ドイツ・ベルリン 旧西ベルリンの玄関口、テーゲル空港

Berlin・Tegel
ベルリン・テーゲル (ドイツ語)

Reinickendorf, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市ライニッケンドルフ区

ドイツ・ベルリン 旧西ベルリンの玄関口、テーゲル空港

 ベルリン・テーゲル空港(Flughafen Berlin-Tegel)は、ドイツの首都ベルリン(Berlin)を代表する国際空港の一つで、かつては旧西ベルリンの玄関口の機能を果たしていた。

 第二次世界大戦が終わり、ドイツの首都だったベルリンが米国、英国、フランス、ソ連に占領され、そのうち米国と英国とフランスによる占領地区が西ベルリンに、ソ連による占領地区が東ベルリンに分割された。また、ベルリン周辺の東ドイツはソ連の影響下にあったため、西ベルリンがソ連に囲まれる形となった。

 ベルリン・テーゲル空港は、1948年にソ連によって西ベルリンへの道路や鉄道が封鎖された際に、西ベルリンにテーゲル空港が急遽建設された。

 冷戦時代は、米国、英国、フランスの国際便のみ乗り入れていたが、冷戦が終結し、ドイツが統一されると各国に開放され、ヨーロッパ各都市とも結ばれるようになり、名実ともにドイツの首都最大の空港として機能するようになった。

 ベルリンでは、東ベルリンのベルリン・シェーネフェルト空港(Flughafen Berlin-Schönefeld)を大幅改造してベルリン・ブランデンブルク国際空港(Flughafen Berlin Brandenburg)を建設中であり、2016年に新空港が完成すれば、手狭なテーゲル空港はその役目を終えて、廃止される予定となっている。

 テーゲル空港にはベルリン地下鉄や鉄道路線は乗り入れていないが、バスに乗れば、ベルリン地下鉄7号線(U-7)のヤコブカイザー広場(Jakob-Kaiser-Platz/ヤコブ カイザー プラッツ)駅が近い。

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ベルリン・テーゲル空港

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ベルリン・テーゲル空港

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ベルリン・テーゲル空港

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ドイツ・ベルリン テーゲル空港の最寄り駅、ヤコブカイザー広場

Berlin・Jakob-Kaiser-Platz
ベルリン・ヤコブ カイザー プラッツ (ドイツ語)
ベルリン・ヤコブカイザー広場

Charlottenburg-Wilmersdorf, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市シャルロッテンブルク・ヴィルマースドルフ区

ドイツ・ベルリン テーゲル空港の最寄り駅、ヤコブカイザー広場

 ヤコブカイザー広場(Jakob-Kaiser-Platz/ヤコブ カイザー プラッツ)駅は、ベルリン(Berlin)市の旧西ベルリンのシャルロッテンブルク・ヴィルマースドルフ(Charlottenburg-Wilmersdorf)区にあるベルリン地下鉄7号線(U-7)の駅。

 旧西ベルリンの玄関口で、ドイツの首都ベルリン最大の国際空港であるベルリン・テーゲル空港(Flughafen Berlin-Tegel)への最寄り駅であり、駅前には市内と空港を結ぶ大きな幹線道路が通っている。

 テーゲル空港へは、中心部のベルリン動物園(Zoo/ツォー)駅からも運行されているが、渋滞などが気になる場合は、ヤコブカイザー広場駅からバスに乗ったほうが安心で、運賃も安い。

ベルリン・ヤコブカイザー広場エリアの主な駅

Jakob-Kaiser-Platz / ヤコブ カイザー プラッツ 駅
ベルリン地下鉄 U-7

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テーゲル空港行きバスが発着するヤコブカイザープラッツ駅前

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ドイツ・ベルリン ベルナウアー通りとベルリンの壁記念館と壁公園フリーマーケット

