石川 金沢・武蔵ヶ辻 日本海の海鮮が並ぶ近江町市場

金沢・武蔵ヶ辻
かなざわ・むさしがつじ

日本国石川県金沢市

石川 金沢・武蔵ヶ辻 日本海の海鮮が並ぶ近江町市場

 金沢(かなざわ)市の武蔵ヶ辻(むさしがつじ)と呼ばれるエリアは、金沢市の中心部、JR金沢駅から南東に1キロほどのところにある。

 武蔵ヶ辻は、金沢駅方面、香林坊(こうりんぼう)方面、東山(ひがしやま)方面からの道路が交わる交差点で、現在は、むさし交差点と呼ばれている。

 交差点の南西側は武蔵町(むさしちょう)と呼ばれ、「めいてつ・エムザ」という百貨店がある。

 その対面の南東側には、近江町(おうみちょう)市場が広がっていて、金沢を代表する観光地となっている。近江町市場は江戸時代の1721年(享保6年)から300年近い歴史をもつ。金沢市民の台所として親しまれ、いつも活気がある。特に日本海で獲れたカニなどの海産物や乾物、新鮮な野菜などが並び、観光客にも人気がある。

 近年、老朽化した市場のリニューアルが進み、平成21年(2009年)に「近江いちば館」がオープンした。キャベツが乗ったカツカレーが「金沢カレー」として近年有名になった「カレーのチャンピオン」(チャンカレ)近江町店もある。

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武蔵ヶ辻の近江町いちば館

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近江町いちば館

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近江町市場

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石川・金沢 加賀百万石の古都、北陸新幹線の開業を待つ金沢駅

金沢
かなざわ

日本国石川県金沢市

石川・金沢 加賀百万石の古都、北陸新幹線の開業を待つ金沢駅

 金沢(かなざわ)市は石川(いしかわ)県の県庁所在地で、人口約46万人。加賀国(かがのくに)の中心都市として栄え、江戸時代には加賀藩が置かれ、米がよくとれる豊かな平野が広がっていることから、「加賀百万石」(かが ひゃくまんごく)の都市となった。第二次世界大戦では金沢はアメリカ軍による空襲を受けなかったことから、古い町並みが残る古都としても知られている。

 金沢の地名の由来は、山芋を洗っていた沢で砂金が出たことから「金洗いの沢」と呼ばれるようになり、それが「金沢」となったのだという。

 金沢市は西に野々市(ののいち)市、白山(はくさん)市、北に河北(かほく)郡の内灘(うちなだ)町、津幡(つばた)町、東に富山(とやま)県の小矢部(おやべ)市、南東に南砺(なんと)市と接している。

 金沢市の道路交通は、市街地の北側に北陸自動車道が通り、市内に金沢西IC、金沢東IC、金沢森本ICがある。北陸地方を結ぶ国道8号線も北陸自動車道沿いに市街地を迂回するように走っている。金沢から白山市南部方面を経由して福井県勝山方面を結ぶ国道157号線が市中心部を通っている。

 鉄道は、JR西日本の北陸本線が通り、市内に西金沢(にしかなざわ)、金沢(かなざわ)、東金沢(ひがしかなざわ)、森本(もりもと)の各駅がある。そのほか、市内には北陸鉄道浅野川線と石川線が走っていて、浅野川線は金沢駅から内灘町の内灘駅を結び、石川線は野町(のまち)駅から新西金沢(しんにしかなざわ)駅を経由して白山市の鶴来(つるぎ)駅を結んでいる。北陸鉄道石川線の新西金沢駅とJR北陸本線の西金沢駅が乗り換え駅となっている。

 金沢市の中心駅は金沢駅で、平成2年(1990年)に高架化されたホームは、雪国であることから北海道の札幌駅のように屋根で覆われ、ホームは昼でも薄暗いが、3面7線と非常に大きい駅で、石川県で最も立派なターミナルとなっている。大阪からは特急「サンダーバード」、名古屋からは特急「しらさぎ」、新潟からは特急「北越」、上越新幹線・越後湯沢からは特急「はくたか」が乗り入れている。北陸本線の電車だけでなく、津幡駅から分岐する七尾線の電車も金沢駅に乗り入れており、一部の特急「サンダーバード」「しらさぎ」「はくたか」は七尾線の和倉温泉(わくらおんせん)駅まで直通している。このほか、かつては特急「雷鳥」「白鳥」「加越」「白山」「かがやき」「きらめき」や寝台特急「日本海」「北陸」、急行「能登」「きたぐに」なども発着していた。

 金沢駅は石川県のみならず、北陸地方を代表する都市であるが、東京、大阪、名古屋の3大都市のいずれからも遠く、昭和47年(1972年)に基本計画が決まった北陸新幹線の建設が悲願となっていた。特に東京から金沢へ行く場合、かつては高崎線、信越本線で長野、直江津を経由するルートで、途中に信越本線の難所で機関車連結が必要な碓氷峠があったりと、非常に時間がかかった。上越新幹線が開業すると新潟県の長岡から特急「北越」や速達タイプの特急「かがやき」に乗り継ぐルートふができ、平成9年(1997年)に北越急行ほくほく線が開業すると上越新幹線の越後湯沢駅から特急「はくたか」に乗り継ぐルートでかなり時間が短縮されるようになったが、北陸新幹線の実現には高いハードルがあった。

