建設を見越して開設された駅だった。弾丸列車および新幹線の大阪駅設置にあたっては、山陽方面の延伸を考えた場合、2回淀川を渡らなければならない梅田の大阪駅乗り入れは難しく、淀川より北に新大阪駅を設置する方向であった。そこで、弾丸列車計画では、東淀川駅の北側に南北に駅を設置することが計画されていた。

 しかしながら、このルートでは神崎川に近すぎて新しい街の広がりに支障が出るということで、新幹線建設時にはルートを少し南へ移動させて、現在の宮原操車場のあたりに新幹線の新大阪を建設した。そのため、東淀川駅と新大阪駅が極めて近いという状態となったのである。

 東三国駅周辺は、弾丸列車計画および新幹線・新大阪駅建設の都市計画に基づいて区画整理されたため、碁盤目状の街路が並び、しかも坂が少ないので、自転車で生活しやすい街である。大阪市中心部への通勤の便利さからマンションが多く建設されている。東淀川駅の北西側や、東三国駅から1キロほど西の西三国地区では入り組んだ道もあるが、それは古くからの集落であり、人工的な区画の中にも町の歴史が感じられる。

大阪・東三国エリアの主な駅

東三国 / ひがしみくに 駅
大阪市営地下鉄 御堂筋線

東淀川 / ひがしよどがわ 駅
JR西日本 東海道本線(京都線) 

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大阪地下鉄御堂筋線・東三国駅

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東三国駅前の商店街

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東三国駅近くのマンション群

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東三国の公園とマンション

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東三国駅前の商店街

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JR京都線・東淀川駅

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JR東淀川駅前の商店街

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東淀川駅近くにある大願寺

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JR東淀川駅

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JR東淀川駅

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JRおおさか東線の工事が進む東淀川駅

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テーマ : 西中島・新大阪界隈
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大阪・四天王寺 夕陽丘 古都大阪が感じられる聖徳太子の四天王寺

大阪・四天王寺 夕陽丘
おおさか・してんのうじ ゆうひがおか

日本国大阪府大阪市天王寺区

大阪・四天王寺 夕陽丘 古都大阪が感じられる聖徳太子の四天王寺

 夕陽丘(ゆうひがおか)は、大阪(おおさか)市の天王寺(てんのうじ)区にある地区で、大阪市営地下鉄・谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘(してんのうじまえ ゆうひがおか)駅がある。

 この長い駅名は、もともと昭和43年(1968年)に地下鉄谷町線が開業した際に、夕陽ヶ丘駅ができる予定であったが、「四天王寺」(してんのうじ)が近くにあることから開業直前に四天王寺前(してんのうじまえ)駅とされた。これが地元の反発を呼んだようで、「夕陽ヶ丘」(ゆうひがおか)も副駅名として併記され、音声アナウンスでも放送されるなど配慮されていたが、平成9年(1997年)に「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅が正式駅名となった。

 夕陽丘は、難波(なんば)から東へ、松屋町筋から上町台地を上った谷町筋にある。ここから西へ沈む夕陽の眺めが美しかったことから夕陽丘(ゆうひがおか)と呼ばれるようになったのだろう。

 駅の西側には太平寺(たいへいじ)や勝鬘院(しょうまんいん)、大江神社(おおえじんじゃ)などの寺社仏閣が多く集まり、駅の北西側は生玉寺町(いくたまてらまち)の寺院が並び、生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)へと続いている。米軍の空襲による戦災で市街地のほとんどが焼失してしまった大阪の市街地の中で、このあたりの寺町は、大阪が京都と並ぶ古都であることを感じさせる。

 「四天王寺」は、四天王寺前夕陽ヶ丘駅から5分ほど南に歩いたところにある。ここは、聖徳太子(しょうとくたいし)が建立した七大寺の一つとされ、593年(推古天皇元年)に創建され、救世観音菩薩(くせかんのんぼさつ)を本尊としている。日本における仏教寺院の中でも最古の寺の一つであり、崇仏派の蘇我(そが)氏と排仏派の物部(もののべ)氏が争う中、蘇我氏側についていた聖徳太子(厩戸王子)が蘇我氏勝利後に四天王寺を建立した。

