時の旅・1979年(昭和54年) 自民党過半数割れで党内抗争、米中国交樹立、イラン革命、韓国朴正煕大統領が暗殺、中越戦争、ソ連がアフガン侵攻

1979年
昭和54年

時の旅・1979年(昭和54年) 自民党過半数割れで党内抗争、米中国交樹立、イラン革命、韓国朴正煕大統領が暗殺、中越戦争、ソ連がアフガン侵攻

当時の日本の首相 大平正芳(自由民主党)

 1979年(昭和54年)は、大平正芳(おおひら まさよし)内閣総理大臣(首相)の下、消費税の導入を示唆して第35回衆議院選挙に突入した結果、定数511の内、自由民主党248、日本社会党107、公明党57、日本共産党39、民社党35、新自由クラブ4、社会民主連合2、無所属19で、与党の自由民主党(自民党)が過半数割れした。

 自民党では、大平首相の責任を問う声が福田派、三木派、中曽根派といった反主流派から上がり、「四十日抗争」と呼ばれる党内抗争が勃発した。主流派(大平派、田中派等)は大平首相の続投を、反主流派は福田赳夫(ふくだ たけお)元首相を擁立しようとした。自民党は真っ二つに割れ、自民党の両院議員総会の開催を阻止するためにバリケードが築かれる騒ぎとなった。結局、自民党は首相指名で大平正芳と福田赳夫に票が分かれ、僅差で大平氏が勝ち、首相続投が決まった。大平首相は新自由クラブと連立を組んで政権を安定させようとしたが、反主流派が連立に反対したため、大平首相は新自由クラブからの閣僚起用を断念した。大平首相は外交的には冷戦下の環境の中で、ソビエト連邦(ソ連)と対立する中華人民共和国(中国)との関係を強化し、日中文化交流協定を調印した。

 交通については、鉄道は、1月に建設中の上越新幹線の大清水トンネルが貫通した。2月に西日本鉄道(西鉄)福岡市内線の循環線と貝塚線が廃止された。3月に北総開発鉄道の北初富~小室が開業した。7月に名古屋鉄道(名鉄)豊田線の赤池~梅坪が開業した。9月に営団地下鉄・半蔵門線の青山一丁目~永田町が延伸開業した。12月に営団地下鉄・千代田線(北綾瀬支線)の綾瀬~北綾瀬が開業した。

 文化については、音楽は、渥美二郎「夢追い酒」、ジュディ・オング「魅せられて」、小林幸子「おもいで酒」、さだまさし「関白宣言」、千昌夫「北国の春」、ゴダイゴ「ガンダーラ」「銀河鉄道999 (THE GALAXY EXPRESS 999)」「MONKEY MAGIC」、西城秀樹「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」、アリス「チャンピオン」、牧村三枝子「みちづれ」、ピンク・レディー「カメレオン・アーミー」、サザンオールスターズ「いとしのエリー」、山口百恵「いい日旅立ち」、桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」、円広志「夢想花」、ツイスト「燃えろいい女」、チューリップ「虹とスニーカーの頃」などがヒットした。映画は、「スーパーマン」、「ジョーズ2」、「エイリアン」などの洋画と、「銀河鉄道999」、「あゝ野麦峠」、「男はつらいよ」シリーズなどの邦画がヒットした。

 スポーツは、江川卓のプロ野球入りをめぐって巨人がドラフト対象外の盲点を突いてドラフト会議前日に入団契約するという「空白の一日」が問題となり、ドラフトで指名権を得た阪神タイガースに一旦入団し、すぐ巨人にトレードするという電撃的な展開となり、巨人の強引なやり方に批判が上がった。埼玉県所沢市に西武ライオンズの本拠地となる西武球場が完成した。ペナントレースは、セリーグが広島東洋カープ、パリーグが近鉄バッファローズがそれぞれ優勝し、日本シリーズでは広島が初の日本一となった。大相撲は、北の湖が3場所で優勝し、強さを見せつけた。

 世界の動きは、1月にアメリカ合衆国(米国)が中華人民共和国(中国)と国交を樹立。同時に中華人民共和国側の要求で中華民国(台湾)と断交したが、米国は「台湾関係法」を制定し、台湾との関係維持に努め、台湾への武器売却を含む防衛に協力の余地を残した。しかし、すでに国連からも排除された中華民国(台湾)は最大の後ろ盾だった米国とも国交断絶し、蒋経国(蔣經國/チャン チンクオ)総統の中国国民党独裁体制が続く台湾は、ますます国際的孤立の危機に瀕することとなった。米中国交樹立により、中国の実質的な最高指導者である鄧小平(邓小平/テン シャオピン)副総理が米国を訪問し、ジミー・カーター(Jimmy Carter)大統領と会談した。

 イランでは、イラン革命が起こり、皇帝制が倒れた。イランは、1941年に即位したモハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー( محمدرضا شاه پهلوی )皇帝により、1960年代から米国の支援を受けながら農地改革や工業化、女性権利向上、イスラム色を抑えた世俗主義を取り入れるなどの近代化が進められたが、貧富の差が深刻化し、シーア派の宗教学者でイラン革命の指導者となるルーホッラー・ホメイニー( روح‌الله خمینی )師は国王を批判し、1964年に逮捕され、国外追放されていた。パフラヴィー皇帝による開発独裁とオイルショック後の貧富の差拡大は、イスラム主義者や共産主義者らによる反体制運動のうねりとなり、デモやストライキが頻発し、1979年1月に戒厳令が敷かれたが収拾できず、皇帝はエジプトに脱出し、国外逃亡した。ホメイニー師がイランに帰国し、イスラム革命評議会を設立し、皇帝派を制圧し、イスラム共和制のイラン・イスラム共和国が樹立された。パフラヴィ―元皇帝は海外を転々とした後、癌の治療名目で米国に亡命しようとし、10月にカーター大統領も人道的見地から入国を認めたが、これが革命を成功させたイラン国民らの反米感情に火をつけ、駐イラン米国大使館がイラン人学生らにより占領され、パフラヴィ―元皇帝の引き渡しを要求する「イラン米国大使館人質事件」が発生した。

 韓国では、第二次オイルショックによる特に釜山(プサン)における経済悪化と、釜山を基盤とする野党・新民党の金泳三(김영삼/キム ヨンサム)総裁が与党により議員除名案を可決され、野党が国会をボイコットし、釜山大学などの学生らが釜山市内でデモを行い、警察と衝突し、鎮圧されると、近隣の馬山(マサン)でも大規模な学生デモが発生した。このデモの処理をめぐり、強硬に鎮圧を求める朴正煕(박정희/パク チョンヒ)大統領が、対応が生ぬるいと金載圭(김재규/キム ジェギュ)中央情報部長を叱責し、これがきっかけとなり、10月に大統領晩餐会の席で金載圭が朴大統領を銃撃して殺害した。

 朴大統領暗殺事件により、崔圭夏(최규하/チェ ギュハ)国務総理が大統領代行となり、12月に統一主体国民会議代議員会で第10代大統領に選出された。崔大統領は文民出身であることから、政治犯や民主運動家の金大中(김대중/キム デジュン)の自宅軟禁を解除するなど、民主化ムードがもたらされ、「ソウルの春」(서울의 봄)と呼ばれた。一方で、軍の実権をめぐって韓国軍内部の権力争いが起こり、軍内部で反乱が起こり、全斗煥(전두환/チョン ドゥファン)保安司令官が軍の実権を握る「粛軍クーデター」が発生した。

 1975年にカンボジアで政権を握り「民主カンプチア」に国名変更したカンプチア共産党(クメール・ルージュ)のポル・ポト(ប៉ុល ពត)首相は、毛沢東主義の急進的な共産主義化を進めた結果、国内が大混乱し、大虐殺が発生していた。隣国のベトナムに逃れたカンボジア人らによるカンプチア救国民族統一戦線がベトナムの支援を受けて、1978年12月に民主カンプチアに進攻し、カンプチア革命軍を撃退し、79年1月にベトナム軍がプノンペンを占領して、ポル・ポト政権は崩壊し、ベトナムの影響下で親ベトナムのヘン・サムリン(ហេង សំរិន)を国家元首とする「カンプチア人民共和国」が樹立された。これに対して、カンボジアのポル・ポト政権を支援していた中華人民共和国がベトナムに懲罰を与えるとして2月に中越戦争が勃発。中国人民解放軍がベトナム北部に侵攻したが、実戦経験が豊富なベトナム軍は強く、激しい戦闘を経て、中国軍は1カ月で撤退した。

 アフガニスタンでは、1978年に共産主義のアフガニスタン人民民主党が政権を握ったが、武装勢力の抵抗に遭い内戦状態となり、抵抗勢力が優勢となっていた。アフガニスタン当局はソビエト連邦(ソ連)に介入を求め、ソ連軍が12月にアフガニスタンに侵攻した。アフガニスタンのハフィーズッラー・アミーン( حفيظ الله امين )大統領・革命評議会議長に収拾能力がないと見たソ連はアミーン大統領をソ連KGB特殊部隊が殺害。バブラク・カールマル( ببرک کارمل )を大統領・革命評議会議長に据えた。その後、ソ連は約10年間アフガニスタンに軍事介入を続けることになる。

 このほか、3月にエジプトとイスラエルがエジプト・イスラエル平和条約に調印した。米国のスリーマイル島原子力発電所で冷却機能喪失による燃料棒溶解で炉心溶融(メルトダウン)となり爆発まで危機一髪の、重大な放射能漏れの事故が発生した。5月にイギリスで保守党のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)首相が就任した。7月に太平洋のキリバス共和国がイギリスから独立した。イラクでサダム・フセイン( صدام حسين )大統領が就任した。9月に中央アフリカ帝国で、反帝政の学生デモが鎮圧され、フランスも帝政打倒を支援し、フランス軍による無血クーデターでボカサ(Bokassa)皇帝が亡命し、帝政が廃止され、中央アフリカ共和国に国名も戻された。10月にパナマ運河の米国海外領土がパナマ共和国に施政権が返還された。11月にサウジアラビアでメッカのアル・ハラム・モスクが反王政イスラム主義者らの武装集団に占領される事件が発生した。

(参考:Wikipediaほか)

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テーマ : 歴史
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時の旅・1980年~1989年 国鉄民営化と青函トンネルと瀬戸大橋開通、中国北京で天安門事件、米ソ冷戦終結でベルリンの壁崩壊

1980年~1989年
昭和55年~平成元年

時の旅・1980年~1989年 国鉄民営化と青函トンネルと瀬戸大橋開通、中国北京で天安門事件、米ソ冷戦終結でベルリンの壁崩壊

当時の日本の首相 大平正芳(自由民主党) → 鈴木善幸(自由民主党) → 中曽根康弘(自由民主党) → 竹下登(自由民主党) → 宇野宗佑(自由民主党) → 海部俊樹(自由民主党)

 1980年代は、昭和50年代後半から昭和60年代に入り、高度経済成長で発展し、経済的にゆとりのできた日本は娯楽も充実し、東京ディズニーランドが開園し、家庭用ゲーム機のファミリーコンピューター(ファミコン)が発売され、日本初のドーム球場である東京ドームもオープンした。東北・上越新幹線が開業し、青函トンネルと瀬戸大橋の開通で北海道と四国が本州と陸続きになった。昭和64年(1989年)1月に昭和天皇が崩御し、64年間の昭和時代が遂に終わり、平成時代がスタートした。

 国際的には、東西冷戦が依然続く中、北朝鮮による大韓航空機爆破とラングーンテロ事件が発生。一方、韓国大統領の初来日が実現し、日韓の和解が進み、ソウルオリンピックの開催で開かれた韓国がアピールされた。ソ連ではウクライナのチェルノブイリ原発事故の後、ペレストロイカと呼ばれる改革が始まり、民主化の機運が高まった。台湾では38年に及ぶ戒厳令が解除されたが、一方で中華人民共和国では民主化を求める学生運動を戦車で弾圧した天安門事件が発生した。

 日本の政治は、大平首相の急死により鈴木内閣が発足し、「和の政治」で党内派閥のバランスに配慮しながら、行政改革に着手するとともに、冷戦下の安全保障については「総合安全保障」を掲げ、軍事力のほかにも経済や外交を含めた総合的な安全保障を目指した(80年)。どんどん増え続ける国債から財政を立て直すため、「増税なき財政再建」を目指す行政改革に取り組み、国鉄や電電公社、専売公社など官業民営化の方向性が提言された(81年)。鈴木内閣で行政改革に取り組んでいた中曽根康弘氏が自民党総裁で圧勝し、11月に首相に就任し、中曽根内閣が発足した(82年)。ロッキード事件の裁判で、田中角栄・元首相が10月に有罪判決を受け、12月に実施された第37回衆議院議員総選挙で、自民党が敗北して過半数を割り、28年間続いていた自民党単独政権が終焉し、新自由クラブとの連立政権となった(83年)。専売公社や電電公社の民営化法案が成立した(84年)。

 日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社(NTT)、日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)にそれぞれ民営化された。中曽根首相が靖国神社を公式参拝した。終戦40周年の節目ということで、靖国神社をきちんと参拝することを強調する形となったが、中国が靖国神社にいわゆる「戦犯」が祀られていることに強く反発したため、結果的に翌年以降の日本の首相による参拝が政治問題となって難しくなってしまった(85年)。第38回衆議院議員総選挙で自民党が圧勝し、自民党単独政権に返り咲き、国鉄分割民営化関連8法が成立し、来年度からの国鉄民営化が確定した。社会党に初の女性党首が就任した(86年)。国鉄が6つ(JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州)に分割民営化され、貨物部門はJR貨物となった。前後して地方の赤字ローカル線の廃止や第3セクター鉄道への移管が相次いだ(87年)。竹下首相の下、消費税の導入を柱とする税制改革法案が野党が強く反対する中で成立した(88年)。昭和天皇の崩御で昭和時代が終わり、平成時代が始まった。「消費税」が税率3%で施行された(89年)。

 経済は、トヨタ、ホンダ、日産、ダイハツなどが相次いで自動車の新ブランドを発売し、日本の自動車生産台数が世界1位となった(80年)。神戸の人工島・ポートアイランドで「新しい“海の文化都市”の創造」をテーマとする博覧会「ポートピア'81」がに開催された(81年)。所得向上と物価上昇が進む日本経済において、500円紙幣が硬貨化されることになり、500円硬貨がこの年から発行が始まった(82年)。千葉県浦安市に米国ディズニーのテーマパークである「東京ディズニーランド」が開園した。任天堂が「ファミリーコンピューター」(ファミコン)を発売し、家庭用ゲームのブームに火をつけた(83年)。日経平均株価が初めて1万円の大台を突破した。東京芝浦電気が「東芝」に社名を改名し、世界的ブランド「TOSHIBA」が社名としても定着した。広島を拠点とする東洋工業も「MATZDA」のブランド名に合わせる形で「マツダ」に社名変更した。好景気が続く日本で、偽造防止などの需要から紙幣のデザインが刷新され、11月からは、福沢諭吉の1万円札、新渡戸稲造の5千円札、夏目漱石の1千円札の発行が始まった(84年)。

