沖縄 石垣・バンナ バンナ公園と石垣島が一望できる展望台

石垣・バンナ
イシガチ・バンナ (沖縄語八重山方言)
いしがき・ばんな (日本語)

日本国沖縄県石垣市

沖縄 石垣・バンナ バンナ公園と石垣島が一望できる展望台

 バンナは、石垣(イシガチ/いしがき)島の中央、石垣市の中心市街地の北にある地区で、標高230mのバンナ岳があり、周辺はバンナ公園として整備され、石垣島を一望できる展望台などがある。

 バンナ展望台は、バンナスカイラインを上ったところにあり、石垣島の市街地や名蔵(ナグラ/なぐら)湾、八重山(ヤイマ/やえやま)の島々が一望できる。バンナ公園は遊歩道が整備され、南国の大自然を感じることができる。

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バンナ公園

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バンナ展望台から見た石垣の市街地

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バンナ展望台から見た名蔵湾

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沖縄 竹富・由布 水牛車で行く由布島の亜熱帯植物楽園

竹富・由布
テードゥン・ユブ (沖縄語八重山方言)
たけとみ・ゆぶ (日本語)

日本国沖縄県八重山郡竹富町

沖縄 竹富・由布 水牛車で行く由布島の亜熱帯植物楽園

 由布(ユブ/ゆぶ)島は、沖縄(ウチナー/おきなわ)県の八重山(ヤイマ/やえやま)郡、竹富(テードゥン/たけとみ)町にある面積0.15平方キロメートルの小さな島で、西表(イリムティ/いりおもて)島の美原(ミバル/みはら)の対岸にある。

 美原には水牛車の乗り場があり、ここから水牛車に乗って由布島へ向かう。美原から由布島へはわずか300mほどで、満潮時でも水位が1mほどしかないため、水牛車で渡ることができるのだ。この三線(サンシン)で八重山(ヤイマ)民謡を弾き語りながら対岸へ渡る水牛車は、西表・由布観光の定番スポットとなっている。

 八重山諸島の水牛は、もともとは台湾から来たもので、元をたどれば「大五郎」と「花子」の子孫となる。その水牛家系図が由布島に展示されている。また、「由布島を繁栄せし 大五郎 花子を 始祖とする 水牛一家に対し 感謝の碑を建立す」として2001年(平成13年)10月に「水牛の碑」が建立された。

 由布島はかつてはパイナップルやサトウキビの栽培で活気があり、島の人口も100名を超えていたが、昭和44年(1969年)の台風による高潮で大きな被害を受け、住民のほとんどが島外へ移ったが、西表正治おじぃが島に残り、「南国の楽園」を夢見てヤシを植えて、島の再起に尽力した。その努力が実り、人口も増え、水牛も「大五郎」の孫および曾孫世代が活躍している。

 由布島は島全体が「亜熱帯植物楽園」となっており、園内には、黄金色のサナギが美しい「オオゴマダラ」が生息する「蝶々園」、ブーゲンビレアやハイビスカスの花、マングローブの遊歩道など、亜熱帯ならではの生物が楽しめる。お土産屋では、黒砂糖の加工品や泡盛、水牛グッズなど八重山らしい特産品が並んでいる。

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西表島と由布島を結ぶ水牛車

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水牛車と三線の演奏

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由布島水牛家系図

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水牛の碑

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「オオゴマダラ」の金色のサナギ

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アゲハチョウとよく似ているオオゴマダラ

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由布島・亜熱帯植物園

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由布島・亜熱帯植物園のマングローブ


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沖縄 竹富・西表 イリオモテヤマネコとマングローブ茂る亜熱帯の森

竹富・西表
テードゥン・イリムティ (沖縄語八重山方言)
たけとみ・いりおもて (日本語)

日本国沖縄県八重山郡竹富町

沖縄 竹富・西表 イリオモテヤマネコとマングローブ茂る亜熱帯の森

 西表(イリムティ/いりおもて)島は、沖縄(ウチナー/おきなわ)県の八重山(ヤイマ/やえやま)郡、竹富(テードゥン/たけとみ)町にある人口約2500人の島。

 西表島は、面積約290平方キロメートルで、222平方キロメートルの石垣(イシガチ/いしがき)島より大きく、八重山諸島最大の島であり、沖縄県の中では沖縄本島に次ぐ大きさを誇る。面積は大きいが、山がちで人口密度は低く、亜熱帯の森が生い茂る大自然が残る島であり、イリオモテヤマネコ(西表山猫)が生息する島としても知られている。