 北陸新幹線の建設には高い建設費がかかることから、計画の縮小の提案がたびたびなされ、もともと北陸新幹線のルートであった高崎~軽井沢~長野の区間のうち、昭和62年(1987年)に高崎~軽井沢がフル新幹線規格、軽井沢~長野が在来線の線路を標準軌化するミニ新幹線で建設されることになり、糸魚川~魚津、高岡~金沢がフル新幹線の規格で狭軌の在来線を高速運転させるスーパー特急方式とするという計画になった。しかし、平成9年(1997年)の長野オリンピックの開催が決まり、平成3年(1991年)に高崎~長野がフル規格となり、五輪開催の年に開業した。その流れがあり、平成12年(2000年)に長野~富山がフル規格で建設されることになり、すでに着工されていた糸魚川~魚津がフル規格に変更された。その後、すでに工事が進んでいた石動(いするぎ)~金沢を含む富山~金沢のフル規格化が平成16年(2004年)に認可され、平成26年(2014年)にいよいよ長野~富山~金沢が開業予定であり、東京~金沢が約3時間50分だったものが約2時間25分へと大幅に短縮される。また、金沢より西のルートについては、平成23年(2011年)に金沢~福井~敦賀が建設されることになったが、敦賀から先は小浜ルート、湖西線ルート、米原ルートの3つの案が定まらず着工に至っていないため、標準軌の新幹線と狭軌の在来線を直通させるフリーゲージトレインの運行も検討されているようだ。北陸本線は大阪~金沢の需要も非常に高いので、敦賀~大阪の北陸新幹線ルート・運行形態が今後の課題となりそうだ。

 金沢駅では、高架化した際に余ったスペースを利用して、北陸新幹線用のホームを先行着工した。当時はまだ北陸新幹線がフル規格で造られることは決まっていなかったが、新幹線建設が悲願だった金沢では先に駅の構造物を用意しておくことで既成事実化する狙いがあったようだ。その構造物の高架下はお土産屋などのが集まる「金沢百番街」というショッピングゾーンとなっている。当時は「我田引鉄」のように言われることもあったが、その努力が金沢までのフル規格新幹線の実現へとつながったわけだから、今から考えると先見の明があったのではないかと思う。もうすぐ新幹線が乗り入れてくるかと思うと感慨深いものがある。

 この方式はお隣の福井県でも、福井駅を高架化する際に、やはり新幹線用のホームを建設し(しかも半分だけ)、既成事実化した。東京から順番に建設していった場合、東京中心の発想だと金沢で打ち切りという政治判断になる可能性が高いことから、福井も必死だったのだろう。

 金沢駅の市中心部側の東口は、再開発され、平成17年(2005年)にガラス製のドームである「もてなしドーム」と日本らしさを感じさせる「鼓門」が完成し、金沢駅のシンボルとなった。地上にはバスターミナルが整備され、地下には金沢駅前広場地下街が広がり、地下化された北陸鉄道の北鉄金沢駅もここに乗り入れている。このほか、駅の北東側には再開発によりオープンしたショッピングビル「金沢フォーラス」や、駅前にホテル金沢、ホテル日航金沢、ANAクラウンプラザホテル金沢などのホテルが集まっている。ここから南東へメインストリートを1キロほど進んでいくと、近江町市場があり、そこから香林坊(こうりんぼう)などの繁華街や兼六園(けんろくえん)、ひがし茶屋街などの観光地も近い。

 このほか、西口からまっすぐ3キロほど行くと石川県庁があり、さらにその先を進んでいくと金沢港がある。

金沢エリアの主な駅

金沢 / かなざわ 駅
JR西日本 北陸本線、七尾線
北鉄金沢 / ほくてつかなざわ 駅
北陸鉄道 浅野川線


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JR北陸本線・金沢駅、旧国鉄色が復活した普通電車

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北陸新幹線金沢駅のホーム

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北陸新幹線の建設を求める看板

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金沢駅東口の「鼓門」と「もてなしドーム」

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地下化された北鉄金沢駅

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長野・塩尻 東西に分かれる中央本線、旧楢川村の奈良井宿

塩尻
しおじり

日本国長野県塩尻市

長野・塩尻 東西に分かれる中央本線、旧楢川村の奈良井宿

 塩尻(しおじり)市は長野(ながの)県中部にある人口約7万人の市。東京方面からと名古屋方面からの中央本線が合流する交通の要衝として発展した。

 塩尻は江戸時代は中山道(なかせんどう)の宿場町で、尾張(名古屋)と江戸(東京)の中間点に位置することから、古くから交通の要衝だった。海がない信州へ塩を運んできたことから塩の道の終点という意味で塩尻(しおじり)という地名になった。

 鉄道の中央本線は、東京から塩尻を経由して名古屋を結ぶ路線であるが、東京~名古屋を結ぶルートは山越えの中央本線より、海沿いの平野を走る東海道本線が幹線ルートとなったことから、中央本線は東京と名古屋それぞれから塩尻を経由して長野県第2の都市の松本(まつもと)へ向かうルートとして機能している。そのため、中央本線は塩尻駅を境に東京方面(中央東線)がJR東日本、名古屋方面(中央西線)がJR東海となっている。また、塩尻駅の南側はデルタ線となっていて、塩尻駅を通らずに中央東線から西線へと直通できる構造にはなっているが、ここを通る旅客列車はなく、塩尻駅で乗り換える必要がある。この構造になったのは昭和57年(1982年)に駅が移転してからで、それまでは駅が中央東線寄りにあり、名古屋方面から松本方面に向かう列車が同駅で進路変更する必要があった。

 名古屋からは特急「しなの」が塩尻、松本を経由して篠ノ井線を通って長野まで走っている。一方、東京からの特急「あずさ」、「スーパーあずさ」は塩尻、松本を結んでいるが、長野へは東京からだと北陸新幹線(長野行き新幹線)のほうが速いので、長野方面へは向かわず、一部の特急「あずさ」が大糸線に直通し、信濃大町(しなのおおまち)、白馬(はくば)、南小谷(みなみおたり)方面を結んでいる。

 ところで、中央東線はかつては岡谷(おかや)駅から辰野(たつの)駅へと大きく南へ迂回して塩尻駅へ向かうルートであったが、昭和58年(1983年)に、みどり湖(みどりこ)駅経由の塩嶺トンネル新線が開業し、辰野方面が幹線ルートから外れたが、JR東海の飯田線が辰野から分岐しているため、旧ルートも廃止されず、普通電車が運行されている。

