奈良・桜井 大神神社と三輪そうめん

桜井
さくらい

日本国奈良県桜井市

奈良・桜井 大神神社と三輪そうめん

 桜井(さくらい)市は、奈良(なら)県中部にある人口約6万人の市。大和(やまと)盆地の南東部にあり、古代から悠久の歴史をもつ。

 市内にはJR西日本の桜井線(万葉まほろば線)と近畿日本鉄道(近鉄)大阪線が通り、桜井駅が乗換駅になっている。JR桜井線は桜井駅の西は大和高田(やまと たかだ)まで近鉄大阪線とほぼ並走しているが、桜井からは北上し、天理(てんり)、奈良方面を結んでいる。近鉄大阪線は、桜井市を東西に貫き、東は三重県の名張(なばり)、伊勢(いせ)と名古屋(なごや)方面、西は橿原(かしはら)市の大和八木(やまと やぎ)駅、大阪の鶴橋(つるはし)、上本町(うえほんまち)、難波(なんば)方面を結んでいる。

 JR桜井線は市内に桜井、三輪(みわ)、巻向(まきむく)の各駅がある。三輪駅は日本最古の神社と伝えられる大神神社(おおみわ じんじゃ)の最寄り駅。大神神社は神社の東にある三輪山を神体とし、原初の神祀りの様が伝えられており、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を祀る。日本書紀にも大神神社創建の記載がある。国道169号線のところに高さ約32mの巨大な「大鳥居」があり、JR桜井線の東に「二の鳥居」があり、さらに東の森へ進んでいくと大神神社の拝殿がある。大神神社の本社から三輪山を登ったところにある摂社の狭井神社(さいじんじゃ)はパワースポットとして近年注目され、病気を鎮めるご神水が湧き出る薬井戸がある。

 このほか桜井市の特産品といえば、「三輪素麺」(みわ そうめん)で、三輪はそうめん発祥の地と言われている。約1300年前の奈良時代に、大神神社の第12代目宮司の大神朝臣狭井久佐(おおみわのあそん さいくさ)の二男の穀主(たねぬし)が小麦粉を練って細く延ばして乾燥させて保存食にしたのが「そうめん」のはじまりだとされている。

桜井エリアの主な駅

桜井 / さくらい 駅
JR西日本 桜井線(万葉まほろば線)
近畿日本鉄道 大阪線

三輪 / みわ 駅
JR西日本 桜井線(万葉まほろば線)

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JR三輪駅

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大神神社の「二の鳥居」

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大神神社の拝殿

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テーマ : 奈良
ジャンル : 地域情報

奈良・天理 天理教のまち、山の辺の道と天理ラーメン

天理
てんり

日本国奈良県天理市

奈良・天理 天理教のまち、山の辺の道と天理ラーメン

 天理(てんり)市は、奈良県北部にある人口約7万人の都市。天理教(てんりきょう)の本部があることで知られている。

 天理市はもともと山辺(やまべ)郡の丹波市(たんばいち)町という地名であったが、昭和29年(1954年)に周辺の山辺郡の二階堂村、朝和村、福住村、添上郡の櫟本(いちのもと)町、磯城郡の柳本(やなぎもと)町と合併することになり、丹波市町に天理教の本部があることから、天理市となった。宗教団体の名称が市名になったのは日本国内では天理市だけである。町名では岡山県に金光教からとった金光町があった(現在は合併により浅口市)。

 天理市は市街地にある西部が奈良盆地の平地が広がり、東部は山地となっている。北は奈良(なら)市、南は桜井(さくらい)市、南西は田原本(たわらもと)町、北西は大和郡山(やまとこおりやま)市などと接している。天理市の北部に西名阪自動車道が通っていて、名阪間の道路交通の主要ルートとなっている。市内には天理ICがあり、その先東は名阪国道(めいはんこくどう)と呼ばれる国道25号線の自動車専用道となっていて、山間部でカーブは多いが、比較的高規格な道路となっていて、西名阪自動車道の天理ICと東名阪自動車道の亀山(かめやま)ICを結んでいる。

 鉄道は市内を南北にJR西日本・桜井線(万葉まほろば線)、東西に近畿日本鉄道(近鉄)天理線が走っている。桜井線は関西本線(大和路線)から分岐する奈良駅から分岐し、天理を通って桜井市、橿原(かしはら)市方面を結ぶ路線であるが、近鉄橿原線と競合しているためか、普通電車がのんびり走る単線のローカル線となっている。市内には櫟本(いちのもと)、天理(てんり)、長柄(ながら)、柳本(やなぎもと)の各駅がある。沿線はローカルムードあふれる駅が多いが、天理駅は立派な高架駅で2面4線の長いホームがある。ここは天理教の祭りなどがある際の臨時需要に対応するために設けられたもので、普段は閑散としているが、天理教のイベントがある際には臨時列車も運行され、多くの天理教関係者が利用する。

 天理駅を起点にまっすぐ西へ向かっているのが近鉄天理線で、大和郡山市の平端(ひらはた)駅から近鉄橿原線に乗り入れ、奈良市の大和西大寺(やまと さいだいじ)駅を結んでいるほか、一部の急行電車はそのまま京都線を走り、京都(きょうと)駅まで直通している。奈良市方面のほか、大阪方面への通勤にも利用されている。