 G5プラザ合意をきっかけに円高ドル安へと誘導され、1ドル200円台だったのが1ドル100円台に高騰した。その結果、後に日本の海外投資や海外資産買収などが加速する。茨城県筑波郡谷田部町(現・茨城県つくば市)の御幸が丘で国際科学技術博覧会(つくば万博85)が開催された(85年)。男女雇用機会均等法が施行された(86年)。自民党の有力政治家にもリクルート・コスモス株が譲渡されていたことが発覚し、「リクルート疑惑」として大問題になった(88年)。好景気の流れに乗り、土地や株価は値上がりを続けた。12月29日の日経平均株価は3万8915円の最高記録を樹立した(89年)。

 重大事件や災害は、静岡駅前の地下街でメタンガスと都市ガスによる大規模なガス爆発事故が発生し、15人が死亡し、200人以上が負傷する大惨事となった(80年)。北海道の北炭夕張新鉱でガス火災事故が発生し、坑内火災が収まらず不明者を残したまま注水を決断し、最終的に93人が死亡する大惨事となった(81年)。福岡県の三井三池鉱業所有明鉱坑の火災による一酸化炭素中毒で83名が死亡する事故が発生した。江崎グリコの江崎勝久社長が誘拐される事件が発生、江崎社長は自力で逃げ出し無事保護されたが犯人は見つからず、社会を混乱させた「グリコ・森永事件」が発生した(84年)。東京羽田から大阪伊丹に向かっていた日本航空機が群馬県上野村の高天原山の御巣鷹の尾根に墜落した。ボーイング社のジャンボジェットで520名が死亡する大惨事となった。また、奇跡的に4名が生還した(85年)。東京都の伊豆大島・三原山で大規模な噴火が発生した(86年)。

 鉄道は、東京都営地下鉄新宿線の新宿~岩本町が開業し、京王帝都電鉄京王線と直通運転を始めた。品鶴貨物線(品川~鶴見)が旅客化され、横須賀線が品鶴線経由となり、東海道本線から分離した。西日本鉄道(西鉄)北方線の魚町~北方が廃止。大阪市営地下鉄・谷町線の天王寺~八尾南が延伸開業し、南海電鉄平野線の今池~平野が廃止された(80年)。神戸新交通ポートアイランド線の三宮~南公園~中公園が開業。大阪市営地下鉄南港ポートタウン線の住之江公園~中ふ頭が開業。京都市営地下鉄烏丸線の京都~北大路が開業。福岡市地下鉄1号線の天神~室見が開業。国鉄石勝線の千歳空港~追分、新夕張~新得が開業し、新しい札幌~帯広のメインルートとなった(81年)。東北新幹線の大宮~盛岡が開業し、上越新幹線の大宮~新潟が開業した。札幌市営地下鉄東西線の白石~新さっぽろが延伸開業。国鉄伯備線が電化された(82年)。筑肥線の博多~姪浜が廃止され、福岡市地下鉄空港線(博多~中洲川端~姪浜)との直通運転を開始した。営団地下鉄有楽町線の池袋~営団成増が延伸開業。西武鉄道有楽町線の新桜台~小竹向原が開業した(83年)。国鉄久慈線と宮古線、盛線が三陸鉄道に移管され、三陸鉄道の北リアス線(宮古~久慈)、南リアス線(釜石~盛)が開業。東急電鉄田園都市線のつきみ野~中央林間が延伸開業。国鉄神岡線(猪谷~神岡)が神岡鉄道に移管。国鉄樽見線(大垣~美濃神海)が樽見鉄道に移管。国鉄黒石線(川部~黒石)が弘南鉄道に移管された(84年)。

 北九州高速鉄道(モノレール)の小倉(現・平和通)~企救丘が開業。東北・上越新幹線の大宮~上野が延伸開業、鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線の水戸~北鹿島が開業、横浜市営地下鉄3号線(ブルーライン)の横浜~新横浜が延伸開業。国鉄北条線の粟生~北条町が北条鉄道に、国鉄三木線の厄神~三木が三木鉄道に移管。西武鉄道山口線の西武遊園地~西武球場前が開業。神戸市営地下鉄の西神・山手線の新神戸~大倉山と名谷~学園都市が延伸開業。国鉄大畑線の下北~大畑が下北交通に移管。国鉄埼京線の大宮~赤羽が開業。西日本鉄道の北九州市内線である枝光線、北九州本線、戸畑線がそれぞれ廃止。国鉄明知線の恵那~明知が明知鉄道に移管。東海道山陽新幹線に新型の100系がデビューした(85年)。国鉄京葉線・西船橋~千葉港が開業。国鉄甘木線・基山~甘木が甘木鉄道に移管。国鉄高森線・立野~高森が南阿蘇鉄道に移管。国鉄丸森線・槻木~丸森が阿武隈急行に移管。近鉄東大阪線・長田~生駒が開業し、大阪市営地下鉄中央線・長田~大阪港と相互直通運転を開始した。野岩鉄道・新藤原~会津高原が開業。国鉄阿仁合線・鷹ノ巣~比立内が秋田内陸縦貫鉄道に移管。国鉄越美南線・美濃太田~北濃が長良川鉄道に移管された(86年)。国鉄二俣線の掛川~新所原が天竜浜名湖鉄道に移管。国鉄伊勢線の河原田~津が伊勢鉄道に移管。神戸市営地下鉄西神線の学園都市~西神中央が延伸開業。国鉄が民営化されJRが発足した。大阪市営地下鉄御堂筋線の我孫子~中百舌鳥が延伸開業。京阪電鉄本線の七条~三条が地下化。JR西日本・信楽線の貴生川~信楽が信楽高原鉄道に移管。JR西日本・岩日線の川西~錦町が錦川鉄道に移管。営団地下鉄有楽町線の営団成増~和光市が延伸開業し、東武東上線との直通運転を開始した。JR西日本・若桜線の郡家~若桜が若桜鉄道に移管された(87年)。

 JR東海・岡多線の岡崎~新豊田が愛知環状鉄道に移管。同時に愛知環状鉄道の新豊田~高蔵寺が開業し、岡崎~新豊田~高蔵寺で運行開始。青函トンネルが開通し、JR北海道・海峡線(津軽海峡線)の木古内~中小国が開業。寝台特急「北斗星」運行開始。JR西日本・能登線の穴水~蛸島が、のと鉄道に移管。千葉都市モノレールのスポーツセンター~都賀~千城台が開業。JR四国の窪川~中村が、土佐くろしお鉄道に移管。JR九州・松浦線の有田~佐世保が松浦鉄道に移管。北神急行電鉄の新神戸~谷上が開業。瀬戸大橋が開通し、本四備讃線(瀬戸大橋線)の児島~宇多津が開業。JR東日本・真岡線が真岡鉄道に移管した。営団地下鉄・有楽町線の新富町~新木場が延伸開業。京都市営地下鉄の京都~竹田が延伸開業。JR東日本・長井線が山形鉄道に移管。JR東日本・京葉線の新木場~南船橋、市川塩浜~西船橋が延伸開業。札幌地下鉄・東豊線の栄町~豊水すすきのが開業した(88年)。JR東日本の足尾線が「わたらせ渓谷鉄道」に移管。JR九州高千穂線が高千穂鉄道に移管。JR北海道の天北線(音威子府~浜頓別~南稚内)と名寄本線(名寄~遠軽)が廃止。JR北海道池北線が「ちほく高原鉄道」に移管。横浜新都市交通金沢シーサイドライン(新杉田~金沢八景)が開業。名古屋市営地下鉄桜通線(中村区役所~今池)が開業。JR九州の井田線・糸田線・田川線が「平成筑豊鉄道」に移管。JR九州湯前線が「くま川鉄道」に移管。京阪電鉄鴨東線(三条~出町柳)が開業。東海道山陽新幹線100系「グランドひかり」、大阪~札幌の豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」が運行開始した(89年)。

 その他交通は、秋田空港が開港。宮崎自動車道が全線開通した(81年)。中国自動車道が全線開通した(83年)。四国に初めての高速道路である松山自動車道の三島川之江IC~土居ICが開通。6月に淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋が開通した(85年)。瀬戸大橋で本州と四国をつなぐ瀬戸中央自動車道が開通。北陸自動車道の朝日IC-名立谷浜ICが開通により全線開通した(88年)。神奈川県横浜市に「横浜ベイブリッジ」が開通した(89年)。

 スポーツは、ソ連モスクワでモスクワ・夏季オリンピックが開催されたが、前年のソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して、米国や日本、韓国、西ドイツ、さらには中華人民共和国、イラン、パキスタンなどもボイコットした。広島東洋カープが、2年連続2回目の優勝を果たした(80年)。千代の富士が初優勝。横綱の輪島が引退した(81年)。第1回大阪国際女子マラソンが開催。岡本綾子がゴルフLPGAツアーで初優勝(82年)。青木功がハワイアンオープンで優勝し、日本人男性初の全米ツアー(PGA)優勝。阪急ブレーブスの福本豊が盗塁939で世界新記録更新を達成した(83年)。ユーゴスラビアでサラエボ冬季五輪が開催された。米国のロサンゼルスで開催されたロス夏季五輪では、共産主義の東側諸国がボイコットして不参加となり、東西冷戦の影響がスポーツ界でも続いた。東京・蔵前国技館が閉館した(84年)。

 両国国技館が竣工。北の湖が引退した。高校野球甲子園大会でPL学園(大阪)の桑田と清原が大活躍し、同校が優勝した。阪神タイガースが真弓、バース、岡田、掛布といったベストメンバーによって初の悲願の日本一となり、大阪は阪神フィーバーで沸いた(85年)。小錦が外国人力士で初の大関に昇進した。巨人の本拠地である後楽園球場が50年の歴史に幕を閉じた(87年)。カナダ・カルガリーで冬季オリンピック(カルガリー五輪)が開催。韓国ソウルで夏季オリンピック(ソウル五輪)が開催され、日本はレスリングで2個金メダルを獲得したほか、柔道男子95キロで斉藤仁、競泳男子100m背泳ぎで鈴木大地がそれぞれ金メダルを獲得した。ソウル五輪では、カナダのベン・ジョンソンが陸上男子100mで9秒79の世界新記録を出したが、後にドーピング問題で金メダルと記録を剥奪された。東京ドームが日本初のドーム球場としてオープン。大阪球場を本拠地とする南海ホークスが、ダイエーに買収された。西宮球場を本拠地とする阪急ブレーブスが、オリックスに買収された(88年)。ハワイ出身の小錦が初優勝した(89年)。

 音楽のヒット曲や名曲は、音楽は、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」、久保田早紀「異邦人」、クリスタルキング「大都会」、シャネルズ「ランナウェイ」、海援隊「贈る言葉」、ロス・インディオス&シルヴィア「別れても好きな人」、オフコース「さよなら」、谷村新司「昴」、松田聖子「青い珊瑚礁」、さだまさし「道化師のソネット」、山口百恵「さよならの向う側」(80年)、寺尾聰「ルビーの指環」、都はるみ「大阪しぐれ」、五輪真弓「恋人よ」、松任谷由美「守ってあげたい」、チャゲ&飛鳥「万里の河」、石川ひとみ「まちぶせ」(81年)、あみん「待つわ」、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、岩崎宏美「聖母たちのララバイ」、近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」、松田聖子」「赤いスイートピー」、中森明菜「少女A」、山本譲二「みちのくひとり旅」、サザンオールスターズ「チャコの海岸物語」(82年)、大川栄策「さざんかの宿」、細川たかし「矢切の渡し」、わらべ「めだかの兄弟」、杏里「CAT'S EYE」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、中森明菜「セカンド・ラブ」、ラッツ&スター「め組のひと」、原田知世「時をかける少女」、葛城ユキ「ボヘミアン」、アルフィー「メリーアン」(83年)、チェッカーズ「涙のリクエスト」「星屑のステージ」「ギザギザハートの子守唄」、中森明菜「十戒(1984)」「北ウイング」、アルフィー「星空のディスタンス」「恋人達のペイヴメント」、芦屋雁之助「娘よ」、五木ひろし「長良川艶歌」、石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」、高橋真梨子「桃色吐息」、小柳ルミ子「お久しぶりね」(84年)。

 チェッカーズ「ジュリアに傷心」「あの娘とスキャンダル」、中森明菜「ミ・アモーレ」「飾りじゃないのよ涙は」、小林明子「恋におちて-Fall in love-」、C-C-B「Romanticが止まらない」、安全地帯「恋の予感」「碧い瞳のエリス」、松田聖子「天使のウィンク」、菊池桃子「卒業-GRADUATION-」、小泉今日子「The Stardust Memory」、サザンオールスターズ「Bye Bye My Love」「メロディ(Melody)」、アルフィー「シンデレラは眠れない」「霧のソフィア」、斉藤由貴「卒業」、おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」、岩崎良美「タッチ」、アン・ルイス「六本木心中」(85年)。石井明美「CHA-CHA-CHA」、中森明菜「DESIRE-情熱-」、少年隊「仮面舞踏会」、KUWATA BAND「BAN BAN BAN」、渡辺美里「My Revolution」、小林明子「恋におちて-Fall in Love-」、チェッカーズ「Song for U.S.A.」、荻野目陽子「ダンシング・ヒーロー」、国生さゆりwithおニャン子クラブ「バレンタイン・キッス」、TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」、1986 OMEGA TRIBE「君は1000%」、小林旭「熱き心に」、小泉今日子「なんてったってアイドル」、チャゲ&飛鳥「モーニングムーン」、THE ALFEE「SWEAT&TEARS」(86年)、瀬川瑛子「命くれない」、中森明菜「難破船」、吉幾三「雪國」、光GENJI「STAR LIGHT」、松田聖子「Strawberry Time」、五木ひろし「追憶」、少年隊「君だけに」、小泉今日子「木枯しに抱かれて」、チェッカーズ「I Love you, SAYONARA」、中山美穂「WAKU WAKUさせて」、 BOOWY「MARIONETTE (マリオネット)」、TUBE「SUMMER DREAM」、TM NETWORK「Get Wild」、本田美奈子「Oneway Generation」、森川由加里「SHOW ME」、THE ALFEE「サファイアの瞳」、近藤真彦「愚か者」、荻野目陽子「六本木純情派」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」(87年)。