 このほか、高速道路の要衝は、東隣の岡谷市の岡谷JCTであるが、これは中央自動車道が木曽谷ルートではなく、伊那谷ルートを通っているためである。岡谷JCTから長野方面へ向かう長野自動車道が分岐し、塩尻市内にみどり湖PAと塩尻ICがある。また、塩尻市と松本市の境に信州まつもと空港(松本空港)があり、札幌(新千歳)や福岡への路線があるが、東京や大阪に近すぎるため、行き来の多い主要都市へ飛ばすことができず、あまり活用されているとはいえないが、災害時の備えの点からみれば飛行場自体は必要な施設であると思う。

 塩尻市は平成17年(2005年)に木曽(きそ)郡の楢川(ならかわ)村を合併した。この合併によって、塩尻市は南へ細長く伸びる形状となった。旧楢川村は、中山道の木曽路(きそじ)の贄川(にえかわ)や奈良井(ならい)の宿場町があった。JR東海の中央西線が奈良井川と中山道沿いに走っている。奈良井駅のすぐ近くに奈良井宿の古い街並みが残り、檜造りの太鼓橋である「木曽の大橋」が美しい。

塩尻エリアの主な駅

塩尻 / しおじり 駅
JR東日本 中央本線、篠ノ井線
JR東海 中央本線

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塩尻駅に到着する特急「しなの」

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塩尻駅から東西に分岐する中央本線

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塩尻~辰野を結ぶ電車

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塩尻駅

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奈良井宿

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奈良井宿の街並み

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木曽の大橋

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福井・越前 福井鉄道が走るまち、たけふ菊人形、越前そばと和紙の里

越前
えちぜん

日本国福井県越前市

福井・越前 福井鉄道が走るまち、たけふ菊人形、越前そばと和紙の里

 越前(えちぜん)市は福井(ふくい)県の嶺北地方(越前地方)にある市で人口は約9万人。平成17年(2005年)に武生(たけふ)市と今立郡今立(いまだて)町が合併して誕生した。越前市の北西には丹生(にゅう)郡の越前町が隣接している。また、北には鯖江(さばえ)市、西には今立郡池田(いけだ)町、南には南条郡の南越前(みなみえちぜん)町と接している。

 越前市には福井県を南北に貫く交通が通っていて、道路は北陸自動車道と国道8号線。鉄道はJR西日本・北陸本線と福井鉄道・福武線が走っている。

 JR北陸本線は市内に武生(たけふ)駅と王子保(おうしお)駅があり、武生駅には特急「しらさぎ」や一部の特急「サンダーバード」が停車する。普通電車は敦賀~武生~鯖江~福井を結ぶ電車が運行されている。

 福井鉄道の福武線は市内に越前武生(えちぜん たけふ)、北府(きたご)、スポーツ公園(スポーツこうえん)、家久(いえひさ)の各駅がある。福武線は越前武生駅を起点に鯖江市を通って福井市の福井駅前(ふくいえきまえ)や田原町(たわらまち)を結んでいる。

 越前武生駅は3線の櫛形ホームで、大正13年(1924年)の開業以来、長らく武生新(たけふ しん)駅と呼ばれていたが、平成22年(2010年)に越前武生駅に改称された。越前武生駅はJR武生駅から北へ歩いて5分ほどのところにあり、間に「アル・プラザ武生」という商業施設がある。福武線は平成18年(2006年)から名鉄から譲渡された元岐阜市内線の路面電車タイプの車両が走っているほか、通常の電車型の旧形車両である200形や、元名古屋地下鉄名城線の車両を改造した600形も残されていて、主にラッシュ時に走っている。

 越前市は南北に日野川が流れ、JR武生駅や福井鉄道の越前武生駅は日野川の西側にある。日野川の鉄橋を渡ると鯖江市に入り、隣接する鯖江市はライバル都市であり、武生駅と鯖江駅の両駅に停車する特急も多い。

 越前市の中心部は武生駅の西側に広がり、総社大神宮があるほか、周辺には寺院が多い。国道365号線の南側に武生中央公園があり、ここでは毎年秋に日本三大菊人形の一つである「たけふ菊人形」が開催される。

 越前市は大根おろしを添える「おろしそば」が特色の「越前そば」が広く知られ、武生駅から東へ3キロほど、北陸自動車道・武生ICの近くに「越前そばの里」があり、越前そばが味わえるほか、工場見学やそば打ち体験もできる。

 このほか、さらに東の旧今立町地区は和紙の生産が盛んで、「越前和紙の里」がある。ここからさらに東へ国道417号線で山を上って行くと「かずら橋」が有名な今立郡池田町で、越前武生駅やJR武生駅からバスが走っている。

越前エリアの主な駅

武生 / たけふ 駅
JR西日本 北陸本線
越前武生 / えちぜんたけふ 駅
福井鉄道 福武線

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JR北陸本線・武生駅

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武生駅に停車する特急「サンダーバード」

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福井鉄道福武線・越前武生駅

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福武線で活躍する元名鉄岐阜市内線の車両

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福井鉄道で長年走り続ける旧型電車

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元名古屋地下鉄の車両を改造した福井鉄道の車両

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福井・鯖江 めがねフレームと越前漆器と繊維のまち

鯖江
さばえ

日本国福井県鯖江市

福井・鯖江 めがねフレームと越前漆器と繊維のまち

 鯖江(さばえ)市は福井(ふくい)県嶺北(越前)地方にある人口約7万人の都市。福井市の南側にあり、福井市との結びつきが強い。

 鯖江市は福井県を南北に貫く交通が通っていて、道路は北陸自動車道と国道8号線。鉄道はJR西日本・北陸本線と福井鉄道・福武線が走っている。

 北陸本線は市内に鯖江駅と北鯖江駅があり、鯖江駅には特急「しらさぎ」や一部の特急「サンダーバード」が停車する。普通電車は敦賀(つるが)~武生(たけふ)~鯖江~福井を結ぶ電車が運行されている。