 天理駅の東側は、天理教の本部や関連施設が集まっている。天理教は江戸時代の1838年(天保9年)に成立した宗教で、中山みき を教祖(おやさま)とする。天理王命(てんりおうのみこと)を主神とする。人間を宿し込まれた地点とされる「ぢば」(地場)に天理教教会本部が建てられ、天理教信者が天理に戻ることを「おぢばがえり」と呼んでいる。市内を歩くと、「おぢばがえり」と書かれた看板などをよく見かける。夏には子ども向けの「こどもおぢばがえり」というイベントも行われている。

 天理教教会本部の南には天理大学がある。天理大学は天理教の海外布教のため大正14年(1925年)に天理外国語学校として開設されたのが前身で、昭和24年(1949年)に天理大学となった。朝鮮語、中国語、台湾語などアジアの語学や国際文化に強い大学として知られ、天理大学附属天理図書館や天理参考館は、貴重な歴史資料や民俗学、考古学資料など豊富な蔵書がある。天理大学の南側には高校野球の強豪として知られる天理高校がある。

 そこから東へ山のほうへ歩いていくと石上神宮(いそのかみ じんぐう)がある。ここは「日本書紀」にも登場する日本最古の神社の一つである。神剣「韴霊」(ふつのみたま)に宿る御霊威を称えた布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)を主祭神とする。石上神宮から南へ、山のふもとには神社や古墳がいくつもあり、桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)のあたりまで「山の辺の道」(やまのべのみち)と呼ばれ、ハイキングコースとなっている。柳本駅の東には崇神天皇陵とされる大きな古墳がある。

 そのほか、近年は天理名物として鶏がらと豚骨ベースのスープに白菜やニラなどの具が入った「天理ラーメン」が有名になってきており、「サイカラーメン」や「天理スタミナラーメン」などがチェーン展開している。天理郵便局前には天理スタミナラーメンが屋台で営業している。

天理エリアの主な駅

天理 / てんり 駅
JR西日本 桜井線(万葉まほろば線)
近畿日本鉄道 天理線

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天理駅

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天理教関係施設が建ち並ぶ天理市中心部


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テーマ : 奈良
ジャンル : 地域情報

滋賀・長浜 黒壁が美しい長浜城の城下町、直流化と新快速直通

長浜
ながはま

日本国滋賀県長浜市

滋賀・長浜 黒壁が美しい長浜城の城下町、直流化と新快速直通

 長浜(ながはま)市は滋賀県北東部の湖北地方にある人口約12万人の都市。長浜市は平成18年(2006年)に東浅井(ひがしあざい)郡の、びわ町と浅井(あざい)町と合併、さらに平成22年(2010年)に東浅井郡の虎姫(とらひめ)町、湖北(こほく)町、伊香(いか)郡の高月(たかつき)町、木之本(きのもと)町、余呉(よご)町、西浅井(にしあざい)町を編入した。

 これらの合併・編入により、長浜市の市域面積と人口が増加し、大津(おおつ)市、草津(くさつ)市に次ぐ県内人口第3位の都市となり、湖北地方の中心となっている。また、南には、滋賀県の交通の要衝である米原(まいばら)市と接している。

 市の西側には琵琶湖(びわこ)が広がり、琵琶湖の東側をJR西日本の北陸本線や、北陸自動車道が通っていて、近畿地方と北陸地方を結ぶ幹線交通となっている。

 北陸本線は長浜市内に、田村(たむら)、長浜(ながはま)、虎姫(とらひめ)、河毛(かわけ)、高月(たかつき)、木ノ本(きのもと)、余呉(よご)、近江塩津(おうみ しおつ)の各駅があり、近江塩津で大津方面から琵琶湖西岸を走る湖西線と合流する。湖西線は、長浜市内に近江塩津駅のほか永原(ながはら)駅がある。

 長浜市の中心となる駅は長浜駅で、名古屋から米原(まいばら)経由で北陸本線沿線を結ぶ特急「しらさぎ」の一部が停車するほか、京都・大阪方面へ向かう新快速電車が発着している。

 長浜駅の開業は明治15年(1882年)で、長浜から福井県敦賀の金ヶ崎(かねがさき)駅を結ぶ路線として開業し、その後、明治17年(1884年)に岐阜県の大垣(おおがき)駅から長浜駅を結ぶ路線が開業して、琵琶湖の連絡船で大津へ向かうルートが形成されたが、明治22年(1889年)に米原経由で大津へ向かう鉄道ルートが完成し、長浜の連絡線は役目を終え、その後、北陸本線の中間駅となった。

 JRの東海道本線(琵琶湖線)は直流電化であったが、北陸本線は交流電化だったため、以前は田村駅の南側にデットセクションがあり、長浜駅は交流電化区間であった。平成3年(1991年)に長浜駅まで直流化され、京都方面からの琵琶湖線の新快速が長浜駅まで直通運転するようになり、北陸本線の長浜駅まで琵琶湖線と呼ばれるようになった。北陸本線の敦賀(つるが)方面からの電車は交直流電車が使用され、長浜駅まで乗り入れ、さらに一部電車は米原駅まで直通していた。平成18年(2006年)には北陸本線の長浜~近江塩津~敦賀と、湖西線の交流区間である永原~近江塩津が直流化され、新快速など京都方面からの近郊電車が敦賀まで直通できるようになり、利便性が向上した。長浜市も市域を拡大し、琵琶湖の周りを走る県内の東海道本線(琵琶湖線)、北陸本線、湖西線が直流で統一されたことから、一体性が強まった。

