福井ふくい
日本国福井県福井市
福井 福井城に建つ福井県庁、先行建設された北陸新幹線福井駅
福井(ふくい)市は、福井県の県庁所在地で、福井県嶺北地方にある人口約27万人の都市。
福井県は旧国名の越前国(えちぜんのくに)と若狭国(わかさのくに)から構成され、現在、越前が嶺北(れいほく)地方、若狭が嶺南(れいなん)地方と呼ばれている。厳密に言えば、現在の嶺北と嶺南の境は、JRの北陸トンネルや北陸自動車道が通る山中峠、木ノ芽峠などを境としており、峠の南側に位置する敦賀(つるが)市はかつては越前国に属したが現在は嶺南地方の中心都市となっている。
嶺南地方は滋賀県や京都府と接し、近畿地方との交流が深いが、一方福井市のある嶺北地方は石川県など北陸地方との結びつきが強い。嶺南地方は原子力発電所がいくつも集中し、関西地方の京阪神地区への電力供給地となっている。
福井は古くは北ノ庄という町で、1575年(天正3年)に柴田勝家(しばた かついえ)によって北ノ庄城が築城された。その後、1583年(天正11年)の賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで柴田勝家が羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、江戸時代に入ると1601年(慶長6年)に北ノ庄城が徳川家康(とくがわ いえやす)の次男である結城秀康(ゆうき ひでやす)によって改修され、その後、越前松平氏の居城となった。北ノ庄藩3代目藩主の松平忠昌(まつだいら ただまさ)は「北ノ庄」が「敗北」につながるとして「福居」(ふくい)と改名し、さらに「福井」(ふくい)と改めた。
福井城は明治4年(1971年)に廃城となったが、現在も石垣などの遺構が残り、城址は福井県庁としていまも福井県の行政の中心として機能している。どうせなら県庁をお城みたいな建築にすれば観光名所になりそうだが、四角いビルなのが残念だ。そのほか城址には福井県議会議事堂や福井県警察本部などの公的施設がある。
福井県庁の裏側には福井城の遺構が保存されていて、「福井」の地名の由来となった井戸や、昭和23年(1948年)の福井地震で崩れた控天守台の石垣もそのままの状態で保存されている。
JR西日本の福井駅は、福井城の南東側にあり、北陸本線と越美北線(九頭竜線)が海苔れている。北陸本線は、主に敦賀(つるが)や金沢(かなざわ)を結ぶ普通電車や、大阪~福井~金沢~富山(とやま)を結ぶ特急「サンダーバード」、名古屋~米原~福井~金沢~富山を結ぶ特急「しらさぎ」が発着している。大阪方面の特急「サンダーバード」は、もともと特急「雷鳥」であったものが新型車両導入時に直訳英語の「サンダーバード」となり、それから「雷鳥」と「サンダーバード」が共存していたが、国鉄タイプの旧型特急車両が引退して特急「雷鳥」が平成23年(2011年)に廃止されてしまった。雷鳥は富山の立山連峰に生息する鳥で北陸本線を走る特急名称としてふさわしいが、「サンダーバード」(Thunderbird)はネイティブアメリカン(アメリカ先住民)の伝説の鳥で北陸とまったく関係がなく、しかも雷鳥の英語訳としても不正確な和製英語である。だから特急「サンダーバード」はすみやかに特急「雷鳥」に戻したほうがよいと強く思う。
越美北線はその名の通り、越前(福井県)から美濃(岐阜県)を結ぶ路線として国鉄時代に建設が進められ、福井側から越美北線、岐阜(美濃太田)側から越美南線として徐々に路線を伸ばしてきた。越美南線は昭和47年(1972年)に福井県大野(おおの)市の九頭竜湖(くずりゅうこ)まで延伸したが、結局、越美北線と越美南線がつながることはなく、越美南線は第3セクターの長良川鉄道に移管された。このため、越美北線は九頭竜線という愛称で呼ばれている。同線は福井駅から一つ南の越前花堂(えちぜん はなんどう)駅から北陸本線と分岐する。
福井駅は平成10年(1998年)から高架化工事が始まり、平成17年(2005年)に高架化が完成した。また、この高架化計画に合わせて、東京からの交通が不便な福井県の悲願である北陸新幹線の福井駅が東口に先行着工され、平成21年(2009年)に駅北側の構造物が完成した。
