東京・代々木八幡 カーブが美しい小田急の代々木八幡駅

東京・代々木八幡
とうきょう・よよぎはちまん

日本国東京都渋谷区

東京・代々木八幡 カーブが美しい小田急の代々木八幡駅

 代々木八幡(よよぎはちまん)駅は、東京都渋谷(しぶや)区にある小田急電鉄小田原線の駅。

 小田急のターミナル駅である新宿(しんじゅく)駅から3つ目の駅であるが、周辺に高層ビルは少なく、普通電車のみが停車し、準急も通過する。駅の東側には広大な代々木公園が広がっている。代々木八幡駅の駅名の由来となった代々木八幡は駅から約200m北、山手通りの東側にある。

 小田急小田原線は、代々木八幡駅で南から西へと方向を変えるため、駅のホームが曲がっている。しかも、代々木八幡~代々木上原(よよぎ うえはら)の間に東京メトロ千代田線と合流するため、代々木八幡駅から上り線と下り線の間が広くなっている。そのため、代々木八幡駅は独特の線形をしている。

 東京メトロ千代田線は、代々木上原駅からしばらく小田急と並走し、代々木八幡駅の手前で地下に潜り、代々木八幡駅のすぐそばの地下に代々木公園駅がある。

東京・代々木八幡エリアの主な駅

代々木八幡 / よよぎはちまん 駅
小田急電鉄 小田原線
代々木公園 / よよぎこうえん 駅
東京メトロ 千代田線

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代々木八幡駅に停車する普通電車

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代々木八幡駅を通過する普通電車

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特急「はこね」ロマンスカー50000形VSE

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2012年3月に引退した20000形RSEの特急「あさぎり」

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2012年3月に引退したJR東海371系の特急「あさぎり」

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代々木八幡駅の近くで地下に潜る東京メトロ千代田線

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東京・池袋 東京第2のターミナル駅、東の西武と西の東武、サンシャインシティーへのLRT構想

池袋
いけぶくろ

日本国東京都豊島区

東京・池袋 東京第2のターミナル駅、東の西武と西の東武、サンシャインシティーへのLRT構想

 池袋(いけぶくろ)は、豊島(としま)区にある東京の代表的なターミナルの一つで、東京を環状運転している山手線の北西部に位置する。

 池袋駅にはJR東日本の山手線、埼京線、湘南新宿ライン、東武鉄道東上線、西武鉄道池袋線、東京メトロの丸ノ内線、有楽町線、副都心線が乗り入れるターミナル駅で、一日あたりの乗降客は約270万人で、常に乗り換え客で混雑している。

 JR池袋駅は新宿(しんじゅく)駅に次いで第2位の乗客数(約55万人)を誇る。地平ホームで、山手線が2面4線、埼京線・湘南新宿ラインが2面4線の計8番線を有している。山手線は内回りが新宿、渋谷(しぶや)、大崎(おおさき)方面、外回りが巣鴨(すがも)、上野(うえの)、東京方面を結んでいる。以前は池袋~新宿~渋谷の混雑が特に激しかったが、並行する埼京線や東京メトロ副都心線の開業で近年は混雑が比較的緩和された。

 埼京線・湘南新宿ラインは、大崎~新宿~池袋で山手線の並行しているが、駅は大崎、恵比寿、渋谷、池袋にしか設置されていないので、山手線快速の役割も果たしている。南行きは、埼京線が大崎から東京臨海高速鉄道りんかい線に乗り入れ、新木場(しんきば)方面を結ぶ、湘南新宿ラインは大崎から横須賀線を経由して横浜(よこはま)、大船(おおふな)、鎌倉(かまくら)、小田原(おだわら)方面を結んでいる。北行きは、埼京線が板橋(いたばし)、赤羽(あかばね)、武蔵浦和(むさしうらわ)、大宮(おおみや)、川越(かわごえ)方面、湘南新宿ラインが山手貨物線・東北貨物線経由で赤羽、大宮を結び、その先、宇都宮線と高崎線方面へ向かっている。このほか、成田空港(なりたくうこう)方面を結ぶ特急「成田エクスプレス」や、東武日光(にっこう)・鬼怒川温泉(きぬがわ おんせん)へ直通運転する特急「日光・きぬがわ」も発着している。

 JR池袋駅の両側に西武鉄道と東武鉄道の駅があるが、西武が東口側、東武が西口側なのでややこしい。東武東上線は、3面3線の頭端式ホームで、成増(なります)、和光市(わこうし)、川越(かわごえ)、小川町(おがわまち)方面へ向かう電車が発着している。急行は川越から先が各駅に停まり、小川町まで直通する電車が多い。準急は成増までノンストップでその先が各駅に停車し、川越市駅まで結ぶ。普通は、急行・準急が通過する成増までの東京都内の各駅に停車し、一部の普通は志木(しき)まで結んでいる。平成20年(2008年)より夕方から夜にかけて座席定員制の「TJライナー」の運行を開始した。

 西武池袋線の池袋駅は4面4線の頭端式ホームで、練馬(ねりま)、所沢(ところざわ)、飯能(はんのう)、秩父(ちちぶ)方面を結ぶ電車が発着している。秩父方面へ向かう特急「ちちぶ」、所沢・飯能方面を結ぶ特急「むさし」がニューレッドアローと呼ばれる車両を用いて運行されている。また、プロ野球・埼玉西武ライオンズの本拠地である西武ドームで試合が行われる日には、所沢市内の西武球場前(せいぶきゅうじょうまえ)駅までの直通電車も運行されている。