 光GENJI「パラダイス銀河」「ガラスの十代」「剣の舞」、長渕剛「乾杯」、工藤静香「MUGO・ん…色っぽい」「抱いてくれたらいいのに」、、中山美穂「人魚姫」「You're My Only Shinin' Star」、南野陽子「吐息でネット」「はいからさんが通る」、サザンオールスターズ「みんなのうた」、中森明菜「TATTO」「AL-MAUJ (アルマージ)」、浅香唯「C-Girl」、田原俊彦「抱きしめてTONIGHT」、瀬川瑛子「命くれない」、少年隊「ふたり」、小林幸子「雪椿」(88年)。プリンセス・プリンセス「Diamonds(ダイアモンド)」「世界でいちばん熱い夏」、長渕剛「とんぼ」、光GENJI「太陽がいっぱい」、Wink「愛が止まらない~Turn It Into Love~」「淋しい熱帯魚~Heart On Wave~」、工藤静香「恋一夜」「嵐の素顔」「黄砂に吹かれて」、男闘呼組「TIME ZONE」、松任谷由実「ANNIVERSARY~無限にCALLING YOU」、爆風スランプ「リゾ・ラバ-Resort Lovers-」、竹内まりや「シングル・アゲイン」、田原俊彦「ごめんよ涙」、吉幾三「酒よ」、THE BLUE HEARTS「TRAIN TRAIN」、サザンオールスターズ「さよならベイビー」、美空ひばり「川の流れのように」、少年隊「まいったネ今夜」、森高千里「17才」、米米CLUB「FUNK FUJIYAMA」、和田アキ子「だってしょうがないじゃない」、B'z「BAD COMMUNICATION」、斉藤由貴「夢の中へ」、小泉今日子「学園天国」(89年)。

 ヒット映画は、「エレファントマン」、「007ユア・アイズ・オンリー」、「スーパーマンII」(81年)。「ロッキー3」、「少林寺」(82年)。「E.T.」、「南極物語」、「スター・ウォーズ」、「探偵物語 時をかける少女」(83年)。「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」、「里見八犬伝」(84年)。「ゴーストバスターズ」、「グレムリン」、「ビルマの竪琴」、「ランボー/怒りの脱出」、「ネバーエンディングストーリー」(85年)。「子猫物語」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「ロッキー4」、「グーニーズ」、「コブラ」(86年)、「トップガン」、「ハチ公物語」(87年)。「敦煌」、「ラストエンペラー」、「ランボー3/怒りのアフガン」「いこかもどろか」(88年)。「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」、「レインマン」、「魔女の宅急便」(89年)。

 世界の動きは、大韓民国(韓国)は、全斗煥(전두환/チョン ドゥファン)陸軍少将が「粛軍クーデター」で軍の実権を握り、戒厳令を布告。野党指導者の金泳三(김영삼/キム ヨンサム)や金大中(김대중/キム デジュン)を逮捕した。全羅南道の光州(광주/クァンジュ)の大学を封鎖した陸軍空挺部隊と学生らが衝突。さらに鎮圧と学生らを支援する光州市民らの対立がエスカレートし、市民がバリケードを築き鉄パイプや火炎瓶で応戦する中、軍は一斉射撃を開始し、市民は武器庫から武器を奪って武装。市民に占拠された全羅南道庁を軍は鎮圧。この「光州事件」後、首謀者とされた金大中に死刑判決が下されるが、金大中を支援する海外メディア論調と国際世論などの影響により、後に減刑され、死刑は執行されなかった(80年)。米国ニューヨークからアラスカ・アンカレッジを経由して韓国ソウルに向かっていた大韓航空機が飛行ルートがずれてソビエト連邦の領空内に入ってしまい、ソ連軍機が大韓航空の旅客機を迎撃し、乗客乗員全員が死亡する事件が発生した。1988年に韓国ソウルで開催が決まっていたソウルオリンピックを妨害するため、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の工作員により、ビルマ・ラングーン(ヤンゴン)を訪問中の韓国訪問団を狙った爆破事件(ラングーン事件)が発生した。遅れて会場に到着した全斗煥大統領は難を逃れたものの、韓国の閣僚4名が死亡し、ビルマの閣僚や政府関係者も死亡する大惨事となった。北朝鮮は韓国側の自作自演と主張したが、北朝鮮の工作員による犯行が明らかとなり、朝鮮半島の緊張が極度に高まった(83年)。

 全斗煥(전두환/チョン・ドゥファン)大統領の後継者となっていた盧泰愚(노태우/ノ テウ)氏が6月に「6・29民主化宣言」を発表して大統領選挙を実施が決まった。アラブ首長国連邦アブダビから韓国ソウルへ向かう大韓航空に爆弾を仕掛けて爆発させて乗客・乗員115名が全員死亡したテロ事件である「大韓航空機爆破事件」が発生し、実行犯が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員の金賢姫(キム・ヒョンヒ)らが逮捕された。韓国大統領選挙が16年ぶりに実施され、民主正義党の盧泰愚氏が当選した(87年)。軍人上がりの盧泰愚(ノ テウ)大統領が就任した。盧大統領は軍人退役後に体育相・ソウル五輪組織委員長としてソウル五輪の実務をとりしり、盧氏は1987年6月に「6・29民主化宣言」を発表して大統領選挙を実施し、民主派が分裂したこともあり当選した。盧大統領は、ソウル五輪を成功へと導き、韓国の急速な発展を世界にアピールすることに成功した。韓国第13代総選挙で、与党の民主正義党が過半数を割り込んで敗北し、金大中をリーダーとする野党・平和民主党が野党第二党となった(88年)。

 台湾(中華民国)は、嘉義市と新竹市が嘉義県及び新竹県から分離して省轄市に昇格した(82年)。戒厳令が続くなか、立法委員(国会議員)増補選挙が行われたが、依然、蒋経国(蔣經國/チャン チンクオ)総統をトップとする中国国民党の選挙における力は強く、国民党が勝利し、独裁体制は揺るがなかった(83年)。「Chinese Taipei(中華台北)」名義でオリンピックに復帰することになり、サラエボ五輪、ロス五輪に参加した(84年)。戒厳令下にありながら、初めての野党である民主進歩党(民進党)が結成された。12月に戒厳令下で実施された立法委員(国会議員)追加選挙では、民進党は無党籍(党外)候補を支援し、改選議席100議席のうち、独裁政権与党の中国国民党が79議席、無党籍が12議席当選し、台湾の民主化への流れが加速するきっかけとなった(86年)。蒋経国総統が1949年以来38年間続いていた戒厳令の解除を宣言した。台湾在住の中国大陸出身者の里帰りが許可された(87年)。新聞の「報禁」が正式に完全解除され、報道の自由と新聞発行の自由が認められた。1月13日に蒋経国総統が死去し、李登輝(リー ティンフイ)副総統が総統を引き継いだ。4月に野党・民主進歩党は四一七決議文を発表し、台湾の主権独立と、北京を首都とする中華人民共和国に台湾が属さないことを主張した(88年)。雑誌『自由時代』を出版する鄭南榕が「台湾共和国憲法草案」を掲載したことにより、当時の中国国民党政権下で反乱罪とされ、「100%の言論の自由」を求める鄭南榕はそれに反抗するために出頭を拒否して自社の事務所に立てこもった。警察が強行突入しようとしたところ、鄭南榕はガソリンをかぶって火をつけて抗議の焼身自殺をはかった。嘉義市に1947年に発生した「二二八事件」の記念碑が立てられた。10月に台湾初のプロ野球リーグ「中華プロ野球連盟」が設立された。12月に中華民国立法委員(国会議員)増員選挙(130議席)が実施され、与党・中国国民党が94議席、野党・民主進歩党が21議席獲得し、鄭南榕の夫人である葉菊蘭も台北市から当選した(89年)。

 中華人民共和国(中国)は、中国共産党の最高指導者だった毛沢東(毛泽东/マオ ヅォートン)の妻である江青(チャン チン)に死刑判決(後に減刑)。6月の中共第11期6中全会で「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」が採択され、毛沢東が進めた「文化大革命」を完全否定した(81年)。第5回全国人民代表大会で文化大革命の時代を払拭した時代に即した新しい「中華人民共和国憲法」が可決され、「義勇軍行進曲」が正式に中華人民共和国の国歌に制定された(82年)。李先念(リー シエンニエン)が国家主席に選出され、趙紫陽(赵紫阳/ツァオ ツーヤン)が国務院総理に再選されたが、実質的な最高指導者は中共中央軍事委員会主席の鄧小平(邓小平/テン シャオピン)が握る状態が続いた(83年)。南京大虐殺記念館を開設し、中曽根首相の靖国参拝に反発した(85年)。第7期全国人民代表大会第1回会議が開かれ、趙紫陽(赵紫阳/ツァオ・ツーヤン)国務院総理(首相)の辞任が認められ、鄧小平(邓小平/テン・シャオピン)中央軍事委員会主席、陽尚昆(杨尚昆/ヤン サンクン)国家主席、李鵬(李鹏/リー ポン)首相などの人事が決まった。銭其琛外相がソ連を訪問し、中ソ関係の改善を進めた(88年)。

 英領香港では、香港の地下鉄や公共住宅を建設し、最低限の社会基盤は確保しながらも自由経済を重視する「積極的不介入」の統治を行ったクロフォード・マレー・マクレホース(Crawford Murray MacLehose/麥理浩)香港総督が5月に退任し、サー・エドワード・ユード(Sir Edward Youde/尤德)が香港総督に就任した。香港地下鉄荃湾線が開業した。初の香港市区区議会選挙が実施された(82年)。イギリスのマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)首相が中国の趙紫陽(ツァオ・ツーヤン)国務院総理と香港(ホンコン)返還合意文書に調印し、1997年に香港が中国に“返還”されることが決まった(84年)。中国の天安門事件に抗議する大規模な集会が開かれた(89年)。

 政治改革を進めて中国の民主化にも理解を示していたことから党内で批判を受け失脚した胡耀邦(フウ ヤオパン)が4月に死去すると、胡耀邦を追悼する学生デモの規模が徐々に拡大し、デモの参加者が北京の天安門広場に集まるようになり、中国共産党政権への批判が盛り上がっていた。これに対して中国共産党政権は戒厳令を敷き、6月4日に中国人民解放軍が市民に向かって発砲し、装甲車で市民を轢き殺した「天安門事件」が発生。民主化デモは残虐な武力で鎮圧された。天安門事件の処理をめぐって学生運動に一定の理解を示して武力弾圧に反対していた趙紫陽(赵紫阳/ツァオ ツーヤン)総書記は6月23日に解任され、中国の事実上の最高指導者であった鄧小平(邓小平/テン シャオピン)は、天安門事件の武力弾圧に理解を示し上海の学生デモをうまく処理したと評価された江沢民(江泽民/チャン ツォーミン)上海市党委書記を中国共産党総書記に抜擢した。また、天安門事件の民主化運動の指導者だった王丹(ワン タン)、柴玲(ツァイ リン)、ウルケシュ( ئۆركەش دۆلەت /吾尔开希)らは海外に亡命を余儀なくされた。東欧のような民主化ドミノは中国では成功せず、中国はその後も中国共産党一党独裁体制が維持され、戒厳状態の中、中華人民共和国建国40周年の記念式典が行われた(89年)。

 ソビエト連邦(ソ連)は、ロシアのモスクワでモスクワ・夏季オリンピックが開催されたが、前年のソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して、米国や日本、韓国、西ドイツ、さらには中華人民共和国、イラン、パキスタンなどもボイコットした(80年)。レオニード・ブレジネフ(Леонид Брежнев)ソ連共産党中央委員会書記長が心臓発作を起こし、健康状態が悪化。書記長の座は維持していたが、再び心臓発作となり死去した。これにより1964年より続いたブレジネフ時代が幕を下ろし、元KGB議長のユーリ・アンドロポフ(Юрий Андропов)がソ連共産党中央委員会書記長に就任した。アンドロポフ書記長は就任後、経済再建のための労働規律強化に着手し、ウォッカを値上げして酒離れを進めて労働生産性向上を図ろうとした(82年)。ユーリ・アンドロポフソ連共産党書記長が死去した(84年)。

 コンスタンティン・チェルネンコ(Константин Черненко)ソ連共産党書記長が死去し、後任にミハイル・ゴルバチョフ(Михаил Горбачёв)がソ連共産党書記長に就任した。ゴルバチョフ書記長は中距離核兵器の欧州向けの配備の凍結を発表し経済発展を加速させる方針を発表した、一方でソ連カザフスタンで核実験を行った。米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長がスイス・ジュネーブで初会談した(85年)。ミハイル・ゴルバチョフソ連共産党書記長が三段階核兵器全廃を提案した。ゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」(改革)を提唱。ソ連ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が発生、ソ連のウクライナおよびベラルーシで甚大な放射能汚染の被害が出た。アイスランドで米ソ首脳会談が行われ、ゴルバチョフ書記長と米レーガン大統領が会談したが、軍縮交渉は合意できなかった(86年)。ソ連共産党中央委員会総会で複数政党制などの政治改革を決定した。ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長がチェコスロバキアを訪問し、プラハで「欧州共通の家」構想を発表した。企業に自主運営と競争原理を導入する国家企業法が決定した。ゴルバチョフ書記長が訪米し、アメリカ合衆国(米国)のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)大統領と中距離核戦力全廃条約に調印した(87年)。

 「ペレストロイカ」と呼ばれる体制改革がスタートした。「グラスノチ」(гласность)と呼ばれる情報公開を進め、それまでの閉鎖秘密主義からの脱却をはかり、政府への信頼を再構築しようとした。アフガニスタンから軍撤退開始。ソ連共産党協議会が開催され、人民代議員大会と最高会議議長の創設が承認された。バルト海のソ連リトアニアのヴィリニュスのゲディミナス城でリトアニア国旗が掲げられた。ラトビアで人民戦線が結成された。11月にソ連エストニアで主権宣言が発表され、独立への意志が示された(88年)。バルト海のエストニア、ラトビア、リトアニアで200万人が参加して手をつなぎ、600キロに及ぶ人間の鎖「バルトの道」を作り、ソ連併合50周年に抗議した。一連の東欧諸国の民主化と共産党政権崩壊の流れを受けて、12月にソ連のゴルバチョフ最高会議議長とアメリカのジョージH.W.ブッシュ(George Herbert Walker Bush)大統領がマルタ共和国のマルタ島で「マルタ会談」を行い、「冷戦」の終結を宣言した(89年)。

 アメリカ合衆国(米国)は、米国大統領選挙で現職の民主党のジミー・カーター(Jimmy Carter)大統領が共和党のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)に敗れた(80年)。共和党のロナルド・レーガン大統領が就任。減税と市場原理を重視する経済政策(レーガノミクス)を推進した。就任まもない3月に、ワシントンDCで銃撃されたが、運よく一命をとりとめた(81年)。米国大統領選挙で共和党のロナルド・レーガン大統領が再選された(84年)。米国ニューヨークでのG5プラザ合意により、ドル安円高へ誘導される。米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長がスイス・ジュネーブで初会談した(85年)。米国大統領選挙が実施され、野党・共和党のジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)候補が与党・民主党のマイケル・デュカキス(Michael Dukakis)候補を破って当選した(88年)。