 長浜駅の西側は、琵琶湖のほとりに長浜城跡の公園があり、天守閣が建っているが、これは昭和58年(1983年)に犬山城などをモデルに建てられたものなので、本来の長浜城のデザインとは異なるようで、ここは現在、長浜城歴史博物館として利用されている。長浜城は羽柴秀吉(豊臣秀吉)が1573年(天正元年)に築城したもので、もともとこの地は今浜(いまはま)と呼ばれていたが、織田信長の「長」の字を拝領して「長浜」となったのだという。秀吉は1573年(天正元年)~1576年(天正4年)に長浜城主を務めた。現在、城址周辺は豊公園(ほうこうえん)となっていて、琵琶湖の湖畔の景色は美しく、太閤井戸があるほか、長浜ロイヤルホテルや長浜文化芸術会館などがある。

 長浜駅の南側には、現存する日本最古の駅舎建築である初代長浜駅舎などを展示する「長浜鉄道スクエア」がある。中は長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館が併設されていて、D51形蒸気機関車とED70形電気機関車が静態保存されている。

 長浜の市街地は主に駅東側に広がっている。豊国神社(ほうこくじんじゃ)は、豊国大明神と呼ばれる豊臣秀吉を祀る神社で、1600年(慶長5年)に創建されたが、江戸時代には幕府によって秀吉を祀る神社が禁止されたが、明治維新後に再び「豊国神社」の名が復活した。

 豊国神社から東へ歩いていくと、黒壁の古い伝統建物が並ぶ「黒壁スクエア」というエリアがある。ここはメインストリートのアーケード商店街の周辺に、江戸時代末期から明治時代にかけての伝統建築が並び、ガラス工芸品店やオルゴール店、カフェ、近江牛レストランなどの店舗が並ぶ観光スポットとなっている。また、近年では九州博多の長浜ラーメンに便乗してか、「長浜ラーメン」の看板をよく見かけるようになったが、相乗効果になるのなら、それもまた面白いと思う。

長浜エリアの主な駅

長浜 / ながはま 駅
JR西日本 北陸本線(琵琶湖線)

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長浜駅に停車する新快速

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長浜駅

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豊公園・長浜城歴史博物館

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豊公園の琵琶湖湖畔

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長浜駅の初代駅舎

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長浜・豊国神社

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黒壁スクエアの街並み

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黒壁クスエアの街並み

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長浜のアーケード商店街

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主要道路沿いにも残るレトロな建物

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湖西線と合流する近江塩津駅

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テーマ : 滋賀県情報
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滋賀・彦根 天守が美しい彦根城

彦根
ひこね

日本国滋賀県彦根市

滋賀・彦根 天守が美しい彦根城

 彦根(ひこね)市は滋賀(しが)県の東部にある人口約11万人の市。古くから近江国(おうみのくに)の交通の要衝として発展し、江戸時代には彦根藩が置かれ、彦根城の城下町が栄えた。

 彦根市の中心の駅は、彦根駅で、JR西日本の琵琶湖線(東海道本線)と近江鉄道本線が乗り入れている。JRの彦根駅は新快速が停車する主要駅で、大津(おおつ)、京都(きょうと)、大阪(おおさか)、神戸(こうべ)方面や、米原(まいばら)、長浜(ながはま)、敦賀(つるが)方面を結んでいる。東海道本線は米原から岐阜(ぎふ)、名古屋(なごや)方面に向かっているが、米原から東がJR東海となるため、琵琶湖線の電車は米原から北陸本線に直通して長浜、敦賀方面に向かう。

 彦根は滋賀県東部の主要駅の一つであるが、東海道新幹線が建設される際には彦根ではなく、米原駅に駅が設置されたことから、滋賀県東部の中心駅の役割は米原駅のほうに移っている。

 近江鉄道は米原から彦根を経由して八日市(ようかいち)、貴生川(きぶかわ)方面を結んでいる。近江鉄道は彦根~米原がJRと競合するが、近江鉄道は彦根~米原の間に鳥居本(とりいもと)、フジテック前の各駅がある。また、彦根市内の高宮(たかみや)駅からは多賀大社前(たがたいしゃまえ)駅を結ぶ多賀線が分岐している。近江鉄道はJR琵琶湖線と比べると利用客は少ないが、地方私鉄らしいのどかな魅力がある。

 彦根の市街地は主に駅の西側に広がっており、西口には馬に乗った彦根藩初代藩主の井伊直政(いい なおまさ)の銅像があるほか、ご当地ゆるキャラの「ひこにゃん」が旅行者を歓迎している。「ひこにゃん」は平成19年(2007年)に彦根城築城400周年記念の「国宝・彦根城築城400年祭」のイメージキャラクターで、その可愛さからイベント終了後も彦根観光の顔として人気があり、ゆるキャラブームの先駆けとなったことから、彦根では全国のさまざまな「ゆるキャラ」が集まる「ゆるキャラまつり」も秋に開催されている。

 駅前にはショッピングセンター「アル・プラザ彦根」(アル・プラザ一号店)があり、そこからメインストリートを5分ほど歩いていくと彦根市役所があり、その先に滋賀県護国神社があり、彦根城のお堀が見えてくる。

