千葉・芝山 成田空港の裏側の町を結ぶ芝山鉄道と空港物流の拠点

芝山
しばやま

日本国千葉県山武郡芝山町

千葉・芝山 成田空港の裏側の町を結ぶ芝山鉄道と空港物流の拠点

 芝山(しばやま)町は、千葉(ちば)県の山武(さんぶ)郡にある人口0.7万人の町。北西が成田(なりた)市、西が富里(とみさと)市、南が山武(さんむ)市と山武郡横芝光(よこしばひかり)町、東が香取(かとり)郡の多古(たこ)町と接している。

 日本の首都圏の玄関口である成田国際空港のターミナルビルや滑走路の大部分は、隣接する成田市にあるが、成田空港に着陸する飛行機は芝山町を低空飛行する。このような地理的環境にあることから、成田空港建設時には昭和40年代より激しい反対運動があり、特に「三里塚芝山連合空港反対同盟」が激しい反対闘争を繰り広げた。

 しかしながら成田空港の建設は日本の重要な国策であり、反対闘争により建設が遅れながらも、昭和53年(1978年)に開港した。芝山町はのどかな農園が多いとはいえ、開港後は離着陸する飛行機の騒音が激しく、さらに滑走路を横切れないため、成田空港東側の地区は成田空港敷地を大きく迂回する必要があった。芝山町への見返りとして、成田国際空港株式会社、京成電鉄、日本航空、千葉県、成田市、芝山町などが出資した第3セクターの「芝山鉄道」が昭和56年(1981年)に設立され、成田空港~芝山町を結ぶ路線が建設されることになった。

 芝山鉄道は、空港と共存する町づくりを目指して空港建設反対派などを説得しながら、建設計画を進め、平成10年(1998年)に着工されたが、C誘導路の地下を通る建設予定ルート上(成田市側)に空港反対派の「一坪共有地」(木の根ペンション)があり、その地権者の同意を得ることが困難だったことから、平成12年(2000年)その区間を迂回する形にルート変更されることになり、平成14年(2002年)に東成田(ひがしなりた)~芝山千代田(しばやま ちよだ)が開業した。

 東成田駅は、平成3年(1991年)まで京成電鉄本線の成田空港駅だったが、本線が旧・成田新幹線の土木構造物を利用して第2ターミナルと第1ターミナルに直結する新線に切り替わり、東成田駅は芝山鉄道と京成電鉄の共同駅となった。芝山鉄道線は東成田から京成電鉄・東成田線に乗り入れ、京成成田駅を結んでいる。さらに朝夕時には東京方面へ京成本線にも直通運転している。

 芝山千代田駅は、成田空港のA滑走路の南東側にあり、ホームから成田空港の飛行機が見える。芝山千代田駅周辺は空港の整備場が近く、また空港に近いことからさまざまな物流業者のロジスティクスセンターがあり、また空港の南側には工業団地もあり、空港の立地を生かした産業が発展している。成田空港の裏側にあたるので、芝山千代田駅の利用者は多いとはいえないが、将来的には芝山千代田駅から九十九里浜(くじゅうくりはま)方面への延伸構想もあり、駅前には早期建設を求める看板もある。

 今は日本を代表する国際空港として欠かすことのできない成田空港であるが、長年にわたる空港反対闘争が繰り広げられてきた歴史があり、芝山町内にはそのいくつかの足跡が残る。A滑走路の南端にあたる岩山(いわやま)地区では、昭和47年(1972年)に成田空港の着陸妨害を目的に高さ約60mの「岩山大鉄塔」が建てられ、反対闘争の拠点の一つとなっていた。開港する昭和52年(1977年)に「岩山大鉄塔」の強制撤去が執行され、機動隊が反対派を制圧して鉄塔は解体されたが、この鉄塔の撤去後にはそれに抗議する反対派と機動隊が再衝突して死者も出る「東山事件」も発生した。撤去後も基礎部分と鉄塔の低層部分が残り、反対闘争の歴史を伝える遺構となっている。

 A滑走路の南の岩山地区には現在、「スカイパークしばやま」が広がり、「ひこうきの丘」からは、A滑走路に着陸する飛行機が眺められる。平成元年(1989年)に開館した「航空科学博物館」には、さまざまな飛行機が展示され、飛行シミュレーターを体験することもできる。また、「航空科学博物館」の近くに平成23年(2011年)に開館した「成田空港 空と大地の歴史館」は、成田空港の建設側と反対側の双方の観点から展示している資料館で、成田国際空港株式会社の歴史伝承委員会が運営し、成田空港の歴史を伝えている。

 成田空港の反対闘争は、実際にはまだ続いており、成田空港の敷地内には、いくつか反対派が所有する土地が残る。第二ターミナルの南東、芝山町側のC誘導路にはフェンスや金網で囲まれた「横堀鉄塔」が今も残り、内部には「抗議する農民」の像が置かれ、「案山子亭」などもあるのだという。一般立入はできない。このほか、成田市側にも前述の「木の根ペンション」や「東峰神社」といった反対派が所有する土地が点在し、B滑走路の延長やC横風滑走路の建設を困難にしている。

