中国・北京 中国首都の玄関口、北京首都国際空港

北京
ペイチン/Bĕijīng (中国語/北京語)
ぺきん/北京

中华人民共和国北京市朝阳区
中華人民共和国北京市朝陽区

中国・北京 中国首都の玄関口、北京首都国際空港

 北京(ペイチン)の国際空港は、北京の市中心部から北東約30キロのところにある北京首都国際空港(北京首都国际机场/ペイチン・ソウトゥー・クオチー・チーツァン)。

 市街地から空港までは北東方向に首都空港高速道路(首都机场高速公路)がほぼ一直線につながっており、さらに北京オリンピックが開かれた2008年に北京地下鉄空港(机场)線が開業し、首都空港から東直門(东直门/トンツーメン)まで約28キロを16分で結んでおり、空港と市内の交通アクセスは極めてよい。

 北京首都空港は、日本からの政府開発援助(ODA)によって1999年に空港が拡張され、1999年に新しいターミナルビルが建設された。その後、第1ターミナルの改造や、北京オリンピックに合わせた第3ターミナルビルの整備が行われ、地下鉄は第2ターミナルと第3ターミナルに乗り入れている。

 現在、第1ターミナルは国内線用として大新華航空が乗り入れている。第2ターミナルは、中国東方航空、中国南方航空、海南航空、深圳航空、重慶航空、廈門航空などの中国の航空会社のはか、各国の国際線が乗り入れている。第3ターミナルは中国国際航空、上海航空、山東航空、四川航空、キャセイパシフィック航空(國泰航空)、香港ドラゴン航空(港龍航空)、マカオ航空(澳門航空)や、日本の日本航空、全日本空輸などが乗り入れている。

 北京首都空港から最も頻繁に飛んでいるのは、上海虹橋(サンハイ・ホンチャオ/サァヘー・オンヂョー)空港を結ぶ路線で1時間に数本あるシャトル路線となっている。このほか、満州の長春(长春/ツァンツン)、大連(大连/ターリエン)、瀋陽(沈阳/センヤン)、ハルビン(哈尔滨)、華東・沿岸部の青島(青岛/チンタオ)、南京(ナンチン)、宁波(ニンポー)、杭州(ハンツォウ/ハァツィー)、華西・華中の西安(シーアン)、蘭州(兰州/ランツォウ)、武漢(武汉/ウーハン)、長沙(长沙/ツァンサー)、鄭州(郑州/ツェンツォウ)、西南の重慶(重庆/ツォンチン)、成都(ツェントゥー)、貴陽(贵阳/クエイヤン)、昆明(クンミン)、華南の広州(广州/クァンツォウ/クォンツァウ)、厦門(厦门/シアメン/エームン)、深圳(センツェン/サムツァン)、香港(ホンコン)、新疆ウイグル自治区のウルムチ(乌鲁木齐/ئۈرۈمچی)、韓国のソウル・インチョン(首尔仁川/서울인천)、日本の東京(とうきょう)にそれぞれ毎日10便以上飛んでいる。

 2008年からは台湾との直航も始まり、2009年8月から定期便化し、毎日3便程度、台湾の台北桃園(タイパク・トーフン)を結んでいる。

 日本とは東京成田のほか、東京羽田、大阪関西、名古屋、福岡、札幌、仙台などの路線がある。

 また、北京からは週3便、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の平壌(평양/ピョンヤン)へ高麗航空(고려항공/コリョ・ハンゴン)が飛んでいる。

 このほか、北京には北京市南部の大興(大兴/ターシン)区に北京南苑(ナンユエン)空港がある。ここは清国時代の1910年に開港した歴史ある空港。軍民共用のため国内線専用空港であるが、2007年に新ターミナルができ、北京首都空港の補完的な役割を果たしている。 

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中国・北京 路線が急速に広がる北京地下鉄

北京
ペイチン/Bĕijīng (中国語/北京語)
ぺきん/北京

中华人民共和国北京市
中華人民共和国北京市

中国・北京 路線が急速に広がる北京地下鉄

 北京市民の重要な足である北京地下鉄(北京地铁/ペイチン・ティーティエ)は、中国首都の交通機関としてその歴史はわりと古く、1969年に1号線(ラインカラー赤)と2号線(ラインカラー青)の一部区間が開業した。当時の開業区間は北京市西部の石景山(スーチンサン)区にある1号線の黒石頭(石头/ヘイスートウ)~2号線の北京駅(北京站/ペイチンツァン)までで、乗車できるのは公務員のみだった。