Berlin・Bernauer straße
ベルリン・ベルナウアー シュトラーセ (ドイツ語)
ベルリン・ベルナウアー通り

Bezirk Mitte, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市ミッテ区

ドイツ・ベルリン ベルナウアー通りとベルリンの壁記念館と壁公園フリーマーケット

 ベルナウアー通り(ベルナウアー シュトラーセ/Bernauer straße)は、ドイツの首都ベルリン(Berlin)のミッテ(Mitte)区にある東西の通りで、ベルリン地下鉄(ウーバーン/U-Bahn)8号線のベルナウアー通り(Bernauer straße)駅がある。

 ベルナウアー通りは、東西ベルリン分断時代、ベルリンの壁があった。ベルリン地下鉄8号線のベルナウアー通り駅はこの真下にあった。

 ベルリンの壁が1961年に建設されて以来、東西のベルリン交通が遮断されることになり、それは地下鉄も例外ではなかった。しかしながら、起点も終点も西ベルリン側にあり、途中に東ベルリンを経由する路線については、東ベルリンにある駅を閉鎖・通過する扱いで、運行を継続していた。通過される東ベルリン側の駅はいつしか幽霊駅(ガイスターバーンホーフ/Geisterbahnhof)と呼ばれるようになった。

 ベルナウアー通り駅は、その幽霊駅の一つで、ベルリンの壁があった時代は閉鎖され、電車が通過していた。8号線は、西ベルリンの北側のフォルタシュトラーセ(Voltastraße)駅から西ベルリンの南側のモーリッツプラッツ(Moritzplatz)駅まで東ベルリン内の6駅を通過していた。その中にはいま主要乗り換え駅であるアレクサンダー広場(Alexanderplatz)駅も含まれていた。

 ベルナウアー通りの南側には、いまも一部、ベルリンの壁が残されている。ベルナウアー通り駅から西へ10分ほど歩いていくと、「ベルリンの壁ドキュメントセンター」(Gedenkstätte Berliner Mauer Dokumentationszentrum)があり、ここにはベルリンの壁にまつわる様々な展示があり、壁を越えるため地下にトンネルを掘った人や、東ベルリン側の警官が西へ逃れたときの写真、そして壁を越えられなかった人の悲劇など、ベルリンの壁の歴史を学ぶことができる。

 このほか、ベルナウアー駅から東へ10分ほど歩いていくと壁公園フリーマーケットがある。ここの規模はかなり大きく、雑貨や古着などの掘り出し物を求めて休日は多くの若者でにぎわう。

ベルリン・ベルナウアー通りエリアの主な駅

Bernauer straße / ベルナウアー シュトラーセ 駅
ベルリン地下鉄 U-8

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ベルナウアー通り駅

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ベルナウアー通り

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ベルナウアー通りに保存されているベルリンの壁

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ベルナウアー通りに保存されているベルリンの壁

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壁公園

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壁公園フリーマーケット


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ドイツ・ベルリン 東ベルリンの信号機をモチーフにしたアンペルマン

Berlin・Hackescher Markt
ベルリン・ハッケシャー マルクト (ドイツ語)
ベルリン・ハーケシャー市場

Bezirk Mitte, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市ミッテ区

ドイツ・ベルリン 東ベルリンの信号機をモチーフにしたアンペルマン

 ハーケシャー市場(ハーケシャー マルクト/Hackescher Markt)駅は、ベルリン(Berlin)の中央部であるミッテ(Mitte)区にある駅で、旧東ベルリン側にある。

 ハーケシャー市場駅はフリードリヒ通り(フリードリヒ シュトラーセ/Friedrichstraße)駅とアレクサンダー広場(アレクサンダー プラッツ/Alexanderplatz)駅の間にあり、東ベルリン時代はマルクス エンゲルス広場(Marx-Engels-Platz)駅と呼ばれ、ベルリンの壁崩壊とドイツ統一後の1992年に現在の駅名になった。
 
 同駅の近くには「ハッケシェ ヘーフェ」(Hackesche Höfe)と呼ばれるギャラリー、ショップ、カフェなどが集まる施設がある。建物の中に中庭があって、散歩しながらショッピングができる。