 芝山町は空港関連施設以外には、町南部に「芝山古墳群」があり、たくさん「はにわ」が出土したことで知られ、「芝山古墳・はにわ博物館」がある。

芝山エリアの主な駅

芝山千代田 / しばやまちよだ 駅
芝山鉄道 芝山鉄道線

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芝山鉄道・芝山千代田駅まで乗り入れる京成電車

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芝山千代田駅から見える成田空港の飛行機

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芝山千代田駅から見える成田空港の飛行機

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芝山鉄道・芝山千代田駅

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芝山鉄道の九十九里方面への延伸を求める看板

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芝山千代田駅から芝山町中心部方面を結ぶバス

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芝山千代田駅前にある「はにわ」のモニュメント

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千葉・一宮 九十九里浜が広がる上総一宮の玉前神社

一宮
いちのみや

日本国千葉県長生郡一宮町

千葉・一宮 九十九里浜が広がる上総一宮の玉前神社

 一宮(いちのみや)は、千葉(ちば)県東南部の長生(ちょうせい)郡にある人口約1.1万人の町。南が いすみ市、西が長生郡睦沢(むつざわ)町、北が長生郡長生(ちょうせい)村と接しており、東には太平洋が広がっている。

 町内にある玉前(たまさき)神社が上総国(かずさのくに)の一宮であったことから、「一宮」の地名がついた。町内にはJR東日本・外房線が通り、上総一ノ宮(かずさいちのみや)駅と東浪見(とらみ)駅がある。

 上総一ノ宮駅は、特急「わかしお」が停車する主要駅で、東京(とうきょう)方面からの総武本線や京葉線の一部の電車も上総一ノ宮駅まで乗り入れている。千葉方面を結ぶ電車の本数は多く、千葉への通勤が便利である。愛知県にも一宮(いちのみや)市があり、混同しないよう、愛知県は尾張一宮(おわり いちのみや)駅、千葉県は上総一ノ宮(かずさ いちのみや)駅として区別している。

 上総一宮の玉前神社は、上総一ノ宮駅から北西に約400mほどの距離にある。上総一ノ宮駅から東へ約2キロほど行くと、九十九里浜(くじゅうくりはま)の海岸が広がり、一宮海水浴場がある。 

一宮エリアの主な駅

上総一ノ宮 / かずさいちのみや 駅
JR東日本 外房線

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JR外房線・上総一ノ宮駅 特急「わかしお」

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JR外房線・上総一ノ宮駅

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上総一ノ宮駅

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上総一ノ宮駅前のレトロな食堂

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神奈川 横浜・戸塚 再開発施設「トツカーナ」と柏尾川沿いの日立横浜工場

横浜・戸塚
よこはま・とつか

日本国神奈川県横浜市戸塚区

神奈川 横浜・戸塚 再開発施設「トツカーナ」と柏尾川沿いの日立横浜工場

 戸塚(とつか)は、横浜(よこはま)市の戸塚区にある地区で、JR東日本の東海道本線・横須賀線(湘南新宿ライン)と横浜市営地下鉄ブルーラインの戸塚駅がある。

 横浜市戸塚区は、人口約28万人の区で、北が旭(あさひ)区、東が保土ヶ谷(ほどがや)区、南(みなみ)区、港南(こうなん)区、南が栄(さかえ)区と鎌倉(かまくら)市、西が藤沢(ふじさわ)市、泉(いずみ)区と接している。

 横浜市は、横浜駅がある中心部は武蔵国(むさしのくに)に属するが、横浜中心部から西へ、一つ山を越えたところにある戸塚は、鎌倉や藤沢と同じ相模国(さがみのくに)側に属する。

 戸塚は江戸時代から東海道の宿場町として栄え、明治20年(1887年)に国鉄東海道線が開業し、戸塚駅が開設された。現在、戸塚区には戸塚駅のほか、JR横須賀線(湘南新宿ライン)の東戸塚(ひがしとつか)駅、横浜地下鉄ブルーラインの舞岡(まいおか)駅がある。

 JR戸塚駅は2面4線のホームがあり、内側の2線が東海道本線で、横浜駅までノンストップの快速運転、外側は横須賀線用で、湘南新宿ラインの電車も通り、横浜までに東戸塚と保土ヶ谷にも停車する。西側にはさらに東海道貨物線の複線の線路があるが、ホームはない。戸塚駅のホームの南側に柏尾川(かしわおがわ)が流れている。

 横浜地下鉄ブルーラインの戸塚駅は地下にあり、ちょうどJR戸塚駅と十字形に交差している。地下鉄の戸塚駅は昭和62年(1987年)に舞岡~戸塚が開通した際に開設され、戸塚~関内(かんない)~横浜~新横浜がつながった。その後、ブルーラインは平成5年(1993年)に新横浜~あざみ野が延伸、平成11年(1999年)に戸塚~湘南台(しょうなんだい)が延伸して、全線開業となった。ブルーラインは横浜市内の市街地をきめ細かくつないでいるが、駅数が多いためJRと比べて遅いことが乗客数が伸び悩むネックとなっていた。そこで平成27年(2015年)に「快速」の運転を開始し、関内や桜木町(さくらぎちょう)などで競争力を取り戻し、新横浜までも乗り換えなしの強みでJRと対等に競争できるようになったことで乗客が増えている。

 戸塚駅東口は、丸井グループの商業施設「戸塚モディ」があり、柏尾川の東側には「アピタ」戸塚店がある。戸塚駅の北東にある日立横浜工場は、もともと戸塚競馬場があったが、昭和25年(1954年)に廃止され、その跡地が日立横浜工場となった。日立横浜工場には、日立製作所横浜研究所、日立情報通信システム社、日立産業制御ソリューションズ、日立ディフェンスシステム社などの関連事業の施設が集まっている。