 それから8年後の1977年に中国人の一般市民に開放され、1980年から外国人にも開放された。但し、1号線は蘋果園(苹果园/ピンクオユエン)駅までしか一般開放されておらず、その先の福寿嶺(福寿岭/フウソウリン)、高井(カオチン)、黒石頭(石头)の各駅は今も関係者専用駅となっている。

 1984年に2号線のすでに開業している長椿街(长椿街/ツァンツンチエ)~宣武口(シュエンウーコウ)~崇文門(崇文门/ツォンウェンメン)~北京駅に加え、北京~建国門(建国门/チエンクオメン)~西直門(西直门/シーツーメン)~東直門(东直门/トンツーメン)~雍和宮(雍和宫/ヨンホーコン)~復興門(复兴门/フウシンメン)~長椿街(长椿街/ツァンツンチエ)間が開業し、2号線は環状運転をはじめた(全区間地下)。

 その後、1号線は1992年に西単(西单/シータン)まで延長され、さらに1999年に天安門西(天安门西/ティエンアンメン・シー)~王府井(ワンフウチン)~東単(东单/トンタン)~建国門(建国门)~国貿(国贸/クオマオ)~四恵東(四惠东/スーホエイ・トン)の北京市西部を結ぶ区間が開業し、翌2000年に西単~天安門西が開通し、東西の区間がつながり1号線は北京市の東西を結ぶ幹線となった。

 次に開業としたのは13号線(ラインカラー・オレンジ)で、この線は地下ではなく地上で北京市の北側の郊外を走っている。2002年に西直門(西直门)~知春路(ツーツンルウ)~霍営(霍营/フオイン)が開業し、翌2003年に霍営~立水橋(立水桥/リースエイチャオ)~芍薬居(芍药居/サオヤオチュィー)~東直門(东直门)が開業し、全通した。この線の開業によって北京市北部から市中心部への交通が便利になった。

 次に開業した八通(パートン)線は、1号線の東側方面の延伸線で、1号線とは直通はしていないが、ラインカラーは同じ赤色となっている。2003年に四恵(四惠/スーホエイ)~土橋(土桥/トゥーチャオ)が開業した。

 この後、2008年の北京オリンピックに合わせて5号線、8号線、10号線、空港線(機場線)が建設された。5号線(ラインカラー紫)は、北京市を南北に貫く路線で、北から天通苑北(ティエントンユエン・ペイ)~立水橋(立水桥)~恵新西街南口(惠新西街南口/ホエイシン・シーチエ・ナンコウ)~雍和宮(雍和宫)~東単(东单)~崇文門(崇文门)~宋家庄(ソンチアツォアン)が2007年に開業した。

 10号線(ラインカラー水色)は2号線より北側を大回りする路線として計画され、オリンピックのアクセス路線として2008年に一部開業した。朝陽(朝杨/ツァオヤン)区の勁松(劲松/チンソン)から、~国貿(国贸)~三元橋(三元桥/サンユエンチャオ)~芍薬居(芍药居)~恵新西街南口(惠新西街南口)~北土城(ペイトゥーツェン)~知春路~海淀黄庄(ハイティン・ホアンツォアン)~、海淀(ハイティン)区の巴溝(巴沟/パーコウ)を結んでいる。

 8号線(ラインカラー緑色)は北京オリンピック会場を結ぶ路線として2008年に開業し、10号線の北土城から北へ、オリンピックスポーツセンター(奥体中心/アオティー・ツォンシン)~オリンピック公園(奥林匹克公园/アオリンピーコー・コンユエン)~森林公園南門(森林公园南门/センリンコンユエン・ナンメン)を結んでいる。

 空港線(机场/チーツァン)線は、2号線、13号線の東直門(东直门)から北京首都国際空港(北京首都国际机场/ペイチン・ソウトゥー・クオチー・チーツァン)を結ぶ路線で2008年に開業した。途中、三元橋(三元桥)で10号線と接続し、北京首都空港の第3ターミナル(3号航站楼/サンハオ・ハンツァンロウ)と第2ターミナル(2号航站楼/アルハオ・ハンツァンロウ)を結んでいる。三元橋から空港は高架の区間が多い。東直門から空港約28キロを16分で結んでおり、非常に空港が近くて快適となった。