 福井鉄道の福武線は市内にサンドーム西、西鯖江(にしさばえ)、西山公園(にしやま こうえん)、水落(みずおち)、神明(しんめい)、鳥羽中(とばなか)の各駅があり、このうち西鯖江、水落、神明の各駅に急行が停車する。市中心部に最も近いのは西鯖江駅で、そのほか西山公園駅は鯖江市西山動物園があり春はつつじが美しい西山公園の最寄駅で、水落駅は鯖江市役所に近い。JR鯖江駅に最も近いのは西鯖江駅であるが、約800メートル離れている。

 鯖江市には日野川が流れ、鯖江の市街地は日野川の東側にある。隣町の越前(えちぜん)市の武生は日野川の南西側に市街地がある。福武線は日野川の鉄橋が鯖江市と越前市の境となっている。

 鯖江市は、めがねフレームを生産する工業が盛んで、チタン合金や形状記憶合金など高い技術力によって高品質のめがねフレームを生産し、鯖江の特産品となっており、その国内シェアはなんと90%以上。JR北陸本線の電車の車窓からは東側の山にめがねフレームのマークが入った「SABAE」という大きな看板が見える。そのほか、越前漆器の産地でもあり、業務用の漆器で高いシェアを占める。高度な染色技術を活用した繊維産業も盛んである。

鯖江エリアの主な駅

鯖江 / さばえ 駅
JR西日本 北陸本線

西鯖江 / にしさばえ 駅
福井鉄道 福武線

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めがねフレームとSABAEの看板

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鯖江市内を走る福井鉄道福武線

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福井 福井城に建つ福井県庁、先行建設された北陸新幹線福井駅

福井
ふくい

日本国福井県福井市

福井 福井城に建つ福井県庁、先行建設された北陸新幹線福井駅

 福井(ふくい)市は、福井県の県庁所在地で、福井県嶺北地方にある人口約27万人の都市。

 福井県は旧国名の越前国(えちぜんのくに)と若狭国(わかさのくに)から構成され、現在、越前が嶺北(れいほく)地方、若狭が嶺南(れいなん)地方と呼ばれている。厳密に言えば、現在の嶺北と嶺南の境は、JRの北陸トンネルや北陸自動車道が通る山中峠、木ノ芽峠などを境としており、峠の南側に位置する敦賀(つるが)市はかつては越前国に属したが現在は嶺南地方の中心都市となっている。

 嶺南地方は滋賀県や京都府と接し、近畿地方との交流が深いが、一方福井市のある嶺北地方は石川県など北陸地方との結びつきが強い。嶺南地方は原子力発電所がいくつも集中し、関西地方の京阪神地区への電力供給地となっている。

 福井は古くは北ノ庄という町で、1575年(天正3年)に柴田勝家(しばた かついえ)によって北ノ庄城が築城された。その後、1583年(天正11年)の賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで柴田勝家が羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、江戸時代に入ると1601年(慶長6年)に北ノ庄城が徳川家康(とくがわ いえやす)の次男である結城秀康(ゆうき ひでやす)によって改修され、その後、越前松平氏の居城となった。北ノ庄藩3代目藩主の松平忠昌(まつだいら ただまさ)は「北ノ庄」が「敗北」につながるとして「福居」(ふくい)と改名し、さらに「福井」(ふくい)と改めた。

 福井城は明治4年(1971年)に廃城となったが、現在も石垣などの遺構が残り、城址は福井県庁としていまも福井県の行政の中心として機能している。どうせなら県庁をお城みたいな建築にすれば観光名所になりそうだが、四角いビルなのが残念だ。そのほか城址には福井県議会議事堂や福井県警察本部などの公的施設がある。

 福井県庁の裏側には福井城の遺構が保存されていて、「福井」の地名の由来となった井戸や、昭和23年(1948年)の福井地震で崩れた控天守台の石垣もそのままの状態で保存されている。

 JR西日本の福井駅は、福井城の南東側にあり、北陸本線と越美北線(九頭竜線)が海苔れている。北陸本線は、主に敦賀(つるが)や金沢(かなざわ)を結ぶ普通電車や、大阪~福井~金沢~富山(とやま)を結ぶ特急「サンダーバード」、名古屋~米原~福井~金沢~富山を結ぶ特急「しらさぎ」が発着している。大阪方面の特急「サンダーバード」は、もともと特急「雷鳥」であったものが新型車両導入時に直訳英語の「サンダーバード」となり、それから「雷鳥」と「サンダーバード」が共存していたが、国鉄タイプの旧型特急車両が引退して特急「雷鳥」が平成23年(2011年)に廃止されてしまった。雷鳥は富山の立山連峰に生息する鳥で北陸本線を走る特急名称としてふさわしいが、「サンダーバード」(Thunderbird)はネイティブアメリカン(アメリカ先住民)の伝説の鳥で北陸とまったく関係がなく、しかも雷鳥の英語訳としても不正確な和製英語である。だから特急「サンダーバード」はすみやかに特急「雷鳥」に戻したほうがよいと強く思う。

 越美北線はその名の通り、越前(福井県)から美濃(岐阜県)を結ぶ路線として国鉄時代に建設が進められ、福井側から越美北線、岐阜(美濃太田)側から越美南線として徐々に路線を伸ばしてきた。越美南線は昭和47年(1972年)に福井県大野(おおの)市の九頭竜湖(くずりゅうこ)まで延伸したが、結局、越美北線と越美南線がつながることはなく、越美南線は第3セクターの長良川鉄道に移管された。このため、越美北線は九頭竜線という愛称で呼ばれている。同線は福井駅から一つ南の越前花堂(えちぜん はなんどう)駅から北陸本線と分岐する。

 福井駅は平成10年(1998年)から高架化工事が始まり、平成17年(2005年)に高架化が完成した。また、この高架化計画に合わせて、東京からの交通が不便な福井県の悲願である北陸新幹線の福井駅が東口に先行着工され、平成21年(2009年)に駅北側の構造物が完成した。