 戸塚駅西口は、もともと戸塚駅西口商店街や旭町通商店街があった。商店街の老朽化が進み、細い路地など、建物が密集していて再開発計画が進められたが、商店街事業者らの反対もあり、なかなか進まなかった。平成19年(2007年)頃から本格的に再開発が進められ、商店街が撤去され、商店街の店舗は仮施設「戸塚ウエスト」に移り、平成22年(2010年)に新しい商業施設「トツカーナ」がオープンした。「トツカーナ」は東急グループが運営する「東急プラザ戸塚」と、旧商店街の店舗などからなる「トツカーナモール」があり、その西側には戸塚西口バスターミナルと直結している。さらに国道1号線を挟んで商業施設「サクラス戸塚」がある。仮施設「戸塚ウエスト」は「トツカーナ」の完成により解体され、その跡地は戸塚区役所の新庁舎となった。

横浜・戸塚エリアの主な駅

戸塚 / とつか 駅
JR東日本 東海道本線、横須賀線(湘南新宿ライン)
横浜市営地下鉄 ブルーライン

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JR戸塚駅・東海道線電車

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JR戸塚駅・横須賀線電車

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JR戸塚駅を通過する特急「スーパービュー踊り子」

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戸塚駅ホーム下を流れる柏尾川

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戸塚モディ

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トツカーナ

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戸塚駅西口バスターミナル

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神奈川 相模原・相模大野 小田急が分岐する相模原市南部のターミナル

相模原・相模大野
さがみはら・さがみおおの

日本国神奈川県相模原市南区

神奈川 相模原・相模大野 小田急が分岐する相模原市南部のターミナル

 相模大野(さがみおおの)は、神奈川(かながわ)県の相模原(さがみはら)市にある地区で、小田急電鉄小田原線と江ノ島線の相模大野駅がある。

 相模原市は、JR東日本・横浜線の相模原(さがみはら)駅を中心とする中央(ちゅうおう)区と、JR横浜線・相模線・京王相模原線の橋本(はしもと)駅を中心とする緑(みどり)区、そして小田急の相模大野駅を中心とする南区の3区があり、相模大野駅は南区を代表するターミナル駅として発展している。

 相模原市南区は、東京都町田(まちだ)市と隣接しており、境川(さかいがわ)が東京都町田市と神奈川県相模原市の県境となっている。ここは武蔵国(むさしのくに)と相模国(さがみのくに)の境でもあった。相模大野はかつて、高座(こうざ)郡の大野(おおの)村で、昭和16年(1941年)に高座郡相模原町の一部となり、昭和29年(1954年)に相模原町が相模原市となった。

 町の規模としては町田のほうが大きく、町田駅は小田急を代表するターミナル駅の一つであるが、相模大野駅も小田急小田原線と江ノ島線が分岐する交通の拠点であり、急行や快速急行も停車するほか、特急ロマンスカー「えのしま」「あさぎり」、一部の「はこね」「さがみ」なども停車し、町田と相模大野は境川を挟んで双子都市のようになっている。相模大野駅は2面6線で、中間が通過線となっており、「はこね」などの特急ロマンスカーが通過していく。また、駅の南西側には小田急相模大野工場や車両基地が広がっている。

 相模大野駅は、昭和13年(1938年)に陸軍通信学校の最寄り駅として通信学校駅の名で開設され、戦時中の昭和16年(1941年)に相模大野駅に改称された。陸軍通信学校は戦後、相模女子大学や相模原市立大野南中学校、神奈川県立神奈川総合産業高校の敷地になった。相模大野駅の北西側には戦後、相模原陸軍病院がアメリカ陸軍医療センターとなっていたが、昭和56年(1981年)に返還され、その跡地が再開発されて「伊勢丹」相模原店、グリーンホール相模大野(相模女子大学グリーンホール)、ロビーシティ相模大野、相模大野中央公園などになった。

 相模大野駅の駅ビルは、商業施設の「相模大野ステーションスクエア」となっており、A館とB館がある。同ビルには「小田急ホテルセンチュリー相模大野」も入っている。相模大野駅北口は、ペデストリアンデッキで隣接する商業施設「相模大野モアーズ」や「ボーノ相模大野」と結ばれており、北口から伊勢丹相模原店へはアーケードのコリドー通り商店街が続いている。

相模原・相模大野エリアの主な駅

相模大野 / さがみおおの 駅
小田急電鉄 小田原線、江ノ島線

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小田急・相模大野駅

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小田急・相模大野駅に停車する特急ロマンスカー

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相模大野駅前のコリドー通り

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ボーノ相模大野

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千葉・佐倉 佐倉城と山万が開発したユーカリが丘

佐倉
さくら

日本国千葉県佐倉市

千葉・佐倉 佐倉城と山万が開発したユーカリが丘

 佐倉(さくら)市は、千葉(ちば)県中部にある人口約17万人の市。南が千葉市若葉(わかば)区、四街道(よつかいどう)市、西が八千代(やちよ)市、北が印西(いんざい)市、東が印旛(いんば)郡の酒々井(しすい)町、八街(やちまた)市と接している。

 佐倉市は、印旛沼(いんばぬま)の南に位置し、古代から人が生活し、考古学的に非常に重要な古代の遺跡が出土している。戦国時代には、下総国(しもうさのくに)の千葉氏が本佐倉城(現・酒々井町)を拠点とし、千葉親胤(ちば ちかたね)氏が鹿島城(佐倉城)を建てようとしたが建設途上で暗殺され、後に佐倉千葉氏は滅ぼされ、江戸時代に入ると土井利勝(どい としかつ)が佐倉城を築城し、その後、佐倉藩は堀田(ほった)氏により統治され、幕末の堀田正睦(ほった まさよし)佐倉藩5代目藩主は蘭学を積極的に奨励し、医師の佐藤泰然(さとう たいぜん)氏に佐倉順天堂を開かせて後の順天堂大学につながった。