 その一角に、「アンペルマン ギャラリー ショップ」(Ampelman Galarie Shop)というお店がある。ここは東ドイツ時代の信号機のキャラクターである「アンペルマン」(Ampelman)をグッズ化したお店で、ドイツ統一により、東ドイツの信号機が西ドイツのデザインに統一される際に、旧東ドイツの人々が「アンペルマン」保存運動を起こしたことがきっかけとなっている。「アンペルマン」には歩行する「青信号」バージョンと、両手を開いて止まる「赤信号」バージョンの2種類がある。そのかわいい信号機のデザインにイデオロギーは関係なく、東ドイツが崩壊しても、アンペルマンのキャラクターは愛され続けたというわけで、アンペルマンショップには、コップやお皿、Tシャツ、カバン、グミキャンディーなどさまざまなグッズが販売されている。この「アンペルマン」は、いまやベルリンを代表するお土産に成長し、近年では東京・渋谷にもアンペルマンショップができた。

 ハーケシャー市場駅近くの道路の信号機をよく見ると、「アンペルマン」の旧東ドイツ式デザインの信号機が残されている。路面電車(トラム)も走っていて、なかなかいい雰囲気だ。

 このほか、ハーケシャー市場駅の南側は、旧駅名だった旧マルクス エンゲルス広場が広がる。そのほか、シュプレー(Spree)川や旧東ドイツの生活を紹介する「DDR博物館」(DDR Museum)、ベルリン大聖堂(Berliner Dom)、博物館が集まる「博物館の島」(Museumsinsel)なども近い。

ベルリン・ハッケシャー市場 エリアの主な駅

Hackescher Markt / ハッケシャー マルクト 駅
ベルリン都市鉄道(S-bahn) 東西線

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ハッケシャー市場駅

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ハッケシャー市場駅近くを走るトラム

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商業施設「ハッケシェ・ヘーフェ」

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アンペルマンショップ

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アンペルマンの信号機

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ドイツ・ベルリン ベルリン東駅と骨董市、残されたベルリンの壁

Berlin・Ostbahnhof
ベルリン・オストバーンホフ (ドイツ語)
ベルリン東駅

Bezirk Friedrichshain-Kreuzberg, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市フリードリヒスハイン・クロイツベルク区

ドイツ・ベルリン ベルリン東駅と骨董市、残されたベルリンの壁

 ベルリン東駅(Ostbahnhof/オストバーンホフ)は、ドイツの首都ベルリン(Berlin)市のフリードリヒスハイン・クロイツベルク(Friedrichshain-Kreuzberg)区にある駅。

 ベルリンの東西分断時代、同駅は旧・東ベルリンの中心駅として機能していた。ベルリン東駅の歴史は古く、その前身はポーランドとの国境近くのフランクフルト アン デア オーダー(Frankfurt an der Oder)を結ぶ鉄道のターミナル駅であるフランクフルト駅(Frankfurter Bahnhof)として1842年に開業。その後、1845年にニーダーシュレージェン・マルク駅(Niederschlesisch-Märkischer Bahnhof)と改称され、さらに1852年にプロイセン東線のターミナル駅としてシュレジア駅(Schlesischer Bahnhof)と改称され、1882年にベルリンSバーン(近郊電車)建設に合わせて現在地に移転した。

 第二次世界大戦後、ドイツが東西に分断されると、同駅は東ドイツ国鉄によって1950年にベルリン東駅(Berlin Ostbahnhof)と改名され、東ベルリンの長距離列車ターミナル駅としての機能を担うようになった。東ドイツ政権末期の1987年には、東ドイツの首都ターミナル駅として「ベルリン中央駅」(Berlin Hauptbahnhof)と改称され、大規模な改修工事が着手されたが、その2年後の1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西ベルリンが統合されると計画は見直され、1998年に再びベルリン東駅(Ostbahnhof)に戻された。2006年に東西ベルリンのターミナル駅を統合した新しい「ベルリン中央駅」が開業すると、長距離列車の多くがベルリンを南北に貫く新線を経由するようになり、ベルリン東駅を経由する長距離列車は減少したが、今でも東ベルリンのターミナルの面影を感じることができる。