 四天王寺は、長い歴史の中で戦乱や落雷の火災などで何度も焼失しており、江戸時代の1812年(文化9年)に再建された伽藍は昭和9年(1934年)の室戸台風で五重塔などが倒壊し、昭和20年(1945年)の米軍による大阪大空襲で東大門や伽藍、五重塔は焼失し、現在のものは昭和38年(1963年)に再建されたものである。

 四天王寺は五重塔や回廊がある中心伽藍のほか、東に聖徳太子を祭る「聖霊院」(しょうりょういん)があり、北東側には本坊がある。このほか石鳥居、南鐘堂、北鐘堂、石舞台、三面大黒天などさまざまな施設がある。

 四天王寺から南へ10分ほど歩くと、JR西日本の大阪環状線・大和路線・阪和線や地下鉄谷町線・御堂筋線などが集まる天王寺(てんのうじ)駅があり、日本一の高層ビル「あべのハルカス」と四天王寺の並びが、歴史と現代の出会いを感じさせる。

大阪・四天王寺 夕陽丘エリアの主な駅

四天王寺前夕陽ヶ丘 / してんのうじまえゆうひがおか 駅
大阪市営地下鉄 谷町線

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四天王寺の石鳥居

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四天王寺の五重塔

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四天王寺と「あべのハルカス」

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聖霊院太子殿

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北鐘堂

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石舞台

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三面大黒天

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大阪・福島 大阪環状線につながる梅田貨物線と地下化された阪神福島駅

大阪・福島
おおさか・ふくしま

日本国大阪府大阪市福島区

大阪・福島 大阪環状線につながる梅田貨物線と地下化された阪神福島駅

 福島(ふくしま)は、大阪(おおさか)市の福島区にある地区で、大阪市中心部の梅田(うめだ)から約1キロほど西にあり、JR西日本・大阪環状線と阪神電鉄・阪神本線の福島駅、JR西日本・東西線の新福島駅がある。駅前は飲食店が並ぶ商店街が充実しており、周辺はビジネス街として発展している。

 JR福島駅の歴史は古く、明治31年(1898年)に西成鉄道の大阪~安治川口(あじかわぐち)開業時に開設された。西成鉄道は明治39年(1906年)に国有化された。その後、昭和36年(1961年)には西成線と城東線がつながって一体化し、大阪環状線として環状運転するようになった。福島駅は昭和39年(1964年)の高架化で、1面2線の高架駅となった。福島駅は以前は快速が通過していたが、平成24年(2012年)より停車するようになった。

 新大阪駅から梅田貨物駅の西側を通って、大阪環状線と連絡する梅田貨物線が福島駅の北側を走っている。梅田貨物線は地平で東海道本線(JR神戸線)と阪神高速11号池田線をくぐり、なにわ筋を踏切で交差した後、福島駅の北側を上って高架となり、大阪環状線の西九条駅を結んでいる。梅田貨物線は、貨物列車のほか関空特急「はるか」や紀勢本線を結ぶ特急「くろしお」も走り、京都・新大阪と関空・和歌山方面を結ぶ路線としての役割が増している。大阪駅の北に広がっていた梅田貨物駅は平成25年(2013年)に廃止され、駅跡地が「うめきた」地区として再開発計画が進められている。その一環で、梅田貨物線にも「うめきた」駅を設置する構想もあるようだ。

 阪神電鉄の福島駅は、長らく地上駅であり、阪神電車は梅田駅を出発するとすぐに地上に出ていたが、渋滞の名所だったなにわ筋の踏切を解消するために、地下区間が野田駅の手前まで延長され、福島駅は平成5年(1993年)に地下化された。新しい地下駅は国道2号線の地下、なにわ筋と交わる浄正橋交差点の東側に開設された。旧・福島駅跡は、「ホテル阪神」などに再開発されており、当時の面影はない。一方、福島駅の西側の阪神の新線が地上に出るところまでの旧線の廃線跡は比較的わかりやすい。なにわ筋の西側は「福島阪神クレセントビル」という細長いビルがとなり、商店が入っている。その先の大阪環状線と並走していた区間は駐車場になっている。あみだ池筋の先は、駐車場のほか、在宅介護支援センター「阪神長楽苑」となっている。「阪神」が入っているところが、阪神電鉄とのつながりを残していて分かりやすい。