 彦根城は江戸時代の1622年(元和8年)に築城され、井伊氏の拠点となっていた。明治7年(1874年)に廃城となったが、天守や櫓の建物がそのまま保存され、昭和30年代の大修理を経て、美しい姿を保っており、日本有数の美しい城として知られている。廊下橋から天秤櫓の門をくぐる。大阪城や名古屋城は、天守が歴史博物館のようになっているが、彦根城の天守はそのままの姿となっており、はしごのような階段を上ると天守閣に上れる。ここからの琵琶湖の眺めは素晴らしい。また、表御殿を復元した建物が彦根城博物館となっており、ここに立ち寄れば彦根城の歴史がわかる。

 彦根城の南西側の京橋の先には「夢京橋キャッスルロード」と呼ばれる城下町の古い家並みの景観が続く通りがあり、ここにお土産屋などが並んでいて、近くには大正ロマンが感じられる「四番町スクエア」や、周辺に残る古い町並みなど、散策が楽しい。

 彦根藩の二代目藩主である井伊直孝が江戸・世田谷の豪徳寺で猫に招かれ、それから豪徳寺が「井伊家の菩提所」として栄えたことから、それが福を招く「招き猫」の由来になたといわれている。

彦根エリアの主な駅

彦根 / ひこね 駅
JR西日本 東海道本線(琵琶湖線)
近江鉄道 本線


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彦根駅に停車するJR西日本221系

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近江鉄道・彦根駅の車庫

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彦根駅前、「ひこにゃん」と「ようこそひこねへ」

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彦根の街並み

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彦根城のお堀

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彦根城の天守

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天守の中

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天守からの眺め

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「夢京橋キャッスルロード」

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テーマ : 近畿地方情報♪(大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山)
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滋賀・野洲 JR琵琶湖線の野洲駅と近江富士

野洲
やす

日本国滋賀県野洲市

滋賀・野洲 JR琵琶湖線の野洲駅と近江富士

 野洲(やす)市は滋賀県中部にある人口約5万人の市。平成16年(2004年)に野洲町と中主(ちゅうず)町が合併して野洲市となった。野洲市は西に守山(もりやま)市、南に湖南(こなん)市、東に近江八幡(おうみ はちまん)市と竜王(りゅうおう)町と隣接している。守山市とは野洲川が境となっている。

 市内には中山道(なかせんどう)の国道8号線が走っているほか、JR西日本の琵琶湖線(東海道本線)とJR東海の東海道新幹線が通り、JR琵琶湖線の野洲駅がある。

 野洲駅は京都(きょうと)と米原(まいばら)のほぼ中間に位置し、同駅が比較的知られているのは、車両基地があり、京都方面から来た同線の電車の約半数がここで折り返すからである。ここから米原方面へは昼間で普通が30分毎、新快速が30分毎に走っている。京都方面は新快速と普通がそれぞれ約15分毎に走るが、普通は高槻(たかつき)以西が快速となる(朝夕は京都から快速)。京都まで約30分、大阪まで約60分の好立地であることから、野洲市は近年はベッドタウンとして人口が増加傾向にある。

 野洲駅の北には京セラ滋賀野洲工場とオムロン野洲事業場があり、市内の主要産業となっている。南口から300mほど南東に行ったところに野洲市役所があり、約500mほど行ったところ東海道新幹線をガードをくぐった先にショッピングセンター「アル・プラザ野洲店」がある。

 国道8号線の南側の標高432mの三上山(みかみやま)は形が円錐形で美しく「近江富士」(おうみふじ)とも呼ばれる。ふもとに御上神社(みかみ じんじゃ)がある。山の裏手の湖南市と竜王町の境には、希望が丘文化公園が広がっている。

 このほか、旧中主町側は琵琶湖に面していて、湖岸道路は野洲川の河口に中主大橋が架かっている。旧中主町の市街地にはショッピングセンター「イオンタウン野洲」がある。

野洲エリアの主な駅

野洲 / やす 駅
JR西日本 東海道本線(琵琶湖線)

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JR琵琶湖線・野洲駅

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テーマ : 滋賀県情報
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京都・伏見稲荷 朱の鳥居が美しい稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社

京都・伏見稲荷
きょうと・ふしみいなり

日本国京都府京都市伏見区

京都・伏見稲荷 朱の鳥居が美しい稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社

 京都(きょうと)市南部の伏見(ふしみ)区には、稲荷神社の総本宮である伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)がある。

 伏見稲荷大社への最寄り駅は京阪電鉄京阪本線の伏見稲荷駅とJR西日本・奈良線の稲荷駅。大阪からや京都中心部(三条、祇園四条など)から便利なのが京阪の伏見稲荷駅で、急行も停車する。伏見稲荷駅は2面2線の相対式ホームの普段は静かな駅であるが、正月の初詣シーズンには多くの人でにぎわう。駅から伏見稲荷大社への道にはおみやげ屋が並んでいる。

 JR奈良線の稲荷駅は京都駅からわずか2駅であり、みやこ路快速は通過するが、正月の初詣シーズンには稲荷駅にも臨時停車する。稲荷駅の歴史は古く、京都~大谷(おおたに)を結ぶ鉄道が開業した明治12年(1879年)に開設。明治28年(1895年)に東海道本線の駅となった。稲荷駅は東海道本線の旧ルート上にあったが、大正10年(1921年)に京都~山科(やましな)~大津(おおつ)の東山トンネルと新逢坂山トンネルが開通すると、稲荷駅を含む東海道本線の旧ルートの一部が国鉄奈良線に転用され、稲荷駅は奈良線の駅となった。

 駅前から伏見稲荷大社の参道となっている。また駅周辺には参拝客向けのお土産屋や飲食店がある。伏見稲荷大社は日本全国にある稲荷神社の総本宮で、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を主祭神とし、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神と合わせて五柱の神様として祀られている。