 地下鉄については、東京メトロの丸ノ内線、有楽町線、副都心線の3路線の駅があり、いずれもJR池袋駅のちを東西に横切っている(副都心線の池袋駅は西口寄りにある)。一番早く開業したのは丸ノ内線で、昭和29年(1954年)に開業し、大手町(おおてまち)、東京、銀座(ぎんざ)、霞ヶ関(かすみがせき)方面を結んでいる。

 有楽町線は新木場(しんきば)~銀座一丁目(ぎんざいっちょうめ)~有楽町(ゆうらくちょう)~永田町(ながたちょう)~池袋~小竹向原(こたけむかいはら)~和光市(わこうし)を結ぶ路線であり、池袋駅は池袋~銀座一丁目が開業した昭和49年(1974年)に開設。その後、昭和58年(1983年)に池袋~小竹向原~営団成増が開業し、小竹向原から新桜台駅まで同時開業した西武有楽町線との乗り入れを開始した。昭和62年(1987年)に営団成増~和光市が開業し、東武東上線との相互直通運転を開始した。平成6年(1994年)に新線池袋~小竹向原と西武有楽町線の新桜台~練馬が開業し、有楽町線から西武池袋線に線路がつながり、平成10年(1998年)より相互直通運転を開始した。有楽町線は和光市から東武東上線の川越市・森林公園方面、小竹向原から西武有楽町線・池袋線の練馬・清瀬・所沢・小手指・飯能方面へ直通運転している。池袋止まりの東武東上線と西武池袋線を乗り換えなしで都心まで運ぶ路線として機能し、池袋駅の混雑緩和に貢献している。

 副都心線は、平成6年(1994年)に先行して有楽町線に並行する池袋~小竹向原駅が開業した。それは、有楽町線建設時に同時に工事が行われたためで、有楽町線との二層式構造で、有楽町線の下を副都心線が走っている。開業当時は有楽町線の「新線」と呼ばれ、副都心線の池袋駅は「新線池袋」駅と呼ばれていた。小竹向原~和光市は有楽町線と共有(直通)し、有楽町線と同様に西武池袋線と東武東上線に直通運転している。平成20年(2008年)に池袋~新宿三丁目~渋谷が開業し、「副都心線」という名称が与えられた。副都心線は地下鉄では珍しく急行を運行しており、渋谷、新宿三丁目、池袋、小竹向原、和光市に停車し、東新宿で普通電車を追い抜く。この急行運転がJR山手線・埼京線の混雑緩和に寄与している。今後、平成24年(2012年)に東急東横線の代官山~渋谷が地下化されると、副都心線と東急東横線の直通運転も始まり、池袋から横浜(よこはま)、元町・中華街(もとまち・ちゅうかがい)方面への電車も運行されるようになり、副都心線の真価が発揮されることになりそうだ。

 池袋駅西口は大きな東武百貨店があり、その西の池袋西口公園ではさまざまなイベントが行われる。そのさらに西には「マルイ」がある。西口の地下には副都心線池袋駅前に「エチカ池袋」という地下街がある。西口の南側は「ルミネ池袋」やホテルメトロポリタンがある。池袋駅西口の北側は歓楽街になっていて、居酒屋・レストランなどの飲食店や飲み屋が集まっているほか、中華料理屋や中国物産店なども多く、新華僑ともいわれる最近来日した在日中国人が多く集まることから「東京中華街」や「池袋チャイナタウン」などと呼ばれることもあるが、地元の商店街とは摩擦もあるようだ。

 池袋駅東口は西武百貨店池袋本店がある。地下には巨大な惣菜コーナーがあり、上のほうの階には「ロフト」などが入っている。西武百貨店の北側には池袋パルコが入っている。地下には池袋ショッピングパーク(ISP)がある。このほか、東口側にはビックカメラ池袋本店や、ヤマダ電機LABI1日本総本店池袋などの巨大な家電量販店がある、競争が激しい。

 池袋の東には昭和53年(1978年)に竣工した当時東洋最高の高さ(240m)を誇った高層ビル「サンシャイン60」を核とするサンシャインシティがあり、そこへ向かうサンシャイン60通りが商店街となっている。東急ハンズの先から地下街に下りることができ、首都高速の下をくぐってサンシャインシティへとつながっている。

 ここはかつて巣鴨拘置所(巣鴨プリズン)があったところで、日本の敗戦後は東条英機・元首相も収容され、GHQ占領下の東京裁判で死刑判決を受け、A級戦犯とされた死刑囚7人などが死刑執行されたという歴史がある。その歴史を伝える記念碑「平和の碑」がサンシャイン60ビルの北側の東池袋中央公園にある。

 巣鴨拘置所は昭和45年(1970年)に移転し、再開発されてサンシャインシティができた。サンシャイン60ビルは昭和53年(1978年)に完成した60階建てのビル。少し前まで世界一の高さだった台湾の「台北101ビル」の509mに比べれば低いが、当時は東洋一の高さを誇った。サンシャイン60のエレベーターも、当時の最新技術で作られ、分速600mを誇る。東京の夜景が美しいことは説明する間でもなく、大手町や新宿あたりの高層ビルや、東京タワー、そして無数の普通のビルの明かりがキラキラして、星のじゅうたんのようだ。ただ、見慣れてくると、サンシャインビルが高すぎて、ちょっと暗い感じもする。西側の池袋駅を見下ろす夜景は、池袋のパルコやサンシャイン通りなど街の様子が立体感があり、しかも夜景が明るく、臨場感がある。