 ベルリン東駅の北口では、週末に「東駅の骨董市」(Antikmarkt am Ostbahnhof/アンティークマルクト アム オストバーンホフ)が開かれている。ここでは特に旧東ドイツ製の掘り出し物が多い。東ドイツ時代の地図なども面白い。

 ベルリン東駅の南側には、シュプレー川沿いに「ベルリンの壁」(Berliner Mauer)の一部が約1.3キロ残り、「イーストサイド・ギャラリー」(Eastside Gallery)となっている。ここは東ドイツの民主化でベルリンの壁が崩壊した直後の1990年に世界各国のアーティストが壁に絵を描き、オープンギャラリーとして保存されることになったもので。ベルリンの民主化の歴史を伝えている。この壁は、東西冷戦時代は越えられない近づきがたい場所であり、もちろん落書きもなかった。壁の落書きのような絵は、東ベルリン民主化の象徴でもあるのだ。

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ベルリン東駅

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ベルリン東駅前の骨董市

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ベルリンの壁が残るイーストサイドギャラリー(東ベルリン側から見たところ)

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イーストサイドギャラリー(裏側)

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ドイツ・ベルリン 環状線と東西線の東の交差点、オストクロイツ駅

Berlin・Ostkreuz
ベルリン・オストクロイツ (ドイツ語)

Bezirk Friedrichshain-Kreuzberg, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市フリードリッヒスハイン クロイツベルク区

ドイツ・ベルリン 環状線と東西線の東の交差点、オストクロイツ駅

 オストクロイツ(Ostkreuz)は、ベルリン(Berlin)市のフリードリッヒスハイン・クロイツベルク(Friedrichshain-Kreuzberg)区にある地区で、エスバーン(S-Bahn)の東西線(シュタットバーン/Stadtbahn)と環状線(リングバーン/Ringbahn)が交差するオストクロイツ駅がある。

 フリードリッヒスハイン・クロイツベルク区は、2001年に旧東ベルリンのフリードリッヒスハイン(Friedrichshain)区と旧西ベルリンのクロイツベルク(Kreuzberg)区が合併して誕生した区で、シュプレー(Spree)川を隔てて分かれていた東西ベルリンをつなぐオーバーバウム橋(Oberbaumbrücke)が区章のデザインに採り入れられている。

 オストクロイツ(Ostkreuz)は、英語の「East Cross」にあたる「東の交差地点」の意味であり、環状線の東側で東西の幹線と交差する位置にあり、重要な乗換駅となっている。地平の東西幹線を高架の環状線が立体交差する形となっている。ベルリン郊外を走る環状線は、長らくベルリンの壁のために分断されていたが、東西ベルリン統合後に、復旧工事が行われ、2002年に全線復旧し、2006年に45年ぶりに環状運転が復活した。オストクロイツ駅は数年前までは古い時代の面影が残るレトロな趣があったそうだが、近年は大胆な改修工事が進められ、モダンで美しくなったものの、懐かしい雰囲気は失われていくようだ。これも変化が早いベルリンらしい光景であるといえそうだ。

ベルリン・オストクロイツ エリアの主な駅

Ostkreuz / オストクロイツ 駅
ベルリン都市鉄道(S-bahn) 環状線、東西線

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ベルリンS-bahn環状線のオストクロイツ駅

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大規模な改造工事が進むオストクロイツ駅(2011年)

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ドイツ・ベルリン シェーネベルク市庁舎とジョンFケネディ広場の蚤の市

Berlin・Rathaus Schöneberg
ベルリン・ラートハウス シェーネベルク (ドイツ語)

Tempelhof-Schöneberg, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市テンペルホーフ・シェーネベルク区