 伏見稲荷大社の創建は奈良時代が始まる710年前後(和銅年間)の頃で、勅命を受けた伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が伊奈利(いなり)山に神を祀ったことが始まりと伝えられている。稲荷神社は朱色の鳥居と神の使いである白いキツネがシンボルとなっている。「稲」の字が入っているように穀物・農業の神様として篤い信仰を集め、さらに商売繁盛にもご利益があるとして、稲荷神社は庶民に愛されている。

 本殿の後ろには、奉納された鳥居がズラリと並んでいて「千本鳥居」と呼ばれている。朱の鳥居のトンネルは伏見稲荷大社のシンボルとなっている。千本鳥居は途中で二手に分かれ、そこを抜けると「奥の院」と呼ばれる奥社奉拝所がある。その近くには石を持ち上げてみて思ったより軽ければ願い事が叶うという「おもかる石」がある。

 さらにそこから稲荷山へ続く道があり、一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰と3つの山があり、山の中には、お塚や朱の鳥居が建ち並んでいて、山全体が信仰の聖地となっている。

京都・伏見稲荷エリアの主な駅

稲荷 / いなり 駅
JR西日本 奈良線

伏見稲荷 / ふしみいなり 駅
京阪電鉄 京阪本線

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京阪・伏見稲荷駅

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JR奈良線・稲荷駅

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伏見稲荷大社の表参道

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初詣客で混雑する伏見稲荷大社

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伏見稲荷大社の千本鳥居

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伏見稲荷大社の千本鳥居

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テーマ : おこしやす!京都
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京都・西本願寺 堀川通にある龍谷山本願寺「西本願寺」

京都・西本願寺
きょうと・にしほんがんじ

日本国京都府京都市下京区

京都・西本願寺 堀川通にある龍谷山本願寺「西本願寺」

 京都(きょうと)市内には仏教のさまざまな寺院があるが、その中でも下京(げきょう)区に浄土真宗の2つの大きなお寺がある。この二つのお寺は西本願寺と東本願寺と呼ばれ、西本願寺が浄土真宗本願寺派、東本願寺が真宗大谷派の本山となっている。この2つのお寺はいずれも七条通(しちじょう どおり)の北側にある。

 そのうち比較的西側の堀川通(ほりかわ とおり)沿いにあるのが西本願寺で、JR京都駅北口から北西へ徒歩10分ほどのところにある。また、JR嵯峨野線(山陰本線)の丹波口(たんばぐち)駅や京都地下鉄烏丸線の五条(ごじょう)駅からも歩いて10~15分ほど。

 浄土真宗本願寺派は、鎌倉時代の僧である親鸞(しんらん)を宗祖とし、大谷本願寺が1321年(元亨元年)に創建された。親鸞は1262年(弘長2年)に入滅し、京都東山の大谷に葬られ、1272年(文久9年)に大谷廟堂が建てられた。その後いろいろ継承争いが起こり、覚如(かくにょ)によって1321年に大谷廟堂を寺院化して「本願寺」を創建した。この本願寺は本願寺第8世の蓮如(れんにょ)の時代の1465年(寛正6年)に延暦寺西塔の衆徒によって破壊され、そこから蓮如は近江(滋賀県)、越前(福井県)へと逃れ、吉崎御坊(よしざきごぼう)を現・あわら市に建てた。その後、蓮如は河内に移った後、1483年(文明15年)に京都山科(やましな)に山科本願寺を建てた。1532年(天文元年)に山科本願寺が日蓮宗徒らによる法華一揆の焼き討ちに遭って焼失し、1533年に大坂(大阪)に大坂本願寺(石山本願寺)が建てられた。天下統一を目指す織田信長(おだ のぶなが)と争いになり、石山合戦が起こり、1581年(天正8年)に徹底抗戦していた教如(きょうにょ)が籠城していた石山本願寺から退去すると石山本願寺に火が放たれた。1582年(天正10年)に本能寺の変で信長が倒れると、石山本願寺跡地に豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)によって大坂城が築かれ、豊臣秀吉は京都に土地を寄進し、1591年(天正19年)に本願寺(いまの西本願寺)が創建されたが、信長と対抗したときの穏健派と強硬派の亀裂が残り、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで実権を握った徳川家康(とくがわ いえやす)の時代になると、本願寺が分裂し、対信長穏健派の准如(じゅんにょ)を第12代世宗主とする西本願寺(浄土真宗本願寺派)と、教如を第12代世宗主とする東本願寺(真宗大谷派)に分かれ、徳川家康から寄進を受けた烏丸六条に1602年(慶長7年)に東本願寺がいまの場所に移った。

 西本願寺の建物は御影堂(ごえいどう)や本堂(阿弥陀堂/あみだどう)など立派な木造建築が並んでいる。御影堂は1636年(寛永13年)に建立され、東西48m、南北62m、高さ29mの巨大な木造建築で、親鸞聖人(しんらん しょうにん)の木像を安置しているほか、本願寺歴代門主の御影を安置している。本堂は1760年(宝暦10年)の再建で東西42m、南北45m、高さ25m、阿弥陀如来(あみだにょらい)の木造や、聖徳太子の木像などが安置されている。広い畳敷きの空間での読経は厳粛な空気が張りつめ、日本の仏教文化の奥深さを感じることができる。