 ヨーロッパは、ポーランドのグダニスク・レーニン造船所で労働者によるストライキが発生し、独立自主管理労働組合「連帯」(Solidarność)が設立され、ポーランドの民主化運動のきっかけとなった(80年)。フランス大統領選挙でフランソワ・ミッテラン(François Mitterrand)氏が当選した。英国でチャールズ(Charles)皇太子とダイアナ(Diana)妃が結婚した。フランスのパリ~リヨンに高速鉄道TGVが運行開始した。(81年)。バチカン市国のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(Ioannes Paulus PP. II)が英国を訪問し、カトリック教会とイングランド国教会が450年ぶりに和解した。社会民主主義路線を強めていた西ドイツのヘルムート・シュミット(Helmut Schmidt)首相が自由主義経済と財政再建の主張と対立して議会で不信任となり、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)が13年ぶりに政権に復帰し、ヘルムート・コール(Helmut Kohl)首相が就任した(82年)。ユーゴスラビアでサラエボ五輪が開催された。欧州共同体(EC)加盟10ヶ国で欧州議会議員選挙が実施された(84年)。スペインとポルトガルがECに加盟した。フランス議会選挙で与党の社会党が惨敗し、大統領は社会党のミッテラン大統領、首相は共和国連合のシラク首相という保革共存のコアビタシオンとなった。スイスが国民投票で国連加盟を否決した(86年)。西ドイツ連邦議会選挙で与党のキリスト教民主・社会同盟と自由民主党が勝利した。イギリスの総選挙でサッチャー首相の与党・保守党が野党・労働党に大きく差をつけて大勝した(87年)。

 チェコスロバキアのブラチスラバで共産党政権に反対する大規模な民主化デモが発生した(88年)。ポーランドで自由選挙が実施され、反共の「連帯」が勝利し、民主化への流れが進んだ。ハンガリーで「汎ヨーロッパ・ピクニック」と呼ばれた民主化活動で集団で「鉄のカーテン」を突破してオーストリアに亡命するパフォーマンスを行った。東ドイツがベルリンの壁の通行を自由化し、翌日にベルリンの壁が崩壊した。チェコスロバキアで「ビロード革命」が発生し、ヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel)氏らを中心に市民による共産党政権に対するデモやゼネストの抗議運動が広まり、平和的に共産党政権が崩壊し、チェコスロバキア共産党と「市民フォーラム」と「暴力に反対する公衆」が国家体制の円滑な転換を協議し、複数政党制が導入されるようになった。ルーマニアで東欧の民主化の流れを恐れたルーマニア共産党のニコラエ・チャウシェスク(Nicolae Ceaușescu)大統領は民主化運動に対してソ連軍の介入を求めたがソ連に断られ、その後ルーマニア軍がチャウシェスク政権に反旗を翻した「ルーマニア革命」でチャウシェスク政権が崩壊し、チャウシェスク大統領とエレナ夫人が公開処刑された(89年)。

 そのほか世界は、イランでは、1979年にシーア派によるイラン革命により親米政権が倒され、イラン革命の指導者であるルーホッラー・ホメイニー( روح‌الله خمینی )が最高指導者となり、イスラム共和制を敷き、一方イラクではサダム・フセイン( صدام حسين )が反対派を粛清して独裁体制を築き、9月にイラクがイランに攻め込む形でイラン・イラク戦争が始まった。ジンバブエがイギリスから独立した。バヌアツがイギリスとフランスの共同統治領から独立した(80年)。マレーシアにマハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad)首相が就任し、日本を見習おうと呼びかける「ルック・イースト政策」を進めた。中米の英領ホンジュラスからベリーズが独立した。エジプトでアンワル・サダト( أنور السادات )大統領が暗殺され、ホスニー・ムバラク( حسني مبارك )副大統領が大統領を引き継いだ。カリブ海のアンティグア・バーブーダが英国から独立した(81年)。

 南米大陸東沖のイギリス(英国)が実効支配するフォークランド諸島にアルゼンチン海軍が寄港してアルゼンチン国民を上陸させるなどし、これに対して英国のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)首相がアルゼンチン人の退去を命令し、4月に入るとアルゼンチンが派兵して島を制圧した。これに対し、英国は機動部隊と空母を派遣し、英国軍とアルゼンチン軍の戦闘となり、アルゼンチンが降伏した。メキシコのエルチチョン山が大噴火し、火砕流で数千人が犠牲になった(82年)。マルコス政権下のフィリピンでベニグノ・アキノ上院議員が帰国した際に暗殺された。南アフリカ共和国で人種別三院制議会導入を問う国民投票が実施され、可決により印僑やカラードにも参政権が拡大されたが、依然として黒人には投票権が付与されない状態が続いた(83年)。アフリカのオートボルタがブルキナファソに改名した。フィリピンでフェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)大統領に対する大規模な抗議デモが発生した。10月にインドのパンジャブ州のシク教分離主義運動に軍を動員して攻撃したインディラ・ガンディー(इंदिरा प्रियदर्शिनी गाँधी)首相が暗殺された。インド中部のマディヤ・プラデーシュ州のボーパールの殺虫剤化学工場で爆発事故が発生し約2万人が死亡する大惨事となった(84年)。

 人種差別が公然と続いていた南アフリカ共和国で異民族間の結婚を禁止する法律を廃止した。メキシコでM8.1の大地震が発生し、メキシコシティの付近で甚大な被害が出た。コロンビアのネバドデルルイス火山が噴火し、2万人超が死亡した(85年)。フィリピンでマルコス大統領が国外亡命し、アキノ大統領が就任した(86年)。世界の人口が50億人を突破した。アフリカのエチオピアで、エチオピア労働者党独裁のエチオピア人民共和国が樹立された(87年)。イラン・イラク戦争でイラクのサダム・フセイン政権がクルド人が多く住むハラブジャで化学兵器を使用して一般市民を殺害したハラブジャ事件を起こした。イラン・イラク戦争が停戦となった。ビルマで8888民主化運動が発生し、アウンサンスーチーが民主化運動の象徴的存在となったが、軍事クーデターが起こって、民主化運動は武力鎮圧された。パキスタンでベーナズィール・ブットー首相が就任し、イスラム国家で初の女性首相となった(88年)。ビルマの軍事政権が、対外的な国名呼称をビルマ「Burma」からミャンマー「Myanmar」に改名したが、軍事政権を批判する側はこの改名を認めない動きがみられた。インドに亡命中のチベット亡命政府の指導者ダライ・ラマ14世(བསྟན་འཛིན་རྒྱ་མཚོ་)にノーベル平和賞が贈られた(89年)。

(参考:Wikipediaほか)

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テーマ : 歴史
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時の旅・1980年(昭和55年) 大平首相急死で自民党大勝、モスクワ五輪をボイコット、韓国で光州事件、イランイラク戦争開戦

1980年
昭和55年

時の旅・1980年(昭和55年) 大平首相急死で自民党大勝、モスクワ五輪をボイコット、韓国で光州事件、イランイラク戦争開戦

当時の日本の首相 大平正芳(自由民主党)→ 鈴木善幸(自由民主党)

 1980年(昭和55年)は、大平正芳(おおひら まさよし)内閣総理大臣(首相)の下、1979年のソビエト連邦(ソ連)のアフガニスタン侵攻で冷戦の緊張が高まる中、日本政府はアメリカ合衆国(米国)との「同盟国」関係を強調し、この年にソ連・モスクワで開催されたモスクワ・オリンピックを西側諸国と足並みを揃えてボイコットすることを決定した。

 当時、与党の自由民主党(自民党)は、田中(角栄)派の流れをくむ大平首相派と、それに反対する福田(赳夫)派、三木(武夫)派、中曽根(康弘)派などが対立しており、大平内閣は実質的には少数与党となっていた。そこに最大野党の社会党が5月に内閣不信任案を提出したところ、反大平派が欠席したため不信任案が可決した。これにより大平首相は衆議院を解散し、6月に衆参同時選挙が行われることになった。ところが、大平首相は選挙運動に突入した直後に街頭演説で気分が悪くなり入院。選挙期間中に与党内から大平首相は辞任すべきだという「大平おろし」が起こった。その最中、投票日の10日前に大平首相の容態が急変し、死去した。

 大平首相の急死により、伊東正義・官房長官が総理臨時代理となり、選挙は「弔い選挙」となり自民党が団結し、自民党の同情票も入り、衆参両院で自民党が大勝した。獲得議席は第36回衆議院選挙(定数511)が自由民主党284、日本社会党107、公明党33、民社党32、日本共産党29、新自由クラブ12、社会民主連合3、無所属11だった。第12回参議院選挙(定数250)は、自由民主党135、日本社会党47、公明党26、日本共産党12、民社党11、新自由クラブ3、社会民主連合2、無所属14だった。

 選挙後、自民党は大平首相を追い込んだ反大平派が名乗り上げにくい空気となり、大平首相と田中派を結んだ鈴木善幸(すずき ぜんこう)総務会長が自民党総裁となり、首相に就任した。鈴木首相は最後の明治生まれの首相だった。鈴木首相は、「和の政治」を掲げて派閥のバランスをとりながら組閣した。行政改革に積極的に取り組むとともに、冷戦下の安全保障については「総合安全保障」を掲げ、軍事力のほかにも経済や外交を含めた総合的な安全保障を目指した。

 経済は、トヨタ、ホンダ、日産、ダイハツなどが相次いで自動車の新ブランドを発売し、日本の自動車生産台数が世界1位となった。社会は、静岡駅前の地下街でメタンガスと都市ガスによる大規模なガス爆発事故が発生し、15人が死亡し、200人以上が負傷する大惨事となった。

 交通については、鉄道は3月に東京都営地下鉄新宿線の新宿~岩本町が開業し、京王電鉄京王線と直通運転を始めた。4月に富山地方鉄道・射水線の新富山~新港東口が廃止された。6月に名古屋鉄道(名鉄)知多新線の野間~内海が延伸開業した。9月に北陸鉄道・能美線の鶴来~新寺井が廃止された。10月に品鶴貨物線(品川~鶴見)が旅客化され、横須賀線が品鶴線経由となり、東海道本線から分離した。11月に西日本鉄道(西鉄)北方線の魚町~北方が廃止された。大阪市営地下鉄・谷町線の天王寺~八尾南が延伸開業し、南海電鉄平野線の今池~平野が廃止された。12月、南海電鉄の阪堺線と上町線が阪堺電気軌道となった。

 文化については、音楽は、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」、久保田早紀「異邦人」、クリスタルキング「大都会」、シャネルズ「ランナウェイ」、長渕剛「順子」、海援隊「贈る言葉」、五木ひろし「おまえとふたり」、ロス・インディオス&シルヴィア「別れても好きな人」、オフコース「さよなら」、谷村新司「昴」、松田聖子「青い珊瑚礁」、さだまさし「道化師のソネット」、田原俊彦「ハッとして!Good」、八代亜紀「雨の慕情」、小林幸子「おもいで酒」、高田みづえ「私はピアノ」、松山千春「恋」、沢田研二「TOKIO」、山口百恵「さよならの向う側」、都はるみ「大阪しぐれ」などがヒットした。1月にイギリスの元ビートルズ(The Beatles)のポール・マッカートニー(Paul McCartney)が14年ぶりに来日したが、成田空港でマリファナ所持で逮捕され、強制送還された。3月に山口百恵が婚約を機に引退を発表した。12月に元ビートルズのジョン・レノン(John Lennon)が米国ニューヨークの自宅前でファンに銃撃されて死亡した。

 スポーツは、ソ連モスクワでモスクワ・夏季オリンピックが開催されたが、前年のソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して、米国や日本、韓国、西ドイツ、さらには中華人民共和国、イラン、パキスタンなどもボイコットした。その結果、各国のメダル獲得数の上位国はソ連80、東ドイツ47、ブルガリア8、キューバ8、イタリア8、ハンガリー7、ルーマニア6、フランス6、イギリス5、ポーランド3と、東側諸国のメダル獲得が特に目立った。

 野球はセリーグでは広島東洋カープが、パリーグではプレーオフの末、近鉄バッファローズが優勝。日本シリーズでは4勝3敗で広島が逆転優勝し、2年連続2回目の優勝を果たした。大相撲は北の湖が3場所で優勝し、年間最多勝を獲得した。

 世界の動きは、大韓民国(韓国)で1979年に朴正煕(박정희/パク・チョンヒ)大統領が暗殺されてから、「ソウルの春」(서울의 봄)と呼ばれる民主化のムードが高まっていたが、1979年12月に全斗煥(전두환/チョン・ドゥファン)陸軍少将が「粛軍クーデター」で軍の実権を握り、5月に戒厳令を布告。野党指導者の金泳三(김영삼/キム・ヨンサム)や金大中(김대중/キム・デジュン)を逮捕した。同月、全羅南道の光州(광주/クァンジュ)の大学を封鎖した陸軍空挺部隊と学生らが衝突。さらに鎮圧と学生らを支援する光州市民らの対立がエスカレートし、市民がバリケードを築き鉄パイプや火炎瓶で応戦する中、軍は一斉射撃を開始し、市民は武器庫から武器を奪って武装。市民に占拠された全羅南道庁を軍は鎮圧。事件後、首謀者とされた金大中に死刑判決が下されるが、金大中を支援する海外メディア論調と国際世論などの影響により、後に減刑され、死刑は執行されなかった。日本の鈴木首相も、11月に韓国駐日大使と会談した際に懸念を伝えた。光州事件は、後に韓国民主化の重要なターニングポイントとなるが、実際の民主化にはまだ1980年代後半まで待たなければならなかった。

 イランでは、1979年にシーア派によるイラン革命により親米政権が倒され、イラン革命の指導者であるルーホッラー・ホメイニー( روح‌الله خمینی )が最高指導者となり、イスラム共和制を敷き、一方イラクではサダム・フセイン( صدام حسين )が反対派を粛清して独裁体制を築き、9月にイラクがイランに攻め込む形でイラン・イラク戦争が始まった。イランはイラクの石油施設や首都バグダッドを攻撃して反撃を開始。イラン革命に否定的だった米穀や欧州、ソ連はイラクを支援。イラクの隣の産油国であるクウェートもイラクを支援した。一方、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、西側が支持するイラクと断交し、イランに接近した。

 このほか、1月にエジプトとイスラエルが国交を樹立した。4月にジンバブエがイギリスから独立した。7月にバヌアツがイギリスとフランスの共同統治領から独立した。独立後バヌアツはメラネシア社会主義を掲げてソ連に傾斜した。8月にポーランドのグダニスク・レーニン造船所で労働者によるストライキが発生し、独立自主管理労働組合「連帯」(Solidarność)が設立され、ポーランドの民主化運動のきっかけとなった。11月に米国大統領選挙で現職の民主党のジミー・カーター(Jimmy Carter)大統領が共和党のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)に敗れた。

(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・1981年(昭和56年) 神戸と大阪で新交通システム、京都と福岡で地下鉄開業、レーガン米大統領就任、中国が文化大革命を否定

1981年
昭和56年

時の旅・1981年(昭和56年) 神戸と大阪で新交通システム、京都と福岡で地下鉄開業、レーガン米大統領就任、中国が文化大革命を否定

当時の日本の首相 鈴木善幸(自由民主党)

 1981年(昭和56年)は、鈴木善幸(すずき ぜんこう)内閣総理大臣(首相)の下、どんどん増え続ける国債から財政を立て直すため、「増税なき財政再建」を目指す行政改革に取り組み、第二次臨時行政調査会を発足させた。この中で、国鉄や電電公社、専売公社など官業民営化の方向性が提言された。