 明治時代に入ると、廃藩置県で明治4年(1871年)に佐倉藩から佐倉県が置かれ、下総国の各県が統合されて印旛県に改められ、明治6年(1873年)に上総国と安房国の木更津(きさらづ)県と統合して千葉県となった。佐倉市は戦後の昭和29年(1954年)に佐倉町、臼井(うすい)町、志津村、根郷村、和田村、弥冨村が合併して発足した。

 佐倉市内には、JR東日本・総武本線と成田線の佐倉駅と、京成電鉄・京成本線の志津(しづ)、ユーカリが丘(ユーカリがおか)、京成臼井(けいせい うすい)、京成佐倉(けいせい さくら)、大佐倉(おおさくら)の各駅、さらに山万(やままん)ユーカリが丘線のユーカリが丘、地区センター(ちくセンター)、公園(こうえん)、女子大(じょしだい)、中学校(ちゅうがっこう)、井野(いの)の各駅がある。

 佐倉市役所の最寄り駅は京成佐倉駅で、佐倉市の中心部にある京成佐倉駅は2面4線のホームがあり、快速や特急が停車するほか、「モーニングライナー」や「イブニングライナー」が停車し、やや遠い東京方面への着席通勤の需要に応えている。京成佐倉駅の西約1キロのところに佐倉城址があり、ここに昭和56年(1981年)に「国立歴史民俗博物館」が開館し、考古学、歴史学、民俗学の研究の拠点となっている。

 JR佐倉駅は、京成佐倉駅の約2キロ南にあり、佐倉市の市街地の南端に位置する。八街(やちまた)、成東(なるとう)、銚子(ちょうし)方面に向かう総武本線と、成田(なりた)、成田空港、香取(かとり)方面へ向かう成田線が分岐する駅となっており、総武本線経由で東京~銚子を結ぶ特急「しおさい」や、朝夜の特急「成田エクスプレス」の一部が停車する。

 京成臼井駅は、千葉県白井市にある北総線・京成成田スカイアクセスの白井(しろい)駅と区別するために、ひらがなで「うすい駅」と表記されることが多い。

 ユーカリが丘は、不動産業者の「山万」(やままん)が1970年代に開発したニュータウンで、昭和57年(1982年)に京成本線のユーカリが丘駅が開設され、これに合わせて新交通システムの山万・ユーカリが丘線が開業し、ユーカリが丘駅を起点に地区センター、公園から右回りに女子大、中学校、井野と回って公園で再合流してユーカリが丘駅まで戻るラケット状の路線がニュータウン内の交通として形成された。

 地区センター駅は、「イオンタウンユーカリが丘」と直結しており、高層マンションと一体化した山万の街づくりが新鮮だ。公園駅は「ユーカリが丘南公園」の最寄り駅。中学校駅は井野中学校の最寄り駅であるが、女子大駅は、和洋女子大学が移転することを見越して駅名が付けられたが、結局、女子大の移転は実現せず、和洋女子大学佐倉セミナーハウスがあるだけ。ちゃんと大学誘致に成功していたなら、山万ユーカリが丘線の利用客も激増していたと思われるので残念だ。でも周辺はまだ農地が広がり、開発のための土地が余っているようなので、新規に郊外移転を希望する大学を誘致するのもニュータウンの若返りと活性化につながると思うので、ぜひ実現してほしい。

佐倉エリアの主な駅

京成佐倉 / けいせいさくら 駅
京成電鉄 京成本線

佐倉 / さくら 駅
JR東日本 総武本線、成田線

ユーカリが丘 / ユーカリがおか 駅
京成電鉄 京成本線
山万 ユーカリが丘線

地区センター / ちくセンター 駅
山万 ユーカリが丘線

公園 / こうえん 駅
山万 ユーカリが丘線

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京成本線・京成佐倉駅

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佐倉城址に開設された国立歴史民俗博物館

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佐倉城址

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JR佐倉駅

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京成・ユーカリが丘駅

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山万・ユーカリが丘駅

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ユーカリが丘駅前

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山万ユーカリが丘線・地区センター駅

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山万・地区センター駅前から見たユーカリが丘の高層マンション群

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高層マンションとショッピングセンターが一体化したユーカリが丘の街づくり

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山万ユーカリが丘線・公園駅

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山万ユーカリが丘線・公園駅

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山万ユーカリが丘線・公園駅

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神奈川 横浜・南太田 通過待ちする京急電車と常照寺と大岡川

横浜・南太田
よこはま・みなみおおた

日本国神奈川県横浜市南区

神奈川 横浜・南太田 通過待ちする京急電車と常照寺と大岡川

 南太田(みなみおおた)は、横浜(よこはま)市の南(みなみ)区にある地区で、京浜急行電鉄(京急)本線の南太田駅がある。

 南太田駅は、外側にホームがあり、4本の線路が並ぶいわゆる新幹線タイプの駅で、普通電車のみが停車し、エアポート急行、特急、快特などの通過待ちを行う。

 南太田駅の北側にある西中山常照寺の門は、駅南口前にある。南口の門から高架下の参道を歩き、階段を上ると仁王門があり、さらに上ると常照寺の本堂がある。明治元年(1868年)に中山法華経寺の慈教院日修上人により開基。説教所として創建され、明治12年(1880年)に「常照寺」となった。南太田駅の立体構造物とうまく共存しているところが興味深い。

 南太田駅から南に歩いていくと大岡川が流れている。この河川敷は春になると桜並木が満開となり、横浜を代表する桜の名所である。特にここから弘明寺(ぐみょうじ)にかけてが美しい。

 大岡川がS字状に曲がっているところに首都高速神奈川3号狩場線の高架道路が覆いかぶさっており、花之木出入口がある。川の南側は蒔田公園が広がっている。その東には鎌倉街道(県道21号線)と横須賀街道(国道16号線)が交わる交差点があり、その地下に横浜市営地下鉄ブルーラインの吉野町(よしのちょう)駅がある。