 御影堂門から堀川通を挟んで総門があり、そこから東へ門前町が続き、京都らしいレトロな木造建築が並ぶ通りとなっている。そのほか、西本願寺の南西側には、西本願寺が創設した「学寮」を起源とする龍谷大学(りゅうこく だいがく)の大宮キャンパスがある。

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西本願寺・本堂

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西本願寺の美しい廊下

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西本願寺の門前町


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テーマ : 京都
ジャンル : 地域情報

兵庫・西宮 阪神地方の中心都市、えべっさん西宮神社

西宮
にしのみや

日本国兵庫県西宮市

兵庫・西宮 阪神地方の中心都市、えべっさん西宮神社

 西宮(にしのみや)市は兵庫県南東部の阪神地方にある都市で、人口約48万人。平成17年(2005年)に東に接する尼崎(あまがさき)市の人口を抜いて神戸(こうべ)市、姫路(ひめじ)市に次いで兵庫県内人口第3位の都市となった。

 神戸と大阪(おおさか)のほぼ中間に位置するため、ベッドタウンとして発展し、山手は高級住宅街が広がっている。

 阪神間には4本の鉄道が通り、海側から阪神電鉄本線、JR西日本・東海道本線(神戸線)、阪急神戸線、さらにその山側にJR西日本の山陽新幹線が走っている。西宮の鉄道中心駅は路線ごとに分散していて、阪神の西宮駅、JRの西宮駅、阪急の西宮北口駅がそれぞれ独自のターミナル駅となっている。

 このほか、西宮市を南北に阪急今津線が走っており、阪神との乗換駅である今津(いまづ)駅から阪神国道(はんしんこくどうを通って西宮北口駅を結び、さらに門戸厄神(もんどやくじん)、甲東園(こうとうえん)駅を通って、宝塚(たからづか)市の宝塚駅を結んでいる。阪急神戸線の夙川(しゅくがわ)駅からは阪急甲陽線が甲陽園(こうようえん)の住宅地を結んでいる。阪神本線は西宮駅や今津駅のほか、プロ野球・阪神タイガースの本拠地球場で春と夏に全国高校野球大会も行われる甲子園球場の最寄駅である甲子園(こうしえん)駅がある。JR神戸線にも甲子園口(こうしえんぐち)という駅があるが、甲子園球場とはかなり離れている。尼崎市との境には武庫川(むこがわ)が流れ、阪神本線の武庫川駅は武庫川の鉄橋上にある。武庫川駅からは阪神武庫川線が武庫川団地前(むこがわだんちまえ)駅まで結んでいる。そのほか、西宮市は南北に長く、六甲山の北側の西宮市北部には、JR福知山線(宝塚線)が走っていて、生瀬(なまぜ)駅と西宮名塩(にしのみやなじお)駅、武田尾(たけだお)駅がある。西宮名塩駅周辺には西宮名塩ニュータウンが開発されている。

 鉄道と同様に道路も阪神間を結ぶ幹線道路が何本も走っていて、最も海側の埋め立て地に阪神高速5号湾岸線が通り、鳴尾浜、甲子園浜、西宮浜出入口がある。阪神電鉄の南側を走る国道43号線の中心に高架で阪神高速3号神戸線が走り、武庫川、西宮出入口があるほか、西宮ICで名神高速道路と接続している。阪神とJRの間には阪神国道と呼ばれる国道2号線が走っている。2号線から北東に伸びる国道171号線は伊丹(いたみ)市と大阪府池田(いけだ)市にある中国自動車道の中国池田ICを結んでいる。また、市北部には中国自動車道が通っていて、西宮名塩SA。西宮北ICがあるほか、西宮山口JCTから阪神高速7号線北神戸線が分岐している。

 西宮市は神戸と大阪の中間である地の利を生かして、阪神甲子園駅の駅前にプロ野球・阪神タイガースの本拠地である甲子園球場があるほか、かつては阪急西宮北口駅前に阪急西宮球場があり、阪急ブレーブスの本拠地だった。阪急ブレーブスはオリックスに球団売却されてから、本拠地を神戸グリーンスタジアムに移転した。

 西宮は甲山(かぶとやま)のふもとに大正時代から昭和初期にかけて高級住宅地が開発され、阪神甲子園駅周辺の「甲子園」(こうしえん)、阪神香櫨園駅周辺の「香櫨園」(こうろえん)阪急西宮北口駅近くの「甲風園」(こうふうえん)、「昭和園」(しょうわえん)、阪急今津線甲東園駅周辺の「甲東園」(こうとうえん)、阪急甲陽線の苦楽園口駅周辺の「苦楽園」(くらくえん)、甲陽園駅周辺の「甲陽園」(こうようえん)は「西宮七園」と呼ばれる高級住宅街が広がっていて、西宮は関西地区の住みたい街ランキングで常に上位にランキングされている。

 西宮市は平成7年(1995年)の阪神淡路大震災で倒壊家屋約3万6000戸、死者1100人余りという甚大な被害を受け、阪急甲東園駅近くで山陽新幹線の橋桁が落下する被害が出たほか、阪急神戸線の西宮北口~夙川間の高架橋が倒壊し、復旧まで約5か月を要した。

 阪神西宮駅は2面4線の高架駅で、特急も停車する西宮市を代表する駅の一つである。震災発生後しばらくは、阪神西宮駅周辺でも倒壊した建物がみられた。阪神西宮駅は震災後の平成13年(2001年)に高架化されたので、駅周辺は生まれ変わり、震災時のことを忘れさせるくらい大きく変化した。西宮市役所は阪神西宮駅の北東側にある。以前は阪神の西宮東口(にしのみやひがしぐち)駅が近かったが、高架化された西宮駅に統合された。