 JR東西線の新福島駅は、平成9年(1997年)にJR東西線が開業した際に開設された。JR東西線は東は京橋(きょうばし)から学研都市線に直通運転しており、西はJR神戸線とJR宝塚線に直通運転している。阪神福島駅と同じ国道2号線の地下にあり、浄正橋交差点の西に駅がある。JR新福島駅・阪神福島駅とJR福島駅の間には、なにわ筋が「浄正橋筋商店街」となっており、路地も飲食店が並んでいてにぎわっている。また、JR福島駅の北側から西へ福島聖天通商店街が伸びていて、「売れても占い商店街」として占い店を充実させて集客を図っている。

 JR新福島駅および阪神福島駅の南には、福島天満宮や、ABCホールがある朝日放送本社ビル、堂島クロスウォーク、堂島リバーフォーラム、リバーレジデンス堂島、The Towaer Osaka、大阪中之島合同庁舎などがらなる「ほたるまち」、関西電力病院などがあり、なにわ筋の玉江橋(たまえばし)を渡れば、京阪電鉄・中之島線の中之島(なかのしま)駅があり、リーガロイヤルホテルやグランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)がある。中之島駅と福島の3駅は近く、乗り換えも便利である。

 福島天満宮は平安時代に菅原道真(すがわら の みちざね)が九州大宰府に転任された際に、ここに立ち寄った際に、もてなしに感謝してこのあたりが飢餓島と呼ばれたのを「福島」と名付けたことが福島の地名の由来となっており、その後、菅原道真が大宰府で死去したことから、ここの人たちが小祠を建てたのが福島天満宮の起源となった。

大阪・福島エリアの主な駅

福島 / ふくしま 駅
JR西日本 大阪環状線
阪神電鉄 阪神本線
新福島 / しんふくしま 駅
JR西日本 JR東西線

中之島 / なかのしま 駅
京阪電鉄 中之島線

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JR大阪環状線・福島駅

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JR大阪環状線・福島駅

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なにわ筋の真上にあるJR福島駅

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梅田貨物線のなにわ筋の踏切を走る特急「くろしお」

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福島駅の横で地平に下りる梅田貨物線を走る特急「はるか」

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福島から北梅田方面へと伸びる梅田貨物線

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売れても占い商店街、福島聖天通商店街

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飲食店が集まる浄正橋筋商店街

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なにわ筋と国道2号線が交差する浄正橋交差点

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阪神電鉄・福島駅

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旧・阪神福島駅跡

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阪神旧線跡に建てられた福島阪神クレセントビル

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駐車場になった阪神旧線跡

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駐車場になった阪神旧線跡

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阪神旧線跡にある在宅介護支援センター「阪神長楽苑」

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阪神旧線と現在の阪神本線の合流地点

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梅田貨物線

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梅田貨物線

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空き地になった旧梅田貨物駅跡

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梅田貨物線を走る特急「はるか」
 
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大阪・淀川 新淀川の鉄橋が美しい阪神淀川駅

大阪・淀川
おおさか・よどがわ

日本国大阪府大阪市福島区、此花区

大阪・淀川 新淀川の鉄橋が美しい阪神淀川駅

 淀川(よどがわ)駅は、大阪(おおさか)市の福島(ふくしま)区にある阪神電鉄・阪神本線にある駅。

 淀川駅は、新淀川(しんよどがわ)の南側にあり、福島区側に位置する。神戸方面に鉄橋を渡ると大阪市西淀川区の姫島(ひめじま)駅がある。淀川駅は各駅停車しか停車せず、急行や特急、直通特急などは通過する小さな駅であるが、下流の水量の多い雄大な新淀川と、鉄橋を走る電車が美しい。

 淀川駅の所在地は海老江(えびえ)であり、阪神本線と並走している阪神高速3号神戸線の海老江出入口と阪神高速2号淀川左岸線の海老江JCT(ジャンクション)がある。一方、JR西日本・東西線の海老江駅は、東に約700m、阪神・野田(のだ)駅と大阪地下鉄・野田阪神駅のそばにあり、そちらの駅との乗り換え駅となっていて、淀川駅とは離れている。

 淀川駅の南側には海老江下水処理場があり、南西の此花区側には大阪市下水道科学館があり、下水処理の仕組みを楽しく学ぶことができる。周辺には都市再生機構(UR)が開発した「高見フローラルタウン」や「パークシティふれあいのまち」などがあり、集合住宅が建ち並んでいる。