横浜・南太田エリアの主な駅

南太田 / みなみおおた 駅
京浜急行電鉄 京急本線

吉野町 / よしのちょう 駅
横浜市営地下鉄 ブルーライン

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通過電車を待つ京急本線・南太田駅

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京急本線・南太田駅

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南太田駅南口にある常照寺の門

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高架下の参道

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常照寺の仁王門

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常照寺

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南太田駅近くを流れる大岡川

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大岡川と首都高速神奈川3号狩場線

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吉野町駅前の交差点

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横浜地下鉄ブルーライン・吉野町駅


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神奈川・藤沢 湘南地方の中心都市

藤沢
ふじさわ

日本国神奈川県藤沢市

神奈川・藤沢 湘南地方の中心都市

 藤沢(ふじさわ)市は、神奈川(かながわ)県中南部の湘南(しょうなん)地方にある人口約43万人の市。東が鎌倉(かまくら)市と横浜(よこはま)市の戸塚(とつか)区、泉(いずみ)区、北が大和(やまと)市と綾瀬(あやせ)市、西が高座(こうざ)郡の寒川(さむかわ)町、茅ヶ崎(ちがさき)市とそれぞれ接しており、南には相模湾(さがみわん)が広がっている。

 藤沢市は、神奈川県内で横浜市、川崎(かわさき)市、相模原(さがみはら)市に次ぐ第4の人口を持つ都市であり、平成の大合併では、藤沢市と茅ヶ崎市、平塚(ひらつか)市、高座郡寒川町、中(なか)郡の大磯(おおいそ)町、二宮(にのみや)町を合併して人口100万人を上回る「湘南市」にする合併構想があった。もし実現していれば、相模原市の人口を抜いて神奈川県第3の都市となるはずだったが、茅ヶ崎市や平塚市で合併反対の声が強く、結局実現しなかった。

 とはいえ藤沢市は、湘南地方の中心都市として最も人口が多く、市域もいくつかの地区に分かれ、中心部の藤沢地区、市南部の海岸の江の島(えのしま)地区、市西部の辻堂(つじどう)地区、市北部のニュータウンの湘南台(しょうなんだい)地区に分かれる。江の島地区には江の島(えのしま)や片瀬(かたせ)海岸、鵠沼(くげぬま)海岸などの観光、レジャースポットも多い。

 藤沢市には、JR東日本の東海道本線、小田急電鉄の江ノ島線、江ノ島電鉄(江ノ電)、湘南モノレール、相模鉄道(相鉄)いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーラインが走っており、JR東海道本線の藤沢駅と辻堂駅、小田急江ノ島線の片瀬江ノ島(かたせ えのしま)、鵠沼海岸(くげぬまかいがん)、本鵠沼(ほんくげぬま)、藤沢、藤沢本町(ふじさわほんまち)、善行(ぜんぎょう)、六会日大前(むつあい にちだいまえ)、湘南台、長後(ちょうご)の各駅、江ノ電の藤沢、石上(いしがみ)、柳小路(やなぎこうじ)、鵠沼(くげぬま)、湘南海岸公園(しょうなんかいがんこうえん)、江ノ島の各駅、湘南モノレールの湘南江の島(しょうなん えのしま)駅と目白山下(めじろ やました)駅、相鉄いずみ野線と横浜地下鉄ブルーラインの湘南台駅がある。

 藤沢市の中心駅である藤沢駅は、JR東海道本線と小田急江ノ島線と江ノ電が乗り入れるターミナル駅。東海道線の藤沢駅は明治20年(1887年)の開業で、非常に歴史が古い。江戸時代より東海道の宿場町として発展した藤沢の中心地は、藤沢駅の約1キロ北にあり、旧市街地からは離れていたが、その後、明治35年(1902年)に江ノ電の藤沢~片瀬(現・江ノ島)が開業し、さらに昭和4年(1929年)に小田急江ノ島線の藤沢駅が東海道線の南側に開設され、駅前には商業施設が集まるようになり、さらに藤沢市役所庁舎も藤沢駅前に開設されて藤沢市の行政の中心地にもなった。

 JR藤沢駅は、東海道本線が横浜、東京(とうきょう)方面を最速で結んでおり、横浜だけでなく東京都心への通勤客も多く利用する。山手線の渋谷(しぶや)、新宿(しんじゅく)方面を結ぶ湘南新宿ラインも運行されている。通勤時間帯には、横浜駅をあえて通らず東京方面をダイレクトに結ぶ東海道貨物線経由の「湘南ライナー」(小田原~藤沢~東京)、「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」(小田原~藤沢~新宿)も運行されている。

 JR藤沢駅の売店「キオスク」は、湘南電車と呼ばれた緑とオレンジの80系電車を模したデザインとなっている。この湘南電車の緑とオレンジは、東海道本線および湘南新宿ラインを走る最新の電車のカラーラインとして現在まで伝統が受け継がれている。東海道本線は、藤沢から西へは、辻堂、茅ヶ崎、平塚、小田原(おだわら)、熱海(あたみ)方面へ最大15両の電車が走り、神奈川県の大動脈となっている。東海道線はいつも混雑しているが、普通電車でも2階建てグリーン車を2両連結しており、ゆったり座りたいニーズに応えている。