 北陸新幹線については、平成24年(2012年)現在、東京(とうきょう)~長野(ながの)が営業中で、長野~富山~金沢(かなざわ)が平成26年(2014年)に開業予定で工事が進められている。北陸新幹線の誘致を進めていた石川県では、金沢駅の高架化後、北陸新幹線の金沢駅の構造物を先に建設して既成事実化し、北陸新幹線着工にこぎつけた。福井駅もこれに倣って、在来線の高架化の際に北陸新幹線の福井駅の構造物を建設した。これが功を奏したのかわからないが、平成23年末に北陸新幹線の金沢~福井~敦賀の建設が認可されることになった。北陸新幹線の福井駅が開業するのは10年以上先の話となるが、それまでの間、えちぜん鉄道の福井駅として活用されることになっている。平成24年1月現在、えちぜん鉄道は地平の仮ホームを使用していて、まだ高架ホームに移る気配はない。

 北陸新幹線の福井駅が開業した際にはえちぜん鉄道が現在来線の福井駅ホームに乗り入れる計画となっているようで、北陸新幹線が福井駅まで先行開業した場合には、九州新幹線の新八代駅のように同一ホームでリレー特急(在来線特急)に乗り換えられるようになるようだ。ただ、敦賀まで着工が認められたので、金沢~福井~敦賀の同時開業の可能性も高くなった。

 えちぜん鉄道は、三国芦原線と勝山永平寺線があり、もともと京福電気鉄道によって運行されていた。京福電気鉄道は京都と福井で鉄道を運行する鉄道会社であったが、平成12年(2000年)と平成13年(2001年)に連続で正面衝突事故を起こしてしまい、全線運行休止となり、京福は福井における鉄道経営から撤退し、約2年近くの休止を経て、第3セクターのえちぜん鉄道として復活した。三国芦原線は福井~福井口(ふくいぐち)~田原町(たわらまち)~あわら湯のまち~三国港(みくにみなと)を結ぶ路線で、芦原温泉(あわらおんせん)や東尋坊(とうじんぼう)への観光路線となっている。一方、勝山永平寺線は福井~福井口~永平寺口(えいへいじぐち)~勝山(かつやま)京福時代から廃止の動きがあり、事故によって運行休止となったが、勝山は豪雪地帯であり、冬季にバスが定時運行できないなどの事情があり、廃止されず地方自治体の補助を受けて、えちぜん鉄道として運行が継続されることになった。

 福井駅東口には再開発によって「AOSSA」(アオッサ)というビルが建てられ、低層階(1階~3階)が商業施設のアオッサモールとなり、4階~6階が福井市の地域交流プラザ、7~8階が福井県の公益施設となっていて、展望台からは北陸新幹線の福井駅の構造物がよく見える。今後どのように変わっていくか楽しみだ。「AOSSA」は福井弁で「あおっさ」(会おうよ)という意味が込められているようで、ネーミング方法が青森の「アウガ」に似ている。

 福井駅西口は、商店街があり、その先に福井鉄道の福井駅前(ふくいえきまえ)駅がある。福井鉄道は福井市中心部は併用軌道の路面鉄道になっているが、郊外では専用軌道で、越前(えちぜん)市の越前武生(えちぜん たけふ)駅まで結んでいる。

 福井鉄道は越前武生~市役所前~田原町が福武線の本線となっていて、市役所前~福井駅前がヒゲ線(支線)となっている。但し、運行は越前武生~市役所前~福井駅前~市役所前~田原町というふうになっていて、その逆向きもまた同様である。田原町駅は、えちぜん鉄道の三国芦原線との乗換駅であり、えちぜん鉄道三国芦原線が田原町駅から福井鉄道に乗り入れるライトレール(LRT)化構想もあるようだ。

 福井鉄道福武線は、平成18年(2006年)に廃止された名鉄岐阜市内線の路面電車車両が引き渡されて運行されるようになったほか、昭和30年代に製造された電車がいまも走り続けており、鉄道ファンに人気がある。また、急行の運転もある。路線は福井~武生のほとんどの区間でJR北陸本線と並行しているが、駅数や運転本数が福井鉄道のほうが多く、きめ細かい運行でJRに対抗している。

 福井市内の福武線が走る路面区間はフェニックス通りと呼ばれるが、それは福井が昭和20年(1945年)のアメリカ軍による空襲と昭和23年(1948年)の福井地震で2度にわたって壊滅的な被害を受けながらも見事に復興を果たした「不死鳥のまち」が由来となっている。

福井エリアの主な駅

福井 / ふくい 駅
JR西日本 北陸本線、越美北線(九頭竜線)
えちぜん鉄道 三国芦原線、勝山永平寺線
福井駅前 / ふくいえきまえ 駅
福井鉄道 福武線

市役所前 / しやくしょまえ 駅
福井鉄道 福武線

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福井城址に建つ福井県庁

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福井の由来となった「福の井」

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福井地震で崩れた控天守台の石垣

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高架化前の福井駅

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高架化された福井駅

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北陸新幹線・福井駅の構造物と、えちぜん鉄道福井駅

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高架化工事中の福井駅の様子

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福井駅前の商店街

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福井鉄道福井駅前電停に停車する元名鉄岐阜市内線の電車

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福井鉄道・市役所前駅


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富山・高岡 越中の商都、高岡駅と建設進む北陸新幹線の新高岡駅

高岡
たかおか

日本国富山県高岡市

富山・高岡 越中の商都、高岡駅と建設進む北陸新幹線の新高岡駅

 高岡(たかおか)市は富山(とやま)県北西部の県第2の都市で、人口は約18万人。平成17年(2005年)に福岡(ふくおか)町と合併した。

 高岡は高岡城の城下町として栄えたほか、市北東部の伏木(ふしき)には古代に越中国(えっちゅうのくに)の国府が置かれ、鉄道の北陸本線も東西に走り、越中の商都として発展してきた。

 高岡市の中心にある高岡駅は、JR西日本の北陸本線、氷見線、城端線および万葉線(旧加越能鉄道)高岡軌道線が乗り入れるターミナル駅で、北陸本線を走る特急「サンダーバード」、「しらさぎ」、「はくたか」、「北越」なども停車する主要駅。ここから県庁所在地の富山までは4駅で、普通で約17分、特急で約11分。隣の石川県の県庁所在地である金沢(かなざわ)へは普通で約40分、特急で約23分と便利だ。

