中国 武漢・武昌 辛亥革命の武昌起義から100年
武汉・武昌
ウーハン・ウーツァン/Wǔhàn・Wǔchāng (中国語/北京語)
中华人民共和国湖北省武汉市武昌区
中華人民共和国湖北省武漢市武昌区
中国 武漢・武昌 辛亥革命の武昌起義から100年
2011年10月10日は、清国の崩壊と中華民国の建国のきっかけとなった「辛亥革命」から100周年。中華民国は、国共内戦によって1949年に「中華人民共和国」が建国されたが、敗れた中国国民党が台湾に逃れた際に「中華民国」政府ごと台湾に移転した。そのような経緯があることから、「中華民国」を引き継ぐ台湾で2010年10月10日には盛大な中華民国建国100周年祝賀式典が開催された。
辛亥革命は満洲人の皇帝が統治する清国を打倒し、共和制国家の「中華民国」を建国した革命で、孫文(孫中山/スン ツォンサン)を中心とする興中会やその後の中国同盟会などによって画策された。当初は「満洲族を駆逐し、中華を回復する」ことを目標とし、孫文は「民族、民権、民生」の「三民主義」を掲げた。
辛亥革命は結果的に成功して清国の崩壊へ導くが、それまでには1895年の第一次広州起義、1900年の恵州起義、1907年の黄岡起義、黄花崗起義(第2次広州起義)など、幾度も武装蜂起に失敗を繰り返していた。
辛亥革命は湖北省武漢(武汉/ウーハン)の武昌(ウーツァン)で発生した武昌起義(蜂起)から始まった。武昌起義は1911年10月10日に兵士らが決起し、武器庫を襲撃し、決起部隊が湖広総督府を攻撃し、翌10月11日に中華民国湖北軍政府(中華民國軍政府鄂軍都督府)の樹立が宣言された。国号を「中華民国」に変更し、漢民族が住む18省をデザインした「鉄血十八星旗」を軍政府旗(暫定国旗に相当)とした。
その後、武昌起義による中華民国湖北軍政府樹立の成功に呼応した、湖南省、江西省、山西省、雲南省、浙江省、江蘇省、福建省、広西省、広東省、四川省など15省が清国から次々と独立宣言し、11月21日に各省代表が武昌に集合し、12月3日に中華民国臨時政府の組織大綱が可決され、臨時政府を南京(ナンチン)に置くことが決定された。
12月4日に中華民国国旗に、漢(赤)、満洲(黄)、モンゴル(青)、回(白)、チベット(黒)の「五色旗」が採用されることが決定され、陸軍旗に「鉄血十八紅旗」、海軍旗に「青天白日旗」が採用されることになった(青天白日旗は後に中国国民党の党旗となり、中華民国国旗は1928年に青天白日満地紅旗に変更された)。そして、12月下旬に孫文が中華民国臨時大総統に選出され、1912年1月1日に南京で中華民国臨時政府が樹立され、孫文が中華民国臨時大総統に就任した。
武昌は1926年(中華民国15年)に北伐による武漢国民政府が樹立された際に武昌、漢陽(ハンヤン)、漢口(ハンコウ)の3都市が合併して武漢市となり、武昌は武漢市の一部となった。武昌は長江(长江/ツァンチャン)の南岸の武漢市武昌区、青山(チンサン)区、洪山(ホンサン)区、東湖(トンフウ)新技術開発区のエリアに相当し、湖北省政府や、湖北省人民代表大会などがある湖北省の政治の中心地となっている(武漢市政府は漢口の江岸区)。
武昌起義で中華民国湖北軍政府が置かれた建物は「紅楼」(ホンロウ)と呼ばれ、「辛亥革命博物館」(辛亥革命博物馆)となっていたが、辛亥革命100周年を記念して拡張・新築された「辛亥革命博物館」の新館が、2011年10月8日に新たに開館した。
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2011年10月10日は、清国の崩壊と中華民国の建国のきっかけとなった「辛亥革命」から100周年。中華民国は、国共内戦によって1949年に「中華人民共和国」が建国されたが、敗れた中国国民党が台湾に逃れた際に「中華民国」政府ごと台湾に移転した。そのような経緯があることから、「中華民国」を引き継ぐ台湾で2010年10月10日には盛大な中華民国建国100周年祝賀式典が開催された。
辛亥革命は満洲人の皇帝が統治する清国を打倒し、共和制国家の「中華民国」を建国した革命で、孫文(孫中山/スン ツォンサン)を中心とする興中会やその後の中国同盟会などによって画策された。当初は「満洲族を駆逐し、中華を回復する」ことを目標とし、孫文は「民族、民権、民生」の「三民主義」を掲げた。
辛亥革命は結果的に成功して清国の崩壊へ導くが、それまでには1895年の第一次広州起義、1900年の恵州起義、1907年の黄岡起義、黄花崗起義(第2次広州起義)など、幾度も武装蜂起に失敗を繰り返していた。
辛亥革命は湖北省武漢(武汉/ウーハン)の武昌(ウーツァン)で発生した武昌起義(蜂起)から始まった。武昌起義は1911年10月10日に兵士らが決起し、武器庫を襲撃し、決起部隊が湖広総督府を攻撃し、翌10月11日に中華民国湖北軍政府(中華民國軍政府鄂軍都督府)の樹立が宣言された。国号を「中華民国」に変更し、漢民族が住む18省をデザインした「鉄血十八星旗」を軍政府旗(暫定国旗に相当)とした。
その後、武昌起義による中華民国湖北軍政府樹立の成功に呼応した、湖南省、江西省、山西省、雲南省、浙江省、江蘇省、福建省、広西省、広東省、四川省など15省が清国から次々と独立宣言し、11月21日に各省代表が武昌に集合し、12月3日に中華民国臨時政府の組織大綱が可決され、臨時政府を南京(ナンチン)に置くことが決定された。
12月4日に中華民国国旗に、漢(赤)、満洲(黄)、モンゴル(青)、回(白)、チベット(黒)の「五色旗」が採用されることが決定され、陸軍旗に「鉄血十八紅旗」、海軍旗に「青天白日旗」が採用されることになった(青天白日旗は後に中国国民党の党旗となり、中華民国国旗は1928年に青天白日満地紅旗に変更された)。そして、12月下旬に孫文が中華民国臨時大総統に選出され、1912年1月1日に南京で中華民国臨時政府が樹立され、孫文が中華民国臨時大総統に就任した。
武昌は1926年(中華民国15年)に北伐による武漢国民政府が樹立された際に武昌、漢陽(ハンヤン)、漢口(ハンコウ)の3都市が合併して武漢市となり、武昌は武漢市の一部となった。武昌は長江(长江/ツァンチャン)の南岸の武漢市武昌区、青山(チンサン)区、洪山(ホンサン)区、東湖(トンフウ)新技術開発区のエリアに相当し、湖北省政府や、湖北省人民代表大会などがある湖北省の政治の中心地となっている(武漢市政府は漢口の江岸区)。
武昌起義で中華民国湖北軍政府が置かれた建物は「紅楼」(ホンロウ)と呼ばれ、「辛亥革命博物館」(辛亥革命博物馆)となっていたが、辛亥革命100周年を記念して拡張・新築された「辛亥革命博物館」の新館が、2011年10月8日に新たに開館した。
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