 小田急藤沢駅は、2面3線の行き止まりホームとなっていて、片瀬江ノ島~藤沢~相模大野を結ぶ電車は同駅で運転方向が変わる。江ノ島線は、藤沢から相模大野へ、藤沢市、大和市、相模原市と神奈川県南北を結ぶ地域輸送を担っているほか、急行や快速急行も運行されており、相模大野から小田急小田原線に直通して、新宿方面を結んでおり、JR湘南新宿ラインとのライバル路線となっている。小田急は特急ロマンスカー「えのしま」が片瀬江ノ島~藤沢~新宿を、「ホームウェイ」が夕方に新宿から藤沢方面へと運行されており、ゆったりと着席できる魅力的な特急電車で沿線価値を高めており、江の島への観光客や沿線のビジネス客のニーズをつかんでいる。

 江ノ電は、藤沢駅南口の小田急百貨店の2階に2面1線のホームがあり、江ノ島を経由して鎌倉(かまくら)まで結んでいる。休日や行楽シーズンは混雑が激しいが、江ノ島へ向かう場合は、小田急とルートが重なっていることから、藤沢からのほうが比較的すいている。最大4両の小さな電車が路地裏を走る風景が観光客にも愛されており、地域輸送を担うと同時に観光鉄道の要素も大きい。

 藤沢駅周辺は、南口に小田急百貨店、藤沢OPA、北口に藤沢ルミネプラザ、さいか屋、ビックカメラなどの商業施設が集まり、駅周辺はいつも乗り換え客や買い物客でにぎわっている。
 
藤沢エリアの主な駅

藤沢 / ふじさわ 駅
JR東日本 東海道本線
小田急電鉄 江ノ島線
江ノ島電鉄 江ノ島電鉄線

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2階建てグリーン車を連結している東海道線電車

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湘南電車がデザインされた藤沢駅の売店キヨスク

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小田急江ノ島線・藤沢駅

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行き止まりの小田急・藤沢駅

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藤沢駅南口の小田急百貨店

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江ノ電・藤沢駅 

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千葉・鎌ケ谷 鎌ケ谷大仏と初富開墾地、北総と成田へのアクセスルート

鎌ケ谷
かまがや

日本国千葉県鎌ケ谷市

千葉・鎌ケ谷 鎌ケ谷大仏と初富開墾地、北総と成田へのアクセスルート

 鎌ケ谷(かまがや)市は、千葉(ちば)県北西部の東葛(とうかつ)地方にある人口約11万人の市。

 北が柏(かしわ)市、西が松戸(まつど)市と市川(いちかわ)市、南が船橋(ふなばし)市、東が白井(しろい)市と接している。

 鎌ケ谷は、木下街道の鎌ケ谷宿の宿場町として町が形成され、江戸時代の1776年(安永5年)に、福田文右エ門によって鎌ケ谷大仏が建立された。この大仏は高さ1.8m、台座を入れても2.3mであり、奈良や鎌倉の大仏と比べると小さいが、鎌ケ谷のシンボルとなっている。

 明治時代になると、下総国(しもうさのくに)の徳川幕府放牧地だった小金牧(こがねまき)および佐倉牧(さくらまき)の開墾が進められ、その第一弾として明治2年(1869年)に「初富」(はつとみ)と命名された小金牧の開墾村に入植がはじまった。小金牧の開墾村は、二和(ふたわ)、三咲(みさき)、豊四季(とよしき)、五香(ごこう)、六実(むつみ)と続いた。このうち、二和と三咲は現在の船橋市、豊四季は柏市、五香と六実は松戸市にあり、新京成線や東武野田線の駅名をたどって探すこともできる。

 この開墾事業は江戸(東京)の貧民対策の一環として明治新政府が実施した政策であったが、結局その後、東京に戻る者が多く、開墾はあまりうまく定着しなかったようだ。明治22年(1889年)に鎌ケ谷村、初富村など6村が合併し、新しい鎌ケ谷村が発足した。鎌ケ谷村には、貨物の輸送のため、市川の中山(なかやま)まで、木下街道沿いに東葛人車鉄道が敷かれたが、大正6年(1917年)に廃止された。

 鎌ケ谷の人口増加のきっかけとなったのは、大正12年(1923年)に北総鉄道船橋線(現・東武鉄道野田線)が開業し、鎌ケ谷駅が開設された。これにより、船橋や柏方面が鉄道で結ばれた。このほか、小金牧の台地の分水嶺に沿って昭和初期に陸軍鉄道連隊演習線が津田沼(つだぬま)~松戸に建設されたが、戦後にこの路線が京成電鉄に払い下げられ、新京成電鉄・新京成線として旅客化され、津田沼方面から徐々に伸ばされ、昭和24年(1949年)に鎌ケ谷大仏(かまがやだいぶつ)駅まで開業。同年に鎌ケ谷大仏~鎌ケ谷初富(現・初富)が延伸された。そして、昭和30年(1955年)に初富~松戸が延伸されて全通した。この両路線の開業により、沿線開発が進み、鎌ケ谷の人口は急速に増加し、昭和33年(1958年)に鎌ケ谷町に、昭和46年(1971年)に鎌ケ谷市となった。

 鎌ケ谷市には、東武鉄道・野田線(東武アーバンパークライン)の鎌ケ谷駅と新鎌ケ谷(しんかまがや)駅、新京成電鉄・新京成線の鎌ケ谷大仏、初富、新鎌ケ谷、北初富(きたはつとみ)、くぬぎ山(くぬぎやま)の各駅、北総鉄道北総線・京成電鉄成田スカイアクセスの新鎌ケ谷駅があり、新鎌ケ谷駅で各路線との乗り換えができる。