 氷見線は、高岡駅から北隣の氷見(ひみ)市の氷見駅を結ぶ約17キロの路線で、ディーゼルカーが富山湾の海岸沿いを走る。市内には高岡市役所に近い越中中川(えっちゅう なかがわ)駅、伏木港(伏木富山港)のある伏木(ふしき)駅、雨晴海水浴場のある雨晴(あまはらし)駅などがある。伏木港には以前、ロシア連邦のウラジオストク(Владивосток)を結ぶフェリー「ルーシ号」が発着していたが、2009年に廃止された。

 城端線は、高岡から富山県西部を南へ行く路線で、チューリップ栽培で知られるで砺波(となみ)市の砺波駅や南砺(なんと)市の城端(じょうはな)駅などを結ぶ約30キロの路線で、高岡市内には二塚(ふたつか)駅や戸出(といで)駅などがある。

 高岡市の市街地は、主に高岡駅の北側に広がっていて、路面電車の万葉線高岡軌道線(六渡寺から先は新湊港線)は、高岡駅の北口に高岡駅前(たかおか えきまえ)駅があり、そこから北上し、射水(いみず)市の越ノ潟(こしのかた)駅まで結んでいる。高岡軌道線はもともと昭和23年(1948年)に富山地方鉄道(富山地鉄)の伏木線として開業し、その後、富山地鉄の射水線を経由して富山市内まで直通運転されるようになった。昭和25年(1950年)に高岡市内の路線が加越能鉄道となり、昭和41年(1966年)に富山新港の建設によって射水線の一部が廃止され、新湊港線の部分も加越能鉄道となった。その後、伏木線が廃止された。加越能鉄道は平成13年(2001年)に万葉線(高岡軌道線・新湊港線)の廃止する意向を示したが、路線を存続させるために第3セクター化され、その翌年より万葉線株式会社によって運行されている。「万葉線」の名称は、日本の8世紀頃の和歌集である「万葉集」の作者の一人である大伴家持(おおとものやかもち)が越中国守として高岡・伏木に赴任していたことが由来となっている。

 高岡駅前にはホテル、レストラン、オフィス、図書館などが入る複合施設「ウイング・ウイング高岡」がある。末広町(すえひろちょう)駅は末広町商店街、オタヤ通り商店街の最寄り駅。高岡大仏へは、坂下町(さかしたまち)駅が近い。本丸会館前(ほんまるかいかんまえ)駅は高岡城跡の高岡古城公園や射水神社への最寄り駅。高岡市役所へは、その先の志貴野中学校前(しきの ちゅうがっこうまえ)駅が便利。富山高岡バイパスの北側にある江尻(えじり)駅前にはイオン高岡店がある。

 このほか、JR城端線の高岡~二塚の間には現在、平成26年(2014年)の開業に向けて北陸新幹線の新高岡(しんたかおか)駅が建設中である。北陸新幹線の駅が高岡駅に設置されず、約1.5キロ離れたところに新高岡駅が設けられることで、高岡の交通の流れが大きく変化することが予想される。城端線にも駅が設けられるが、氷見線を新高岡駅まで直通させる必要がありそうだ。さらには万葉線についても、これまでは高岡駅まで結べばよかったものが、今後長距離客が新高岡へ移るとなれば、城端線の高岡~新高岡をLRT(ライトレール)化して、万葉線の新高岡駅乗り入れを検討してもよいのではないかと思う。また、北陸新幹線開業後、並行する北陸新幹線や城端線等がJR西日本から経営が切り離されてしまうのか、第3セクター化されるのかなど、今後の成り行きが注目される。

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高岡駅に停車中の城端線ディーゼルカー

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氷見線・雨晴駅

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新潟 日本海側最大の都市

新潟
にいがた

日本国新潟県新潟市

新潟 日本海側最大の都市

 新潟(にいがた)市は新潟県の県庁所在地で、人口は約81万人。新潟県は古くは越後国(えちごのくに)で、新潟市は新潟県東部の下越(かえつ)地に位置する。また本州の日本海側で最大の都市であり、環日本海経済圏の日本側の拠点として注目されている。

 新潟市は平成13年(2001年)に西蒲原郡の黒埼(くろさき)町(現・西区)を編入、この頃の新潟市の人口は約50万人であったが、それから「平成の大合併」で新津(にいつ)市、白根(しろね)市、豊栄(とよさか)市、中蒲原郡の亀田(かめだ)町、小須戸(こすど)町、横越(よこごし)町、西蒲原郡の西川(にしかわ)町、岩室(いわむろ)村、味方(あじかた)村、潟東(かたひがし)村、月潟(つきがた)村、中之口(なかのくち)村を編入合併し、人口が80万人を突破した。

 新潟市は8つの区に分かれ、旧新潟市の中心部である新潟島にあたるところが中央(ちゅうおう)区、新潟空港の周辺が東(ひがし)区、旧新潟市の北西部と旧黒埼町、旧巻町の一部からなる西(にし)区、東区の東で旧新潟市の北東部と旧豊栄市、旧横越町の一部からなる北(きた)区、旧新潟市南部と旧亀田町、旧横越町からなる江南(こうなん)区、江南区の南で旧新津市、旧小須戸町からなる秋葉(あきば)区、旧白根市、旧味方村、旧月潟村からなる南(みなみ)区、旧巻町、旧西川町、旧岩室村、旧潟東村、旧中之口村からなる西蒲(にしかん)区がある。

 合併にあたり、豊栄、新津、白根、亀田、巻などの旧市町名が消えてしまい、区名にも反映されなかったのは残念であるが、合併の際に複数の市町村が一つの区を形成することから新潟市側の意向で旧市町村名が区名候補から排除された経緯があるようだ。白根には駅はないが、豊栄、新津、亀田、巻などは鉄道の駅名が旧市町名を残している。

 新潟駅はJR東日本の上越新幹線、信越本線、白新線、越後線が乗り入れるターミナル駅で、信越本線には磐越西線から、白新線は羽越本線からの列車も乗り入れる新潟県最大の利用者数を誇る。

