千島(クリル) 千島列島と蟹工船

千島
ちしま (日本語)
クリル/Кури́л (ロシア語)

千島(クリル) 蟹工船と千島列島

 昭和4年(1929年)に発表された小林多喜二のプロレタリア文学代表作『蟹工船』(かにこうせん)が松田龍平主演で映画化された。

 日雇い派遣労働などによるワーキングプアの増加で「蟹工船」が再び脚光を浴びて小説が爆発的に売れたという話は知っていたが、実際にどんなストーリーか知らなかったので、今回見た映画ではじめて「蟹工船」の物語を知った。

 「蟹工船」の舞台は、ロシアのカムチャツカ(Камчатка)半島に近い、千島(クリル)列島(Кури́льские острова́)。同作が発表された昭和4年の時点では千島列島は日本領だった。

 現在、日本政府はロシア連邦政府に北海道の歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)の北方四島の返還を要求しているが、戦前はその先のカムチャツカ半島まで続く千島列島も日本領であり、北方四島と同時に当時のソビエト連邦に占領され、ソ連解体後、現在ロシア連邦に引き継がれている。

 江戸時代までこの地域は、先住民のアイヌ人が住んでいたが、ロシアが不凍港を求めて領土を拡張しながら南下、日本は寒冷地で居住する技術を得てから徐々に北上し、安政元年(1855年)に日露和親条約が結ばれ、択捉島と得撫(うるっぷ)島(о.Уруп)の間に国境線が引かれた。(これがいま日本政府が主張する国境線)

 明治維新後、明治8年(1875年)に日本はロシアと「樺太・千島交換条約」を結び、樺太(サハリン/Сахалин)をロシア領、千島列島を日本領とすることが双方の合意で決定された。これによって千島列島の占守(しゅむしゅ)島(о.Шумшу)まで日本領となった。(これを根拠に現在も日本共産党は全千島の日本領有を主張している)

 その後、日露戦争で明治38年(1905年)にロシアから南樺太が日本に割譲された。

 ソ連軍は第二次世界大戦で日本が敗戦を認め、ポツダム宣言を受諾した昭和20年(1945年)8月14日より後の8月18日にカムチャツカ半島から千島列島に侵入して占領した。また、南樺太もほぼ同時期にソ連軍に占領された。日本はサンフランシスコ平和条約で、南樺太と千島の領有権を放棄した。

 さて、「蟹工船」の時代は1910年代(大正初期)頃から千島列島にカニの缶詰産業が興る。小説「蟹工船」のモデルになったのは、実際に昭和初期に北洋漁業の蟹工船として使用されていた「博愛丸」がモデルとされている。

 「蟹工船」は千島列島のオホーツク海でカニを捕り、カニの缶詰を製造する船の中で、労働者が過酷な労働を強いられ、労働改善を求めて立ち上がるという話。映画の中では、カムチャツカ半島沖でカニ漁の途中で遭難した2人がソ連船に助けられ、ソ連の労働者がみんな楽しく踊って宴会をしている様子に刺激され、「蟹工船」に戻った2人がソ連式の労働運動を「蟹工船」の中で実践し、ストライキも辞さないと同船事業の監督である浅川に迫る。浅川はいったん要求を呑むが、海軍の支援を得て労働運動を煽ったリーダーが捕らえられた。(その後どうなったかは映画を見てのお楽しみ)

 「蟹工船」の作者の小林多喜二は、自身が共産主義に共鳴し、当時は認められていなかった日本共産党に入党し、後に特高警察に逮捕され、昭和8年(1933年)に拷問で死去した。当時の小林多喜二は、共産革命を達成したソ連へのあこがれがあったのだろう。だが、ソ連は小林の死後、スターリンの暴政などを経て、労働者の天国どころか、ただの恐ろしい独裁国家となってしまった。ただ、当時の劣悪な労働環境を労働者の視点で描き、そこからなんとか状況を打破しようというストーリーは共感を誘う。

 現代では、さすがに棒で殴られながら働くということはないが、劣悪な労働環境下で低賃金長時間労働を強いられるワーキングプアが急増しており、社会問題化している。会社自体が儲からないという問題があることは承知しているが、経営合理化という名目で、労働者をただの生産機械のように扱い、景気が回復しても役員報酬だけが何割も何倍も増え、労働者の賃金はカットとかいう利益の不公平な分配を行っている事例も目立った。会社が社員の家族生活のことを考えていた年功序列システムが崩壊した後の混乱や後遺症なのだと思う。会社と社員(非正規やバイトも含めて)の一体感というのが欠けている企業が多くなってきているのではないだろうか。

 現在は、全体の労働環境は技術の進歩によって著しく改善されたが、人件費の削減で、フルタイムで働いてもアルバイト並みの低賃金の不安定な雇用体系が増えている。低賃金で働く労働者を「負け組」と馬鹿にする風潮があるが、日本社会全体で見た場合、大変な労働も社会に必要な労働なのであり、社会の歯車なのである。「そんな労働者にならないように」ではなくて、社会に必要な労働であれば、自立して生活できるような雇用環境へと改善する必要があるだろう。このまま不合理を放置すれば荒んだ社会になると思う。人材の育成という投資を軽視すべきでないし、失業したら終わりで非正規低賃金に転落というようなやり直しが難しい硬直した構造も改革が必要だと思う。

 「蟹工船」の労働者たちを見てわかるように、人々が求めているのは働きに応じた合理的な生活と、働く人間としての尊厳である。低賃金長時間労働に甘んじている者を「底辺」、「負け組」、「やる気がない」、「無能」、「嫌ならやめろ」、「自分で抜け出す能力がない」、「頭が悪い」とか見下す前に、ともに社会に貢献する一員として敬意を示すことが大切だと思う。そして、コツコツ一生懸命働いたぶん、楽しく朗らかに生活できる健全な社会になってほしいし、そうなる方法を考えていきたいと思った。
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