 与那国を除く八重山諸島のうち、石垣島が石垣市であるほか、その周辺の離島が竹富町の管轄となっている。西表島も竹富町であるが、西表島は竹富島よりはるかに大きく、人口も多い。しかも、竹富町の町役場は、離島と石垣島とのフェリーの便を考慮して、例外的に石垣市内に置かれている。こんな状況ならばいっそのこと石垣市に編入されたほうがよいのではと思うが、竹富島は石垣島に近いが、西表島は竹富島に比べて石垣島が遠い。なので、竹富町役場を西表島に移転するよう求める声があるのだ。竹富島民にしてみれば、西表島より石垣島が便利であり、小浜島などの離島も西表島より石垣島への船の便が多いという現実もある。竹富島は石垣市へ、西表島および周辺の島が西表町として独立するのも一つの方法かとも思う。

 西表(いりおもて)という地名は、日本語的には難読地名であるが、沖縄語(ウチナーグチ)では、西は太陽が入る方向なので「イリ」と言う。表(おもて)については、石垣島の最高峰が於茂登(ウムトゥ)岳で、ウムトゥの西(イリ)ということで、イリ(西)ウムトゥ(於茂登)となり、それが転訛してイリウムティ(西表)になったという説が有力である。地元の方言では、「イリムティ」と呼ばれている。

 西表島は北部に上原(ウイバル/うえはら)港があり、石垣港を結ぶ航路がある。上原は民謡「でんさー節」の舞台として知られ、「星砂の浜」や「月ヶ浜」などの観光スポットがある。

 西表島の南東部には大原(ウフバル/おおはら)港があり、こちらも石垣島との航路があり、竹富島や小浜島を周遊する観光コースの船も発着している。大原港の正式名称は仲間(ナカマ/なかま)港であり、ターミナルビルは「なかまりん」という愛称がある。イリオモテヤマネコをモチーフにしたゆるキャラ「ピカリャー」が「わーりたぼーり(ようこそ)」と迎えてくれる。

 南風見(ハイミ/はいみ)地区のうち、大原は昭和10年代に新城(パナリ/あらぐすく)島からの移住者が、豊原(トゥユバル/とよはら)は18世紀に波照間(パティルマ/はてるま)島からの移住者によって集落が形成された。大原は竹富町役場の移転候補地として誘致運動が行われており、「役場移転は西表島へ!早期実現」のスローガンが目に入ってくる。

 大原港(仲間港)の北側は仲間川が流れている。仲間川の流域にはマングローブ林が続き、大自然をクルーズできる。見た目がパイナップルに似たタコノキ科の「アダン」という植物も見られる。山のほうには野生のヤエヤマヤシが群生している。5キロほど上流に上っていくと、小さな船着き場があり、そこから少し森に入ると、板状の根が独特な「サキシマスオウノキ」の巨木がある。

 西表島には、このほかパイナップル栽培が行われており、車窓からパイナップル畑が見える。また、野生のイリオモテヤマネコが交通事故に遭わないよう、道路にイリオモテヤマネコ用のトンネルがあったりと野生動物保護への取り組みもなされている。

 美原(ミバル/みはら)は、西表島から東の浅瀬の先にある由布(ユブ/ゆぶ)島への水牛車の出発地点で、由布島への観光はここから水牛車に乗っていく。

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仲間港(大原港)

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仲間港(大原港)「なかまりん」

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イリオモテヤマネコをモチーフにした「ピカリャー」
「わーりたぼーり西表島大原へ!」

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西表島へ役場移転を求める看板

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イリオモテヤマネコがデザインされた仲間橋

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自然豊かな仲間川

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仲間川のマングローブ林

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仲間川のマングローブ林に生息する「アダン」

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板状の根が独特な「サキシマスオウノキ」の巨木

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西表島のパイナップル畑

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美原(ミバル)から由布島へ

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西表島美原と由布島を渡る水牛車

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沖縄 竹富・小浜 「ちゅらさん」と「はいむるぶし」

竹富・小浜
テードゥン・クモマ(クバマ) (沖縄語八重山方言)
たけとみ・こばま (日本語)

日本国沖縄県八重山郡竹富町

沖縄 竹富・小浜 「ちゅらさん」と「はいむるぶし」

 小浜(クモマ/こばま)島は、沖縄県八重山(ヤイマ/やえやま)郡の竹富(テードゥン/たけとみ)町にある島で、竹富島と西表(イリムティ/いりおもて)島の間(西表島寄り)にある。竹富島まではフェリーで約25分、石垣(イシガチ/いしがき)市の石垣島石垣港まではフェリーで約30分で結ばれている。