 上越新幹線は駅の南側に2面4線の高架ホームがあり、昭和57年(1982年)に開業した。以前は「あさひ」が速達型で、「とき」が各駅型だったが、平成14年(2002年)に「あさひ」が廃止され、現在新潟に乗り入れる列車は「とき」または二階建て車両の「Maxとき」となっている。

 在来線は、信越本線に新潟から富山(とやま)、金沢(かなざわ)を結ぶ特急「北越」が走っているほか、大阪(おおさか)を結ぶ寝台急行「きたぐに」や、東京・新宿(しんじゅく)を結ぶ夜行快速「ムーンライトえちご」がある。信越本線は新潟駅から東へ向かい、それから南下して亀田、新津を経由して、加茂(かも)、東三条(ひがしさんじょう)、長岡(ながおか)方面を結んでいる。新潟駅から長岡方面に向かう際、上越新幹線は直接西へ向かうが、信越本線は逆の東向きに出発する。

 白新線は新潟駅から東の豊栄、新発田(しばた)方面を結び、新発田で羽越本線と接続する。白新線・羽越本線は酒田(さかた)、秋田(あきた)を結ぶ特急「いなほ」が走っている。以前は大阪~新潟~青森(あおもり)を結ぶ特急「白鳥」があって、新潟で進行方向を変えていたが、現在は廃止されている。

 越後線は新潟駅を西向きに出発し、日本海側を走り、信越本線の柏崎(かしわざき)まで結ぶ路線。新潟市西区の内野(うちの)駅までは約20分間隔で運行されている。

 新潟駅は平成23年(2011年)現在、在来線の高架化工事が進められており、平成27年(2015年)に完成予定となっている。

 新潟駅周辺は北口が万代口(ばんだいぐち)と呼ばれ、「新潟東急イン」や「東横イン新潟駅前」などのホテルやバスターミナルがある。南口は「CoCoLo南館」、「プラーカ」、「ヨドバシカメラ」などの商業施設がある。

 新潟の旧市街地は新潟駅の北側に広がり、駅の北には東西に信濃川(しなのがわ)が流れ、アーチが美しい萬代橋(ばんだいばし)が架かり、新潟駅万代口から北に伸びる萬代橋通りが萬代橋を結び、「万代シテイ」と呼ばれる商業地があるほか、萬代橋の北は「古町」と呼ばれる繁華街がある。古町からさらに北へ進んでいくと日本海となり、周辺に新潟県護国神社や、日本海タワー、マリンピア日本海などの施設がある。

 新潟市役所および新潟県庁は新潟駅からは離れていて、新潟市役所は信濃川の昭和大橋の北側、越後線・白山(はくさん)駅の東側の白山神社の近くにあり、新潟県庁は越後線・関屋(せきや)駅から対岸の信濃川の千歳大橋の南側にある。新潟駅から国道116号線沿いに萬代橋、古町、新潟市役所を通って、さらに白山駅、関屋、千歳大橋、新潟県庁を結ぶ路面電車またはライトレール(LRT)を建設すれば市内交通が便利になるのではないかと思う。

 新潟駅の南は鳥屋野潟が広がり、潟の南の鳥屋野潟公園には新潟スタジアム(東北電力ビッグワンスタジアム)があり、サッカーJリーグの「アルビレックス新潟」の本拠地となっている。

 鳥屋野潟周辺は新潟の中心部を避ける道路のバイパスや高速道路が整備され、鳥屋野潟の北側を東西に国道8号線の新潟バイパスが走り、鳥屋野潟の北東の紫竹山(しちくやま)ICから南へは亀田バイパスが伸びており、鳥屋野潟の南東の新潟亀田ICで日本海東北自動車道と接続している。日本海東北自動車道は鳥屋野潟の南西の新潟中央JCTで北陸自動車道と磐越自動車道と接続している。

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新潟駅に停車する上越新幹線200系

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新潟駅に停車する2階建ての「Maxとき」
 
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長野・駒ヶ根 駒ヶ岳と中央アルプス、ソースかつ丼

駒ヶ根
こまがね

日本国長野県駒ヶ根市

長野・駒ヶ根 駒ヶ岳と中央アルプス、ソースかつ丼

 駒ヶ根(こまがね)市は長野県南部にある人口約3.4万人のまち。中央アルプス(木曽山脈)と南アルプス(赤石山脈)に挟まれた伊那谷にあり、特に中央アルプスの木曽駒ヶ岳(きそ こまがたけ)が美しい。

 平成の大合併で他の自治体の合併が進んだ時期、駒ヶ根市も周辺の飯島(いいじま)町および中川(なかがわ)村と合併して「中央アルプス市」とすることが検討されたが、住民投票で否決された。今から考えると、駒ヶ根市という地名が消えなくてよかったと思う。

 市街地は天竜川(てんりゅうがわ)の西にあり、伊南バイパスと三州街道の間にJR東海の飯田線が走り、市街地の中央に駒ヶ根駅があり、南に小町屋(こまちや)駅がある。駒ヶ根駅からは駒ヶ根高原や駒ヶ岳ロープウェーの、しらび平駅を結ぶバスが発着している。駒ヶ根市役所は小町屋駅のほうが近い。

 駒ヶ根の市街地からさらに西には南北に中央自動車道が通り、市内に駒ヶ根インターチェンジと駒ヶ岳サービスエリアがある。

 駒ヶ岳ロープウェーは、宮田村の、しらび平駅から駒ヶ根市の千畳敷(せんじょうじき)駅を結び、千畳敷駅は標高2611mである。ここから木曽駒ヶ岳への登山道がある。千畳敷駅は中央アルプスの千畳敷カールと呼ばれる氷河地形の圏谷が駅名の由来となっている。