 サンシャイン60ビルの地下1階から3階までアルパというショッピング街があり、そのほかナムコ・ナンジャタウンやサンシャイン水族館などの娯楽施設もある。近年、サンシャインシティの南側には超高層のタワーマンションが建ち、サンシャインシティから東京メトロ有楽町線の東池袋(ひがしいけぶくろ)駅への連絡通路(地下道)もできた。

 東池袋には、都電荒川線の東池袋四丁目(ひがしいけぶくろ よんちょうめ)駅もあり、昔ながらの都電と超高層のサンシャイン60とタワーマンションが対照的な風景となっている。このほか豊島区では、池袋駅東口からサンシャインシティを結ぶ路面電車(LRT/ライトレール)の建設を計画している。これが完成すれば、歩くと少し遠かったサンシャインシティがますます便利になるほか、将来的には都電荒川線にも乗り入れれば、都電荒川線が池袋駅に乗り入れることも可能となり、都電の利便性も増す。但し、短期的には、都電との乗り入れを前提にすると豊島区LRTの自由度が制限され、工期の遅れにつながることから、池袋とサンシャインシティ周辺を環状する路線を単独で建設するのが有力なようだ。

池袋エリアの主な駅

池袋 / いけぶくろ 駅
JR東日本 山手線、埼京線、湘南新宿ライン
東武鉄道 東上線
西武鉄道 池袋線
東京メトロ 丸ノ内線有楽町線副都心線

東池袋 / ひがしいけぶくろ 駅
東京メトロ 有楽町線
東京都電 荒川線

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池袋駅東口の西武百貨店

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サンシャイン60通りの商店街

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サンシャイン60ビルとタワーマンション

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東池袋を走る都電荒川線


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東京・中板橋 なかいた商店街と石神井川の桜並木

東京・中板橋
とうきょう・なかいたばし

日本国東京都板橋区

東京・中板橋 なかいた商店街と石神井川の桜並木

 中板橋(なかいたばし)駅は東京都板橋(いたばし)区にある東武電鉄東上線の駅。普通電車しか停車しない駅だが、ホームは2面4線で、普通電車が準急や急行の待避を行っている。

 普通電車は主に池袋(いけぶくろ)から中板橋を通って成増(なります)駅を結び、一部の電車が志木(しき)駅まで結んでいる。川越(かわごえ)方面へ向かうには成増駅で準急や急行に乗り換える必要がある。もし準急が停車して中板橋駅で緩急接続が行われたら便利にはなると思うが、そうなると普通電車の利用者が減って、準急の混雑が増すので輸送バランスが悪くなるのだろう。板橋区内各駅から池袋への輸送を普通が担い、成増以遠の各駅から池袋への輸送を準急が担うというように役割分担ができている。

 中板橋の駅前には中板橋商店街が広がっていて、このエリアが通称「なかいた」と呼ばれている。商店街の入り口にも「なかいた」と書かれたゲートがある。この商店街はアーケードはないが、ほどよい人通りで、自転車でも利用しやすい。また、毎年夏には「へそ踊り」という祭りも行われる。中板橋なので、板橋の「へそ」にあたることから、とのこと。

 中板橋商店街の北側には、石神井川(しゃくじいがわ)が流れている。この川はそんなに大きな川ではないが、川沿いが桜並木になっていて、春には桜のトンネルのようになり、石神井川に架かる橋から眺める桜は、本当に美しい。石神井川の桜並木は中板橋から中山道の板橋や、北区の王子のほうまで続いている。

 石神井川の北側には環七(かんなな)通りが東西に伸びている。環七沿いに東へ歩いていくと都営地下鉄三田線の板橋本町(いたばしほんちょう)駅がある。そのほか、環七を走るバスは、JR赤羽(あかばね)駅や西武有楽町線・新桜台(しんさくらだい)駅、西武新宿線・野方(のがた)駅、JR中央線・高円寺(こうえんじ)駅方面を結んでいる。

東京・中板橋エリアの主な駅

中板橋 / なかいたばし 駅
東武鉄道 東上線
 
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東武東上線・中板橋駅

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中板橋商店街

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石神井川の桜並木

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東京・上野 東北本線のターミナル上野駅と、桜が美しい上野公園

東京・上野
とうきょう・うえの

日本国東京都台東区

東京・上野 東北本線のターミナル上野駅と、桜が美しい上野公園

 上野(うえの)駅は、東京都台東(たいとう)区にあるJR東日本と京成電鉄、東京メトロが乗り入れるターミナル駅。

 JR東日本は東北・上越・長野(北陸)新幹線、東北本線(宇都宮線・高崎線)、常磐線、京浜東北線、山手線が発着する東京を代表するターミナル駅の一つとなっている。特に東北本線の起点として、北関東・東北地方との結びつきが強く、東北地方出身者にとって特に思い入れの強い駅となっている。

 上野駅および上野公園は、江戸時代は薬師如来(やくしにょらい)を本尊とする寛永寺(かんえいじ)とその子院の敷地であった。寛永寺は江戸幕府第3代将軍の徳川家光(とくがわ いえみつ)が開基した徳川家と関係に深い寺院である。幕末の1868年(慶応4年)に幕府軍と新政府軍が戦闘した上野戦争で、多くの伽藍を焼失し、根本中堂や御本坊も焼失した。明治維新で境内が新政府に没収され、明治8年(1875年)にいまの鶯谷(うぐいすだに)駅近くの上野桜木に規模を大幅に縮小したうえで移転し、徳川家の第4代将軍・家綱(いえつな)や、第5代将軍・綱吉(つなよし)らの霊廟があったが、第二次世界大戦でアメリカ軍による空襲を受けて焼失したものの、一部の門や宝塔が残っている。