 アメリカ合衆国(米国)では、政権交代により1月に共和党のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)大統領が就任。減税と市場原理を重視する経済政策(レーガノミクス)を推進した。就任まもない3月に、ワシントンDCで銃撃されたが、運よく一命をとりとめた。

 鈴木首相は5月にレーガン大統領と会談し、その共同声明の中にあった「同盟関係」という文言について、軍事同盟かと野党に批判され、鈴木首相は米国の対ソ連軍事戦略に巻き込まれず、集団的自衛権行使には進まないことなど軍事的意味について否定した。6月の日米安保事務レベル協議で米側から日本のシーレーン防衛能力強化など要求されたが、園田外相が財政状況が厳しいことから困難と要求を拒否し、米国からの信用を落とす形となった。

 社会は神戸の人工島・ポートアイランドで「新しい“海の文化都市”の創造」をテーマとする博覧会「ポートピア'81」が3月~9月に開催された。10月には北海道の北炭夕張新鉱でガス火災事故が発生し、坑内火災が収まらず不明者を残したまま注水を決断し、最終的に93人が死亡する大惨事となった。

 交通については、鉄道は2月に神戸新交通ポートアイランド線の三宮~南公園~中公園が開業。3月に大阪市営地下鉄南港ポートタウン線の住之江公園~中ふ頭が開業し、日本初のゴムタイヤ式の新交通システムが2つ開業し、都市交通の新時代の幕開けとなった。また、3月には、長野電鉄長野線の善光寺下~長野が地下化された。5月は、京都市営地下鉄烏丸線の京都~北大路が開業した。7月に福岡市地下鉄1号線の天神~室見が開業した。10月には国鉄石勝線の千歳空港~追分、新夕張~新得が開業し、新しい札幌~帯広のメインルートとなった。12月には大阪市営地下鉄千日前線の新深江~南巽が延伸開業。能勢電鉄の川西能勢口~川西国鉄前が廃止された。このほか、航空は6月に秋田空港が開港した。10月に宮崎自動車道が全線開通した。

 文化については、音楽は、寺尾聰「ルビーの指環」、竜鉄也「奥飛騨慕情」、近藤真彦「スニーカーぶる~す」、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」、松山千春「長い夜」、都はるみ「大阪しぐれ」、シャネルズ「街角トワイライト」、五輪真弓「恋人よ」、松田聖子「チェリーブラッサム」、松任谷由美「守ってあげたい」などが大ヒットした。また、チャゲ&飛鳥「万里の河」、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」、石川ひとみ「まちぶせ」などもヒットした。映画は英米合作の「エレファントマン」や「007ユア・アイズ・オンリー」、米国の「スーパーマンII」などがヒット。邦画は「連合艦隊」やアニメの「ドラえもん のび太の宇宙開拓使」などがヒットした。

 スポーツは、野球はセリーグでは読売ジャイアンツが4年ぶり、パリーグでは日本ハムファイターズが19年ぶりに優勝。日本シリーズでは巨人が勝ち、V9以来の日本一となった。阪神の名投手だった江本孟紀が「ベンチがアホやから野球がでけへん」の発言を残して引退した。大相撲は1月場所で千代の富士が初優勝した。横綱の輪島が引退した。

 世界の動きは、中華人民共和国(中国)で1月に中国共産党の最高指導者だった毛沢東(毛泽东/マオ ヅォートン)の妻である江青(チャン チン)に死刑判決(後に減刑)。6月の中共第11期6中全会で「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」が採択され、毛沢東が進めた「文化大革命」を完全否定した。

 このほか、1月にイランが1979年11月から拘束していた米軍兵士52人を米国新大統領就任に合わせて釈放した。4月に米国のスペースシャトル「コロンビア」が打ち上げ。5月は、フランス大統領選挙でフランソワ・ミッテラン(François Mitterrand)氏が当選した。6月にイスラエルがイラクの原子炉を爆撃した。マレーシアにマハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad)首相が就任し、日本を見習おうと呼びかける「ルック・イースト政策」を進めた。7月に英国でチャールズ(Charles)皇太子とダイアナ(Diana)妃が結婚した。8月に台湾で遠東航空機が墜落し、日本人作家の向田邦子が犠牲になった。9月に中米の英領ホンジュラスからベリーズが独立した。フランスのパリ~リヨンに高速鉄道TGVが運行開始した。10月にエジプトでアンワル・サダト( أنور السادات )大統領が暗殺され、ホスニー・ムバラク( حسني مبارك )副大統領が大統領を引き継いだ。11月にカリブ海のアンティグア・バーブーダが英国から独立した。

(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・1982年(昭和57年) 東北上越新幹線が開業、500円硬貨発行、ソ連指導者死去で交代、フォークランド紛争勃発

1982年
昭和57年

時の旅・1982年(昭和57年) 東北上越新幹線が開業、500円硬貨発行、ソ連指導者死去で交代、フォークランド紛争勃発

当時の日本の首相 鈴木善幸(自由民主党)→ 中曽根康弘(自由民主党)

 1982年(昭和57年)は、鈴木善幸(すずき ぜんこう)内閣総理大臣(首相)の下、自由民主党(自民党)政権は、増え続ける国債からの財政再建を推し進め、9月に「財政非常事態宣言」を発表。歳出削減と行政改革の重要性を訴えた。鈴木首相は1981年の「日米同盟」に関する発言から、園田直外相が日米共同声明の外交上の拘束力を否定する発言などをめぐり米国の対日不信を招いたことや、自民党の党内融和を重視して自民党の総裁選に不出馬を決め、10月に退陣を表明。鈴木内閣で行政改革に取り組んでいた中曽根康弘(なかそね やすひろ)行政管理庁長官が自民党総裁で圧勝し、11月に首相に就任し、第1次中曽根内閣が発足した。

 経済面では、所得向上と物価上昇が進む日本経済において、500円紙幣が硬貨化されることになり、500円硬貨がこの年から発行が始まった。

 交通については、6月に東北新幹線の大宮~盛岡が開業し、さらに11月には上越新幹線の大宮~新潟が開業した。これにより、関東地方から東北地方や日本海側の新潟県への所要時間が大幅に短縮された。一方で、東北本線や上越線を走る特急の多くが新幹線に移り、青色の帯の東海道山陽新幹線0系と対照的な緑色の帯の東北上越新幹線200系は、新しい新幹線時代の幕開けを感じさせた。東北本線の上野~仙台を走っていたL特急「ひばり」は廃止され、上野~青森のL特急「はつかり」は盛岡~青森に短縮され、東北新幹線は速達タイプが「やまびこ」、各駅停車タイプが「あおば」となった。上越線のL特急「とき」は上越新幹線の各駅停車タイプの「とき」となり、速達タイプは「あさひ」となった。これらの新幹線開業は田中角栄・元首相の「日本列島改造論」の一部の実現でもあった。

 このほか鉄道は、3月に札幌市営地下鉄東西線の白石~新さっぽろが延伸開業、4月に福岡市地下鉄の1号線の天神~中洲川端と2号線の中洲川端~呉服町が開業した。7月には国鉄伯備線(倉敷~伯耆大山)と山陰本線(伯耆大山~知井宮)が電化され、特急「やくも」に振り子式の特急電車が導入され、岡山から山陰方面が大幅にスピードアップされた。9月に名古屋市営地下鉄東山線の中村公園~高畑が延伸開業した。11月に千葉県のユーカリが丘に山万ユーカリが丘線が開業した。12月に営団地下鉄半蔵門線の永田町~半蔵門が延伸開業した。名鉄羽島線の江吉良~新羽島が開業し、東海道新幹線の岐阜羽島駅へのアクセスが便利になった。

 文化については、音楽は、あみん「待つわ」、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、岩崎宏美「聖母たちのララバイ」、中村雅俊「心の色」、細川たかし「北酒場」、中島みゆき「悪女」、近藤真彦「ハイティーン・ブギ」「ギンギラギンにさりげなく」、サザンオールスターズ「チャコの海岸物語」、松田聖子「渚のバルコニー」「赤いスイートピー」、郷ひろみ「哀愁のカサブランカ」、中森明菜「少女A」、山本譲二「みちのくひとり旅」などがヒットした。映画は、薬師丸ひろ子が主演する「セーラー服と機関銃」や近藤真彦主演の「ハイティーン・ブギ」が大ヒット。洋画は、南アフリカ共和国のコメディ映画「ミラクル・ワールドブッシュマン」、米国映画の「ロッキー3」、香港映画の「少林寺」などがヒットした。

 スポーツは、1月に第1回大阪国際女子マラソンが開催された。2月に岡本綾子がゴルフLPGAツアーで初優勝した。大相撲は千代の富士が4場所で優勝し、安定した強さを誇った。プロ野球はセリーグが中日ドラゴンズ、パリーグは西武ライオンズが優勝し、日本シリーズでは西武ライオンズが24年ぶりに日本一となった。

 世界の動きは、3月に南米大陸東沖のイギリス(英国)が実効支配するフォークランド諸島にアルゼンチン海軍が寄港してアルゼンチン国民を上陸させるなどし、これに対して英国のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)首相がアルゼンチン人の退去を命令し、4月に入るとアルゼンチンが派兵して島を制圧した。これに対し、英国は機動部隊と空母を派遣し、英国軍とアルゼンチン軍の戦闘となり、6月にアルゼンチンが降伏した。アルゼンチンのレオポルド・ガルチェリ(Leopoldo Galtieri)大統領は戦闘終結の際に主権がアルゼンチンにあることを強調したが、敗戦の責任を問われ辞任した。

 英領香港では、香港の地下鉄や公共住宅を建設し、最低限の社会基盤は確保しながらも自由経済を重視する「積極的不介入」の統治を行ったクロフォード・マレー・マクレホース(Crawford Murray MacLehose/麥理浩)香港総督が5月に退任し、サー・エドワード・ユード(Sir Edward Youde/尤德)が香港総督に就任した。5月には香港地下鉄荃湾線が開業した。9月には初の香港市区区議会選挙が実施された。

 中華人民共和国(中国)では、第5回全国人民代表大会で文化大革命の時代を払拭した時代に即した新しい「中華人民共和国憲法」が可決され、「義勇軍行進曲」が正式に中華人民共和国の国歌に制定された。

 台湾(中華民国)では、嘉義市と新竹市が嘉義県及び新竹県から分離して省轄市に昇格した。

 ソビエト連邦(ソ連)では、レオニード・ブレジネフ(Леонид Брежнев)ソ連共産党中央委員会書記長が3月に心臓発作を起こし、健康状態が悪化。書記長の座は維持していたが、11月に再び心臓発作となり死去した。これにより1964年より続いたブレジネフ時代が幕を下ろし、元KGB議長のユーリ・アンドロポフ(Юрий Андропов)がソ連共産党中央委員会書記長に就任した。アンドロポフ書記長は就任後、経済再建のための労働規律強化に着手し、ウォッカを値上げして酒離れを進めて労働生産性向上を図ろうとした。

 このほか、各国の動きは、3月にメキシコのエルチチョン山が大噴火し、火砕流で数千人が犠牲になった。5月にバチカン市国のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(Ioannes Paulus PP. II)が英国を訪問し、カトリック教会とイングランド国教会が450年ぶりに和解した。10月に社会民主主義路線を強めていた西ドイツのヘルムート・シュミット(Helmut Schmidt)首相が自由主義経済と財政再建の主張と対立して議会で不信任となり、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)が13年ぶりに政権に復帰し、ヘルムート・コール(Helmut Kohl)首相が就任した。

(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・1983年(昭和58年) ロッキード事件判決で自民党敗北、東京ディズニーランド開園、ファミコン発売、大韓航空爆破とラングーンテロ事件

1983年
昭和58年

時の旅・1983年(昭和58年) ロッキード事件判決で自民党敗北、東京ディズニーランド開園、ファミコン発売、大韓航空爆破とラングーンテロ事件

当時の日本の首相 中曽根康弘(自由民主党)

 1983年(昭和58年)は、中曽根康弘(なかそね やすひろ)内閣総理大臣(首相)の下、自由民主党(自民党)の安定政権が続いていたが、米国ロッキード社の航空機売り込みの際の賄賂が政界に流れたとされるロッキード事件の裁判で、田中角栄・元首相が10月に有罪判決を受け、12月に実施された第37回衆議院議員総選挙で、定数511のうち、自由民主党250、日本社会党112、公明党58、民社党38、日本共産党26、新自由クラブ8、社会民主連合3、無所属16となり、与党・自民党が過半数割れして敗北した。この結果を受けて中曽根首相は、保守政党の刷新を掲げていた新自由クラブと連立政権を組んだことにより、昭和30年(1955年)以来、28年間続いていた自民党単独政権が終焉した。

 中曽根首相は、外交面では、1月に大韓民国(韓国)を訪問し、全斗煥(전두환/チョン ドゥファン)大統領と会談し、関係を温めた。また、11月にはアメリカ合衆国(米国)のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)大統領が来日した。

 6月の第13回参議院議員選挙では、初めて全国区に比例代表制が実施され、その結果、改選議席126議席(比例50)のうち、自由民主党68(19)、日本社会党13(9)、公明党14(8)、日本共産党7(5)、民社党6(4)、サラリーマン新党2(2)、新自由クラブ民主連合2(1)、福祉党1(1)、第二院クラブ1(1)、無所属その他3(0)で、自民党は比例代表では得票率35%にとどまったものの、改選議席で過半数を維持して勝利した。しかし、前述のように12月の衆議院選挙では田中元首相のロッキード事件有罪判決を受けて自民党が過半数割れした。

 社会は、4月に千葉県浦安市に米国ディズニーのテーマパークである「東京ディズニーランド」が開園した。また、7月に任天堂が「ファミリーコンピューター」(ファミコン)を発売し、家庭用ゲームのブームに火をつけた。

 交通については、鉄道は1月に青函トンネルの先進導坑が貫通した。2月に大阪市営地下鉄谷町線の守口~大日が延伸開業した。3月に筑肥線の博多~姪浜が廃止され、福岡市地下鉄空港線(博多~中洲川端~姪浜)との直通運転を開始した。6月に東武鉄道熊谷線の熊谷~妻沼が廃止。神戸市営地下鉄山手線の大倉山~新長田が延伸。営団地下鉄有楽町線の池袋~営団成増が延伸開業した。7月に中央本線の岡谷~みどり湖~塩尻のルートが開業した。10月に西武鉄道有楽町線の新桜台~小竹向原が開業した。道路は、3月に中国自動車道が全線開通した。

 文化については、音楽は、大川栄策「さざんかの宿」、細川たかし「矢切の渡し」、わらべ「めだかの兄弟」、薬師丸ひろ子「探偵物語」、佳山明生「氷雨」、杏里「CAT'S EYE」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、中森明菜「セカンド・ラブ」、ラッツ&スター「め組のひと」、原田知世「時をかける少女」、葛城ユキ「ボヘミアン」などが大ヒットした。また、アルフィー(ALFEE)が「メリーアン」でブレイクした。