 駒ヶ根は、ご飯の上にたっぷりのキャベツとソースをかけた豚カツをのせた「ソースかつ丼」が名物料理となっていて、駒ヶ岳サービスエリアでは、「ソースかつ丼」を応用した「ソースかつサンド」や「ソースかつ丼まん」なども売られている。「ソースかつサンド」はジューシーなカツとたっぷりの千切りキャベツがバラバラにならないようパンとの間1枚レタスを敷いて固定するなど工夫が感じられ、食べやすくておいしかった。

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駒ヶ岳SAのソースかつの看板

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福井・敦賀 敦賀港と昆布と原発、ループ線と北陸トンネル

敦賀
つるが

日本国福井県敦賀市

福井・敦賀 敦賀港と昆布と原発、ループ線と北陸トンネル

 敦賀(つるが)市は福井(ふくい)県南部の嶺南(れいなん)地区の中心都市で、人口は約7万人。

 敦賀湾は三方を山に囲まれ、天然の良港である敦賀港の港町として敦賀市は発展した。敦賀港は古くから海運の拠点として、日本海の対岸と交流があり、江戸時代には日本国内の海運の重要な拠点でもあり、北前船北海道とも密接な交流があった。明治以降は、ロシアのウラジオストク(Владивосток)や北朝鮮の清津(チョンジン/청진)と定期航路があった。戦前は欧亜国際連絡列車の乗り継ぎ駅・港として敦賀港は重要な拠点であった。

 戦後は冷戦によって日本海の対岸との交流は減ったが、現在は貨物船が韓国やロシアを結んでいる。また、国内では「新日本海フェリー」が敦賀~苫小牧(北海道)、敦賀~新潟~秋田~苫小牧、敦賀~小樽などで運航している。

 敦賀港の南西側の海岸は松原海水浴場となっているが、その南には「気比の松原」(けひのまつばら)が広がっている。気比の松原は静岡県静岡市の「三保の松原」、佐賀県唐津市の「虹の松原」と並ぶ日本三大松原の一つである。気比の松原から2キロほど東へ行ったところに「気比神宮」(けひじんぐう)がある。気比神宮は気比大神とも呼ばれる伊奢沙別命(いざさわけのみこと)を主祭神とし、海陸交通の神様として、古くは遣唐使の安全祈願も行われていたという歴史ある神社である。

 このほか、敦賀は江戸時代に北前船で北海道から入ってきた昆布を加工する産業が興り、いまも昆布加工産業が盛んで、市内の国道8号線と国道27号線の交差点近くに「ヤマトタカハシ昆布館」があり、ここでさまざまな昆布加工品が販売されている。また、敦賀は蒲鉾(かまぼこ)も特産品で、敦賀バイパスの近くに「小牧かまぼこ」の本店がある。

 福井県の嶺南地方は日本国内で特に原子力発電所が集中している地区であり、敦賀市内には敦賀湾の北西側に日本原子力発電の敦賀発電所があるほか、若狭湾側に高速増殖炉実用化実験を行っている高速増殖炉「もんじゅ」がある。高速増殖炉が実用化できれば日本のエネルギー自給に大きく貢献する技術が確立されることになるが、度重なる事故やトラブルで再開しても再度運転休止となるなど、順調には進んでいないようだ。

 敦賀の市街地は、気比神宮の南側の国道8号線周辺に広がっている。気比神宮から約1.5キロ南の国道8号線から少し東に入ったところにJR西日本の敦賀駅がある。

 敦賀駅は北陸本線と小浜線が乗り入れる駅で、北陸本線は南北ともに峠越えであることから、構内は広い。蒸気機関車時代は敦賀から米原方面の柳ヶ瀬(やながせ)越えと、敦賀から福井方面の杉津(すいづ)越えはかなりの難所だった。

 北陸本線の福井県敦賀市と滋賀県長浜市を結ぶ旧柳ヶ瀬ルート(木ノ本~柳ヶ瀬~疋田~敦賀)は、急勾配が続いたため、改良するために西側に深坂トンネルを掘り、昭和32年(1957年)に木ノ本~余呉~近江塩津~新疋田~敦賀)の新ルートが開業した。さらに昭和38年(1963年)に敦賀~新疋田(しんひきだ)間の複線化で上り線(大阪方面)用に衣掛山のループ線が開通し、上り勾配が緩和された。この区間は上りと下りが別々のところを走っていて面白い。旧柳ヶ瀬ルートは廃線跡の一部が一般道に転用されているほか、北陸自動車道も一部このルートと重なっている。

 昭和49年(1974年)に湖西線(近江塩津~山科)が開業し、大阪から北陸を結ぶ特急「雷鳥」は琵琶湖の西側を走る湖西線経由となった。敦賀以南はかつては交流電化であったが、平成18年(2006年)に敦賀まで直流化され、大阪・京都方面から「新快速」が敦賀まで延長運行されるようになった。

 一方、敦賀以北は、交流電化となっており、昭和37年(1962年)に長さ約13.9キロの北陸トンネルで福井県南条郡南越前(みなみえちぜん)町へと抜けている。敦賀以北は石川県、富山県へと交流電化区間が続く。

 北陸トンネル開通以前は海岸近い山麓を迂回する杉津経由のルートで峠を越えていたが、急勾配が続く単線区間であったため、これを解消するために複線電化の北陸トンネルが建設され、開通後は大幅にスピードアップされた。北陸トンネルは開通時には日本最長のトンネルであった。

 旧線の一部は道路に転用されたほか、廃止された杉津駅跡地が北陸自動車道の杉津PA(パーキングエリア)として利用されている。

 このほか、小浜線は、敦賀から若狭(わかさ)湾に沿って小浜(おばま)、舞鶴(まいづる)などを結ぶ路線で、以前は非電化でディーゼルカーが走っていたが、平成15年(2003年)に直流電化され、電車が走るようになった。北陸新幹線の整備計画では、福井から敦賀、小浜を経由して大阪へ向かう構想があるが、京都を素通りすることがネックとなり、まだ具体化していない。東京中心の北陸新幹線計画は石川県の金沢(かなざわ)までは開業のメドが立っているが、福井県への乗り入れと大阪との直結が今後の課題である。敦賀駅に新幹線が乗り入れるのはかなり先の話となりそうだ。

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