 高架駅の高架下には「エビスタ西宮」という商業施設となていて、阪神百貨店やスーパーなどが入っている。この「エビスタ」という名前は、西宮戎(にしのみや えびす)や、「えべっさん」とも呼ばれる「西宮神社」から来ている。西宮の市街地は西宮神社の門前町として栄えた。

 阪神西宮駅の南側には、西宮神社の参道へ続く西宮中央商店街が伸びている。ここは西宮神社の祭りのとき特ににぎわう。西宮神社は、平安時代にはすでに記録が残っている古い神社で、えびす大神を祀る神社の総本社である。毎年1月10日前後に行われる「十日戎」(とおかえびす)では、開門と同時に参道で走りの速さを競う「福男選び」が名物行事となっている。祭りのときは非常ににぎわうが、普段は静かな神社である。境内の神池には美しい庭園が広がっている。

 JR西宮駅は阪神西宮駅から東北東約800mのところにあり、南口に「フレンテ西宮」という商業施設があるほかは、阪神西宮駅より静かである。以前は、JR神戸線の快速は西宮駅を朝夕ラッシュ時を除いて通過していたが、平成15年(2003年)に快速停車駅となった。西宮駅は国鉄時代から「西ノ宮」(にしのみや)駅と表記されてきたが、平成19年(2007年)に指名と同じ「西宮」駅に表記変更された。また、西宮と芦屋の間には平成19年(2007年)に、さくら夙川(さくら しゅくがわ)駅が開設され、阪急や阪神との乗客の競い合いがいっそう激しくなっている。

 JR西宮駅の南側を東西に走る国道2号線には昭和49年(1974年)まで阪神国道線という路面電車が走り、西宮駅前(国鉄西ノ宮駅との乗り換え駅)や西宮戎(阪神西宮駅との乗り換え駅)などの電停があった。

西宮エリアの主な駅

西宮 / にしのみや 駅
阪神電鉄 阪神本線
JR西日本 東海道本線(神戸線)

西宮北口 / にしのみやきたぐち 駅
阪急電鉄 神戸線、今津線

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高架化された阪神西宮駅

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高架化前(工事中)の阪神西宮駅

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えべっさん筋と西宮神社の門

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西宮神社の社殿

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西宮神社の神池の庭園

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JR西宮駅

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京都・東本願寺 烏丸通にある真宗本廟「東本願寺」

京都・東本願寺
きょうと・ひがしほんがんじ

日本国京都府京都市下京区

京都・東本願寺 烏丸通にある真宗本廟「東本願寺」

 京都(きょうと)市内には仏教のさまざまな寺院があるが、その中でも下京(げきょう)区に浄土真宗の2つの大きなお寺がある。この二つのお寺は西本願寺と東本願寺と呼ばれ、西本願寺が浄土真宗本願寺派、東本願寺が真宗大谷派の本山となっている。

 そのうちJR京都駅に比較的近いのが東本願寺で、JR京都駅北口から京都タワーのそばの烏丸通(からすま どおり)を北へ500mほどのところなので、京都駅から歩いても近い。また、烏丸通を南北に走る京都市営地下鉄烏丸線の五条(ごじょう)駅からも近い。

 真宗大谷派は、鎌倉時代の僧である親鸞(しんらん)を宗祖とし、東本願寺の前身である大谷本願寺は1321年(元亨元年)に創建された。親鸞は1262年(弘長2年)に入滅し、京都東山の大谷に葬られ、1272年(文久9年)に大谷廟堂が建てられた。その後いろいろ継承争いが起こり、覚如(かくにょ)によって1321年に大谷廟堂を寺院化して「本願寺」を創建した。この本願寺は本願寺第8世の蓮如(れんにょ)の時代の1465年(寛正6年)に延暦寺西塔の衆徒によって破壊され、そこから蓮如は近江(滋賀県)、越前(福井県)へと逃れ、吉崎御坊(よしざきごぼう)を現・あわら市に建てた。その後、蓮如は河内に移った後、1483年(文明15年)に京都山科(やましな)に山科本願寺を建てた。1532年(天文元年)に山科本願寺が日蓮宗徒らによる法華一揆の焼き討ちに遭って焼失し、1533年に大坂(大阪)に大坂本願寺(石山本願寺)が建てられた。天下統一を目指す織田信長(おだ のぶなが)と争いになり、石山合戦が起こり、1581年(天正8年)に徹底抗戦していた教如(きょうにょ)が籠城していた石山本願寺から退去すると石山本願寺に火が放たれた。1582年(天正10年)に本能寺の変で信長が倒れると、石山本願寺跡地に豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)によって大坂城が築かれ、豊臣秀吉は京都に土地を寄進し、1592年(天正20年)に本願寺(いまの西本願寺)が建立されたが、信長と対抗したときの穏健派と強硬派の亀裂が残り、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで実権を握った徳川家康(とくがわ いえやす)の時代になると、本願寺が分裂し、対信長穏健派の准如(じゅんにょ)を第12代世宗主とする西本願寺(浄土真宗本願寺派)と、教如を第12代世宗主とする東本願寺(真宗大谷派)に分かれ、徳川家康から寄進を受けた烏丸六条に1602年(慶長7年)に東本願寺がいまの場所に移った。