 上野駅は明治15年(1882年)に、寛永寺の子院跡に上野~熊谷(くまがや)を結ぶ日本鉄道の駅として開業した。明治18年(1885年)に大宮(おおみや)~宇都宮(うつのみや)が開業し、現在の東北本線(宇都宮線)と高崎線の原形となった。明治39年(1906年)に日本鉄道が国有化され、明治42年(1909年)から上野~池袋(いけぶくろ)~新宿(しんじゅく)~品川(しながわ)~烏森(新橋)を結ぶ山手線が運行を開始し、大正14年(1925年)に上野~新橋(しんばし)の高架線が開業して山手線が環状運転を始めるようになった。大正12年(1923年)の関東大震災で上野駅の駅舎も被害を受け、建て直され、昭和7年(1932年)に現在の駅舎が竣工した。上野駅の駅舎は、南満州鉄道の大連(だいれん/ターリエン)駅のモデルにもなった。

 現在のJR上野駅は高架ホームと地平ホームがあり、高架ホームは主に近距離・近郊電車が発着し、地平ホームは主に東北本線と常磐線の長距離列車が発着している。南へ秋葉原(あきはばら)、東京方面へつながる西側の高架ホームは山手線と京浜東北線が発着し、山手線は東京の中心部を環状運転している。京浜東北線は大船(おおふな)~横浜(よこはま)~品川~東京~上野~田端(たばた)~大宮を結んでいて、品川~上野~田端は山手線と並行運転していることから、昼間は快速運転を行っている。山手線のラインカラーはウグイス色、京浜東北線は水色であり、電車の色で行先が区別できるよう配慮されている。

 そのほか高架ホームの東側は宇都宮線・高崎線、常磐線の電車が発着している。現在は上野止まりになっているが、平成25年(2013年)に東京まで連絡線が開通し、東海道本線との直通運転が予定されている。宇都宮線・高崎線は大宮まで京浜東北線より速い快速の役割を果たし、埼玉県の郊外を結ぶほか、宇都宮線は栃木県の宇都宮を、高崎線は群馬県の高崎(たかさき)・前橋(まえばし)などを結んでいる。常磐線は茨城県方面を結ぶ路線で、直流の通勤電車は千葉県の松戸(まつど)、柏(かしわ)、我孫子(あびこ)などを通って取手(とりで)まで、交直流の近郊電車は茨城県の土浦(つちうら)、水戸(みと)、勝田(かつた)方面を結んでいる。

 地平ホームは行き止まりの頭端式ホームで、かつては東北本線の長距離列車でにぎわっていて、青森を結ぶ特急「はつかり」、盛岡を結ぶ特急「やまびこ」、仙台を結ぶ特急「ひばり」、山形を結ぶ特急「つばさ」、上越線で新潟を結ぶ特急「とき」などが発着していたが、昭和57年(1982年)に東北・上越新幹線が開業し、さらに昭和60年(1985年)に新幹線が上野駅に乗り入れるとこれらの東北本線特急列車は新幹線に移行していった。信越本線で長野(ながの)方面を結ぶ特急「あさま」は平成9年(1997年)の長野新幹線開業で新幹線に格上げされた。上野から信越本線と北陸本線を経由して金沢(かなざわ)を結ぶ特急「白山」もあったが上越新幹線と北越急行ほくほく線のルートが主流となって廃止された。そのほか、寝台特急は東北線経由「はくつる」と常磐線経由「ゆうづる」、秋田を結ぶ「出羽」、金沢を結ぶ「北陸」などがあったが、利用者減少と車両老朽化で廃止され、平成24年(2012年)現在、寝台特急は札幌を結ぶ「北斗星」「カシオペア」、青森を結ぶ「あけぼの」がわずかに運行されている。また、特急電車は常磐線の「ひたち」「スーパーひたち」や北関東を結ぶ「あかぎ」「草津」などが運行されている。往時に比べて長距離列車は少なくなり、地平ホームは高崎線・宇都宮線の近郊電車の発着にも用いられているが、特に昼間はすいている。

 東北・上越新幹線は地下に2面4線のホームがある。昭和60年(1985年)の上野駅開業時は上野始発であったが、平成3年(1991年)に東京駅まで延伸され、中間駅となった。開業時には、東北新幹線の速達タイプが「やまびこ」、普通が「あおば」、上越新幹線の速達タイプが「あさひ」、普通が「とき」だったが、その後、山形新幹線、秋田新幹線、長野新幹線の開業が相次ぎ、東北新幹線の八戸・新青森開業などで列車の運行が複雑化し、東北新幹線は那須塩原までの「なすの」、仙台までの「やまびこ」、新青森までの「はやぶさ」「はやて」に分かれ、山形新幹線は「つばさ」、秋田新幹線は「こまち」となっている。上越新幹線は越後湯沢までの「たにがわ」、新潟までに「とき」に分かれ、長野新幹線が「あさま」として運行されている。

 東京メトロは銀座線と日比谷線が上野駅に乗り入れているが、このうち銀座線は昭和2年(1927年)に上野~浅草(あさくさ)に開業した日本で最も古い地下鉄である。銀座線は昭和13年(1938年)に全通し、浅草~上野~銀座~新橋~渋谷を結んでいる。日比谷線の上野駅は昭和36年(1961年)に開業し、現在は東部伊勢崎線方面から北千住~上野~築地~銀座~日比谷~霞ヶ関~六本木~恵比寿~中目黒~東急東横線方面を結んでいる。