 いま北京で最も新しい地下鉄は4号線(ラインカラー青緑)で、公益西橋(公益西桥/コンイー・シーチャオ)~北京南駅(北京南站/ペイチンナン・ツァン)~宣武口~西単(西单)~西直門(西直门)~国家図書館(国家图书馆/クオチア・トゥースウクワン)~海淀黄庄~安河橋北(安河桥北/アンホーチャオ・ペイ)が2009年9月28日に開業した。

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中国・北京 延慶県八達嶺の万里の長城

北京・八达岭
ペイチン・パーターリン/Bĕijīng Bādálĭng (中国語/北京語)
ぺきん・はったつれい/北京 八達嶺

中华人民共和国北京市延庆县
中華人民共和国北京市延慶県

中国・北京 延慶県八達嶺の万里の長城

 万里の長城(万里长城/ワンリー・ツァンツェン)は、春秋戦国時代にいまの河北(ホーペイ)省のあたりを拠点とした趙国が北方から匈奴などの異民族による侵入を防ぐために長城を建設し始め、秦国の時代を経て、明(ミン)国の時代にかけて建造された歴史的建造物である。

 万里の長城の西端は、現在の河北省と遼寧(辽宁/リャオニン)省の境の山海関(山海关/サンハイクワン)で、かつて満州族(女真族)の侵入を阻止するために建造された。東端は甘粛(甘肃/カンスウ)省の嘉峪関(嘉峪关/チアユィークワン)で、総延長は約8850キロに及ぶ。

 万里の長城を観光する際に最も便利なのが、北京市郊外の延慶(延庆/イエンチン)県にある八達嶺(八达岭/パーターリン)。ここの長城は明国時代に建設されたもので、現在は観光用に整備されている。

 北京市内から八達嶺へは、徳勝門(胜门/トーセンメン)からバスがあり、八達嶺高速道路(八达岭高速公路)を使って快適に万里の長城へ向かうことができる。徳勝門へは、環状線の北京地下鉄2号線の積水潭(积水潭/チースエイタン)駅が近い。八達嶺長城までは約1時間。

 また、地下鉄2号線、4号線、13号線の西直門(西直门/シーツーメン)駅に隣接する中国国鉄の北京北(ペイチンペイ)駅から城鉄S2線(城铁S2线/ツェンティエ・エスアルシエン)と呼ばれる延慶行きの郊外列車が八達嶺を経由する。八達嶺まで途中、清華園(清华园/チンホアユエン)、清河(チンホー)、沙河(サーホー)、昌平(ツァンピン)に停車する。八達嶺駅から長城へは歩いて行ける。

 八達嶺の長城は、山を這うようにどこまでも広がる万里の長城のイメージとまさにピッタリ。また、長城の高いところまで観光ロープウェイもある。世界的な観光地となっているためか、観光客は外国人の比率が極めて高く、日本人観光客とも遭遇する。私がここに行った1998年のときは、国際観光地にわりにはトイレが汚くて残念だったが、北京オリンピックも経て最近は改善されていることだろうと思う。

beijingbadaling
八達嶺・万里の長城

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中国・北京 紫禁城の故宮博物院と景山公園

北京・故宮
ペイチン・クウコン/Bĕijīng Gùgōng (中国語/北京語)
ぺきん・こきゅう/北京 故宮

中华人民共和国北京市东城区
中華人民共和国北京市東城区

中国・北京 紫禁城の故宮博物院と景山公園

 天安門広場(天安门广场/ティエンアンメン・クァンツァン)から天安門をくぐって中に入ると、そこは明(ミン)、清(チン)の歴代王朝の王宮であった故宮(クウコン)で、かつての紫禁城(ツーチンツェン)である。

 紫禁城に住んだ最後の皇帝が、清朝のラストエンペラーである愛新覚羅溥儀(アイシンギョロ・プーイー)で、1908年12月にわずか2歳10ヶ月で即位したが、辛亥革命による中華民国建国によって清朝が倒され、1912年2月(宣統3年)に清国の皇帝を退位した。その後、溥儀らはしばらく紫禁城で暮らすことを許されたが、1924年(中華民国13年)に北京で起こったクーデターにより、溥儀らが紫禁城から追放された。そして、1925年(民国14年)より故宮(クウコン)として、清朝の皇族が持っていた芸術品を博物館として公開するようになった。