大阪・淀川エリアの主な駅

淀川 / よどがわ 駅
阪神電鉄 阪神本線

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新淀川の鉄橋を渡る阪神電車

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新淀川の鉄橋を渡る阪神電車

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淀川駅に停車する阪神の普通電車

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阪神電車からの新淀川の眺め 

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大阪・昭和町 文の里 ユニークなポスターで起死回生、文の里商店街

大阪・昭和町 文の里
おおさか・しょうわちょう ふみのさと

日本国大阪府大阪市安倍野区

大阪・昭和町 文の里 ユニークなポスターで起死回生、文の里商店街

 大阪(おおさか)市南部の安倍野(あべの)区にある昭和町(しょうわちょう)および文の里(ふみのさと)地区は、あびこ筋の地下に大阪市営地下鉄御堂筋線の昭和町駅が、阪神高速14号松原線の地下に地下鉄谷町線の文の里駅がある。両駅は約300m離れているが、両駅をつなぐように「文の里商店街」がある。

 御堂筋線の昭和町駅は、昭和26年(1951年)に開業した駅で、駅の東側に「文の里商店街」があり、その南に「昭和町二丁目商店街」(あきんど村)がある。昭和町駅からあびこ筋を南に300mほど行くと桃山学院中学・高校がある。その東には桃ヶ池(ももがいけ)公園が広がっている。桃ヶ池はかつては「股が池」(ももがいけ)と表記され、このあたりに廃止された旧・南海平野線の股ヶ池(ももがいけ)駅があった。

 文の里駅は、昭和55年(1980年)に谷町線の天王寺(てんのうじ)~八尾南(やおみなみ)開業時に開設された駅で、都島(みやこじま)~文の里の折り返し電車が運行されており、文の里から天王寺、東梅田方面は運転本数が多い。文の里駅は安倍野区役所の最寄り駅であり、あびこ筋と阪神高速14号線松原線の交差地点に文の里出入口がある。

 阪神高速14号線松原線と同時に整備された地下鉄谷町線は、かつて南海電鉄平野線が今池(いまいけ)~平野(ひらの)に走っていて、旧・文ノ里駅は大正12年(1923年)に開業し、谷町線が開業した昭和55年に廃止された。谷町線・文の里駅の地上、阪神高速の高架下には、南海平野線の文ノ里駅跡を記念する説明看板がある。

 文の里駅と昭和町駅をつなぐように、あびこ筋の東側に「文の里商店街」が伸びている。ここは、地元密着の下町らしいアーケード商店街であるが、近年は古さも目立ち、シャッター化して活気がなくなりさびれていた。そこで、「文の里商店街」では商店街を活性化するため、いかにも大阪らしい発想で起死回生の奇策に出た。

 平成26年(2014年)、大阪商工会議所が電通関西支社に依頼し、同社の若手クリエイターが創意を発揮して、それぞれのお店の個性を面白くインパクトあるポスターを制作したのだ。そして、その面白ポスターの人気投票を行ったことが話題となり、文の里商店街の名物として話題となった。

 ポスター展のグランプリは、店主が「ポスター? はよ作ってや。死ぬで。」とつぶやき、「お漬かれさまでした」とオチを漬けた「大嶋漬物店」。このほか、ビキニのセクシーな女性の写真に「いいムネあります」「いいモモあります」と鶏肉(かしわ)とかけた「鳥藤商店」。「街の名前が『文の里』やのに 本屋がつぶれたらあかんやろー?」とつぶやく「久保書店」。「釣られて 干されて 削られて いい味出して 捨てられる 鰹節だよ人生は。」と鰹節がつぶやく「かつお節の須崎屋」。選挙ポスターのように「清き一丁を。 ふみのさ党 眞ちゃん」の「眞ちゃん豆腐」。「アホにつける薬はあれへん」と子どもがやんちゃする「阪和薬局」。「切り口に、大量の塩を塗り込んでやった」と白菜の漬物をイジめる「元祖漬もんや」など、ユニークなポスターが並んでおり、大阪らしいユーモアあふれる商店街として、大阪の新たな地域活性化と観光地化の実験として注目されている。