 京成電鉄上野駅は、上野公園の地下に昭和8年(1933年)に開業した。2面4線のホームで、京成本線の電車のほか、スカイアクセス線で成田空港(なりたくうこう)方面へ向かうスカイライナー」やアクセス特急も運行されている。京成上野駅の南側は繁華街となっていて、JRの高架橋沿いには「アメヤ横丁」と呼ばれる商店街があり、その周辺には飲食店や居酒屋が多く、いつもにぎわっている。

 京成上野駅から次の日暮里(にっぽり)駅へ向かうトンネルの途中に、かつて博物館動物園(はくぶつかん どうぶつえん)駅があったが、4両編成の電車しか停車することができず、6両の普通電車が通過扱いとなって利用客が減少し、平成9年(1997年)に休止となり、平成16年(2004年)に正式に廃止された。

 上野公園は正式には「上野恩賜公園」(うえの おんし こうえん)と呼ばれ、明治時代に寛永寺の跡地が公園として整備された。京成上野駅から上ると西郷隆盛銅像がある。そこから進んでいくと寛永寺清水観音像、上野の森美術館などがあり、この周辺は春にはソメイヨシノの桜が美しく、花見客で混雑する。その先歩いていくと、東京交響楽団の本拠地でもあるコンサートホール「東京文化会館」、松方幸次郎が戦前にフランスで収集した美術品の松方コレクションや20世紀初頭までの西洋美術を展示する「国立西洋美術館」や、東京博物館・東京科学博物館を前身として昭和6年(1931年)の重厚な建物と緻密な科学への興味をかきたてるリアルな展示品が充実している「国立科学博物館」がある。さらにその先には、日本の美術品や考古文物などの文化財を収集・保管・展示している「東京国立博物館」がある。国立博物館はもともと寛永寺の御本坊があった場所で、中堂は美術館と科学博物館の西にある大噴水のあたりにあった。また、西洋美術館から西へ歩いていくと徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜を祀る上野東照宮がある。

 上野公園の西側には上野動物園が広がっていて、明治15年(1882年)に開園した日本最古の動物園である。園内はゴリラ、ペンギン、ライオン、パンダなどが人気で、特に週末は家族連れでにぎわう。園内には日本初の懸垂式モノレールが東園と西園を結んでいる。動物園の南側は不忍池(しのばずのいけ)が広がり、都会のオアシスとなっている。沿道は桜も美しく、屋台も出ていて、散歩が楽しい。

東京・上野エリアの主な駅

上野 / うえの 駅
JR東日本 東北・上越新幹線、東北本線(宇都宮線・高崎線)、常磐線、京浜東北線、山手線
東京メトロ 銀座線日比谷線
京成上野 / けいせいうえの 駅
京成電鉄 京成本線

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上野駅

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2層構造の上野駅

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東北・上越新幹線の上野駅地下ホーム

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寝台特急「北斗星」

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懐かしの寝台特急「はくつる」

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懐かしの寝台特急「北陸」

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懐かしの特急「白山」

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懐かしの特急「あさま」

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上野恩賜公園

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桜の花見客でにぎわう上野公園

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国立西洋美術館

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国立科学博物館

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東京国立博物館

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東京・福生 在日米軍横田基地とアメリカ雑貨の商店街

福生
ふっさ

日本国東京都福生市

東京・福生 在日米軍横田基地とアメリカ雑貨の商店街

 福生(ふっさ)市は東京都北西部にある人口約6万人の市。市の西部に多摩川が流れ、その西が、あきる野(あきるの)市となっている。北は羽村(はむら)市、南は昭島(あきしま)市と接し、市の東部には在日アメリカ軍横田基地があり、その東は西多摩郡瑞穂(みずほ)町、武蔵村山(むさしむらやま)市、立川(たちかわ)市となっている。

 面積は小さな市であるが、JR東日本の八高線、青梅線、五日市線の3路線が走っていて、昭島市との境にある拝島(はいじま)駅で合流している。八高線は中央本線の八王子(はちおうじ)から群馬県の高崎(たかさき)を結ぶ路線であるが、実際には電化区間と非電化区間で運転系統が分かれており、八王子駅から拝島駅を経由して埼玉県日高市の高麗川(こまがわ)駅から川越線に直通して川越(かわごえ)駅まで運行されている。青梅線は中央本線の立川(たちかわ)駅から拝島駅を経由して青梅(おうめ)、奥多摩(おくたま)方面を結んでいる。五日市線は拝島駅からあきる野市の武蔵五日市(むさし いつかいち)駅を結んでいる。

 拝島駅は、このほか西武拝島線も発着している。西武拝島線は拝島から小平(こだいら)を経由して西武新宿線に直通して西武新宿(せいぶ しんじゅく)駅を結んでいる。JRはこれに対抗するため、JR青梅線に青梅快速を運行し、青梅・福生・拝島方面から立川(たちかわ)を経由して新宿・東京へ直通運転して利便性を高めている。ラッシュ時には五日市線から青梅線経由で新宿方面へ直通する電車もある。そのほか、拝島駅から在日米軍横田基地内を結ぶ貨物線が伸びている。