 小浜(こばま)島は、那覇の沖縄語では「クバマ」と読むが、現地の八重山方言では「クモマ」や「クママ」などと読むそうで、八重山民謡の歌詞でもそのように歌われている。

 八重山諸島は最大の石垣島が石垣市、周辺の離島が竹富町となっているが、文化的には竹富町の中でも石垣島に近い竹富島は石垣島寄りで、西表島に近い小浜島は西表島寄りの感じがする。例えば、「ようこそ」は、石垣島や竹富島は「おーりとーり」だが、小浜島は「わーりたぽーり」、西表島は「わーりたぼーり」という感じで微妙に方言が異なるのだ。そのほか、小浜島の方言では、「ありがとう」は「みーはいゆー」、「こんにちは」は「くいなーら」、「行ってらっしゃい」は「いきしてぃわーりー」と言う。

 小浜島は、平成13年(2001年)のNHK朝の連続小説ドラマ「ちゅらさん」の舞台として有名になった。なので小浜港の桟橋は「ちゅらさんばし」という愛称で呼ばれている。サトウキビ畑の中を走る一本道の「シュガーロード」が小浜島を象徴する風景であるが、「ちゅらさん」が放映されてからすでに15年以上が経ち、時代が少し変わったのは、製糖産業がますます衰退していることであり、サトウキビ畑を維持していくにも大変であるとのこと。また、このあたりでは牛の牧畜も行われている。

 小浜島の市街地は、島の中心部の高台にあり、琉球伝統建築の大盛家住宅は「ちゅらさん」のロケにも使われた。「ちゅらさん」は沖縄県那覇市出身の国仲涼子(くになか りょうこ)が小浜島生まれのヒロイン・古波蔵恵理(こはぐら えり)役を演じた。その祖母(おばぁ)の古波蔵ハナ役を演じた平良とみは、那覇市生まれではあるが、幼い頃から石垣島で暮らし、13歳のときに八重山の「翁長座」に入団して芝居の道に入るなど、八重山との縁が深く、廃れゆくウチナーグチ(沖縄語)に危機感を持ち、その復興に力を注ぐなど、沖縄文化復興に大きな貢献を残した。

 小浜島の最高峰は大岳(ウフダキ/うふだき)で標高はわずか99m。日本語の正式表記も「おおだけ」を沖縄語読みした「うふだき」が用いられている。大岳展望台からは小浜島が一望できるほか、西表島や無人島の嘉弥真(カヤマ)島を眺望することができる。

 「電信柱の並木道」を西へ行くと、西端に細崎(クバザキ/くばざき)の漁港がある。ここの海岸からはヨナラ水道を挟んで西表島がよく見える。

 小浜島はこのほか島の南東に、星野リゾートの「リゾナーレ 小浜島」や、「はいむるぶし」というリゾートホテルがある。八重山方言の「はいむるぶし」は漢字で書けば「南群星」。つまり「南十字星」のことだ。日本の本州では見られない美しい星空や南国リゾートがここでは体験できる。

 このほか、島には「コーラルアイランドリゾート」が開発したリゾート施設の跡地である白亜の建物があり、離島のリゾート開発と経営の難しさも感じさせるが、施設の一部は別荘地として再活用されているようだ。

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小浜島・小浜港の「ちゅらさんばし」

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「ちゅらさん」ロケ地となったシュガーロード

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牛の牧畜

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小浜島の方言

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琉球伝統家屋が残る小浜島の集落

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大岳(うふだき)の展望台

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大岳展望台から見た西表島

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大岳展望台から見た小浜島の風景と嘉弥真島

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白亜の旧・コーラルアイランドリゾート

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細崎(くばざき)から見たヨナラ水道と西表島

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くばざきの港家(はまや~)

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リゾートホテル「はいむるぶし」

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リゾートホテル「はいむるぶし」

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沖縄・竹富 八重山の離島、星の砂と赤瓦の伝統建築残る竹富島

竹富
テードゥン (沖縄語八重山方言)
たけとみ (日本語)

日本国沖縄県八重山郡竹富町

沖縄・竹富 八重山の離島、星の砂と赤瓦の伝統建築残る竹富島

 竹富(テードゥン/たけとみ)町は沖縄(ウチナー/おきなわ)県の八重山(ヤイマ/やえやま)郡にある人口約0.4万人の町。

 八重山諸島のうち、石垣(イシガチ/いしがき)島と与那国(ドゥナン/よなぐに)島以外の離島の大部分が竹富町に属しており、一番大きな島は西表(イリムティ/いりおもて)島。