ドイツ・ベルリン シェーネベルク市庁舎とジョンFケネディ広場の蚤の市

 ベルリン地下鉄4号線(U4)のラートハウス・シェーネベルク(Rathaus Schöneberg)駅は、旧シェーネベルク市庁舎とジョンFケネディ広場(John-F.-Kennedy-Platz)の最寄り駅。半地下構造の島式ホームが印象的な駅だ。

 旧シェーネベルク市庁舎は現在、ベルリン(Berlin)市のテンペルホーフ・シェーネベルク(Tempelhof-Schöneberg)区の区役所として使われている。この建物は1914年に当時のシェーネベルク市の市庁舎として建てられ、シェーネベルク市は1920年にベルリン市に編入された。

 同建物は第二次世界大戦の爆撃で大きな被害を受けながらも、戦後修復され、1949年~1993年の西ベルリンの議会が置かれ、1991年まで西ベルリン市長が執務していた。

 市庁舎前の広場は、「ジョンFケネディ広場」(John-F.-Kennedy-Platz)と呼ばれている。1961年、東ドイツ(ドイツ民主共和国)が西ドイツ(ドイツ連邦共和国)の飛び地的存在だった西ベルリンを囲むように「ベルリンの壁」(Berliner Mauer)を建設した。当時の西ベルリンは、アメリカ合衆国、イギリス、フランスの西側諸国の支持によって守られており、特にアメリカの存在は大きかった。

 ベルリンの壁による西ベルリン市民の不安が高まる中、1963年にアメリカのジョンFケネディ(John F. Kennedy)大統領が西ベルリンを訪問。同市庁舎前で演説し、「いま自由世界において最も誇らしく言うことができる言葉は『Ich bin ein Berliner』(イッヒ ビン アイン ベルリナー/私はベルリン市民である)ということだ」と語ったことが多くのベルリン市民に感動を与えた。

 ジョンFケネディ広場では、週末になると蚤の市(Flohmarkt/フローマルクト)が開かれる。さまざまな柄の布類や、雑貨、生活用品、絵画などが並び、ベルリン市民らで活気がある。

ベルリン・シェーネベルク市庁舎エリアの主な駅

Rathaus Schöneberg / ラートハウス・シェーネベルク 駅
ベルリン地下鉄 U4

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ベルリン地下鉄・ラートハウス シェーネベルク駅

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ベルリン地下鉄・ラートハウス シェーネベルク駅の駅前

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シェーネベルク市庁舎とジョンFケネディ広場の蚤の市

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ドイツ・ベルリン 東西ベルリン分断で休止、統一後に復活したビューロウ通り駅

Berlin・Bülowstraße
ベルリン・ビューロウシュトラーセ (ドイツ語)

Tempelhof-Schöneberg, Berlin, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ベルリン市テンペルホーフ・シェーネベルク区

ドイツ・ベルリン 東西ベルリン分断で休止、統一後に復活したビューロウ通り駅

 ドイツの首都ベルリン(Berlin)の地下鉄U2線のビューロウ通り(ビューロウ シュトラーセ/Bülowstraße)駅は、ビューロウ通りにある駅。地下鉄の駅であるが、同駅は高架駅で、黄色い電車が高架線を走る姿が印象的だ。同線の歴史は古く、同駅は1902年に開業。駅も重厚なアールヌーボー様式の造りで雰囲気がある。

 U2線はツォー(Zoologischer Garten)駅やポツダム広場(Potsdamer Platz)駅、アレキサンダー広場(Alexanderplatz)駅などを結ぶ路線で、ベルリンの東西を結んでいる。同線は東西ベルリン分断によるベルリンの壁建設で、1972年にU2の運行が2つ西側のヴィッテンベルク広場(Wittenbergplatz)駅までとなったことから、ビューロウ通り駅の営業が停止された。それから同駅はバザールが開かれたりしていた。

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、ドイツの再統一後、1993年に西側と東側のレールが再びつながり、ビューロウ通り駅も復活した。