 福生市内にはこのほか八高線が東福生(ひがしふっさ)、青梅線が牛浜(うしはま)、福生(ふっさ)、五日市線が熊川(くまがわ)の各駅がある。五日市線の熊川駅は福生市南部の旧熊川村地区にある駅である。福生駅は福生市の中心部にある駅であり、駅の南西に福生市役所がある。このほか、青梅線の牛浜駅と八高線の東福生駅は在日アメリカ軍横田基地に近く、駅の東にある国道16号線の東側に基地が広がっている。

 横田基地はもともと昭和15年(1940年)に大日本帝国陸軍の多摩飛行場として開設されたもので、昭和20年(1945年)に日本がアメリカに敗戦し、アメリカ軍に接収され、横田基地(Yokota Air Base)と呼ばれるようになった。横田基地からは、朝鮮戦争時に国連軍の爆撃機が出撃したほか、ベトナム戦争の際にも補給基地となった。現在もアメリカの日本における重要な軍事拠点として機能している。石原慎太郎・東京都知事は、横田基地の返還や軍民共用化による民間航空機乗り入れを要求しているが、米国側が難色を示しており実現していない。

 横田基地沿いを走る国道16号線の沿道には、基地関係者をターゲットにした衣料品、雑貨やアンティーク家具などアメリカ色の強い商店が並んでいて、英語の看板も目立ち、国際色強い商店街となっている。毎年8月には横田基地日米友好祭も開催されている。

福生エリアの主な駅

福生 / ふっさ 駅
JR東日本 青梅線

東福生/ ひがしふっさ 駅
JR東日本 八高線

拝島 / はいじま
JR東日本 青梅線、五日市線
西武鉄道 拝島線

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英語の看板が目立つ横田基地沿いの商店街

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在日米軍横田基地のゲート

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基地近くのマンションに飾られている飛行機

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東京 「のぞみ」時代を築いた東海道新幹線300系ありがとうさようなら

東京
とうきょう

日本国東京都千代田区

東京 「のぞみ」時代を築いた東海道新幹線300系ありがとうさようなら

 平成24年(2012年)3月16日、JR東海の東海道新幹線から300系が引退した。

 300系は国鉄から民営化して間もないJR東海が東京~大阪間の飛行機に対抗するため、最高速度270キロ運転へのスピードアップを目指して開発された。

 東海道新幹線のオリジナル車両は0系で、昭和39年(1964年)の東海道新幹線開業以来、長年にわたり活躍し、東京~新大阪を最高速度210キロ、3時間10分で結んでいた。国鉄時代の末期の昭和60年(1985年)にモデルチェンジした100系が登場。2階建て車両が斬新だった(グランドひかりは2階建て車両を4両つないでいた)。但し、100系はスピード面では0系と大差なく、東海道新幹線における最高速度は220キロで、3時間をわずかに切る程度だった。(線形のよい山陽新幹線では230キロ運転)

 300系は平成2年(1990年)に量産先行試作車が誕生し、高速化の実証が積み重ねられて、平成4年(1992年)に東海道新幹線で「ひかり」より速い「のぞみ」としてデビューし、最高速度270キロ、東京~新大阪を2時間30分で結ぶようになり、朝6時の始発新幹線に乗れば朝9時の会議に間に合うようになった。また、東京~新大阪の終電も遅くなり、遠距離恋愛の人が最終新幹線で別れを惜しむ「シンデレラエクスプレス」の猶予時間も少し伸びた。ところで、デビュー当初は早朝の便で名古屋と京都を通過する列車もあったが、特に名古屋では不評で、後にダイヤが改良されて全列車停車するようになった。

 300系は0系や100系に比べ大きくモデルチェンジした。白いボディーに青いラインという東海道新幹線の伝統は維持しながらも、0系や100系のように窓の回りに青いラインが通るのではなく、窓の下側に青いラインを通したデザインは斬新だった。この配色は後の700系やN700系にも引き継がれた。一方、新幹線の「顔」は、スピード重視のため、アイロンのような流線型となった。そのため、デザイン的には0系や100系のほうを好む人も多い。
 
 「ひかり」より速い300系「のぞみ」のデビューは衝撃的だった。車高が低く軽い車両のスピード感は非常に新鮮だった。今の時代ではほとんど忘れ去られているが(私もだいぶ後で知ったが)、「ひかり」と「のぞみ」は、戦前の朝鮮・釜山と満洲・新京を結ぶ特急列車の名称であり、そのコンビが東海道新幹線で復活したのはすごいことだと思う(軍国主義を想起させるなどの批判が起こらなくてよかった)。

 「のぞみ」が「ひかり」より速いとなれば、「のぞみ」が東海道新幹線の主役となるのに時間はかからなかった。新幹線はさらなる高速化を追求する時代に入っていった。

 JR東海の300系に続き、JR西日本でも飛行機のシェアを奪うために新幹線の高速化が研究され、500系試作車の「WIN350」が登場し、高速試運転を続けた。その斬新なデザインは300系を超えることを予感させた。そして、300系「のぞみ」運転開始から5年後の平成9年(1997年)に500系「のぞみ」がデビューし、山陽新幹線区間で300キロ運転を開始した。

 500系はその未来的なデザインが斬新だったのだが、空気抵抗を減らすためか、その他の新幹線車両より車体が丸くて断面積が小さく、居住性があまりよくなかったと言われている(私は別にそう思わないが…)。そこで300系を改良したJR東海・JR西日本共同開発の700系が平成11年(1999年)に登場した。700系は乗り心地の改善に重点が置かれたようだ。700系の増備により平成15年(2003年)に100系が東海道新幹線から撤退、さらに500系並みの高速性能も備えたN700系が平成19年(2007年)に登場したことにより、300系と500系が徐々に東海道新幹線から淘汰されることになった。