 そのほか、竹富島、小浜(クモマ/こばま)島、黒(クル/くろ)島、波照間(パティルマ/はてるま)島、鳩間(ハトゥマ/はとま)島、新城(パナリ/あらぐすく)島、由布(ユブ/ゆぶ)島などの有人島があり、竹富町のうち空港があるのは最南端の波照間島のみで、離島からは主に石垣島の石垣港に航路があることから、竹富町役場は竹富町内ではなく、町外の石垣市内にある。石垣市と合併すればこのような特殊なケースは解消されるのではあるが、石垣島と八重山の離島も文化が異なり、合併には至っておらず、人口最大の島の西表島へ町役場を移転する運動も起こっている。実際には、西表島より石垣島を結ぶ航路のほうが多いので、現状が便利ということになるが、役場の場所については今後も議論がありそうだ。

 面積約300平方キロ、人口約2300人の西表島に対し、竹富島は面積約5平方キロ、人口約360人に過ぎず、竹富島は決して大きくはないが、竹富島は石垣島から高速船で約10分と近く、竹富町の玄関口としての役割があり、石垣港からの離島めぐりツアーの多くが、まず立ち寄る島が竹富島ということになる。「Welcome!」は、石垣島と同じ「おーりとーり」。

 「竹富島」は古くは「武富島」とも表記され、地元の八重山竹富方言(テードゥンムニ:竹富言葉)では、「竹富」を「テードゥン」と呼んでいる。竹富港には旅客待合所「てぇどぅん かりゆし館」がある。

 竹富島には3つの集落があり、東集落が「あいのた」、西集落が「いんのた」、南集落が「なーじ(中筋)」と呼ばれている。島の集落を一周する環状道路があり、各集落には琉球伝統の赤瓦の家(カーラヤー)が残り、この琉球の原風景が現代に生き続けていることが竹富島の最大の魅力となっている。水牛車に乗ってのんびり三線(サンシン)の八重山民謡を聴きながらこの街並みを回る観光コースもある。

 赤山公園の「なごみの塔」と呼ばれる展望台からは、珊瑚(サンゴ)の石垣と赤瓦屋根が美しい集落が一望できる。このすぐ近くには、お食事処「かふぇ てーどぅん しだめー館」がある。竹富島にはこのほか、日本最南端のお寺である「喜宝院」(きほういん)や、竹富島の伝統的な祭り「種子取祭」(タナドゥイ)が行われる「世持御嶽」(ユームチオン)がある。

 竹富島の南西側にある「カイジ浜」は、星の形をした「星の砂」で知られる。この「星の砂」は有孔虫の死骸が堆積したものであるが、星の形がなんともロマンチックだ。カイジ浜の北にあるコンドイ浜は、美しい白浜のビーチで、夏は海水浴客でにぎわう。

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竹富港

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おーりとーり竹富島へ!

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旅客待合所「てぇどぅん かりゆし館」

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赤山公園の「なごみの塔」

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なごみの塔から見た竹富島の集落

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なごみの塔から見た竹富島の集落

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お食事処「かふぇ てーどぅん しだめー館」

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珊瑚の石垣と世持御嶽への街路案内

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竹富島の郵便ポスト

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最南端の島「喜宝院」

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星の砂があるカイジ浜

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カイジ浜の星の砂とヤドカリ

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コンドイ浜

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沖縄 石垣・川平 神秘的な白砂とエメラルドグリーンの川平湾

石垣・川平
イシガチ・カービラ (沖縄語八重山方言)
いしがき・かびら (日本語)

日本国沖縄県石垣市

沖縄 石垣・川平 神秘的な白砂とエメラルドグリーンの川平湾

 川平(カービラ/かびら)は、石垣(イシガチ/いしがき)市の北西部にある地区で、エメラルドグリーンの海が美しい川平湾(かびらわん)があり、石垣島を代表する景勝地の一つである。また、黒真珠の養殖地でもある。石垣市中心部から車で約30分。

 川平湾は南国の海らしい白砂とエメラルドグリーンの海水が美しく、遊泳はできないが、グラスボートで珊瑚(サンゴ)や熱帯魚を観賞することができる。川平公園から眺める川平湾は特に美しく、神秘的だ。小島(クジマ)、マジパナリ(真謝離)、ムクパナリ(婿離)、ユミパナリ(嫁離)などの島と海のコントラストが美しい。また、川平湾から眺める沖縄最高峰(標高525m)の於茂登岳(ウムトゥダキ/おもとだけ)も美しい。