 故宮の敷地は南北が960m、東西が760mで、城壁に囲まれ、城内にはいくつもの門がある。この建物も含めて、故宮博物院(クウコン・ポォーウーユエン)として一般公開されているが、収蔵品の一部は戦争による混乱で移動され、中国国民党が1949年に台湾に逃げ込んだときに、故宮の宝物の多くを台湾に運んだ。これが台湾の台北市にある国立故宮博物院であり、ここ最近は中国北京の故宮博物院から台北の故宮博物院への貸し出し展示も行われている。

 故宮博物院の入り口となるのが、故宮の南側にある午門(午门ウーメン)で、ここから先の見学は入場料が必要となる。その先、お堀を渡ると、外朝の正門にあたる太和門(太和门/タイホーメン)がある。この中に歴代皇帝の公式行事、儀式などが行われた太和殿(ターホーティエン)がある。太和門の東側には歴代王朝の皇太子が暮らした文華殿(文华殿/ウェンホアティエン)があり、北側の後三宮(后三宮/ホウサンコン)と呼ばれるところは、歴代皇帝が生活したり儀式を行う場所であった。このほか、西六宮(シーリョウコン)や東六宮(东六宮/トンリョウコン)は妃が住んでいた場所で、現在は宮廷を再現した展示や、歴史文物の展示が行われている。故宮の北側の門が神武門(神武门/センウーメン)で、ここが故宮博物院の北出口となっている。

 故宮の北には、景山公園(景山公园/チンサン・コンユエン)という小高い丘の公園があって、ここから故宮が一望できる。朱色の歴史建築群は、北京の重厚な歴史を感じさせる素晴らしい眺めだ。

 景山公園の入り口の「山左裏門」(サンツオリーメン)の額は左が満州語、右が中国語で書かれており、満州人の皇帝が支配する清朝時代の歴史が感じられる。

 この公園は、いまは地元の老人たちが集まって気持ち良さそうに中国伝統の歌を歌っていたり、太極拳をしたりと、市民の憩いの場となっている。

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中国・北京 天安門広場と中華人民共和国建国60周年

北京・天安门
ペイチン・ティエンアンメン/Bĕijīng Tiān'ānmén (中国語/北京語)
ぺきん・てんあんもん/北京 天安門

中华人民共和国北京市崇文区、东城区
中華人民共和国北京市崇文区、東城区

中国・北京 天安門広場と中華人民共和国建国60周年

 北京(ペイチン)駅から西へ、崇文門(崇文门/ツォンウェンメン)から地下鉄2号線(環状線)の地上を前門東大街(前门东大街/チエンメン・トンターチエ)を歩いていくと、前門(前门/チエンメン)が見えてくる。

 前門の北側にある大きな広場が天安門広場(天安门广场/ティエンアンメン・クァンツァン)で、その広さは約40万平方メートル、50万人収容でき、これまで中国のさまざまな歴史の舞台となってきた。

 前門すぐ北側にあるのが中華人民共和国を建国した中国共産党の指導者・毛沢東(毛泽东/マオ・ツォートン)の遺体を安置している毛主席紀念堂(毛主席纪念堂/マオツウシー・チーニエンタン)。1976年に毛沢東主席が死去した後、華国鋒(华国锋/ホア・クオフォン)中国共産党主席によって建設が決定し、翌1977年に完成した。

 天安門広場の中央に立つ大きな記念碑は人民英雄紀念碑(人民英雄纪念碑/レンミン・インション・チーニエンペイ)で、中華人民共和国の革命に殉じた人々を追悼するために建てられ、1958年に完成した。記念碑の題字は毛沢東による揮毫で「人民英雄永垂不朽」と刻まれている。

 天安門広場の東側にある建物は中国国家博物館(中国国家博物馆/ツォンクオ・クオチア・ポォーウークワン)で、同博物館は2003年に中国歴史博物館と中国革命博物館が合併してできた、中国の歴史を伝える国立博物館となっている。