 意外に引退が早かったのは500系で平成22年(2010年)2月末に東海道新幹線から引退し、編成が短縮された上で山陽新幹線のみの運用となった。ドアの位置や座席の配置が300系や700系と異なるのが引退を早めた理由とも言われている。そしてさらにN700系が増備され、ついに私にとっては「新車」だったはずの300系が平成24年(2012年)3月16日に引退を迎えることになった。さらには山陽新幹線で余生を送っていた100系も同日引退した。3月17日以降、東海道新幹線は比較的新しい700系とN700系ばかりになってしまうのがなんだか味気ない。

 100系や300系は、名古屋市金城ふ頭にある「リニア・鉄道館」に保存されている。昨年に同博物館に行った際、まだ博物館に入るのは早いのではと思ったが、こんなに早く引退の日が来るとは、時代の流れは本当に光陰矢の如しである。

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東京駅に到着した東海道新幹線300系

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300系や歴代新幹線車両が展示されている名古屋金城ふ頭の「リニア・鉄道館」

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東京 八王子・南大沢 三井アウトレットパークと首都大学東京

八王子・南大沢
はちおうじ・みなみおおさわ

日本国東京都八王子市

東京 八王子・南大沢 三井アウトレットパークと首都大学東京

 南大沢(みなみおおさわ)駅は、東京都八王子(はちおうじ)市にある京王電鉄相模原線の駅。

 南大沢は多摩ニュータウンを代表する地区の一つで、駅周辺はニュータウンが広がっている。昭和40年代から開発が進められた多摩ニュータウンは、多摩(たま)市が中心に位置しているが、東は稲城(いなぎ)市、西は八王子市、町田(まちだ)市にもまたがっている。京王相模原線は多摩センター駅が多摩市、京王堀之内(けいおう ほりのうち)駅と南大沢駅が八王子市、多摩境(たまさかい)駅が町田市にあり、その先の終点の橋本(はしもと)駅が神奈川県相模原(さがみはら)市となる。

 南大沢はもともと南多摩郡由木(ゆぎ)村であったところが昭和39年(1964年)に八王子市に編入された。南大沢駅は昭和63年(1988年)に開業した。開業当時は終点であったが、平成2年(1990年)に橋本駅まで延伸された。

 南大沢駅周辺は開業当初は空き地が広がっていたが、徐々に住宅や商業施設、学校施設などの開発が進んでいった。現在は急行停車駅に成長し、利用客数も多い。

 平成3年(1991年)に南大沢駅の北側に東京都立大学が移転してきて南大沢キャンパスが開設され、その後、平成17年(2005年)に東京都立大学および都立の科学技術大学、保健科学大学、短期大学などが統合されて首都大学東京の南大沢キャンパスとなった。

 南大沢駅の北側にはこのほか、平成12年(2000年)に「ラ・フェット 多摩南大沢」というアウトレットモールがオープンし、平成20年(2008年)に「三井アウトレットパーク 多摩南大沢」となった。駅からも近く、オシャレな服が安く買えることから、多くの買い物客でにぎわう。

 南大沢駅前には平成4年(1992年)「ガレリア・ユギ」という商業ビルができ、当初は柚木そごう」がオープンしたが2年後に閉鎖。その後、忠実屋が入ったが閉店し、平成10年(1998年)からイトーヨーカドー南大沢店となっている。南大沢駅の南側にはバスターミナルがあり、周辺の住宅地などを結んでいる。 

 このほか、南大沢駅前には「フレンテ南大沢」という商業ビルがあり、平成21年(2009年)にオープンした新館には「東京ミートレア」という肉料理のレストランが集まるテーマパークがある。


八王子・南大沢エリアの主な駅

南大沢 / みなみおおさわ 駅
京王電鉄 相模原線

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イトーヨーカドー南大沢店

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南大沢駅前の遊歩道と首都大学東京

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三井アウトレットパーク多摩南大沢

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東京・八王子 多摩地区最大の都市

八王子
はちおうじ

日本国東京都八王子市

東京・八王子 多摩地区最大の都市

 八王子(はちおうじ)市は東京都西部にある多摩地区最大の都市で、人口約58万人。南に町田(まちだ)市、東に多摩(たま)市、日野(ひの)市、北に昭島(あきしま)市、あきる野(あきるの)市、西に檜原(ひのはら)村、神奈川県相模原(さがみはら)市と接している。

 八王子市の中心はJR東日本の中央本線、横浜線、八高線が乗り入れる八王子駅の周辺で、駅前には「そごう」八王子店(2012年1月末に閉店)、「セレオ八王子」、「八王子東急スクエア」などの商業施設が集まっている。また、JR八王子駅から北東に400mほど離れたところに京王電鉄の京王八王子駅の地下駅があり、「京王八王子ショッピングセンター」が併設されている。JR八王子駅の北西には商店街もある。八王子駅の北の市街地は、古くは甲州街道の宿場町・八王子宿として栄えた。

 中央本線は、八王子駅から東行きが立川(たちかわ)、新宿(しんじゅく)方面、西行きが高尾(たかお)、甲府(こうふ)方面を結び、八王子市内に八王子、西八王子、高尾の各駅がある。八王子駅は特急「かいじ」「あずさ」なども停車する主要駅である。また、武蔵野線に直通して大宮(おおみや)駅まで結ぶ「むさしの」号も一日数本運行されている。