 川平公園には、御嶽(オン)のような「川平観音堂」があり、珊瑚の石垣や灯篭が並んでいる。川平公園周辺には、琉球風建築が美しい「カビラガーデン」などのレストランやお土産店があり、観光客も多い。

 川平湾は遊泳禁止であるが、周辺には白砂が美しい海水浴場もある。川平公園から約1.5キロ西の底地(スクジ/すくじ)ビーチは遠浅の白い砂浜が広がり、御神崎(ウガンザキ)も眺めることができる。底地ビーチのすぐそばには石垣シーサイドホテルがある。

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川平公園から眺めた川平湾

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川平公園から眺めた川平湾

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川平湾

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川平公園にある川平観音堂

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琉球風建築が美しいカビラガーデン

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川平公園の土産店

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白砂が美しい底地ビーチ


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沖縄 石垣・白保 石垣島の新空港「南ぬ島石垣空港」

石垣・白保
イシガチ・シラフ (沖縄語八重山方言)
いしがき・しらほ (日本語)

日本国沖縄県石垣市

沖縄 石垣・白保 石垣島の新空港「南ぬ島石垣空港」

 「南ぬ島石垣空港」(ぱいぬしま いしがきくうこう)は、沖縄(ウチナー/おきなわ)県の石垣(イシガチ/いしがき)市東部の白保(シラフ/しらほ)地区にある国際空港で、平成25年(2013年)に開港した新空港。「南ぬ島」(ぱいぬしま=南の島)という沖縄八重山方言での愛称が付けられた石垣島の玄関口である。

 石垣空港はもともと、石垣の市街地のすぐ東の真栄里(マイザトゥ/まえざと)地区にあった。ここは旧日本軍海軍の飛行場として昭和18年(1943年)に建設され、戦後は沖縄が米国統治下に入り、アメリカ世(ゆー)と呼ばれる米国時代に民間航空の運航が始まり、滑走路も1200mから1500mに延長された。昭和47年(1972年)に日本に返還されて沖縄県となり、昭和54年(1979年)にジェット化されたが、滑走路1500mという短さがネックで、離陸時の重量に制限があり、東京や大阪へ飛ぶには、給油のため那覇空港を経由する必要があった。

 旧・石垣空港は、石垣市の中心部から近くて便利であったが、市街地に近すぎて危険であることや、滑走路の延長が困難であることから、東京や大阪に直行できる2000m級の滑走路を持つ新空港の建設が行われることになった。新空港は石垣島東部の白保地区の海上に建設する案もあったが、埋立てによるサンゴ礁の生態系破壊などに対する反対運動も起こり、結局、計画地が少し内陸側に移され、平成18年(2006年)に建設工事が着工され、平成25年(2013年)に開港し、「南ぬ島石垣空港」と名づけられた。旧・石垣空港の跡地は、ヘリポートや公園として整備されるほか、県立八重山病院、石垣市消防本部の移転が計画されている。

 「南ぬ島石垣空港」からは、沖縄県の那覇(ナーファ/なは)、宮古(ナーク/みやこ)、与那国(ドゥナン/よなぐに)への便があり、特に那覇へは頻繁に飛んでいる。そして、東京(羽田)、大阪(関西)、名古屋(中部)、福岡などへの直行便が運航されている。さらに、台湾の台北(桃園)への国際便も中華航空(チャイナエアライン)によって運航されている。

 空港のロビーには、地元の八重山方言で「お~りと~り 八重山へ Welcome to Yaeyama」と書かれた垂れ幕があり、沖縄・八重山らしさを感じることができる。空港の展望台からはエプロンに停まっている飛行機や滑走路が一望できる。空港から市街地へは路線バスが運行されている。石垣の中心部や石垣港(フェリーターミナル)へは30分~40分くらいであるが、運行本数は多く、路線バスが便利である。

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南ぬ島石垣空港

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南ぬ島石垣空港の展望台

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お~りと~り八重山へ

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南ぬ島石垣空港と石垣市中心部を結ぶ路線バス

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沖縄・石垣 「南ぬ島」石垣島、八重山諸島の中心都市

石垣
イシガチ (沖縄語八重山方言)
いしがき (日本語)