大阪・昭和町 文の里エリアの主な駅

昭和町 / しょうわちょう 駅
大阪市営地下鉄 御堂筋線

文の里 / ふみのさと 駅
大阪市営地下鉄 谷町線

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地下鉄御堂筋線・昭和町駅

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御堂筋線が地下を走る「あびこ筋」

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昭和町二丁目商店街「あきんど村」

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地下鉄谷町線・文の里駅

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南海平野線・文ノ里駅跡の記念看板

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文の里商店街

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文の里商店街

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グランプリを受賞した大嶋漬物店

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「いいモモあります」の鳥藤商店

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かつお節の須崎屋

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「文の里」久保書店

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ふみのさ党 清き一丁の「眞ちゃん豆腐」

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大阪・野田 阪神電鉄のターミナル「野田阪神」

大阪・野田
おおさか・のだ

日本国大阪府大阪市福島区

大阪・野田 阪神電鉄のターミナル「野田阪神」

 野田(のだ)は、大阪(おおさか)市の福島(ふくしま)区にあるエリアで、阪神電鉄の野田駅、大阪市営地下鉄・千日前線の野田阪神(のだ はんしん)駅、JR西日本・東西線の海老江(えびえ)駅が集まっている。さらに、その南側約500mのところにJR西日本・大阪環状線の野田駅と地下鉄千日前線の玉川(たまがわ)駅がある。

 阪神野田駅は、2面4線の高架駅で、普通電車が待避を行う。急行は停車するが、特急、直通特急は通過する。野田駅は明治38年(1905年)に開業した歴史ある駅で、以前は、阪神北大阪線、阪神国道線が乗り入れるターミナル駅であった。

 阪神北大阪線は大正3年(1914年)に開業した路面電車で、野田から北上し、中津(なかつ)、北野(きたの)、天神橋筋六丁目(てんじんばしすじ ろくちょうめ)を結んでいた。一方、阪神国道線は国道2号線上を走っていた路面電車で、昭和2年(1927年)に阪神国道電軌として開業し、阪神本線の補完的役割を担っていた。だが、阪神国道線は高度経済成長期に国道2号線が自動車で混雑するようになると運行時間の増加と乗客減のため、本数が減らされ、昭和50年(1975年)に阪神国道線・北大阪線が同時に廃止された。

 阪神国道線・北大阪線の野田駅跡地(阪神本線野田駅の北側)には阪神電鉄本社社屋が建ち、ショッピングセンター・ウイステ(WISTE)、イオン野田阪神店がある。

 阪神野田駅の周辺は、通称「野田阪神」(のだはんしん)と呼ばれている。その由来は、JR野田駅と区別するためだと思われるが、昭和44年(1969年)に開業した地下鉄千日前線は野田阪神駅が採用された。野田阪神駅から千日前線に乗り換えれば、大阪市ミナミの中心部である難波(なんば)方面に便利であり、混雑する梅田(うめだ)を経由しなくてよいことからバイパスの機能を発揮している。

 平成9年(1997年)に開業したJR東西線の海老江駅は、野田阪神駅に隣接しているが、「阪神」の名を入れるのを避けたのと、JR野田駅と区別するためか、海老江駅が採用された。JR東西線は、次の御幣島(みてじま)駅まで、かつて阪神国道線が走っていた国道2号線の地下を走る。

 野田阪神には、新橋筋、野田阪神本通商店街、野田阪神駅前通などの商店街が伸び、昭和の街の雰囲気が残っている。また、駅から南西方向に歩いていくと福島区役所がある。

 JR大阪環状線の野田駅は野田阪神駅から南へ約500mのところにあり、地下鉄千日前線の玉川駅が乗り換え駅となっている。JR野田駅・玉川駅は大阪市中央卸売市場が近く、昭和59年(1984年)まで野田駅から大阪市場貨物駅までの貨物線が伸びていた。

大阪・野田エリアの主な駅

野田 / のだ 駅
阪神電鉄 阪神本線
野田阪神 / のだはんしん 駅
大阪市営地下鉄 千日前線
海老江 / えびえ 駅
JR西日本 JR東西線

野田 / のだ 駅
JR西日本 大阪環状線
玉川 / たまがわ 駅
大阪市営地下鉄 千日前線
 
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阪神野田駅

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阪神野田駅

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阪神野田駅前

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新橋筋商店街

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野田阪神本通商店街

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野田阪神駅前通

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大阪市営地下鉄千日前線・野田阪神駅

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JR東西線・海老江駅

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