 横浜線は八王子駅から神奈川県相模原市の京王相模原線の橋本(はしもと)駅、小田急本線の町田(まちだ)駅、東急田園都市線の長津田(ながつだ)駅、東海道新幹線の新横浜(しんよこはま)駅などを経由して横浜駅まで至る路線で、横浜方面と東京を結ぶ各私鉄を結び、重要な通勤路線となっている。八王子市内にはこのほか片倉(かたくら)、八王子みなみ野(はちおうじ みなみの)の各駅がある。

 八高線は、八王子と群馬県の高崎(たかさき)を結ぶ路線であるが、電化区間の関係で、埼玉県日高市の高麗川(こまがわ)駅で運転系統が分かれ、一部電車は川越線に直通して埼玉県川越市の川越(かわごえ)駅まで乗り入れている。昭島市の拝島(はいじま)駅でJR青梅線、五日市線、西武拝島線に接続している。八王子市内には北八王子(きたはちおうじ)、小宮(こみや)の各駅がある。

 京王電鉄の京王八王子駅は平成元年(1989年)に地下化され、ここからJR中央本線より南の府中(ふちゅう)、調布(ちょうふ)などを経由して東京の新宿(しんじゅく)を結んでいる。一つの南の北野(きたの)駅では、西へ高尾山口(たかおさんぐち)方面へ向かう高尾線が分岐している。高尾線も八王子市内を走り、京王片倉、めじろ台、高尾、高尾山口などの駅があり、沿線の住宅地や高尾山登山客を運んでいる。このほか、多摩ニュータウンの西側も八王子市に属し、京王相模原線の京王堀之内(けいおう ほりのうち)、南大沢(みなみおおさわ)の各駅がある。

八王子エリアの主な駅

八王子 / はちおうじ 駅
JR東日本 中央本線、横浜線、八高線

京王八王子 / けいおうはちおうじ 駅
京王電鉄 京王線

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「そごう」閉店前の八王子駅(北口)

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八王子駅北口の商店街

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東京 東京駅の懐かしの列車

東京
とうきょう

日本国東京都千代田区

東京 東京駅の懐かしの列車

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寝台特急「富士」 東京~宮崎

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寝台特急「はやぶさ」 東京~西鹿児島

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寝台特急「みずほ」 東京~熊本・長崎

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寝台特急「みずほ」

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寝台特急「さくら」 東京~長崎・佐世保

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寝台特急「さくら」 

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大垣夜行鈍行 東京

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205系山手線 

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183系特急「わかしお」 東京~安房鴨川

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スカ色113系 総武・横須賀線 久里浜~東京~千葉

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東京・国立 中央線の国立駅と一橋大学

国立
くにたち

日本国東京都国立市

東京・国立 中央線の国立駅と一橋大学

 国立(くにたち)市は東京都の多摩地区にある市で、人口約8万人。北東に国分寺(こくぶんじ)市、西に立川(たちかわ)市、南東に府中(ふちゅう)市、多摩川を挟んで南西に日野(ひの)市と接している。

 国立の地名の由来は、国鉄中央本線の国分寺駅と国立駅の中間に大正15年(1926年)に国立(くにたち)駅が開設されたことから来ており、昭和26年(1951年)に国立町が誕生して町名となり、昭和40年(1965年)に国立市となった。

 国立は古くは谷保(やぼ)村と呼ばれていた。国立市内には市北部にJR東日本・中央本線の国立駅があるほか、市南部にJR南武線の矢川(やがわ)駅と谷保(やほ)駅がある。国立市役所は谷保駅が近い。

 国立市は文教都市として発展を遂げ、一橋大学や東京女子体育大学などがあるほか、閑静な住宅街が広がっている。一橋大学はもともと東京商業学校、東京商科大学として東京都心の神田一ツ橋(かんだ ひとつばし)にあったが、昭和2年(1927年)の関東大震災で校舎が倒壊し、国立や小平(こだいら)に大学機能が移転した。戦後の昭和29年(1949年)に東京商科大学から一橋大学に改められた。

 国立駅は近年高架化工事が行われ、下り線(立川方面)が平成21年(2009年)1月、上り線(東京方面)が平成22年(2010年)11月にそれぞれ高架化された。この工事にともない、立川駅南口の三角屋根が美しい木造駅舎が平成18年(2006年)に解体されてしまったが、国立市では立体化完成後に復元する計画がある。

 国立駅から南側には一橋大学や谷保駅方面に伸びるメインストリートがあり、左右放射状にも道が伸びていて、駅前は立派なロータリーとなっている。高架化前は国立の町が駅で分断されていたが、高架化によって自由通路ができて通行が便利になった。

 北口は古い駅舎が残っているが、高架化完成後に駅舎はどうなるのだろうか。

 北口の少し北は国分寺市となっていて、国分寺市光町に鉄道総合技術研究所が広がっている。国立駅から北西にかつては連絡線がつながっていたが、現在は廃止され、線路はつながっていない。

 国立音楽大学(くにたち おんがくだいがく)のように、国立(くにたち)は国立(こくりつ)と漢字表記が同じなので、特に関東以外の人は混乱しやすい。しかも国立音楽大学は国立市ではなく隣の立川市にあるのでもっとややこしいが、国立音楽大学は1970年代までは国立市にキャンパスがあり、国立音楽大付属高校はいまも国立市にある。

国立エリアの主な駅

国立 / くにたち 駅
JR東日本 中央本線

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高架化された国立駅のホーム

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国立駅南口、高架化のため旧駅舎が解体された
 
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国立駅南口のロータリーと放射状に伸びる道路

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国立駅北口

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旧踏切から見た高架化された旧線路跡


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