日本国沖縄県石垣市

沖縄・石垣 「南ぬ島」石垣島、八重山諸島の中心都市

 石垣(イシガチ/いしがき)市は、沖縄(ウチナー/おきなわ)県南西部の八重山(ヤイマ/やえやま)諸島にある石垣島および周辺の島々を市域とする人口約4.7万人の市。

 沖縄県には沖縄本島の南西に数々の離島があり、大まかに先島(サチシマ/さきしま)諸島と呼ばれている。先島諸島は、宮古(ナーク/みやこ)諸島、八重山諸島、そして尖閣(イーグンクバシマ/せんかく)諸島などの総称であり、石垣市は八重山諸島の石垣島および尖閣諸島を管轄している。

 八重山諸島は、宮古諸島と台湾の間に位置し、日本の西端、沖縄県の南端にあたる。八重山の地名の由来は諸説あるが、島々の山が重なって見えることから漢字が当てられたようだ。「八重山」は沖縄語(ウチナーグチ)では、八重山方言で「ヤイマ」、那覇方言では「イェーマ」と呼ばれる。

 八重山諸島は、石垣市と竹富(テードゥン/たけとみ)町、与那国(ドゥナン/よなぐに)町からなり、石垣市は石垣島、竹富町は竹富島、小浜(クモマ/こばま)島、西表(イリムティ/いりおもて)島、波照間(パティルマ/はてるま)島などを管轄し、与那国町は台湾に一番近い日本最西端の与那国島を管轄している。釣魚島や久場島からなる尖閣諸島は、八重山方言で「イーグン・クバシマ」と呼ばれ、古くから無人島であり所属が不明瞭であったが、綿密な調査の上で明治28年(1895年)に日本が沖縄県に編入し、石垣市の前身の八重山郡石垣村の管轄となり、現在は石垣市の一部として日本が実効支配しているが、尖閣諸島を「釣魚台」(ティオヒータイ/ティアオユィータイ)と呼ぶ台湾(中華民国)および「钓鱼岛(釣魚島)」(ティアオユィータオ)と呼ぶ中国(中華人民共和国)がそれぞれ領有権を主張している。

 八重山諸島は明治41年(1908年)~大正3年(1914年)の間、八重山村という一つの自治体であったこともあり、平成の大合併の動きの中で、石垣市、竹富町、与那国町が合併して「八重山市」を形成する動きがあったが、与那国島は石垣・竹富とは離れており、文化の違いも大きいことや、竹富町も主に西表島が石垣市との合併反対が多かったことから、「八重山市」合併構想は成功しなかった。

 八重山諸島は亜熱帯気候の豊かな自然が残り、南国リゾート地としても人気が高い。石垣島は、「南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港」があり、八重山諸島の玄関口となっている。また、石垣港からは竹富町の各離島を結ぶ船が運航されている。竹富町の各島はいったん石垣港を経由したほうが便利であることから、竹富町役場は石垣市内に置かれている。

 石垣島は沖縄本島の那覇(ナーファ/なは)よりも台湾のほうが距離が近く、文化・言語も沖縄本島とは違いが大きい。「ようこそ」や「いらっしゃい」を意味する言葉は、那覇方言では「めんそーれ」だが、石垣島では「おーりとーり」と言い、「おーりとーり」と書かれた観光看板をよく見かける。

 台湾とのつながりについては、戦前に台湾人移民(当時は台湾も日本領だった)が入植して、パイナップルの栽培と缶詰加工業が台湾からもたらされたほか、近年は台湾からのクルーズ船や台北桃園空港などからの直航便で台湾人観光客が増加している。一方、尖閣諸島をめぐる台湾との領有権争いがあるが、平成25年(2013年)に日台漁業協定が締結され、漁業をめぐるトラブルは減少したが、一方で日本が台湾に譲りすぎたとの声もある。石垣港には海上保安庁の巡視船が配置され、尖閣諸島の領海や周辺水域の警備に当たっている。

 石垣市は、大正15年(1926年)に石垣村が石垣町となり、1947年(昭和22年)に石垣市となり、アメリカ統治・琉球政府時代の1964年(昭和39年)に石垣町(現・石垣市西部)と大浜(ウフバマ/おおはま)町(現・石垣市東部)が合併し、石垣市が誕生し、現在の市域となった。昭和47年(1972年)に沖縄が米国から日本に返還され、昭和53年(1978年)7月30日には沖縄県の道路車線がアメリカ式の右側通行から日本式の左側通行に変更された。石垣市内にはこの車線変更を記念して「730の碑」が建立された。

 石垣市の市街地は、石垣港を中心に広がっている。石垣港離島ターミナルからは、竹富町の竹富島、小浜島、西表島、黒島、波照間島などを結ぶ船が発着している。船乗場には、石垣島出身のスーパースターである元プロボクサーの具志堅用高(ぐしけん ようこう)の碑がある。