北陸新幹線については、平成24年(2012年)現在、東京(とうきょう)~長野(ながの)が営業中で、長野~富山~金沢(かなざわ)が平成26年(2014年)に開業予定で工事が進められている。北陸新幹線の誘致を進めていた石川県では、金沢駅の高架化後、北陸新幹線の金沢駅の構造物を先に建設して既成事実化し、北陸新幹線着工にこぎつけた。福井駅もこれに倣って、在来線の高架化の際に北陸新幹線の福井駅の構造物を建設した。これが功を奏したのかわからないが、平成23年末に北陸新幹線の金沢~福井~敦賀の建設が認可されることになった。北陸新幹線の福井駅が開業するのは10年以上先の話となるが、それまでの間、えちぜん鉄道の福井駅として活用されることになっている。平成24年1月現在、えちぜん鉄道は地平の仮ホームを使用していて、まだ高架ホームに移る気配はない。
北陸新幹線の福井駅が開業した際にはえちぜん鉄道が現在来線の福井駅ホームに乗り入れる計画となっているようで、北陸新幹線が福井駅まで先行開業した場合には、九州新幹線の新八代駅のように同一ホームでリレー特急(在来線特急)に乗り換えられるようになるようだ。ただ、敦賀まで着工が認められたので、金沢~福井~敦賀の同時開業の可能性も高くなった。
えちぜん鉄道は、三国芦原線と勝山永平寺線があり、もともと京福電気鉄道によって運行されていた。京福電気鉄道は京都と福井で鉄道を運行する鉄道会社であったが、平成12年(2000年)と平成13年(2001年)に連続で正面衝突事故を起こしてしまい、全線運行休止となり、京福は福井における鉄道経営から撤退し、約2年近くの休止を経て、第3セクターのえちぜん鉄道として復活した。三国芦原線は福井~福井口(ふくいぐち)~田原町(たわらまち)~あわら湯のまち~三国港(みくにみなと)を結ぶ路線で、芦原温泉(あわらおんせん)や東尋坊(とうじんぼう)への観光路線となっている。一方、勝山永平寺線は福井~福井口~永平寺口(えいへいじぐち)~勝山(かつやま)京福時代から廃止の動きがあり、事故によって運行休止となったが、勝山は豪雪地帯であり、冬季にバスが定時運行できないなどの事情があり、廃止されず地方自治体の補助を受けて、えちぜん鉄道として運行が継続されることになった。
福井駅東口には再開発によって「AOSSA」(アオッサ)というビルが建てられ、低層階(1階~3階)が商業施設のアオッサモールとなり、4階~6階が福井市の地域交流プラザ、7~8階が福井県の公益施設となっていて、展望台からは北陸新幹線の福井駅の構造物がよく見える。今後どのように変わっていくか楽しみだ。「AOSSA」は福井弁で「あおっさ」(会おうよ)という意味が込められているようで、ネーミング方法が青森の「アウガ」に似ている。
福井駅西口は、商店街があり、その先に福井鉄道の福井駅前(ふくいえきまえ)駅がある。福井鉄道は福井市中心部は併用軌道の路面鉄道になっているが、郊外では専用軌道で、越前(えちぜん)市の越前武生(えちぜん たけふ)駅まで結んでいる。
福井鉄道は越前武生~市役所前~田原町が福武線の本線となっていて、市役所前~福井駅前がヒゲ線(支線)となっている。但し、運行は越前武生~市役所前~福井駅前~市役所前~田原町というふうになっていて、その逆向きもまた同様である。田原町駅は、えちぜん鉄道の三国芦原線との乗換駅であり、えちぜん鉄道三国芦原線が田原町駅から福井鉄道に乗り入れるライトレール(LRT)化構想もあるようだ。
福井鉄道福武線は、平成18年(2006年)に廃止された名鉄岐阜市内線の路面電車車両が引き渡されて運行されるようになったほか、昭和30年代に製造された電車がいまも走り続けており、鉄道ファンに人気がある。また、急行の運転もある。路線は福井~武生のほとんどの区間でJR北陸本線と並行しているが、駅数や運転本数が福井鉄道のほうが多く、きめ細かい運行でJRに対抗している。
福井市内の福武線が走る路面区間はフェニックス通りと呼ばれるが、それは福井が昭和20年(1945年)のアメリカ軍による空襲と昭和23年(1948年)の福井地震で2度にわたって壊滅的な被害を受けながらも見事に復興を果たした「不死鳥のまち」が由来となっている。
福井エリアの主な駅
福井 / ふくい 駅
JR西日本 北陸本線、越美北線(九頭竜線)
えちぜん鉄道 三国芦原線、勝山永平寺線
福井駅前 / ふくいえきまえ 駅
福井鉄道 福武線
市役所前 / しやくしょまえ 駅
福井鉄道 福武線

福井城址に建つ福井県庁

福井の由来となった「福の井」

福井地震で崩れた控天守台の石垣

高架化前の福井駅

高架化された福井駅

北陸新幹線・福井駅の構造物と、えちぜん鉄道福井駅

高架化工事中の福井駅の様子

福井駅前の商店街

福井鉄道福井駅前電停に停車する元名鉄岐阜市内線の電車

福井鉄道・市役所前駅
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