 テレビ番組は、NHK朝の連続小説「おしん」が最高視聴率60%を超えるなど、社会現象となった。映画は「E.T.」、「南極物語」、「スター・ウォーズ」、「探偵物語 時をかける少女」などがヒットした。

 スポーツは、ゴルフで青木功がハワイアンオープンで優勝し、日本人男性初の全米ツアー(PGA)優勝を飾った。野球は阪急ブレーブスの福本豊が盗塁939で世界新記録更新を達成した。ペナントレースではセリーグが読売ジャイアンツ、パリーグが西武ライオンズが優勝し、日本シリーズで西武が日本一を達成した。シーズン終了後、巨人の新監督に王貞治が就任した。大相撲は千代の富士と隆の里が2回ずつ優勝を果たした。

 世界の動きは、9月に米国ニューヨークからアラスカ・アンカレッジを経由して韓国ソウルに向かっていた大韓航空機が飛行ルートがずれてソビエト連邦の領空内に入ってしまい、ソ連軍機が大韓航空の旅客機を迎撃し、乗客乗員全員が死亡する事件が発生した。韓国人や米国人のほか、日本人や台湾人、香港人なども犠牲になった。この事件の処理をめぐり、ソ連は協力的でなく、米ソ関係が緊張化し、国連未加盟でソ連とも国交のない韓国は十分な対応ができなかった。

 10月には1988年に韓国ソウルで開催が決まっていたソウルオリンピックを妨害するため、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の工作員により、ビルマ・ラングーン(ヤンゴン)を訪問中の韓国訪問団を狙った爆破事件(ラングーン事件)が発生した。遅れて会場に到着した全斗煥大統領は難を逃れたものの、韓国の閣僚4名が死亡し、ビルマの閣僚や政府関係者も死亡する大惨事となった。北朝鮮は韓国側の自作自演と主張したが、北朝鮮の工作員による犯行が明らかとなり、朝鮮半島の緊張が極度に高まった。

 中華人民共和国(中国)では、6月に李先念(リー シエンニエン)が国家主席に選出され、趙紫陽(赵紫阳/ツァオ ツーヤン)が国務院総理に再選されたが、実質的な最高指導者は中共中央軍事委員会主席の鄧小平(邓小平/テン シャオピン)が握る状態が続いた。

 戒厳令が続く台湾(中華民国)では、12月に立法委員(国会議員)増補選挙が行われたが、依然、蒋経国(蔣經國/チャン チンクオ)総統をトップとする中国国民党の選挙における力は強く、国民党が勝利し、独裁体制は揺るがなかった。

 このほか、3月に米国のレーガン大統領が冷戦が続くソビエト連邦のことを「悪の帝国」(evil empire)と呼んだ。8月にマルコス政権下のフィリピンでベニグノ・アキノ上院議員が帰国した際に暗殺された瞬間を日本のテレビ局カメラマンが撮影していた。元大統領11月に南アフリカ共和国で人種別三院制議会導入を問う国民投票が実施され、可決により印僑やカラードにも参政権が拡大されたが、依然として黒人には投票権が付与されない状態が続いた。12月にイギリス・ロンドンでIRAによる爆弾テロが発生した。

(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・2016年(平成28年) 北海道新幹線が開業、台湾で初の女性総統、英国でEU離脱が勝利、米国TPP反対のトランプ当選、リオ五輪開催

2016年
平成28年

時の旅・2016年(平成28年) 北海道新幹線が開業、台湾で初の女性総統、英国でEU離脱が勝利、米国TPP反対のトランプ当選、リオ五輪開催

当時の日本国首相 安倍晋三(自由民主党)

 平成28年(2016年)は、安倍晋三(あべ しんぞう)内閣総理大臣(首相)の安定政権が続き、外交面でも積極性がみられた。5月に三重県で伊勢志摩サミットが開かれ、米英仏独伊加など主要国の指導者たちが勢ぞろいした。アメリカ合衆国(米国)のバラク・オバマ(Barack Obama)大統領は、サミット後に、現職の米国大統領としては初めて原爆被爆地の広島を訪問し、原爆被爆者とも会い、広島平和記念公園に献花した。

 安倍首相は、12月に太平洋戦争の開戦の舞台となった米国ハワイの真珠湾(パールハーバー)を訪れ、日米の指導者が70年前の戦争にけじめをつけ、未来志向の日米関係を築くことを誓い合った。また、米国は共和党のドナルド・トランプ(Donald Trump)が当選して政権交代となったが、安倍首相は就任前のトランプに米ニューヨークまで会いに行き、関係を築いた。

 さらに安倍首相は、12月にロシア連邦のウラジミール・プーチン(Владимир Путин)大統領を安倍首相の地元である山口県長門市に招き、日露首脳会談を行い、北方領土問題と経済協力を話し合った。北方領土問題については領土返還が期待できるほどの成果はなかったが、今後の米国とロシアの関係改善を見越した日露の関係構築には一定の戦略的成果があった。

 日本の天皇制のあり方に関して、天皇陛下が8月にビデオメッセージで「おことば」を発表して、高齢の天皇の公務について重い務めを果たすことが困難になった場合どのようにすべきかを問題提起され、これを受けて、現在の終身天皇制から上皇、摂政などにより生前退位を可能にするかどうかの議論が行われるようになった。

 国内政治では、低迷する第一野党の民主党と、「維新の党」が3月に合併し、「民進党」が発足した。党首は民主党代表の岡田克也が引き継いだ。その後、7月に行われた第24回の参議院選挙の当選議席(選挙前比)では、自由民主党121(+6)、公明党25(+5)で与党が圧勝し、野党は民進党49(-15)、日本共産党14(+3)、おおさか維新の会12(+5)、日本のこころを大切にする党3(±0)、社会民主党2(-1)、生活の党と山本太郎となかまたち2(-1)、日本を元気にする党2(-1)で、結果的に民進党が維新の党との合併効果を発揮できず惨敗した一方で、野党共闘を呼びかけた共産党が議席を伸ばした。また、「おおさか維新の会」は議席を伸ばしたものの、地域名称「おおさか」が関西以外で浸透しにくく、関西以外で伸び悩んだことから8月に党名を「日本維新の会」に戻した。

 参院選敗北を受け、民進党の岡田代表は9月の代表選に不出馬となり、元民主党の蓮舫が党代表に選出された。この選挙中には、日台ハーフの蓮舫の日本と台湾(中華民国)の二重国籍残存が問題視され、蓮舫は台湾国籍の放棄手続きを行ったと強調した。「生活の党と山本太郎となかまたち」は、小沢一郎代表が12月に党名を「自由党」に変更し、保守層にも支持獲得を目指す考えを示した。

 地方政治では、舛添要一・東京都知事の政治資金私用疑惑が噴出し、辞職したことを受け、7月に東京都知事選挙が実施され、小池百合子・元衆議院議員が圧勝し、東京都初の女性知事となった。小池知事は、東京オリンピックの高すぎる会場建設費問題や、豊洲市場の土壌汚染等の問題に切り込み、過去の都政の膿をあぶり出し、都民の喝采を浴びた。

 4月に熊本県でマグニチュード6.5と7.3の強い地震が3日間のうちに続けて発生し、しかも震源が浅かったため、熊本県益城町や西原村で震度7、熊本市や南阿蘇村などでも震度6強の強い揺れを観測。住宅が倒壊し、熊本城も石垣や建物が崩れ、南阿蘇でも橋が崩れ、150人以上が死亡するなど大きな被害が発生した。 

 社会では、神奈川県相模原市の障害者施設で19人が殺害される大量殺傷事件が発生。横浜市内の病院でも点滴に異物が混入され入院患者が複数死亡する事件が発生した。また、週刊誌による芸能人の不倫や薬物などのスクープが連発した。

 交通は、3月に北海道新幹線の新青森~新函館北斗が開業し、北海道から九州まで新幹線網がつながった。青函トンネルは、標準軌の新幹線と狭軌の貨物列車がいずれも通過できる3線軌道となったが、すれ違いの衝撃緩和のため青函トンネル内は速度制限されている。北海道新幹線の開業により、並行在来線であるJR江差線の五稜郭~木古内が「道南いさりび鉄道」に移管された。このほか、1月に阪堺電軌の住吉~住吉公園が廃止、12月にJR北海道・留萌本線の留萌~増毛が廃止された。JR北海道は自社のみでは運行持続が困難な路線区間を発表し、持続可能な経営への財政支援を求めた。1月にはJR東海リニア中央新幹線の品川駅が着工された。道路交通については、2月に新東名高速道路の浜松いなさJCT~豊田東JCTが開通し、東名高速道路の混雑緩和に役立った。

 音楽は、オリコン1位~4位をAKB48「翼はいらない」「君はメロディー」「LOVE TRIP」「ハイテンション」が占め、5位と6位も乃木坂46「サヨナラの意味」「裸足でSummer」が入り、秋元康系アイドルグループの人気が続いた。また、ジャニーズの「SMAP」が独立騒動を発端に、謝罪会見、解散へと進んでしまい、年末をもって解散したが、解散を惜しむファンらがCDを買う活動を行い、「世界に一つだけの花」が年間12位にランクインした。THE ALFEEのシングル「今日のつづきが未来になる」が週間トップ10入りし、1983年の「メリーアン」以来、50作連続シングルトップ10入りの記録を達成した。桑田佳祐のシングル「ヨシ子さん」も週間2位に入り、60代男性アーティスト最高記録となった。このほか、アイドルとメタルを融合した「BABYMETAL」や、ピコ太郎「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」が海外でもヒットした。

 映画は、特撮のゴジラを現代版にして東京を襲う「シン・ゴジラ」や、新海誠監督のアニメ映画「君の名は。」が大ヒットした。主題歌のRADWIMPS「前前前世」もヒットした。テレビドラマはTBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が「逃げ恥」の略称で契約結婚というストーリーが話題を呼び、主題歌の星野源「恋」に合わせてドラマ出演者が踊る「恋ダンス」も流行した。

 スポーツは、ブラジルでリオデジャネイロ・オリンピック(リオ五輪)が行われ、日本は柔道、レスリング、水泳、体操、バドミントンなどで12個の金メダルを獲得し、第6位だった。伊調馨が女子レスリングで五輪4連覇を達成し、内村航平が体操個人総合で優勝した。また、卓球も男子団体が銀メダル、福原愛をキャプテンとする女子団体でも銅メダルと健闘した。閉会式には次期東京大会への引継ぎで、日本の安倍首相が演出でマリオの格好をして登場し、話題となった。

 野球は、ペナントレースでセリーグが広島東洋カープが25年ぶりに優勝、パリーグが北海道日本ハムファイターズが優勝し、日本シリーズでは、大谷翔平投手らの活躍で日本ハムが日本一となった。大相撲は、白鵬、日馬富士、鶴竜といったモンゴル人力士が活躍する中、琴奨菊や豪栄道といった日本人力士も優勝し、底力を見せた。

 世界の動きは、台湾(中華民国)で1月に総統(大統領)選挙と立法委員(国会議員)選挙が行われ、野党・民主進歩党の蔡英文(ツァイ インウェン)が56%獲得し、与党・中国国民党の朱立倫の31%、親民党の宋楚瑜の13%を大きく引き離して当選し、8年ぶりの政権交代となった。また、国会選挙は、民主進歩党68(+28)、中国国民党35(-29)、時代力量5(+5)、親民党3(±0)、その他2(-1)となり、与党だった中国国民党が惨敗し、野党の民主進歩党が初めて過半数を制した。また、2014年の「ひまわり学生運動」を支持基盤とする新政党の時代力量が5議席を獲得し、第3勢力となった。

 5月に台湾の蔡英文総統が就任し、台湾初の女性リーダーの誕生となった。中台関係について「現状維持」を公約として当選した蔡総統は、中華人民共和国(中国)が台湾に受け入れを迫る「一つの中国」を認める「1992年合意」について、馬英九(マー インチョウ)前総統が主張していた「一中各表」(一つの中国の解釈を各自表明する)に基づく「一つの中国=中華民国」という路線を修正し、中華民国憲法と両岸人民関係条例に基づき両岸実務を処理し、「1992年会談」の歴史的事実を尊重するという立場をとり、中国との対話を呼びかけた。民主進歩党は、これまで中華人民共和国のことを「中国」と呼んでいたが、蔡総統就任後に台湾政府が国民党前政権の「中国大陸」という呼び方を踏襲したため、中台を明確に区別することを望む従来の支持者の期待を損ねた。蔡総統は外交や対中の分野で国民党系の人材を積極的に登用し、急激な変化を避け、中国に対する刺激を避けようと努めた。しかし、中国政府は「一つの中国」を認めない台湾政府との対話を一方的に打ち切り、「一つの中国」受け入れを迫った。それに対し蔡総統は、善意は変わらず、約束も変わらないが、「中国」の圧力に屈服せず、対抗の古い道にも戻らないと呼びかけた。総統選挙や立法委員選挙で共闘していた民主進歩党と時代力量は、民主進歩党が政権与党となってからは選挙公約から実際の政策がトーンダウンすることが多く、時代力量は与党を監督するブレない第3勢力として野党色を強めている。

 日台関係については、2月に発生した台湾南部地震で台南市内のマンション倒壊で大きな被害があり、日本から多くの義援金が贈られた。また、4月に九州熊本地震があり、今度は台湾からお返しに多くの義援金が贈られた。蔡総統は新しい駐日代表(大使)に京都大学に留学経験のある謝長廷・元行政院長(首相)を任命する異例の人事で、対日関係の重要性を示した。8月には蘇嘉全・立法院長(国会議長)を会長とする対日交流議連の訪問団が訪日し、日本の国会議員と交流した。また、日本側も台湾との関係を重視し、12月に駐台湾日本大使館にあたる公益財団法人「交流協会」を「日本台湾交流協会」に改名することを発表し、「台湾」との関係強化の意思を明確に示した。中国はこれに対しても抗議した。

 イギリス(英国)では6月に欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票が実施された。その結果、主要メディアの事前の予測に反して離脱支持が52%を獲得し、EU離脱が決定した。EU域内の人の移動の自由という枠組みにより東ヨーロッパからの移民が流入し続けたことが英国の労働者の不満となり、英国の主体性を守るためにEU離脱が支持された。EUとの自由貿易体制が大きく後退することになるが、英国はEU各国に対する出入国管理権の回復と、関税自主権を取り戻すことができる。一方、金融に対する影響や産業面でのコスト増の影響が懸念されることから、英国のEU離脱に対するマスコミのネガティブな報道が目立った。この結果を受けて英国のデイヴィッド・キャメロン(David Cameron)首相が辞任し、保守党でEU離脱派のテリーザ・メイ(Theresa May)が首相に就任した。