 石垣港離島ターミナルの前には、沖縄土産のTシャツで知られる「海人(うみんちゅ)」の本店がある。市街地はこの北側に広がっていて、石垣最大の繁華街である美崎町(みさきちょう)には入口に「おーりとーり」と書かれた看板がある。アーケード商店街の「ユーグレナモール」にはお土産屋が集まっていて、そのほか「石垣市公設市場」、「石垣市特産品販売センター」、「まちなか交流館ゆんたく家」などの施設がある。

 美崎町の北側には石垣市役所があるが、その南西側に竹富町役場もある。竹富町役場が石垣市内に寄生する形になっているため、西表島に移転を進める動きもあるが離島の船が石垣港とつながっているため石垣市内にあるほうが便利という声も根強い。ならば石垣市と合併したほうが効率的ではないかとも思うが、コンセンサスがまとまらずこのような形となっている。

 竹富町役場の西側には石垣市立図書館があり、この建物は現代的であるが、屋根が赤い琉球瓦が敷き詰められていて非常に美しい。このほか、市中心部には石垣市立八重山博物館や琉球王国時代の士族屋敷が残る「宮良殿内」(メーラドゥンチ)などがある。また、石垣市の住宅地も琉球伝統の赤い瓦の家屋が多く残っている。

 石垣市の主要ホテルは中心市街地から少し離れていて、市街地の北側に「ホテル日航八重山」があるほか、東側の海岸に「ANAインターコンチネンタル石垣リゾート」がある。

 石垣島の空の玄関口である石垣空港は、以前は市中心部の東にあり、市街地から近かったが、滑走路が1500mしかなく、東京までの直行便が飛ばせなかった(那覇経由)だったため、市東部郊外の白保(シラブ/しらほ)地区に新空港が建設されることになり、平成25年(2013年)に開港。「南ぬ島 石垣空港」(ぱいぬしま いしがきくうこう)と命名され、東京羽田、大阪関西、名古屋中部、那覇、宮古、与那国などの国内線および台湾・台北桃園への国際線が運航されている。

 石垣島はこのほか、バンナ岳、川平(カビラ)湾、御神崎(ウガンザキ)、玉取崎、平久保崎などの景勝地があり、そのほか白い砂浜とエメラルドグリーンの海が広がるビーチなど、南国ムード満点のリゾートが人気で日本各地からの観光客も多い。また、夜は星空が非常に美しく、「はいむるぶし(南群星)」と呼ばれる南十字星も見ることができる。

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石垣港離島ターミナル

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石垣港離島ターミナル

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石垣港の具志堅用高の銅像

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石垣港の海上保安庁巡視船

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海人(うみんちゅ)本店

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石垣市役所

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石垣市内にある竹富町役場

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琉球建築が美しい石垣市立図書館

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石垣で最もにぎやかな美崎町

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ユーグレナモール

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石垣市公設市場

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石垣市特産品販売センター

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右側通行から左側通行への変更を記念する730の碑

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琉球伝統建築の民家が多い石垣市の住宅地

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ホテル日航八重山

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沖縄・那覇 ゆいレールの各駅で、うちなーぐちアナウンス開始

那覇
ナーファ (沖縄語/ウチナーグチ)
なは (日本語)

日本国沖縄県那覇市

沖縄・那覇 ゆいレールの各駅で、うちなーぐちアナウンス開始

 沖縄(ウチナー/おきなわ)県の那覇(ナーファ/なは)市を走る沖縄都市モノレール「ゆいレール」の各駅で、平成25年(2013年)4月より、地元で「しまくとぅば」(島言葉)」や「うちなーぐち」(沖縄口)と呼ばれる沖縄語によるアナウンスが始まった。

 平成25年(2013年)8月4日付の「沖縄タイムス」の報道によると、同アナウンスは、「語(かた)やびら沖縄語(うちなぁーぐち)ぬ会」の玉城弘会長によるもので、ゆいレール全15駅の改札のあるフロアで日本語のアナウンスと併用して沖縄語アナウンスを流している。沖縄に地元の人にとっては親しみがわくし、観光客にとっては沖縄の言葉に触れるチャンスで、沖縄文化を耳から感じることができるよい体験となる。ホームでは安全を優先するため流していないとのことだが、どうせならモノレールの車内でも「こちらの駅は那覇空港でございます。/くまや、なーふぁ空港駅 やいびーん」という駅名案内の部分だけでも流したら観光宣伝にもなると思うし、琉球王国の歴史を考えれば、今までそれがなかったのがおかしいのであって、沖縄語のアナウンスはあって当然だとも思う。