 天安門広場の西側にある建物は人民大会堂(レンミン・ターホエイタン)で、1959年に建てられた中国の国会議事堂にあたる建物。ここで全国人民代表大会(全人代=チュエンレンタイ)と、中国人民政治協商会議が開かれる。

 そして、天安門広場から(東西)長安街(长安街/ツァンアンチエ)を挟んだ北側にある大きな門が天安門(天安门/ティエンアンメン)で、中央に毛沢東の肖像画が掲げられ、左側に「中华人民共和国万岁」(中華人民共和国万歳)、右側に「世界人民大团结万岁」(世界人民大団結万歳)の文字スローガンが掲げられている。このスローガンはかつては正体漢字(旧字体)であったが、1964年に現在の中国語の簡体字に変更され今に至っている。

 天安門の前身は、紫禁城(ツーチンツェン)が建設された明(ミン)の時代の「承天門」(ツェンティエンメン)であり、その後何度か消失し、清(チン)の時代の1651年に再建された際に、満州語で「天命を受けて安定した国を治める」という意味の名称が付けられ、それが「天安門」とされた。

 1949年10月1日、天安門で中華人民共和国の建国式典が開かれ、毛沢東はここで「中華人民共和國成立了!」と建国宣言を行った。そして、それから60年後の2009年10月1日、天安門広場周辺では大々的に中華人民共和国60周年記念式典が行われた。北京市内に戒厳態勢が敷かれる中、大陸間弾道ミサイルなどが披露される大規模な軍事パレードが行われた。胡錦濤(胡锦涛/フウ・チンタオ)国家主席は、軍事パレードを閲兵し、「世界の大国」としての中華人民共和国を世界に向けてアピールした。

 ところで、10年前の1999年に北京を訪れたとき、当時の北京は中華人民共和国建国50周年の記念式典が行われたときだった。ある中国のガイドさんから聞いた話によると、建国50周年のパレードのとき、北京市内はリハーサルで大変だったようだ。しかも、マスゲームなど練習をしているのは特別選抜された人で、軍事パレードの際は一般市民は立ち入り禁止。北京市内の交通はかなり不便を強いられたのだそうだ。

 天安門広場といえば、忘れてはならないのは、1989年6月4日に発生した六四・天安門事件である。同事件は、言論の自由や中国民主化に一定の理解を示していた胡耀邦(フウ・ヤオパン)元中国共産党主席・総書記が1989年4月に死去した後、中国学生の民主化が盛り上がり、民主化を求める学生たちが天安門広場に集結したところを、当時の中国の指導者である小平(邓小平/テン・シャオピン)や李鵬(李鹏/リー・ポン)首相らによって戒厳令を敷くことが決定され、1989年6月4日に中国人民解放軍がデモ学生らに無差別発砲し、装甲車でひき殺し、民主化運動を武力弾圧したもので、数千人の犠牲者が出たとも言われている。当時の民主化学生運動の指導者だったウルケシュ(吾尔开希/ウーアルカイシ)、王丹(ワン・タン)、柴玲(ツァイ・リン)らは後に海外に亡命した。中国共産党当局にとって、天安門事件は現在もタブー視され、現在でも中国の報道では天安門事件についてはたびたび報道管制が敷かれている。 

beijingtiananmen
北京・天安門広場

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中国・北京 中華人民共和国の首都・北京

北京
ペイチン/Bĕijīng (中国語/北京語)
ぺきん/北京

中华人民共和国北京市
中華人民共和国北京市

中国・北京 中華人民共和国の首都・北京

 北京(ペイチン)は中華人民共和国(中国)の首都であり、現代中国の政治の中心都市である。北京市の都市部人口は約920万人、郊外を含めると約1700万人の直轄市となっている。

 北京は古くは春秋戦国時代の「燕」の首都であったことから「燕京」と呼ばれた。唐の時代には「幽州」となり、モンゴルに支配された元の時代には「大都」という都となり、明の時代に北平府が置かれ、都市名が北京(ペキン/ペイチン)に改められた。その後、北京は満州人が建てた清国の首都となり、中華民国が建国されると首都が南京(ナンチン)に置かれたため、北平(ペイピン)と改称された。その後、日中戦争中は北京となったが、戦後再び北平とされた。そして、国共内戦に勝利した中国共産党が、1949年に中華人民共和国を建国し、首都を北京に置いたことから「北京」と再改称されて現在に至る。