 この英国の流れは米国大統領選挙にも大きな影響を与えた。予備選では民主党は、オバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)と民主社会主義を主張する左派のバーニー・サンダース(Bernie Sanders)が激戦の末、ヒラリー・クリントンが正式候補となった。一方、共和党は、オバマ政権が進めたTPP(環太平洋連携協定)に反対し、不法移民の送還や、関税の強化、日本に在日米軍の駐留費を負担させる、メキシコ国境の壁を整備するなど主張する不動産王のドナルド・トランプ(Donald Trump)が予備選で独走し、公認候補となった。米マスコミは、過激な発言を繰り返すトランプに警戒し、ネガティブな報道を続けたが、トランプはマスコミ界を含む既得権益層を激しく罵り、格差や階層が固定化される社会を打破したい変化を求める労働者庶民の心をつかみ、支持を固めていった。11月の大統領選の結果、トランプは激戦州を僅差で逆転し、得票数ではクリントンが上回ったものの、州ごとの選挙人数で過半数を確保し、米大手マスコミの予測に反して当選を決めた。

 世論調査の予測が外れたことは、意見をあえて表明せず投票で意思を示した「サイレント・マジョリティー」が多くいたことを示すものであった。行き過ぎた新自由主義やグローバル化は、企業が賃金の安さばかり求めて国境を越えて移動した結果、企業利益や株主配当、役員報酬などは上がる一方で、産業空洞化と雇用の不安定化、貧富の格差拡大、中間層の没落という副作用をもたらし、反グローバル化への揺り戻しが起こっていた。トランプの主張は、サンダースを支持した労働者層をも惹きつける、既得権益層への挑戦とアメリカンドリームを失った庶民に変化の期待を抱かせるものとなった。同時に過激なトランプに対する反感も根強く、米国の国論は二分した。

 大統領に当選したトランプは、12月に蔡英文・台湾総統(President of Taiwan)からの祝賀電話を受けたことをツイッターで発表し、これに対して中国が猛反発した。しかしトランプは、米国は台湾に武器を売っているのに、台湾からの祝意の電話を受けてはいけないとは面白いと言い返し、中国が貿易取引に応じないなら「一つの中国」に縛られる必要があるのかとも発言し、「一つの中国」政策の見直しも示唆した。これに対して中国が「一つの中国」は交渉できないと強く反発する一方で、台湾は歓迎する声と対中カードに利用されるだけなら警戒が必要という両面の声がみられた。中国は台湾と国交があるアフリカのサントメプリンシペを金銭的誘惑で台湾と断交させ、台湾が米国の「一つの中国」見直しに賛同しないよう台湾に圧力をかけ、安定を重視する台湾世論に対する分断工作に出た。

 韓国(大韓民国)では、10月に朴槿恵(パク クネ/박근혜)大統領が、友人の民間人の崔順実(チェ スンシル)に国政の重大決定に関与させていたことが発覚し、機密文書漏洩や財団への資金不正拠出、財閥事業への介入、親族の不正入学、スポーツ選手育成や国民体操の利権など次々にスキャンダルが明らかになり、支持率は1ケタ台となり、辞任を求める大規模なデモが連日起こり、韓国国会は12月に朴大統領を弾劾訴追を可決し、朴大統領は職務停止となり、黄教安(ファン ギョアン)国務総理(首相)が当面代行することになった。

 また、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、1月に原爆実権と見られる人工地震があり、北朝鮮当局は水爆実験をしたと発表した。2月にも北朝鮮はミサイル発射実験を行った。さらに6月に中距離弾道ミサイルを発射。9月にも核実験を行うなど、ミサイルと核実験を立て続けに実施し、北東アジアの軍事緊張を高めた。
 
 そのほか世界は、3月にニュージーランドでユニオンジャックの入った国旗変更国民投票が行われたが、43%の賛成にとどまり否決され、現状維持とされた。米国のオバマ大統領が和解したキューバを訪問した。4月に韓国で国会選挙が行われ、与党のセヌリ党が過半数割れして敗北した。5月のフィリピン大統領選挙で、ロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)が当選した。7月にトルコ軍によるクーデター未遂事件が発生した。9月にIS(イスラム国)の勢力拡大で悩むシリアでアサド政権と反体制派の停戦が発効した。10月にタイ国王ラーマ9世(รัชกาลที่ ๙)が逝去し、12月にワチラーロンコーン(วชิราลงกรณ)皇太子がラーマ10世(รัชกาลที่ ๑๐)としてタイ国王に即位した。12月にドイツ・ベルリンでトラックがクリスマスマーケットに突っ込むテロ事件が発生した。藩基文(パンギムン)国連事務総長が任期満了で退任した。


(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・1984年(昭和59年) 日本円紙幣が刷新、韓国大統領初来日、冷戦の影響残るロス五輪、英国が香港返還合意

1984年
昭和59年

時の旅・1984年(昭和59年) 日本円紙幣が刷新、韓国大統領初来日、冷戦の影響残るロス五輪、英国が香港返還合意

当時の日本の首相 中曽根康弘(自由民主党)

 1984年(昭和59年)は、中曽根康弘(なかそね やすひろ)内閣総理大臣(首相)の強いリーダーシップの下、専売公社や電電公社の民営化法案が成立するなど、改革に進展があった。また、4年に1度のオリンピック年であり、2月にユーゴスラビアでサラエボ・冬季オリンピック(サラエボ五輪)が、7月から8月にかけてアメリカ合衆国(米国)でロサンゼルス・夏季オリンピック(ロス五輪)が開催された。

 日本の政治は、9月に大韓民国(韓国)の全斗煥(전두환/チョン ドゥファン)大統領が韓国現職大統領として初来日を果たし、昭和天皇との宮中晩餐会に出席し、日韓外交関係の大きな進展となった。一方、日本から在日朝鮮人の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への帰還事業がこの年で終了した。

 日本の経済成長は加速し、1月に日経平均株価が初めて1万円の大台を突破した。4月に東京芝浦電気が「東芝」に社名を改名し、世界的ブランド「TOSHIBA」が社名としても定着した。5月には広島を拠点とする東洋工業も「MATZDA」のブランド名に合わせる形で「マツダ」に社名変更した。8月にタバコの日本専売公社を民営化する専売改革関連法が公布され、翌年4月から民営化することが決定した。12月には電電公社民営化法案も成立した。また、好景気が続く日本で、偽造防止などの需要から紙幣のデザインが刷新され、11月からは、福沢諭吉の1万円札、新渡戸稲造の5千円札、夏目漱石の1千円札の発行が始まった。

 社会は、1月に福岡県の三井三池鉱業所有明鉱坑の火災による一酸化炭素中毒で83名が死亡する事故が発生した。米国の銃殺事件に関する三浦和義氏の「ロス疑惑」が大々的に報道された。3月に江崎グリコの江崎勝久社長が誘拐される事件が発生、江崎社長は自力で逃げ出し無事保護されたが犯人は見つからず、その後も「かい人21面相」を名乗る男が身代金を要求したり、グリコや森永などの食品会社を脅迫し、さらには青酸ソーダを商品に入れるなど社会を混乱させた「グリコ・森永事件」が発生し、キツネ目の男が犯人像として浮上し、似顔絵を公開されたが犯人逮捕に至らなかった。

 交通は、国鉄が貨物事業を大幅に縮小し、多くの路線で貨物の取り扱いが廃止され、貨物支線も多くが廃止された。また、都市部の新路線が開業する一方で、国鉄の赤字ローカル線の廃止も相次いだ。3月には鹿児島交通枕崎線の伊集院~枕崎が廃止された。住宅・都市整備公団千葉ニュータウン線の小室~千葉ニュータウン中央が開業した。国鉄赤谷線(新発田~東赤谷)、魚沼線(来迎寺~西小千谷)、相模線支線(寒川~西寒川)、日中線(喜多方~熱塩)、清水港線(清水~三保)が廃止された。国鉄久慈線と宮古線、盛線が三陸鉄道に移管され、三陸鉄道の北リアス線(宮古~久慈)、南リアス線(釜石~盛)が開業した。4月に東急電鉄田園都市線のつきみ野~中央林間が延伸開業した。5月に西武鉄道山口線の遊園地前~ユネスコ村が路線改造(新交通システム化)のため休止された。10月に国鉄神岡線(猪谷~神岡)が神岡鉄道に移管された。国鉄樽見線(大垣~美濃神海)が樽見鉄道に移管された。国鉄黒石線(川部~黒石)が弘南鉄道に移管された。12月に国鉄高砂線(加古川~高砂)、妻線(佐土原~杉安)、宮原線(恵良~肥後小国)が廃止された。

 音楽は、チェッカーズがブレイクし、「涙のリクエスト」、「哀しくてジェラシー」、「星屑のステージ」「ギザギザハートの子守唄」などが大ヒットした。また、中森明菜の「十戒(1984)」、「北ウイング」、「サザン・ウインド」などが大ヒット。アルフィー(ALFEE)も「星空のディスタンス」「恋人達のペイヴメント」が大ヒットした。そのほか、わらべ「もしも明日が…」、松田聖子「Rock'n Rouge」「時間の国のアリス」、芦屋雁之助「娘よ」、五木ひろし「長良川艶歌」、石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」、杏里「悲しみがとまらない」、吉川晃司「モニカ」、高橋真梨子「桃色吐息」、小柳ルミ子「お久しぶりね」などがヒットした。

 映画は、洋画は「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」、邦画は薬師丸ひろ子主演の「里見八犬伝」、「メイン・テーマ」などがヒットした。寅さんこと「男はつらいよ」シリーズも安定的にヒットした。

 スポーツは、大相撲は10月に東京・蔵前国技館が閉館し、翌年から両国国技館に移ることになった。野球は近鉄バッファローズの鈴木啓二投手が300勝を達成した。阪急ブレーブスがパリーグで優勝し、日本シリーズではセリーグの広島カープが阪急を破って日本一となった。

 世界の動きは、イギリスのマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)首相が中華人民共和国(中国)の趙紫陽(ツァオ・ツーヤン)国務院総理と香港(ホンコン)返還合意文書に調印し、1997年に香港が中国に“返還”されることが決まった。

 夏に米国のロサンゼルスで開催されたロス五輪では、ソビエト連邦、東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ベトナム、モンゴル、北朝鮮、キューバなど共産主義の東側諸国がボイコットして不参加となり、東西冷戦の影響がスポーツ界でも続いた。一方、ソ連と対立していた中華人民共和国は参加し、中華人民共和国と対立する台湾(中華民国)も「Chinese Taipei」の名義で参加が認められ、中台が別々のチームで参加を果たした。

 このほか世界の動きは、1月にブルネイがイギリスから独立した。2月にユーゴスラビアでサラエボ五輪が開催された。サラエボ五輪から台湾(中華民国)が「Chinese Taipei」名義でオリンピックに復帰した。ソビエト連邦のユーリ・アンドロポフ(Юрий Андропов)ソ連共産党書記長が死去した。6月にイギリス・ロンドンで第10回サミットが開催された。欧州共同体(EC)加盟10ヶ国で欧州議会議員選挙が実施された。8月にアフリカのオートボルタがブルキナファソに改名した。フィリピンでフェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)大統領に対する大規模な抗議デモが発生した。10月にインドのパンジャブ州のシク教分離主義運動に軍を動員して攻撃したインディラ・ガンディー(इंदिरा प्रियदर्शिनी गाँधी)首相が暗殺された。11月に米国大統領選挙で共和党のロナルド・レーガン(Ronald Reagan)が再選された。12月にインド中部のマディヤ・プラデーシュ州のボーパールの殺虫剤化学工場で爆発事故が発生し約2万人が死亡する大惨事となった。

(参考:Wikipediaほか)


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時の旅・2015年(平成27年) 北陸新幹線が開業、第二次大戦70周年、ISテロ多発、初の中台首脳会談

2015年
平成27年

時の旅・2015年(平成27年) 北陸新幹線が開業、第二次大戦70周年、ISテロ多発、初の中台首脳会談

当時の日本国首相 安倍晋三(自由民主党)

 平成27年(2015年)は、安倍晋三(あべ しんぞう)内閣総理大臣(首相)の下、日本は安定政権が続いた。最大野党の民主党の党勢が低迷する中、第三極の主導権争いが激しくなり、小政党の離合集散が相次いだ。安倍首相は、その勢いで自衛隊の役割を拡大し、集団的自衛権も容認してアメリカ軍との協力を促進するための安保関連法案を5月に提出。共産党、社民党、民主党などの野党が戦争に巻き込まれやすくなる「戦争法」だとして強く反発し、賛否双方から激しい議論を呼ぶ中、7月に自民党、公明党、次世代の党などが賛成して衆議院を通過。9月に参議院でも可決し、成立した。

 「みんなの党」が昨年解散したことから1月に松田公太らにより新党「日本を元気にする会」が結成され、次世代の党を離党したアントニオ猪木も入党した。2月に沖縄県与那国町で陸上自衛隊沿岸監視部隊の受け入れに対する住民投票が実施され、賛成が多数となった。5月に大阪市で大阪都構想の賛否を問う住民投票が実施され、僅差で反対が上回ったことから、大阪都構想を推進してきた橋下徹・大阪市長が任期満了時に政界引退を表明した。「太陽の党」が解散し、「次世代の党」に吸収された。6月に公職選挙法改正案が国会で可決され、次回の参議院選挙から投票権が18歳まで引き下げられた。8月に「維新の党」の橋下徹・最高顧問が、松野頼久代表と対立して離党し、11月に「おおさか維新の会」を結成し、「維新の党」が分裂した。12月に実施された大阪府知事・大阪市長選挙では、共に「大阪維新の会」候補が当選(松井一郎知事は再選)し、大阪での橋下派の「大阪維新の会」の支持の根強さが改めて示された。また、9月に「次世代の党」では平沼赳夫党首が離党し、翌月自民党に復党し、「次世代の党」の中山恭子代表は12月に党名を「日本のこころを大切にする党」に変更した。

 交通については、3月に北陸新幹線の長野~金沢が開業し、「かがやき」「はくたか」などがデビューし、東京~金沢が約2時間30分で結ばれるようになり、北陸への旅が飛躍的に便利になった。一方で、北陸新幹線の開業にともない並行在来線がJRから切り離され、JR西日本・北陸本線の金沢~倶利伽羅が「IRいしかわ鉄道」、倶利伽羅~富山~市振が「あいの風とやま鉄道」、市振~直江津が「えちごトキめき鉄道」日本海ひすいライン、JR東日本・信越本線の直江津~妙高高原が「えちごトキめき鉄道」妙高はねうまライン、妙高高原~長野が「しなの鉄道」北しなの線となった。また、越後湯沢~金沢を結ぶ特急「はくたか」が走る幹線だった「北越急行」六日町~犀潟は、特急の運行が廃止され、ローカル線化したが当面は特急で儲けた利益を運用して赤字化しないようにする。

 また、青函トンネルでは北海道新幹線の工事にともない、本州と北海道を結んでいた寝台特急「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」の定期運行が終了した。東海道新幹線では最高時速が270キロから285キロに引き上げられ、日本の新幹線が優秀な交通機関であるという認識が広がった。

 そのほか、鉄道は、1月にJR武豊線の大府~武豊が電化された。4月に近鉄内部線・八王子線が「四日市あすなろう鉄道」に移管された。北近畿タンゴ鉄道の経営が変わり京都丹後鉄道となった。5月に東北本線から仙石線に直通する「仙石東北ライン」が運行開始した。12月に仙台市営地下鉄東西線の八木山動物公園~荒井が開業した。札幌市電の西4丁目~すすきのが開業し、環状運転を開始した。