 沖縄タイムスの記事によると、例えば日本最南端の赤嶺(あかみね/アカンミ)駅では、次のようにアナウンスされている。

「はいさい、ちゅーや、沖縄都市モノレール ゆいレールんかい のいが めんそーち きみそーち いっぺー にふぇーでーびる。くまや、赤嶺(あかんみ)駅なとーいびーん」(こんにちは。今日は沖縄都市モノレールへのご乗車いただきありがとうございます。こちらは赤嶺駅でございます)

参考
2013年8月4日「沖縄タイムス」しまくとぅばで各駅語る ゆいレール案内好評
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-08-04_52489

しまくとぅばの各駅アナウンスは沖縄タイムスホームページで試聴できる。(2013/8/5現在)
しまくとぅば新聞「うちなぁタイムス」
http://www.okinawatimes.co.jp/special/shimakutuba

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沖縄・金武 キャンプハンセンとタコライス、伊芸サービスエリア

金武
チン (沖縄語)
きん (日本語)

日本国沖縄県国頭郡金武町

沖縄・金武 キャンプハンセンとタコライス、伊芸サービスエリア

 金武(チン/きん)町は、沖縄本島北部の国頭(クンジャン/くにがみ)地方にある人口約1.1万人の町。国頭地方は山原(ヤンバル)地方とも呼ばれ、金武町は国頭(山原)の最南端の町。

 金武町は金武湾の北側に広がり、北が恩納(ウンナ/おんな)村、西が うるま(ウルマ)市、東が宜野座(ジヌザ/ぎのざ)村と接している。

 金武村には海沿いに国道329号線は走り、内陸側に沖縄自動車道が走っている。また、金武の市街地は町東部の丘にあり、金武湾側には金武火力発電所がある。また、金武町は面積の約60%が米軍基地・施設となっている。

 金武町の市街地の北側には、キャンプ・ハンセン(Camp Hansen)と呼ばれるアメリカ合衆国海兵隊の基地がある。同基地は昭和20年(1945年)の沖縄戦で最前線で勇敢に戦い戦死したデールMハンセン(Dale M. Hansen)二等兵にちなんで米軍によって命名された。

 沖縄戦で上陸した米軍は、農地が広がっていた金武に滑走路(金武飛行場)を建設した。その後、飛行場は使われなくなり、米軍の射撃場となり、1957年に「キャンプ・ハンセン」となり、その後、基地の一部が日本に返還され、平成20年(2008年)からは日本の陸上自衛隊の訓練も行われるようになった。「キャンプ・ハンセン」は、戦術的作戦訓練基地と位置付けられ、実弾射撃訓練も実施されている。以前は恩納村へ抜ける県道104号線を越える実弾砲撃訓練も実施されていたが、これは平成9年(1997年)に中止された。

 「キャンプ・ハンセン」の第1ゲートの正面には「新開地」(しんかいち)と呼ばれる歓楽街があり、アメリカ軍兵士向けの商店や飲食店が並んでいて、英語の看板が目立つ。タコスの具をご飯の上に乗せた沖縄名物「タコライス」(Taco-Rice)は、ここの「パーラー千里」という店が米兵のために考案したのが始まりという。いまでは沖縄全土に広まり、沖縄の名物料理として定着した。

 沖縄自動車道は、沖縄返還から間もない昭和50年(1975年)に開業した。開業当時はアメリカ統治時代の名残りで右側通行だった。昭和53年(1978年)に沖縄の交通ルールが改正され、左側通行に変更された。金武町内には、町西部に屋嘉(ヤカ/やか)インターチェンジ(IC)、町東部に金武(チン/きん)ICがあるほか、町中部に沖縄自動車道唯一の伊芸(ンジ/いげい)サービスエリア(SA)がある。サービスエリアの施設は琉球伝統建築のデザインが取り入れられ、ヤシの木や海も望めて南国ムードいっぱいだ。

 このほか、金武町では田芋(ターンム/たいも)の栽培が盛んで、金武酒造では金武鍾乳洞の古酒蔵で熟成される泡盛(アワムイ/あわもり)や、田芋焼酎「金の誉」などが特産品となっている。また、金武町は野菜と豚の血を炒めた「チーイリチャー」という郷土料理があり、沖縄の食文化が台湾と近いことを感じさせる。 

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伊芸サービスエリアからの景色

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琉球建築風の伊芸サービスエリア

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