 北京の中心部で、旧市街地にあたるのが、東城(东城/トンツェン)区、西城(シーツェン)、崇文(ツォンウェン)、宣武(シュエンウー)の各区で、東城区には天安門広場(天安门广场/ティエンアンメン・クァンツァン)、故宮(クウコン)、北京駅や繁華街の王府井(ワンフウチン)、西城区には人民大会堂や繁華街の西単(西单/シータン)、崇文区には天壇(天坛/ティエンタン)などがある。

 北京は旧市街地から放射状に都市が広がっていて、市中心部の北東の朝陽(朝阳/ツァオヤン)区は、北京首都空港(北京首都机场/ペイチン・ソウトゥー・チーツァン)がある。 市中心部の北西の海淀(ハイティン)区は、北京大学、清華大学、ハイテク・サイエンスパークである中関村(中关村/ツォンクワンツン)など学術・科学技術の街となっている。市中心部の西側は石景山(スーチンサン)区で、キャラクターのパクリ疑惑で有名になったテーマパーク・石景山遊楽園(石景山游乐园/スーチンサン・ヨウローユエン)がある。市中心部の南西は豊台(丰台/フォンタイ)区で、ここは1937年(昭和12年)の盧溝橋事件で知られる盧溝橋(卢沟桥/ルウコウチャオ)がある。

 北京では、2008年に北京オリンピックが開催され、これに合わせて大規模な都市開発が行われた。そして、2009年10月1日、中華人民共和国は建国60周年を迎え、その記念式典や大規模な軍事パレードが北京市内で盛大に行われ、大国中国を世界に向けてアピールした。一方で、厳重な警備と規制、市民の参加や行動を制限するなど、厳戒態勢の中で実施された。これもまた、中国共産党の独裁体制が続く現代中国らしい北京の一風景のように思えた。

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中国・華北 華北の主な都市人口

华北
ホアペイ/Huábeǐ (中国語)
かほく/華北

中华人民共和国华北地区
中華人民共和国華北地区

中国・華北 華北の主な都市人口

(参考:Wikipedia、「中華人民共和国行政区画簡冊」2009ほか)

北京(ペイチン)市 1216万
市中心部 747万
市区 1145万

天津(ティエンチン)市 964万
市中心部 390万
市区 791万

河北(ホーペイ)省 7032万
303万 唐山 タンサン
236万 石家庄 スーチアツォワン
146万 邯郸 ハンタン
118万※定州 ティンツォウ
106万 保定 パオティン
89万 张家口 ツァンチアコウ
81万※任丘 レンチョウ
80万 秦皇岛 ホワンチンタオ
79万 廊坊 ランファン
79万※河间 ホーチエン
76万※藁城 カオツェン
74万※武安 ウーアン
71万※遵化 ツンホア
70万※迁安 チエンアン
62万※涿州 ツオツォウ
61万※辛集 シンチー
59万※高碑店 カオペイティエン
58万 邢台 シンタイ
58万※覇州 パーツォウ
57万※泊头 ポォートウ
57万※深州 センツォウ
52万 承 ツェントー
52万※晋州 チンツォウ
51万 沧州 ツァンツォウ
51万※三河 サンホー
51万※黄骅 ホアンホア
48万※沙河 サーホー
47万 衡水 ヘンスエイ
47万※新乐 シンロー
46万※南宫 ナンコン
40万※安国 アンクオ
37万※鹿泉 ルウチュエン
37万※冀州 チーツォウ

山西(サンシー)省 3392万
299万 太原 タイユエン
152万 大同 タートン
81万 临汾 リンフェン
71万 长治 ツァンツー
67万 阳泉 ヤンチュエン
65万 运城 ユンツェン
63万 朔州 スオツォウ
57万 晋中 チンツォン
52万 忻州 シンツォウ
48万※高平 カオピン
47万※原平 ユエンピン
45万※孝义 シャオイー
43万※永济 ヨンチー
41万※汾阳 フェンヤン
39万※介休 チエショウ
38万※河津 ホーチン
33万 晋城 チンツェン
30万※霍州 フオツォウ
27万 吕梁 リュィーリャン
24万※侯马 ホウマー
22万※古交 クウチャオ
22万※潞城 ルウツェン

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