 スポーツは、野球はセリーグのペナントレースで東京ヤクルトスワローズと福岡ソフトバンクホークスが優勝し、日本シリーズではパリーグのソフトバンクが2年連続で日本一となった。広島カープの前田健太投手が2015年で退団し、大リーグのロサンゼルス・ドジャーズで挑戦することになった。大相撲は横綱・白鵬のほか、照ノ富士、鶴竜、日馬富士とモンゴル人力士が続けて優勝した。

 音楽は、アイドルグループ全盛期が続き、年間シングル1位~4位をAKB48(「僕たちは戦わない」「ハロウィン・ナイト」「Green Flash」「唇にBe My Baby」)が占め、5位がSKE48「コケティッシュが渋滞中」、6位~8位が乃木坂46で占められた。サザンオールスターズが9年半ぶりのオリジナルアルバム「葡萄」を発売。

 世界の動きは、シリアとイラクにまたがる過激派勢力で2014年に建国宣言した「イスラム国」(IS)の勢力が拡大し、外国人戦闘員を拡充し、各地でテロが多発した。現地で取材活動していた日本人も2人拘束され、ISが映像を公開、2人とも首を斬られ殺害された。ISに対してはアメリカ合衆国(米国)が中心となり空爆を実施したが、ISが建国されたのがそもそも多くの民間人を巻き込んだ米国の対イラク戦争の結果であるという側面もあり、そのほかシリアのアサド政権、イラクで自治を求めるクルド人などとの生存をかけた勢力争いが複雑にからんでいる。あまりにも残虐なISの支配や空爆や戦闘から逃れるために大量の難民が国境を接するトルコに流れ、難民はトルコからヨーロッパを目指した。11月にはフランスのパリでISによる同時多発テロが発生し、100人以上が死亡した。難民受け入れとテロ事件発生により、ヨーロッパの民意は国境を越えた開放主義よりも自国の保護主義への流れが強まるようになった。

 アメリカ合衆国(米国)は、4月にパナマでバラク・オバマ(Barack Obama)米国大統領とラウル・カストロ(Raúl Castro)キューバ国家評議会議長と会談し、キューバ革命で共産主義化したキューバと1961年に国交断絶以来、初の両国首脳会談が実現した。これにより7月に米国とキューバの国交が回復し、大使館が相互開設された。また、アジア太平洋の関税原則撤廃と通商規制の大幅緩和を目指す高度な通商協定であるTPP(環太平洋連携協定)交渉が進められ、10月に米国アトランタで開催されたTPP閣僚会議で大筋合意した。

 アジアでは、第二次世界大戦終戦70周年を迎え、台湾(中華民国)と中国(中華人民共和国)の関係にも動きがあった。台湾では、7月より中華民国抗日戦争勝利70周年の関連行事を開催。当時の中国大陸で抗日戦争に参加し、戦後中国国民党とともに台湾に渡って来た元国民党軍兵士らをねぎらうとともに、馬英九(マー インチョウ)総統が戦時中の米軍の蒋介石政権への支援に感謝し、当時の日本軍の侵略を批判した。台湾の馬総統は11月にシンガポールで中国の習近平(习近平/シー チンピン)国家主席と会談し、1949年の中華人民共和国建国後初の中台両国の首脳会談が実現したが、馬総統は中台交流の基礎とする「92年合意」についてもともと台湾側が強調していた「一中各表」(一つの中国の解釈をそれぞれ表明する)の「各表」や現存する「中華民国」を習主席を前にした公開発言で述べず、「一つの中国」のみが強調されたため、台湾で批判され、与党の支持率回復にはつながらなかった。中国側は台湾に「同属一中」(同じ一つの中国に属する)を表明するよう再三圧力をかけていた。

 台湾では4年に1度の総統選挙モードに入り、野党の民主進歩党(民進党)は女性の蔡英文主席を候補とすることでまとまったが、与党の中国国民党が予備選での対立を嫌い、5月の予備選では女性の洪秀柱・立法院副院長(副議長)しか出馬せず、そのまま無投票で決定した。蔡氏が台湾(中華民国)が民主国家として中華人民共和国統治下にない現状維持の方針を打ち出したのに対し、洪氏は「一中各表」から「一中同表」へとより傾中色を強めたが、洪氏の支持率は伸び悩んだ。この隙をついて第3党の親民党が宋楚瑜主席を擁立し、国民党の不満票を吸収しようとした。国民党は10月に急遽、朱立倫・新北市長に候補を替えたが、そのやり方が非民主的と見られ、支持率が上がらず世論調査では民進党の蔡英文候補が独走した。また、立法委員(国会議員)選挙に向けて、2014年の「ひまわり学生運動」のリーダーや支援者を中心に新政党「時代力量」が結成された。台湾はこのほか、1月に台北松山空港から金門に向かっていた復興航空(トランスアジア航空)機が台北市の基隆河に墜落した。6月に新北市の八仙楽園のイベントで粉塵爆発事故があり、多くの若者が火傷を負った。

 そのほか世界は、1月にリトアニアが通貨ユーロを導入した。3月にシンガポールを建国したリー・クアンユー(李光耀)元首相が死去した。4月にネパールとカトマンズ近くでM7.8の大地震が発生した。8月に中国の天津で倉庫の大規模な爆発事故が発生した。9月にチリでM8.3の大地震が発生した。サウジアラビアのメッカで群衆の圧死事故が発生した。10月に少子高齢化が進む中国が「ひとりっ子政策」を正式に廃止した。11月にスペインのカタルーニャ議会が独立推進を可決した。韓国の金泳三(김영삼/キム ヨンサム)元大統領が死去した。香港の議会選挙で雨傘運動を主導した民主派の候補らが当選した。

(参考:Wikipediaほか)

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時の旅・2014年(平成26年) 消費税が8%に増税、自民党が衆院圧勝、ソチ五輪とクリミア併合、台湾ひまわり学運と香港雨傘革命

2014年
平成26年

時の旅・2014年(平成26年) 消費税が8%に増税、自民党が衆院圧勝、ソチ五輪とクリミア併合、台湾ひまわり学運と香港雨傘革命

当時の日本国首相 安倍晋三(自由民主党)

 平成26年(2014年)は、安倍晋三(あべ しんぞう)内閣総理大臣(首相)の下、「アベノミクス」の円安効果で、株価が上昇し、経済も上向きになったことで、4月に安倍政権は消費税増税(5%→8%)に踏み切った。

 2月に「大阪都構想」を前進させたい橋下徹・大阪市長が辞任して出直し選挙を3月に行い再選され、橋下市長の根強い支持を示した。8月には「日本維新の会」の解党で石原グループが「次世代の党」を結成。橋下グループが翌月に「結いの党」と合併し、「維新の党」が結成された。

 9月には第2次安倍改造内閣が発足。11月には沖縄県で辺野古米軍基地建設反対を掲げる翁長雄志氏が沖縄県知事に当選した。安倍首相が消費税再増税(8%→10%)の先送りを表明し、衆議院を解散。選挙に向けて「みんなの党」が解党。12月に実施された第47回衆議院議員総選挙の結果、定数475議席のうち、自由民主党291、公明党35で連立与党が過半数を制した。野党の当選議席は民主党73、維新の党41、日本共産党21、次世代の党2、生活の党2、社会民主党2、無所属8となった。アベノミクスに対する期待感の持続および民主党に対する信頼感が回復しなかったことから与党が圧勝し、民主党の海江田万里代表(党首)は落選した。海江田氏落選により、民主党は岡田克也氏が代表を引き継いだ。また、第三極ブームが去り、維新の党は現状維持したものの、日本維新の会から分かれて保守色を鮮明にした次世代の党は自民党と支持層が重なりすぎたためか議席を多く減らした。また、共産党は民主党が明確な対立軸を打ち出せなかった中で脱原発と新自由主義的なアベノミクスを批判し、TPP(環太平洋連携協定)にも明確に反対を打ち出し、善戦して議席を増やした。選挙結果を受けて、安倍首相が引き続き政権を担当し、第3次安倍内閣が発足した。

 このほか、社会は、2月に佐村河内守が作曲したとされる楽曲が実は新垣隆氏がゴーストライターで作曲していたことが発覚した。3月に、大阪で日本一の高さのビル(300m)の「あべのハルカス」が竣工した。31年にわたり放送されたタモリ司会のフジテレビ系「笑っていいとも」が終了した。5月にASKA(飛鳥涼)が覚せい剤所持で逮捕された。7月にネイチャーが「STAP細胞」に関する論文を撤回した。9月に御嶽山が噴火した。朝日新聞が福島原発に関する「撤退」をめぐる誤報記事の撤回と、慰安婦強制連行の根拠と主張していた吉田証言の記事取り消しを表明し、謝罪した。

 交通については、鉄道は、2月の大雪で東急電鉄東横線・元住吉駅で電車追突事故が発生した。3月に寝台特急「あけぼの」が廃止され、東北地方を結ぶ定期寝台特急がすべて廃止となった。JR烏山線で日本初の蓄電池電車が運行開始した。4月に東日本大震災で被災していた三陸鉄道南リアス線の不通区間の釜石~吉浜が運行再開し、北リアス線の田野畑~小本が運行再開したことにより、三陸鉄道が全線再開となった。5月にJR江差線の木古内~江差が廃止された。12月にJR東海のリニア中央新幹線の品川~名古屋が着工した。航空は、3月に国内線のジャンボジェットが引退した。

 スポーツは、2月にロシア連邦・ソチでソチ冬季オリンピックが開催され、羽生結弦がフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得。日本は金1、銀4、銅3のメダルだった。野球はセリーグのペナントレースで読売ジャイアンツ(巨人)が優勝したにもかかわらず、クライマックスシリーズで阪神タイガースに逆転され、阪神と福岡ソフトバンクホークスが日本シリーズを争ったが、パリーグのソフトバンクが日本一となった。大相撲はモンゴル出身の鶴竜が3月場所で初優勝したほかは、横綱・白鵬が優勝し、圧倒的な強さを見せつけた。

 音楽は、アイドルグループ全盛期となり、年間シングル1位~5位をAKB48(「ラブラドール・レトリバー」「希望的リフレイン」「前しか向かねえ」など)が占め、6位と7位が嵐、そして乃木坂46、SKE48、NMB48などが上位を占めた。映画は「アナと雪の女王」「永遠の0」などがヒットした。

 世界の動きは、ウクライナで2月に反体制派(EU支持派)市民と警察が衝突し、デモ隊が首都キエフに集結し、ヤヌコーヴィチ(Янукович)政権が崩壊した。その混乱に乗じて、ロシア系住民の比率が高いウクライナ・クリミア半島にロシアの武装勢力が議会と地方政府庁舎を占拠し、親ロ派の首相を任命、ロシア軍の駐留を承認し、クリミア自治共和国議会がクリミア独立宣言を採択し、住民投票でロシア編入を可決し、ウクライナが反対する中でクリミアがロシアに編入された。ロシアのこのような武力による強硬手段は国際社会から非難されたが、現実にはロシアの行動を止めることはできなかった。さらに、4月にはウクライナ東部でロシアと接するドネツク州とルガンスク州がそれぞれ独立宣言し、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国が連邦を組み、「ノヴォロシア人民共和国連邦」を建国し、ウクライナから離脱し、敵対しており、これもロシアが陰で支援していると言われている。

 台湾(中華民国)では、3月に中国(中華人民共和国)とのサービス業規制撤廃を進める両岸サービス貿易協定に反対する大学生らが立法院(国会)の強行採決に抗議して立法院に突入、占拠した。学生らはインターネット中継を駆使して海外に自らの主張を発信し、「ひまわり学生運動」(太陽花學運)と呼ばれるようになり、台湾の民意は大きな転機を迎えた。経済的にも中国に吞み込まれたくない台湾の若者の声が世界中に発信され、台湾国内でも若者らを支持する動きが強まり、王金平・立法院長(国会議員)は学生らを排除せず、約3週間にわたり学生らが立法院に居座り抗議を続けた。王院長は学生側の要求に応じて「両岸協定監督条例」が法制化されるまでサービス貿易協定の国会承認審議を行わないと約束して学生らと合意し、平和的に立法院から退去した。これによって中台両岸の経済自由化の動きは停滞するが、これ以上の開放を望まない適度な開放でよしとする台湾国民の支持を得て、野党の民主進歩党(民進党)が12月の地方選挙で6都のうち4都を獲得。首都台北市も民進党が支持する無所属候補が勝利し、与党の中国国民党は新北市しか守れず大敗を喫し、馬英九(マー インチョウ)政権にとり大きなダメージとなった。台湾はこのほか、8月に高雄市で大規模なガス爆発事故が発生した。

 中華人民共和国統治下の香港では次回2017年の行政長官(特首)選挙の普通選挙実施による高度な自治を求めて、9月に学生授業ボイコットやデモが発生し、中環(セントラル)などで行われた大規模な座り込み活動に対し、警察が催涙スプレーなどで攻撃して排除しようとしたことから対立が激化し、抗議活動が拡大した習近平(习近平/シー チンピン)中国国家主席や梁振英(リョン ツァンイン)行政長官は譲歩を見せず鎮圧に動き、学生や市民らは12月に強制排除されるまで抗議活動を続け「雨傘革命」と呼ばれた。この運動は、中国側から譲歩を引き出すことはできず、香港民主派にとり大きな挫折となったが、この中国に対する失望が、後の香港独立派の台頭へとつながっていくことになる。

 そのほか世界は、1月にラトビアで通貨ユーロが導入された。3月に北朝鮮が日本海にロケット砲や中距離弾道ミサイル「ノドン」を発射した。4月にチリでM8.2の地震が発生した。韓国で修学旅行の高校生らを乗せた旅客船「セウォル号」が沈没し、300人近い死者を出す大惨事となった。5月にタイでインラック・シナワトラ(ยิ่งลักษณ์ ชินวัตร)首相が失職し、タイ軍が戒厳令を発令し、クーデターを宣言し、軍人のプラユット・チャンオチャ(ประยุทธ์ จันทร์โอชา)氏が首相に就任した。6月にスペインでフアン・カルロス1世(Juan Carlos I)国王が退位し、フェリペ6世(Felipe VI)が新国王に即位した。イラク北部からシリアにまたがるイスラム教スンニ派の武装組織ISILが「イスラム国」の樹立を宣言した。7月にイスラエルがガザを攻撃し、8月にハマスと停戦合意した。8月にアメリカ合衆国(米国)は「イスラム国」に対する空爆を開始した。9月に英国スコットランドで独立を問う住民投票が実施され、独立賛成45%、反対55%で否決された。11月には2001年のテロ事件で倒壊した米国ニューヨークのワールドトレードセンタービル跡地に104階建てのワンワールドトレードセンタービルが完成した。12月に米国のバラク・オバマ(Barack Obama)大統領とキューバのラウル・カストロ(Raúl Castro)国家評議会議長が国交正常化交渉を始めることに合意した。

(参考:Wikipediaほか)

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