 東武野田線と新京成線は、もともと市内に連絡する駅がなく、東武・鎌ケ谷駅と新京成・初富駅の間が徒歩約10分を要していた。千葉ニュータウン開発のため建設された北総鉄道が昭和54年(1979年)に北初富~小室(こむろ)が開業した際、北総鉄道は暫定的に北初富駅から新京成線の松戸駅まで乗り入れ、そこから国鉄常磐線に乗り換えることによって東京都心へのアクセスとしていた。北総鉄道は平成3年(1991年)に新鎌ケ谷(新京成との接続点)~京成高砂(けいせい たかさご)が開業し、京成高砂から京成押上線、東京都営地下鉄・浅草線方面に直通運転を開始し、平成4年(1992年)に新京成・松戸駅方面への直通運転を取りやめた。これに合わせて北総線と新京成線の乗り換え駅として開設されたのが新鎌ケ谷駅であった。

 東武野田線は、新鎌ケ谷駅のすぐそばを南北に通っていたが、駅が設置されていなかった。そこで駅設置を求める住民の声が高まり、平成11年(1999年)に新鎌ケ谷駅が開設され、乗り換えの利便性が大幅に向上した。

 さらに平成22年(2010年)に北総線は、京成成田空港線(成田スカイアクセス)の一部に組み込まれ、新鎌ケ谷駅は東京都心から成田スカイアクセス経由で成田空港を結ぶ「アクセス特急」の停車駅となった。北総線の新鎌ケ谷駅のホームは2面4線の高架駅で、北総線普通電車とアクセス特急の緩急接続が行われ、都心にも、千葉ニュータウンにも、成田空港にも非常に便利な立地として注目されるようになった。また、隣接して新京成線の高架化工事も進められており、平成31年(2019年)に完成予定である。新京成線は、津田沼から京成千葉線に直通運転しており、千葉市の千葉中央(ちばちゅうおう)まで乗り換えなしで行くことができる。

 新鎌ケ谷駅周辺には、鎌ケ谷市役所や、イオン鎌ケ谷ショッピングセンター、アクロスモール新鎌ケ谷などの大型商業施設も充実しており、発展を続けている。

 新京成線くぬぎ山駅の北側には松戸市の五香六実にまたがって陸上自衛隊松戸駐屯地があり、新京成線の前身が陸軍鉄道連隊演習線であった歴史を感じさせる。

鎌ケ谷エリアの主な駅

新鎌ヶ谷 / しんかまがや 駅
北総鉄道 北総線(成田スカイアクセス)
京成電鉄 成田空港線(成田スカイアクセス)
新京成電鉄 新京成線
東武鉄道 野田線(アーバンパークライン)

鎌ヶ谷 / かまがや 駅
東武鉄道 野田線(アーバンパークライン)

初富 / はつとみ 駅
新京成電鉄 新京成線

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北総線成田スカイアクセス・新鎌ケ谷駅

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北総線成田スカイアクセス・新鎌ケ谷駅

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北総線・新鎌ケ谷駅に停車する京成アクセス特急

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新京成線・新鎌ケ谷駅

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東武野田線・新鎌ケ谷駅

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新鎌ケ谷駅前のアクロスモール新鎌ケ谷

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イオン新鎌ケ谷

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テーマ : 千葉県
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神奈川 横浜・西谷 JR東急直通線がつながる相鉄西谷駅

横浜・西谷
よこはま・にしや

日本国神奈川県横浜市保土ケ谷区

神奈川 横浜・西谷 JR東急直通線がつながる相鉄西谷駅

 西谷(にしや)は、横浜(よこはま)市の保土ケ谷(ほどがや)区にある地区で、相模鉄道・相鉄本線の西谷駅がある。

 西谷駅のホームの真上を東海道新幹線が横切っており、ホームに新幹線の橋脚が立っており、ホーム上から高速で走る新幹線の姿も見える。西谷駅は特急、急行、快速などは通過し、各停のみ停車する駅であるが、もともと2面4線のホームで、各停が通過列車の待避を行っていた。西谷駅からは、横浜市の東西を貫通する相鉄の新線計画があり、その工事にともない、外側の2線が新線工事のために使用を中止しており、本線は内側2線のみの使用となっている。

 相鉄は西谷駅から約3キロ東の羽沢(はざわ)駅へ地下新線を建設し、JR東日本・東海道貨物線とつないで湘南新宿ラインの渋谷(しぶや)、新宿(しんじゅく)方面へ直通する相鉄JR直通線を建設中で、平成31年(2019年)の完成を目指して工事が進められている。さらに、羽沢から約4キロ北東の新横浜(しんよこはま)駅までほぼ東海道新幹線に沿って地下新線を建設し、東急電鉄が目黒線を延長する形で日吉(ひよし)~新横浜に建設する新線とつなげる相鉄東急直通線が平成34年(2022年)に完成する予定である。相鉄東急直通線については、目黒線の目黒(めぐろ)駅のほか、東横線の渋谷や、東京都営地下鉄三田線や東京メトロ南北線への直通運転も行われる予定となっている。

 相鉄JR直通線および相鉄東急直通線が完成すると、相鉄沿線から横浜駅を経由せずに直接東京都心に向かうことが可能となり、横浜駅の混雑緩和のほか、東京方面への通勤の大幅なスピードアップとなる。また、新横浜駅とつながることにより、東海道新幹線の利用が非常に便利となる。これらの路線が開業すれば、相鉄沿線の人口増加も期待され相鉄の輸送量も飛躍的に伸びるだろうから、相鉄の社運を賭けたともいえる横浜市西部のヒトの流れを変えうる一大プロジェクトだ。西谷駅はそのスタート地点であり、この工事風景から未来の想像がいろいろふくらむ。