 東本願寺の建物は江戸時代に何回か火災で焼失しており、現在の建物は、世界最大級(幅58m、高さ38m)の木造建築である御影堂(ごえいどう)や、阿弥陀如来(あみだにょらい)が安置される阿弥陀堂は、いずれも明治13年(1880年)に起工し、明治28年(1895年)に落成したもの。御影堂は平成16年(2004年)~平成21年(2008年)に大改装された。御影堂には宗祖親鸞聖人の御真影を安置している。畳が並ぶ内部は、厳粛な空気が張りつめている。

 東本願寺の入口にあたる御影堂門は高さ28m、明治44年(1911年)の落成で、楼上に「真宗本廟」の額が掲げられていて、釈迦如来’しゃかにょらい)、阿難尊者(あなんそんじゃ)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の三尊像が安置されている。

京都・東本願寺エリアの主な駅

京都 / きょうと 駅
JR西日本 東海道新幹線、東海道本線(京都線、琵琶湖線)、山陰本線(嵯峨野線)、湖西線、奈良線
近畿日本鉄道 京都線
京都市営地下鉄 烏丸線

五条 / ごじょう 駅
京都市営地下鉄 烏丸線

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烏丸通にある東本願寺

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東本願寺・御影堂門

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東本願寺・御影堂

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東本願寺・御影堂の廊下

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京都・八坂 八坂神社と八坂の塔と高台寺「ねねの道」

京都・八坂
きょうと・やさか

日本国京都府京都市東山区

京都・八坂 八坂神社と八坂の塔と高台寺「ねねの道」

 京阪電鉄の祇園四条(ぎおん しじょう)駅から、四条通(しじょう どおり)を東へ進んでいくと、東大路通(ひがしおおじ どおり)と交わる祇園(ぎおん)交差点がある。ここが四条通の終点で、東側は八坂神社(やさかじんじゃ)の境内が広がっている。

 八坂神社は朱色の西楼門が美しく、いかにも京都らしい。八坂神社は古くは祇園社(ぎおんしゃ)と呼ばれ、神仏習合の神様である牛頭天王(ごずてんのう)を祀っていたが、江戸時代末期の1868年(慶応4年)の神仏分離令で「八坂神社」に改められ、御祭神は素戔嗚尊(スサノヲノミコト)になった。八坂神社では毎年7月に京都3大祭りの一つである「祇園祭」が開催され、山鉾巡行や神輿渡御などで盛り上がる。八坂神社のさらに山手には、桜の名所として知られる円山公園(まるやま こうえん)が広がっている。

 円山公園の東の丘には親鸞(しんらん)の墳墓がある真宗大谷派(東本願寺)の大谷祖廟(おおたにそびょう)がある。ここは浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷本廟と区別するために「東大谷さん」とも呼ばれている。

 八坂神社や円山公園の南側は、古きよき京都の風景が残るエリアが広がっている。下河原通周辺にはお菓子屋、料亭、京風みやげ店などが並び、料理屋が軒を連ねる石塀小路(いしべいこうじ)を歩いていくと、紅葉が特に美しい高台寺(こうだいじ)がある。

 高台寺は臨済宗(りんざいしゅう)のお寺であり、豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)の冥福を祈るために、秀吉の正妻である北政所(ねね)が建立し、1606年(慶長11年)に創建された。御本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)で、豊臣秀吉とねねを祀る霊廟となっている。境内には観月台、時雨亭などがあり、春には桜が美しい。

 高台寺から南に伸びる道は「ねねの道」と呼ばれ、石塀小路など京都らしい情緒がある。ねねの道の東側の丘にある霊山観音(りょうぜんかんのん)は、大東亜戦争・第二次世界大戦の戦没者を祀っているところで、白亜の観音像がある。そこからさらに東の山側には、幕末から大東亜戦争までの戦没者の英霊を祀る京都霊山護国神社(きょうと りょうぜん ごこくじんじゃ)がある。境内には明治維新に貢献した坂本龍馬(さかもと りょうま)のお墓もある。

 ねねの道の南西にある法観寺(ほうかんじ)は、「八坂の塔」(やさかのとう)と呼ばれる高さ46mの五重塔(ごじゅうのとう)が美しい。ここから西側に少し坂を下りて、八坂の塔の写真を撮れば、いかにも京都らしいイメージだ。

 八坂の塔の東側の丘にある二年坂(にねんざか)、産寧坂(さんねんざか)は、石畳の道に日本伝統建築の店舗が並び、タイムスリップしたような日本の美しさが感じられる。京都らしい雑貨やお土産もこのあたりでたくさん販売されているので、お店で眺めるだけでも楽しい。産寧坂は清水坂につながっていて、清水坂を上っていくと清水寺(きよみずでら)へ行くことができる。

 五条坂を下りていくと、東大路通と五条通の角に浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷本廟(おおたに ほんびょう)がある。御本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)であり、親鸞(しんらん)の墓所。真宗大谷派(東本願寺)の大谷祖廟(東大谷)と区別するために「西大谷さん」とも呼ばれている。

京都・八坂エリアの主な駅

祇園四条 / ぎおんしじょう 駅
京阪電鉄 京阪本線

清水五条 / きよみずごじょう 駅
京阪電鉄 京阪本線

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八坂神社

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下河原通側の八坂神社の鳥居

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料理屋が並ぶ小道

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ねねの道

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京都らしい坂道

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八坂の塔

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大谷本廟(西大谷)

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