ベルリン・ビューロウ通りエリアの主な駅

Bülowstraße / ビューロウシュトラーセ 駅
ベルリン地下鉄 U2

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ベルリン地下鉄U2線・ビューロウ通り駅

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ビューロウ通りを走るベルリン地下鉄U2線

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ドイツ・バートシャンダウ チェコ国境に近いエルベ川沿いの温泉町

Bad Schandau
バート シャンダウ (ドイツ語)

Bad Schandau, Freistaat Sachsen, Bundesrepublik Deutschland
ドイツ連邦共和国ザクセン自由州バートシャンダウ

ドイツ・バートシャンダウ チェコ国境に近いエルベ川沿いの温泉町

 バートシャンダウ(Bad Schandau)は、ドイツ東部のザクセン自由州(Freistaat Sachsen)にあるエルベ川(Die Elbe)沿いの人口約0.4万人の町。

 チェコ共和国の首都・プラハ(Praha)からドイツのドレスデン(Dresden)、ベルリン(Berlin)方面への国際特急に乗り、チェコとドイツの国境を越え、ドイツ側ではじめに停車するのがバートシャンダウ駅。

 エルベ川はチェコ語でラーベ(Labe)川と呼ばれる。列車は川沿いを走り、列車に乗っていると、どこが国境かはっきり分からないままチェコとドイツの国境を越える。いまはEUのシェンゲン協定で国境検査もない。

 バートシャンダウは古くから温泉街として栄えた町で、バート(Bad)は、「温泉」の意味で、「シャンダウ温泉」という名の保養地である。

 バートシャンダウにはキルニッツ渓谷鉄道(Kirnitzschtalbahn/キルニッツシュタールバーン)が走っており、ボイテンの滝(Beuthenfall)方面を結んでいる。

 バートシャンダウからドレスデン方面へエルベ川沿いを走る列車の車窓からは、いかにもドイツらしい可愛い建物が見える。

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バートシャンダウ駅

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エルベ川沿いを走る列車からの車窓

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エルベ川沿いの風景 

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チェコ・ヂェチーン ドイツ国境に近いラーベ川沿いの町

Děčín
ヂェチーン (チェコ語)

Česká republika
Ústecký kraj
チェコ共和国ウースチー州ヂェチーン郡

チェコ・ヂェチーン ドイツ国境に近いラーベ川沿いの町

 ヂェチーン(Děčín)は、チェコ共和国北部のドイツ国境に近い、ラーベ(Labe)川とプローチェニツェ(Ploučnice)川が合流する町で、人口は約5万人。ラーベ川はドイツ語ではエルベ川と呼ばれる。ヂェチーンは隣国のドイツ語ではテッチエン(Tetschen)と呼ばれる。

 この町は、チェコの首都プラハ(Praha)から鉄道でドイツのドレスデン(Dresden)、ベルリン(Berlin)方面へ向かう列車が通り、交通の要衝として発展した。プラハからは列車で約80分ほど。

 ヂェチーンの地名は、この地に9世紀にスラヴ系のヂェチャネ部族が住んでいたことが由来となっている。町の丘の上に立つヂェチーン城がこの町のシンボルとなっている。

 ドイツに近いことから、チェコ人のほかドイツ系住民も住んでいたが、第二次世界大戦の際には、ナチス・ドイツにズデーテン地方(Sudetenland/ズデーテンラント)として併合され、チェコスロバキアも1939年にベーメン・メーレン保護領(Reichsprotektorat Böhmen und Mähren)とされたが、戦後はチェコスロバキア共和国が復活し、ズデーテンラントもチェコスロバキアに復帰した。この間には、ドイツ人の流入とチェコ人の流出、そしてドイツ人の追放とチェコ人の再入植という歴史をたどったのであり、多くの混乱があったことだろう。

 そして、現在はチェコもドイツも欧州連合(EU)加盟国であり、シェンゲン協定で自由に行き来できる。列車はラーベ川(エルベ川)沿いを走りながら、ドイツとの国境を抜けていく。冷戦も終わり、ヨーロッパは平和になったものだと改めて感じる。

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チェコ鉄道・ヂェチーン駅

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ラーベ川(エルベ川)


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