横浜・西谷エリアの主な駅

西谷 / にしや 駅
相模鉄道 相鉄本線

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西谷駅を通過する相鉄特急

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西谷駅の真上を走る東海道新幹線

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工事が進む相鉄JR東急直通線

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工事が進む相鉄JR東急直通線

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神奈川・厚木 相模川の西の小田急のまち「本厚木」

厚木
あつぎ

日本国神奈川県厚木市

神奈川・厚木 相模川の西の小田急のまち「本厚木」

 厚木(あつぎ)市は、神奈川(かながわ)県の中部にある人口約23万人の市。東が相模原(さがみはら)市、座間(ざま)市、海老名(えびな)市、南が平塚(ひらつか)市、伊勢原(いせはら)市、西が愛甲(あいこう)郡の清川(きよかわ)村、北が愛甲郡愛川(あいかわ)町と接している。

 厚木は、伊勢原の阿夫利(あふり)神社への大山(おおやま)詣の大山街道が通り、さらに海側の平塚(ひらつか)から山側の津久井(つくい)へ相模川の西を通る街道が交差する交通の要衝として発展した。また、相模川(さがみがわ)の水運も利用された。

 厚木は、明治時代に愛甲(あいこう)郡の厚木町となり、愛甲郡の郡役所が置かれていた。厚木町は昭和30年(1955年)に愛甲郡の小鮎(こあゆ)村、玉川(たまがわ)村、南毛利(なんもうり)村、睦合(むつあい)村と合併して厚木市となった。

 愛甲郡の中心都市だった厚木は、神奈川県中部の主要都市であり、厚木の市街地は相模川の西側にあったが、大正15年(1926年)に相模川の東の海老名(えびな)側に神中鉄道(現・相模鉄道本線)と相模鉄道(現・JR相模線)が開業した際に厚木(あつぎ)駅が開設された。厚木駅は、厚木町ではなく、相模川東岸の海老名側にあったにもかかわらず、当時は厚木が中心都市だったため、厚木町への最寄り駅ということで命名されたのだった。つまり、当時は厚木は神奈川県中部の広域名称としても通用していたことがわかる。米軍厚木基地や日本海上自衛隊・厚木航空基地も厚木市ではなく、海老名よりさらに東の綾瀬(あやせ)市にある。

 その後、昭和2年(1927年)に小田原急行鉄道(小田急)小田原線が開業し、相模川を渡って厚木町に乗り入れるようになり、厚木町に相模厚木(さがみ あつぎ)駅が開設された。厚木の中心部への乗り入れを望んでいた神中鉄道は、昭和16年(1941年)に海老名駅から小田急に直通して相模厚木駅への乗り入れを果たした。

 厚木町になり厚木駅に対し、小田急の相模厚木駅は、ホンモノの厚木にある駅であることを強調するために、昭和19年(1944年)に本厚木(ほんあつぎ)駅に改称された。以来、本厚木駅が厚木の中心駅としての地位を確立したのだが、駅名変更についてはなぜ戦時中にわざわざ不要不急の改名をという疑問が湧くが、それは昭和18年(1943年)に相模鉄道と神中鉄道が合併して相模鉄道となり、翌昭和19年(1944年)に旧・相模鉄道の区間が国有化されて国鉄相模線となり、旧・神中鉄道が相模鉄道となったからで、小田急の区間である相模厚木駅が相模鉄道と区別するために本厚木駅に改称されたのだろう。同時に厚木駅に隣接していた海老名の河原口駅が厚木駅と改称されて国鉄相模線との乗換駅となった。

 本厚木駅は、東京まで約1時間で行けることから、東京への通勤圏内であり、小田急を利用して東京まで通勤する人が多い。本厚木駅は2面4線の高架駅で、特急ロマンスカー「ホームウェイ」、「さがみ」「あさぎり」などが停まり、「はこね」も多くが停車し、新宿方面からの普通電車のほとんどが本厚木で折り返し、小田原直通の急行や快速急行が本厚木から小田原寄りの新松田(しんまつだ)まで各駅に停車している。

 本厚木駅は駅ビルが商業施設「本厚木ミロード1」となっている。本厚木駅は、他線との乗り換えや分岐がないにもかかわらず乗降客数が非常に多く、いつも駅前はにぎわっている。駅から北へ商店街が伸びており、飲食店が集まっている。本厚木駅の北東約300mのところに厚木バスセンターがあり、神奈川工科大学、東京工科大学、広沢寺温泉、内陸工業団地などの方面へのバスが発着している。また、周辺には厚木市立中央図書館、厚木市子ども科学館がある「厚木シティプラザ」や、「イオン厚木店」、「アミューあつぎ」などの商業施設が集まっている。

 本厚木駅から一つ小田原寄りの愛甲石田(あいこう いしだ)駅は、伊勢原市との境にあり、愛甲が厚木市側、石田が伊勢原市側の地名で、二つ合わせた駅名となった。普通電車はほとんどが本厚木で折り返しているが、愛甲石田駅は約10分間隔で新宿直通の急行や快速急行が停車するので、不便さは感じない。

 このほか、道路交通は、厚木市内に東名高速道路の厚木IC(インターチェンジ)があり、そこから、小田原方面に向かう小田原厚木道路が分岐している。また、相模川の東岸には首都圏中央連絡自動車道(圏央道)が相模川沿いに南北に通り、海老名JCT(ジャンクション)で東名高速道路と連絡している。

厚木エリアの主な駅

本厚木 / ほんあつぎ 駅
小田急電鉄 小田原線

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小田急・本厚木駅

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小田急・本厚木駅ビルの「ミロード1」

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本厚木駅前の「なかちょう通り」

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本厚木駅前の商店街

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厚木バスターミナルと厚木シティプラザ

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「アミューあつぎ」と「イオン厚木店」

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